未来の花   作:ZANGE

7 / 97
第7話
Side:弟子


旅立ち

「師匠」

 

「なんだ?」

 

「熊鍋、美味いでしょう?」

 

「そうだな」

 

生姜・大蒜で炒めて臭いを取った熊肉に、春告げキノコ、沸騰させて灰汁を取った春の山菜を混ぜて、味噌を溶いた熊鍋。

 

おそらく冬眠から起きてきたのであろう、哀れな熊。

よほど腹が空いていたのか、手当たり次第に襲い掛かっていた彼が出会ったのは、鬼。

あわれ、秒で食卓のメイン食材に成り果てていた。

 

普段はあまり食事を取らず、放っておけば鍛錬ばかりの師匠だけど、時折獣肉が手に入った日だけは、一緒に食事を取るようになっていた。

 

「師匠」

 

「なんだ?」

 

「オレの罠作りも、上手くなったでしょう?」

 

「そうだな。よくあの発想に至るものだ」

 

師匠に対して磨きに磨かれた罠師のスキル。

 

自然界で並ぶ者のいない強者を想定して磨かれた技術は、長じて大型の獣だろうと難なく捉えられるまでに成長していた。

 

ちなみに、趣味で鰻や蟹等の魚介類も取れる。

 

もし仮に、この世界に鬼が存在しなければ、

もうこの技術だけで食べていけるんじゃないかとも思う。

 

「師匠」

 

「なんだ?」

 

「力仕事も、大人の十倍はこなせるようになりました」

 

「そうだな。それだけ稼げれば大したものだ」

 

日中、身体を鍛えると同時に日銭を稼ぐために始めた日雇い仕事。

 

師匠の馬鹿力に鍛えられた今となっては、

土木作業、荷運び、農作業の手伝いなど、肉体労働の現場ではどこでも重宝されるようになっていた。

 

「師匠」

 

「なんだ?」

 

「・・・オレ、強くなりましたよね?」

 

「ああ、そうだな。

 血鬼術を使う鬼にも、相性次第では負けないだろう」

 

正直言って、師匠の強さは反則レベルで、まともに戦ったら勝てるわけがない。

しかも、身体が欠損してもすぐに治る。まるで爪か髪の毛のように。

 

オレが編み出したのは、死なないための体術に、武器と罠を組み合わせた戦い方。

 

鬼は倒せない。

だから、動けないように捕らえる。

そうすれば、いずれ朝日で消滅させることができる。

 

それに、日の出まで生き延びれば、鬼は逃げる。

故に必要なのは、身体を拘束し、足止めするための罠の数々。

正直、人間の力で戦いを挑むよりは、よほど勝ち目があると思う。

 

「師匠」

 

「・・・」

 

「何を悩んでいるのか知りませんけど、

 やることがあるなら、行ってきて下さい。

 オレなら、大丈夫ですから」

 

「・・・気付かれていたか」

 

漸く諦めたような表情をした師匠へ、嘆息して答える。

 

「1年間、鍛えて頂きましたから」

 

「・・・そうか、もうそんなになるのか」

 

「はい」

 

素っ気ないように見えて、意外と面倒見のいい師匠である。

端座して目を瞑るのは、過去に思いを馳せているのかもしれない。

 

やがて整理がついたのか、しばらくして口を開いた。

 

「けいご、俺は今夜にもここを発つ。

 おそらく戻っては来ないだろう」

 

「はい」

 

「ゆっくり話せるのも、これが最後かもしれない。

 聞きたいことがあれば今のうちに聞いておけ」

 

「分かりました。

 では、いくつか聞いておきたい事があります」

 

いつか、こんな日が来ると―――

鬼という生命を知れば知るほどに、鬼を師匠に持つ事ほど、この世に稀有な例は他にないだろう事は分かっていた。

 

その夜、オレは師匠と話をした。

『鬼狩り』『呼吸』『柱』『鬼の出生』『十二鬼月』

そして、長年探しているという『青い彼岸花』のこと。

 

師匠の過去と、人間としての名前も教えて頂いた。

 

人間を喰う鬼は悪。

人間を殺す人間もまた悪。

 

強い者が正義などと安易な事は言えないが・・・

少なくとも、どれだけ強くなろうとも、軽んじられる生命に憤りを感じられる師匠で良かったと思う。

 

弱者には、何も守れないーーー

 

この世界を強く生き抜くには、もっともっと力を付けなければならない―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先ほどの礼だ。

 これをお前にやろう」

 

そう言って、別れ際に師匠が渡してきた物は、

なんて事はない普通の黒帯と、花火玉だった。

 

「素流道場はもうないが・・・

 お前に師範代の称号を与える。

 今日より素木慶吾(しらきけいご)と名乗れ」

 

お前は俺と違って頭が良いから、一回見れば覚えるだろう。

そう言いつつ、『素木慶吾』という字を地面に書いてくれた。

 

「ありがとうございます。師匠。

 ・・・でも、道場を再興する気はないですよ?」

 

「構わない。道場どころか何も無いんだからな。

 だが、もしこの先、教えを乞う者が現れた時に、許可なく技術を教える事を許す。

 お前は自由だ。自由に生きるために、強くなれ」

 

「それなら、分かりました」

 

「それともう一つは、餞別だ。

 これを打ち上げた時、もし近くにいれば、一度だけ駆け付けてやる」

 

「ありがとうございます。

 それは使い時が難しいですね」

 

「こればかりは運次第だ。

 運次第なんだが、そうだな・・・

 何故か、お前なら上手くやれる気がする」

 

「何ですか?その信頼感は」

 

「・・・勘だ」

 

「なるほど、勘ですか。

 それは馬鹿に出来ないですね」

 

「ああ、上手くやれ」

 

「はい、上手くやります」

 

「・・・」

 

「・・・」

 

「じゃあな、慶吾」

 

「師匠、お元気で」

 

 

 

草木も眠る丑三つ時

 

月明かりに照らされた獣道を一人の鬼が駆け抜ける

 

目指すは浅草

 

 

 

 

 

序章 黎明の鬼-終-




『素木慶吾』について
『素』と『慶』の字を師範から継がせました。
素山でなく素木なのは、未来への成長を期待しての事です。
また『吾』には防ぐという意味があり、守るための力である事を意味しています。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。