Side: 慶吾
「すうぅぅぅぅぅぅぅぅ・・・」
思い切り息を吸い込み、
肺から全身へと、呼吸が巡り廻る。
人の潜在能力から、更なる力を引き出す技。
一人の天才によって江戸時代に生み出され、その後も連綿と続く歴史の中、人の手によって研鑽を重ねてきた、基本五呼吸の型の一。
シィィィィィィィィィーーー!!!
風を斬り裂くような荒々しい呼気が口端から漏れる。
「よくもまあ、やってくれたわね・・・
底は竹やりだらけの落とし穴。
しかも、丁寧に
解毒するまで動けなかったわ・・・
もの凄く癪に触る。もの凄くね」
心に怒りを
よほど自信があるのか、怒りに我を忘れているのか。
わざわざ声をかけてくれるとは、随分とオレを侮っているらしい。
「お前は、アタシが殺す!」
『
全ての帯を四方八方に伸ばし、獲物をぐるりと取り囲む。
まるで竹で編まれた網かごのように縦横に編まれた帯を、中心にいる獲物に向かい一気に収縮させる。
その声が聞こえるかどうかの刹那、振り返ってつま先に力を込める。
パチン、と。
それは、緑色の爪。
「
『
呼吸を込めた莫大な力で大地を蹴り、螺旋状の小竜巻を纏いながら一直線に進む。
囲い込むように迫り来る帯は全て、竜巻に触れた瞬間、ズタズタに切り裂かれて弾け飛んでいった。
「えっ?」
怒りの表情から一転、顔に浮かんだのは戸惑いだろうか。
堕姫の目に、オレは映っているだろうか。
よしんば気付けたとしても、対応は間に合うまい。
先ほどまでとは異なる加速、この緩急の差こそが最大の武器。
しかしそこへ、凄まじい速度で割って入る影があった。
堕姫の首をあと一寸で斬り落とせる。
その寸前で刃が弾かれる。
ギィンーーー!!
弾いたのは凶々しい鎌。
その技量、その強さは正に
「チッ」
距離を取り、更に深く、更に強く呼吸を体内で練り上げていく。
「おめぇは本当に頭が足りねぇなぁ。
せっかく可愛い顔に生まれたんだからなぁ。
顔は大事にしろよなぁ」
地面を削ぎ取るような威力の旋風を受け、堕姫はその身体に多くの切り傷を負っていた。
妓夫太郎がその傷を優しく包み込むように撫でると、触れたところから傷は消え、元の綺麗な肌へと戻っていく。
一通り綺麗にした後、妓夫太郎の首がゆっくりとこちらを向いた。
「お前、思ったよりもやるなぁあ。
さすがは
妬ましいなああ、妬ましいなああ」
妓夫太郎の爪先が顔に深く食い込み、そのままボリボリと頭を掻きむしる。
「しかも、猗窩座さんに技を教わっておきながら、
許せねぇなぁ。許せねぇなぁ。
それだけ強けりゃ、もう手加減する必要もなさそうだなぁ・・・」
ボリボリと掻きむしった先から、赤い血が滲み出て滴ってゆく。
その傷だらけの顔が、ニヤリと怪しく歪んでいく。
「俺の可愛い妹を傷付けた報いは受けさせなきゃなぁ。
取り立てるぜ、俺はなぁ・・・
やられた分は必ず取り立てる。
死ぬときグルグル巡らせろ。
俺の名は、妓夫太郎だからなああ!」
『血鬼術・
血の付いた両腕を左右に振る。
流れ落ちる赤い血が斬撃となって、それぞれが意志を持つかのように弧を描いて舞い、恐ろしい速度で向かって来る。
『あの血の斬撃、自由に動かせるのか!?』
ガガガガガッ!!!
避けても戻って来そうな血鬼術を両手の爪で全て打ち落とし、足先で次の罠を発動させる。
案の定、血鬼術と同時に踏み込んで来た妓夫太郎が、目の前に鎌を振り下ろしていた。
「お前、少しはやるなぁあ。
でも、意味ねぇんだよなぁ」
「それはどうかな?
仕掛けはまだまだある」
妓夫太郎の左側から、オレの立つ場所を除いて一斉に矢が放たれる。
その射程範囲には、妓夫太郎だけでなく堕姫も入っている。
その矢を視認した瞬間、妓夫太郎は不思議なことに左目を瞑った。
『えっ?』
矢の飛んでくる方向の目を瞑る。
それは、襲い来る矢を無視する行為。
そのまま、両手の鎌が振り下ろされる!
ガキィィィ!
辛うじて鎌の柄を手甲で受け止めるも、凄まじい
「ぐッ」
右膝が地面に着く。
鎌の刃先が眼前に迫り、額に迫る。
寸前の差で、妓夫太郎の動きが止まった。
「チッ!藤の花か!?」
待ち望んだ好機に、集中力が極限まで高められる。
世界がゆっくりと回り始める。
妓夫太郎の声を耳にしながら、ゆらりと力を抜いて体を前に倒す。
何度も何度も頭の中で思い描き、考えなくても身体が動くほどに繰り返し修練を重ねた、
罠と、呼吸と、技とが一体となった瞬間に生まれる、師匠を倒し得る可能性の一つ。
全ての感覚が一斉に開き、脳が恐ろしい速度で回転する。
『風の呼吸・
水が流れ落ちるように自然と身体が動き、低い姿勢のまま、砂塵が舞い上がるが如き牙が振われる。
「バカ、な・・・
こんな、ガキに・・・」
ぽとりーーー
妓夫太郎の首が落ちる。
「あと一人!」
上弦の首にも届き得る攻撃。
ただし届くとは言っていない。