Side: 猗窩座
「グルオオオオオオオオオオオオ!!!」
容易く人の命を刈り取る一撃。
目の前の熊から、その剛爪が容赦なく振るわれる。
『もっとだ。もっとよく注視しろ』
肌を掠めるほどの至近距離。
振るわれる剛腕を、僅か一寸ほどの間合いで全て躱していく。
頬を撫でる風が心地よい。
『あの時、
元よりこの程度の攻撃ならば、見てからでも十分避けられる。
しかし、目指すべき境地はそこではない。
腕、脚、腰、そして目線。
相手の動きの起点を見定め、攻撃の流れを読む。
腕を振り上げる。
腕の角度、膝の屈伸、脚の伸び、胸筋の向き、腰の捻り、自分との間合い、そして目線。
一連の動きの流れを読み取り、訪れる攻撃を予測する。
次はこう来る。
その予測した攻撃線をなぞるように身を置いておく。
そして、当たる瞬間に避ける。
当たる筈の攻撃が当たらない。
獣の脳は混乱をきたしていることだろう。
『ひと晩、炭十郎と話して確信した。
俺の
そして超一流の呼吸の使い手であり、
瞬間速度はおそらく俺より上』
あのような傑物が在野に埋もれているなど、信じられない。
病弱なことが、つくづく悔やまれる。
俺が勝てば、炭十郎には鬼になって貰おう。
そして、永遠に鍛錬し続けるのだ。
『だが、まずは勝つことだ。
そして俺に勝機があるとすればーーー』
狛治として。
人間の姿のまま、血鬼術に頼らず、ただ五感を駆使して避け続ける。
「・・・ここまでか。
獣にしてはよくもったな」
「ゴッフ、ゴフッ・・・グルル」
眼前の獣は既に息もあがり、闘志も薄くなっていた。
しかし逃げない。逃げられない。
野生の勘が、背を向ければ死ぬと理解しているのだろう。
「悪いが、炭十郎との約束だ」
「グルルルオオオオオオオオオオオオ!!!」
四つん這いの体勢から剛腕が振るわれる
一歩踏み込む。
振り下ろされる左腕を右手で受け止め、
左手で心の臓を抉り出す。
「グルル・・・グル・・・ル・・・」
赤い血の
目の前でガブリと喰らい尽くす。
受け止めていた腕から力が抜けていく。
ズン、と
雪の積もった大地へ、重い体が横たわった。
ドクドクと胸元から血が流れ出し、白い大地を赤く染めていく。
ゆっくりと、その瞳から光が失われていくのを見届ける。
「・・・・・・」
空を見上げる。
今日は朝から日が出ていなかった。
今夜辺り、また吹雪くかもしれない。
視線を落とす。
獲物の毛皮は、ほぼ無傷の状態。
まるで銃弾に撃たれたかのように、胸元に小さな傷跡が残るのみ。
『毛皮を丁寧に切れば、価値が上がる。
血抜きの後、そのまま持っていくか・・・』
その思考は既に、人間で言うマタギのもの。
その後、熊を背負ったまま
しかしそんな中、長男の炭治郎だけは怖がることなく近付いて出迎るのだった。
「おかえりなさい、狛治さん。
大きい熊ですね」
「炭治郎、お前は怖くないのか?」
「その熊は俺達のために獲ってきたものでしょう?
もう死んでいるようですし、俺なら平気です」
炭治郎の声は、心なしか震えていた。
この子は優しいから、本当のことを言ってはいない。
怖いのは熊ではない。
それを、子供らしからぬ自制心で抑えている。
大した胆力だった。
『・・・将来、化けるかもしれないな』
「そうか。
それで、炭十郎は?」
「父さんは少し体調が優れないようで、今日はまだ横になっています」
「そうか。
なら炭治郎、お前が解体を手伝え」
「ええ!?
でも俺、解体はやった事なくて・・・」
「誰でも初めては同じだ。
俺の手元を見ながらやってみろ」
「はい!分かりました!」
「よし。
ではまず、毛皮を綺麗に拭くところからだ。
汚れてもいい布を持って来い」
「はい!」
炭治郎が率先して動いている様子を見て、他の兄弟達も興味を持ったのか、こちらへと恐る恐る近付いてきた。
その日は炭十郎が起きてくることはなく、炭治郎との解体作業は、周囲が暗くなるまで続けられた。
炭治郎は、においで色々なことが分かります。
なので今回は兄弟達に先んじて動くことが出来ました。
しかし一方で、猗窩座の強さを兄弟の誰よりも感じ取っています。
炭治郎の中では、破格の存在感を持つ父さんの友人。という立ち位置です。
子供って、親が信頼する人の事は、割とそのまま信頼できる事が多いんですよね。