未来の花   作:ZANGE

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第70話
Side: 慶吾


甲と柱

「おまえ、人間にしてはやるなぁ」

 

血鬼術(けっきじゅつ)で生み出された、赤黒く脈打つ不気味な鎌。

いかにも何らかの能力が付与されていそうなソレを、躱し、手甲で逸らし、必死に避ける。

 

両手から放たれる猛攻に、一瞬たりとも気が抜けない。

一度の瞬きが死に繋がる。

 

堕姫(だき)と呼ばれた妹の帯とは比べ物にならない、隔絶した強さ。

表情を見るに、おそらくは全く本気ではないソレを捌きながら、次の手を打つ。

 

 

「この人間!

 とっとと兄さんにやられなさいよ!!」

 

大地に大きく空いた落とし穴の底から、堕姫の罵声が飛んでくる。

 

攻撃を上手く躱しつつ、追い詰められている振りをしながら、あと一歩のところで誘導した落とし穴。

意識の隙間に差し込むように、堕姫の傲慢な心につけ込んだ手は、これ以上なく決まった。

 

落とし穴の底には(ふじ)の花の毒を塗った竹槍を用意してある。

解毒ができるまで、一人では抜け出せまい。

 

 

しかし、ようやく一人を足止めできたと思ったら、息を吐く間もなく妓夫太郎(ぎゅうたろう)が前線に躍り出てきた。

 

この鬼こそ、まさに上弦の一角。

長い両手から繰り出される鎌の軌道は変幻自在。

師匠と同じく、全ての攻撃が死に繋がる。

 

「ーーーッ!!」

 

ギンッ!!

紙一重で攻撃を受けながら、足元の石ころを蹴り飛ばす。

 

プツンーーー

糸が切れる音がして、目の前の鬼に向けて毒入りの矢が放たれる。

 

鏃が風を切る音に反応し、一瞬視線を寄せた後、妓夫太郎は左腕を大きく振るった。

 

血鬼術(けっきじゅつ)()血鎌(ちがま)

 

血の斬撃が飛び、迫り来る矢を全て吹き飛ばす。

 

刹那の隙に、大地を蹴って距離を取る。

 

その際、用意していた罠を作動させることも忘れない。

堕姫の落ちた穴を目がけ、巨大な大岩が落ちていく。

 

妓夫太郎も追撃を止め、妹の救助を優先させたようだ。

 

「ッッは!はぁ〜、はぁ〜、はぁ、は・・・」

 

瞬きも、息を吐く間もない、凄まじい猛攻だった。

堕姫はともかく、妓夫太郎はヤバい。

このままでは逆立ちしても勝てない。

 

「フゥ、フゥ、フゥ、フゥーーー・・・」

 

『これは師匠と戦う時のために、とっておきたかったんだけど・・・』

 

 

 

岩柱(いわばしら)悲鳴嶼(ひめじま)行冥(ぎょうめい)さんが現れたのは、偶然ではない。

 

師匠には話していない内容がある。

それを話せば、師匠に打ち勝つための秘策が全てバレてしまうから。

 

ある日オレは煉獄(れんごく)夫妻に誘われて、目隠しと耳栓をされたまま、とある場所へと連れて行かれた。

そこで産屋敷(うぶやしき)耀哉(かがや)という人と会い、一つの取引を交わした。

 

不思議な人だった。

生命力のない、まるで死人のような雰囲気を纏いながらも、幽玄の狭間に佇むような、超常の存在感。

人間では計り知れない視点で、この世を俯瞰しているかのような・・・

 

槇寿郎(しんじゅろう)さんを始め、明らかに人間を辞めている強者達が膝を付いて、一様に並んで最敬礼の姿勢を取る。

 

『ああ、この人が鬼殺隊の当主なのか』

 

誰よりも強靭な肉体をもって、或いは誰よりも明晰な頭脳をもって、荒々しい鬼狩りの人たちの復讐心を一身にまとめ上げているのかと思っていたけれど、それは大きな誤りだった。

 

彼は天気の話でもするかのように話し始めた。

 

慶吾(けいご)くん、今日は急な申し出にも関わらず、来てくれてありがとう。

 君は鬼殺隊(きさつたい)ではないから、私を敬う必要もない。

 どうか気楽に話を聞いて欲しい」

 

「分かりました」

 

その言葉を聞くだけで、自然と心地良くなる不思議な声だった。

 

「君たちは、鬼に家族を殺されたと聞いた。

 もし君たちが望むなら、鬼殺隊に席を用意したいと思うんだけど、どうかな?」

 

心の奥まで染み渡るかのような、不思議な声。

彼は君たちと口にした。沙代(さよ)獪岳(かいがく)のことも話に聞いているのだろう。

ただ、勝手に知られていたとしても、不思議と嫌な気持ちは湧いて来なかった。

 

「家族を殺した鬼は、絶対に赦さない。

 全身を細切れに引き裂き、ひき肉にしても殺し足りないくらいだ。

 だが仇を討ち、オレ達を鍛えてくれたのは師匠だ。

 オレ達が目の前の鬼をどうするかは、オレ達が決めます」

 

その言葉は予想していたのだろう。

声に小さな揺らぎもなく、彼は続けた。

 

「分かった。私たちはその意志を尊重しよう。

 それに槇寿郎からも、君はかなり強いと聞いている。私たちの組織で言う、甲くらいの実力はあると思う。

 そこで話は変わるけれど、君は十二鬼月(じゅうにきづき)を知っているかな?」

 

「十二鬼月のことは、師匠から教わりました。

 上弦(じょうげん)下弦(かげん)のこともです」

 

「やっぱり君の師は、特別なんだね。

 叶うことなら私も一度、会ってみたいと思うよ」

 

ざわりーーー!

