Side: 猗窩座
「
俺に何の用だ?」
この世で最も鬱陶しい男を極力視界から排除しつつ、妓夫太郎へと声をかける。
話を振ると、妓夫太郎は他人を見下したような態度を改め、恐る恐る口を開いた。
「・・・
俺は、もっと強くなりたいんだ」
「?
俺から見てもお前は相当強くなった。
上弦に至ったということは、真の強者の証。
その調子で一層励むといい」
「ああ、いや、そうじゃねえんだ・・・
そうじゃなくて、そのぉ・・・」
「???」
いつもの覇気は形を潜め、ボソボソと喋る妓夫太郎の様子を訝しんでいると、鬱陶しい男が割り込んできた。
「猗窩座殿!
妓夫太郎は俺が紹介した者故、俺からもお願いする!
彼に稽古をつけて貰えないだろうか?」
馬耳東風。
普段であれば、右から左へと聞き流す男の言葉だが、妓夫太郎が絡むとなると無視するわけにもいかない。
しかし、俺の聞き違いでなければ疑問が残る。
「何故、俺に頼む?」
俺は
対して妓夫太郎を導いた目の前の鬼は、今や上弦の
信念や意思が全く感じられず、話す言葉にも感情が籠らない、酷薄な鬼。
しかし、非常に認めがたいことではあるが、俺よりも序列は上。
その男を差し置き、何故敢えて自分に頼むのかは疑問だった。
「ああ、その、
またしても言いづらそうに妓夫太郎の口がどもっていく。
コイツは上弦になっても、序列に律儀なところがあるな。
「俺は人にものを教えるのが不得意だからなあ。
それに、俺の
なるほど。
それならば理解できる。
脳内で特訓する光景を何百何千と思い描く。
強者。
それも近接戦闘のできる者。
・・・悪くない。
妓夫太郎ほどの者が相手なら、あの技を完成させられるかもしれない。
「妓夫太郎、俺にどうして欲しい?」
妓夫太郎へと向き直り、声をかけると、彼は片膝を立てて姿勢を正した。
不意に彼の腰元からもう一人の妹、
「俺を強くして欲しい!!」
「五年後の序列戦で、あの壺野郎をぶちのめしてアンタに挑めるくらいに!」
妓夫太郎はともかく、あのプライドの塊のような妹までもが頭を下げている。
ヤツもまた、五年後の序列戦に思うところがあるらしい。
口端がニヤリと吊り上がる。
おもむろに
「オレはお邪魔みたいなのでーーー」
馬鹿弟子が慌ててこの場を立ち去ろうとするが、そうはいかない。
和服の首根っこを捕まえ、妓夫太郎の前へと突き出す。
「一つだけ条件がある。
この馬鹿弟子に「参った」と言わせることができれば、お前を強くしてやる」
その条件を耳にした瞬間、妓夫太郎が暗い愉悦に微笑む。
「・・・いいんですかぁ?」
「構わない。だが、殺すなよ。
コイツが喋れないほどの致命傷を受けた場合も、この話は無しだ。
生かさず殺さず、コイツの心を折れ。
参ったと言わせれば、お前を鍛えてやる」
最後まで条件を聞いた妓夫太郎は、なんだそんなことかと心底安心したように、獰猛な表情で嗤う。
「お前、いったい猗窩座さんに何をしたんだぁ?
命令だから殺しはしないが・・・ひひっ。
俺の血鬼術はなあ・・・
拷問にはもってこいなんだよなああ!!
お前が泣き叫ぶ姿が、目に浮かぶなぁぁ!!」
対する慶吾は、既に顔面蒼白だった。
壊れた人形のように首を曲げながら、俺の方に幽鬼のような顔を向ける。
「・・・・・・し〜しょお〜〜〜?」
「なんだ?」
「鬼ですか?!」
「なんだ、お前も鬼になりたいのか?」
「遠慮しておきます!
それより、どう考えても勝ち筋が見えないのですが!?」
「罰だからな。
だが、勝ち目がない勝負も面白くない。
お前の好きな死に場所を選べ」
「どうして死ぬ前提なんですか!?」
「なら、せいぜい死なないよう、全力を出せ」
「もういやだ!この師匠〜」
「・・・あるんだろう?
何の準備も無しに、お前が俺を呼ぶはずがない」
「ええ、まぁ・・・準備はしてましたよ」
「使え」
「ッッ!
はぁ〜〜〜〜〜。
分かりました!!!」
大きなため息を吐き終わる。
と、ようやく慶吾の目付きが変わった。
勝利への執念、計算高い者の、負けず嫌いが故の覚悟。
彼らは、自身の得意分野では絶対に負けられないという決意と覚悟を持つ代わりに、それ以外の事には驚くほど無頓着で、始めから勝ち負けを放棄することも多い。
彼らの中で負けて良いことは遊びであって、勝負ではない。
だが、負けられない覚悟がある場合、彼らは獰猛な修羅と化す。
その覚悟は、身体の強さや磨かれた技術でもない。
心というあやふやなもの。
しかし、俺は知っている。
最後の最後、全てを決する土壇場で勝利を引き寄せるのは、心だということを。
「・・・楽しみだ」
果たして慶吾がどこまで成長したのか・・・
人間は弱い。
だが、人間は成長する。
その驚きを、もう一度見せて貰おうか。
童磨はおまけ。