Side: 獪岳
「みんな、ひめじまさんーーー先生が来たよ」
七本の墓板に向かって、
その小さな右手は、
沙代の声を聞いて
フッと、風が止んだ。
あの時のような突風はもう、吹かなかった。
ひょっとしたら、またみんなの姿が見えてしまうかもしれないと内心ビクビクしていたけれど・・・
もっとも、アイツらが本当に姿を見せるとすれば、それは俺ではなく隣に立つ偉丈夫、悲鳴嶼さんに対してだろう。
「・・・みんなの名前は、
「ああ、頼める相手もいなかったからな。
それでいいって、
「そうか・・・
ありがとう、獪岳」
「いや、良くはないだろ。
ちゃんとしたやつを悲鳴嶼さんが書いてくれよ」
「いや・・・これでいい。
みんなも、そう言っている」
「えっ!?」
ふと見上げれば、悲鳴嶼さんはいつも以上に滂沱の涙を流していた。
「悲鳴嶼さん・・・?」
「ああ・・・ああ・・・」
悲鳴嶼さんは虚空に向かって話しかけていた。
その見えない瞳は、墓板の向こう側を向いている。
「そう・・・だったのか・・・」
けれどもきっと、悲鳴嶼さんにはアイツらが見えているのだろう。
変わらない、アイツらの姿が。
「私の方こそ、すまなかった・・・」
一瞬だけど、俺にさえ見えたんだ。
アイツらが一番会いたがってた悲鳴嶼さんに姿を見せないはずがない。
「お前たちを、守ってやれず・・・」
ふと、沙代の方を見る。
彼女もまた、涙を流していた。
瞬きもせずに、涙が頬を伝って落ちる。
その姿は、どこか年齢にそぐわない、神秘的な雰囲気を纏っていた。
「そうか・・・ありがとう・・・
獪岳は・・・」
俺の名前ーーー
アイツらはきっと、俺のことを恨んでいるだろう。
自然と、墓前に向かって手を合わせた。
今なら、アイツらに声が届くかもしれないと思ったから。
『恨みたければ、恨めばいい。
許す必要もない。
俺は、お前らの分まで鬼を殺す。
そうして、地獄に落ちればいい・・・
ただ、そこで見ていてくれ』
無言で祈る。
決して神には頼らない。あんなものに
聞いた話だと、人里離れた寺や御堂こそ、鬼に狙われるのだ。
信じられるはずもない。
ただ、アイツらが悲鳴嶼さんを見守っていることには、不思議と納得するものがあった。
「そうか・・・分かった・・・
お前たちが・・・」
悲鳴嶼さんが何を話しているのかは分からない。
ただ俺はこの場にいない方がいい気がして、ゆっくりと一歩、後退る。
「獪岳、だめ」
いつの間に気付かれたのか、すぐに沙代に呼び止められた。
その小さな左手が俺の服を掴む。
『先生ーーー
獪岳を追い出したのは・・・』
「そうか・・・
たしかにそれは獪岳が悪いな・・・
でも、もう許してやってくれないか?」
『でも・・・私たち・・・』
「あの後、もし獪岳が戻って来なければ・・・
私と沙代は、もっと酷いことになっていたかもしれない」
『先生は、獪岳の肩を持つのーーー?』
ざわり、と周囲がざわめくーーー
「そうじゃない・・・
獪岳がやった悪いことは悪いことだ・・・
けれど、そこにばかり目を奪われて・・・
その後の行いまで全部悪いと決めつけるのは良くない・・・
お前たちには、そういう偏見を持った人間になって欲しくないと、私は思う」
『・・・バカだなぁ、先生は・・・
俺たちは、もうーーー』
「そうかもしれない・・・
でも私は、またいつの日か、お前たちと会いたいと思っている・・・」
『うん、そっか・・・
じゃあ俺たちも、待ってるよ・・・
また明日が来る日を・・・
何十年でも、待ってるよ・・・』
「そうか・・・ありがとう・・・」
『獪岳!!』
金縛りのように動けず、口も動かせず、ただ悲鳴嶼さんの横で眺めているだけだった俺に、不意に声をかけられる。
「・・・・・・」
『お前のせいで、私たちは殺された・・・』
「・・・ああ」
その時だけは、自然と声が出た。
『お前のせいで、俺たちは明日を失った・・・』
「・・・ああ」
『・・・だけど・・・
先生を助けてくれたことだけは、感謝してる・・・』
「・・・・・・」
『私たちはーーー』
『俺たちはーーー』
『ずっとお前を見ている』
「・・・ああ、見ていてくれ。
それでも俺はーーー」
『お前がこちらに来ることはないーーー
けれど、私たちは先生の言葉を信じているーーー
いつかの明日、また会う日が来るかもしれないーーー』
「・・・・・・」
『その時まで、先生をーーー』
ビュウーーー
と突風が吹き抜けた。
目の前には、墓板が立っている。
『白昼夢、というやつかーーー?』
どうも、頭がぼーっとしている。
その時だけは、その手を振り払うことができなかった。
『ああ、温かい・・・』
その大きな手に守られていたことが、今になって伝わってくる。
やがて、悲鳴嶼さんは言った。
「獪岳・・・
お前の覚悟は分かった・・・
お前に、
「先生ーーー」
「ふ、懐かしいな・・・
私にとってはお前も家族の一人だ・・・
それを、忘れるな・・・」
それだけ言うと、悲鳴嶼さんはその場に膝を付いて、みんなに向けて冥福を祈り始めた。
「・・・・・・」
ふと、こちらを見ていた沙代と目が合う。
「・・・なんだよ」
「・・・獪岳、変わったね・・・
今の心を忘れなければきっと、もっと変われるよ・・・」
「沙代、お前ーーー」
不思議に思って声をかけるも、その瞳は既にどこか遠くを見つめていた。
もう一度、お墓の方に目を向ける。
細めた視界の先に、またアイツらの姿が見えた。
そんな気がしたーーーーーー
今週は比較的移動時間が取れたのと、前後編でキリが良いので連投します。
獪岳の言う『煉獄さん』は父上の事です。(弟子達の挽歌 壱)
たまーに、沙代の言葉が大人びているのは、そういう仕様です。
数値化すると、巫力5000くらいはある、かも・・・?
それは冗談として、個人的には沙代は『隠』だった説が好きなので。