その瞬間、周囲は驚きに包まれた。

 

「お館様(やかたさま)!」

 

額には横一文字に走る傷跡、南無阿弥陀仏と仏文字の染められた羽織を纏う大男が堰を切ったように声を漏らす。

 

「ありがとう行冥。

 でも、不思議と大丈夫な気がするんだ」

 

彼が穏やかに話す度、心地よい風が心に吹き抜けるようだった。

柱の皆にかける声は特に、心からの安心を感じる響きだった。

 

「お館様、お戯れが過ぎます!」

 

煌びやかな宝石の縫われた派手な額当てを着け、布で髪を覆った男が再度諫める。

 

「ありがとう、天元(てんげん)

 槇寿郎も、そんなに見つめないで欲しい。

 (みんな)に心配をかけるつもりはないんだ」

 

つくづく、不思議な人だった。

お館様と呼ばれる人を前に、あたまを下げている誰一人として、一対一で勝てる気がしない。

本物の強者が、不思議なくらいに彼を慕っている。

 

その穏やかな声が、不意にこちらへと向けられる。

 

「ここにいる(はしら)たちは(みんな)、抜きん出た才能がある。

 血を吐くような鍛錬で自らを鍛えて死線をくぐり、十二鬼月をも倒している。

 自らを鍛え抜いたからこそ分かる強さ。限界を超えた死線。

 その一歩を踏み出す勇気が、甲と柱を大きく分ける。

 君は、本当に強い鬼と戦うには、その才能を磨き切れていないのではないかな?」

 

それは師匠と別れてから、ずっと考えていたことだった。

 

十二鬼月に打ち勝った者。

確かに、柱と呼ばれた人たちは凄まじいほどの覇気を纏っている。

たとえ自分の場に誘き寄せたとして、果たしてどれほどの勝率か。

 

「おっしゃる通りです。

 今のオレでは槇寿郎さんには勝てません。

 他の方にも敵わないでしょう」

 

「・・・やれば、分からんがな」

 

ボソリと槇寿郎さんが何かを呟いたが、聞き取れなかったので無視する。

 

「そこで提案があるんだ。

 私たちは君たちに人間を強くする方法を教える。

 君たちには倒した鬼の情報を私たちに教えて欲しいんだ。

 今ここにいる柱の(みんな)にも、管轄があってね。

 鬼を倒してくれるのは嬉しいことなのだけれど、君たちのことを知るまで、何が起こったのか調査をする必要があったんだ。

 より強い鬼が縄張りに現れた可能性もあるからね。

 人が日輪刀(にちりんとう)も持たずに鬼を倒すのは、本当に珍しいことなんだよ」

 

あやしい。

どうにも話が美味すぎる。

当主がわざわざ一介の人間を呼び出して、それだけという事はないだろう。

 

『・・・確認しておくか』

 

「・・・それだけですか?

 師匠のことを教えろとは言わないんですか?」

 

刹那、空気が凍った。

上から目線での言い分に、柱たちから殺気が向けられる。

 

その凍った空気さえも凍てつかせるような、優しくも絶対零度の覚悟を乗せて、彼は口を開いた。

 

「鬼の始祖、鬼舞辻無惨(きぶつじむざん)は、千年以上昔の私の遠い祖先の血筋に当たる。

 そして鬼舞辻無惨という怪物を一族から出してしまったせいで、私の一族は呪われている。

 私も殆ど目が見えないし、一人では立って歩くこともままならない。

 我が一族、唯一の汚点であるヤツは、私たちが、私たちの代で必ず倒す。

 そのためならば、私はたとえどんなことでもするつもりだよ」

 

この時この瞬間、オレは鬼殺隊の当主である産屋敷耀哉の求心力と、その奥に煮え滾る決して消えない炎を垣間見た。

 

その炎はとても馴染みのある感情だった。

だからこそ、その言葉は心にストンと落ちてきた。

この人はきっと、こちらから何かを話すまで、聞いてくることはないだろう。

 

だとすると、この場でこの人から幾つかの言葉を引き出すことができれば、残る懸念も解消できる。

 

オレは鬼殺隊当主、産屋敷耀哉さんに向かい、頷いた。

 

「分かりました。

 ただし、オレたちからも要望があります。

 聞いて頂けますでしょうか?」




槇寿郎はこの中で唯一、本気の慶吾と戦ったことがあります。

日曜にアップロードしたかったのですが、多忙の極みで遅れてしまいました。すみませぬ。
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