Side: 猗窩座
「手斧だと!?
バカにしているのか、炭十郎!!」
目の前に立つ植物のような男。
眼前で手を交差させ、手斧を右手に、ただ振り抜くためだけの構え。
相変わらず、闘気が全く感じられない。
ヒュンーーー
風が吹いた。
嫌な予感がして、思わず後ろに飛び下がる。
着地と同時に、両腕が地面に落ちた。
「!?」
先ほどまで俺が立っていた場所に、手を交差させた同じ構えで炭十郎が立っている。
『同じだ。あの時と。
何も見えなかった』
炭十郎が口を開く。
「次は首を斬る」
そのひと言で否応にも理解させられた。
この男が本気なら、今の一撃で終わっていた。
思わず大地を踏み締める。
『術式ーーー』
「いや、ダメだ」
羅針は使えない。
使ったところで意味がない。
それどころか、逆に意識の雑音を生んでしまう。
『落ち着け。
動きをよく見ろ。
機先を読め』
腰を落とし、手を交差させての構え。
つまり一足に間合いを詰め、真横に振り抜くための予備動作。
しかし、分かるのはそれだけだった。
『隙が無いーーー』
その目線は俺を見ていない。
だが、確実に
見るのではなく、全体を
闘気と共に攻撃の意思が感じられず、どこから攻撃が来るか予想が付かない。
口元は構えた腕で隠れており、呼吸の機も読めない。
白い吐息すらも上手く隠しており、呼吸によって重心が動くこともない。
俺が
「炭十郎。お前は正しい。
人間でありながらその強さ、敬意を表する」
心を静める。
深く腰を落とし、大地を踏み締める。
右手を前に、左手を引いた
『至高の領域ーーー
この男なら知っているのかもしれない』
「全力で挑ませてもらう」
大地を蹴り、空へと飛び上がる。
『破壊殺・空式』
無数の拳圧が炭十郎に襲いかかる。
拳法家でありながら遠距離から放たれる攻撃は、正に初見殺し。
ガガガガガッ!!!!
この程度の技で倒せはしないだろう。
しかし、少なからず捌くために手数を要する。
その隙に、一気に勝負を決める。
『破壊殺・滅式』
着地と同時に両腕を引き、右膝が大地に着くほどに両の膝を曲げる。
そこから、真っ直ぐに拳を放つ。
卑劣な行為もーーー
姑息な真似もーーー
卑怯な手もーーー
最強とは、全てを薙ぎ払い、意志を貫き通せる者のこと。
鬼気を全力にして放たれる、最大威力、最大速度の突き。
空式の拳圧に追い付かんと、最大最速の拳が迫る。
その絶大な威力は大地を抉り、肉ごと骨まで貫く。
「オオオオオオオオオオオオ!!!!!」
当たるはずの拳が、空を切る。
『なん・・・だと・・・!?』
避けた素振りはなかった。
にも関わらず、振り返れば炭十郎は無傷でその場に立っていた。
思わず声が漏れる。
「バカ、な・・・」
視線が、大地が近づいて来る。
分からない。
この男が何をしたのか。
分からない。
この男にいつ斬られたのか。
分からない。
何故、俺の攻撃が通り抜けたのか。
ただ一つ、確実に言えることはーーー
「勝負は、ついた・・・」
落ちそうになる首を両手で支え、繋ぎ止める。
「見事だ炭十郎・・・
俺の、完敗だ・・・」
軟弱だと、取るに足らない存在だと思っていた。
まさか、まさか人間にやられるとは・・・
「だが!
俺は必ずお前を倒す!!」
構えを解き、俺を見つめている炭十郎へと言葉を送る。
そしてそのまま、その場を後にしようとした。
「狛治さん・・・ガフッ!」
聞いた事のある、嫌な音がした。
刹那、とても大きな、大空のような闘気が揺らいだ。
ドクンーーー!!!
バッと振り返る。
血を吐き、前のめりに倒れゆく炭十郎の姿が見えた。
「炭十郎!!」
「フゥー、フゥー、フゥー・・・
ありがとう、ございます、狛治さん・・・
『透き通る世界』の戦闘は、消耗が大きい・・・」
呼吸を整えながら、
その中に、聞き慣れない言葉があった。
「『透き通る世界』?
何だそれは?」
「フゥー、フゥー、フゥー・・・
すみません、狛治さん。
このまま、家まで送って頂けませんか?」
今、俺がその気になれば、炭十郎は容易く死ぬ。
にも関わらず、炭十郎からは恐怖や
そして何故か『透き通る世界』という言葉が、俺の心を捉えて離れなかった。
「・・・分かった。勝者に従う」
「ありがとう、ございます・・・」
病弱というのは、本当だった。
もはや、歩く体力すらないように感じる。
「背負っていくぞ」
「はい・・・
それから、狛治さん」
それは、考えての行動ではなかった。
昔、こうやって親父を医者に連れて行ったことがあった。
背中に負ぶっていると、不意に耳元で声がした。
『大丈夫だ、狛治』
「!?」
バッと振り返ると、顔色の悪い炭十郎が、不思議そうな顔でこちらを見ていた。
やがて何かを
川の
「先ほどの質問ですが、貴方は既に入口に立っている。
あとは気付くだけ。きっとすぐに会得されるでしょう。
『透き通る世界』とは・・・」
「・・・ゆっくりいくぞ」
人と鬼。
静と動。
植物と獣。
決して交わることのない、その道において
この夜、二人は友となった。
原作にもありますが、この細流(せせらぎ)という表現、詩的で好きです。