未来の花   作:ZANGE

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第72話
Side: 慶吾


上弦の陸

上弦(じょうげん)(ろく)妓夫太郎(ぎゅうたろう)

おそらくは柱すら凌駕し、師匠に伍するほどの強者。

 

油断から生じた隙を突き、奇跡的に其の首を落とした。

 

『最大の障害を排除できた。

 これなら刻限の夜明けまで時間を稼げそうだ』

 

戦いの最中にも関わらず、そう、意識を緩めてしまったのがいけなかった。

 

意識の隙間を縫うように、気付けば鳩尾に強烈な一撃を受けていた。

 

「ごふっ!」

 

肺の中身を全て吐き出され、遠くまで飛ばされてしまう。

視界の隅に、花柄の太い帯が揺蕩(たゆた)っているのが見えた。

 

堕姫(だき)!?

 あの矢を受けて動けたのか!?』

 

首を回して背後を見ると、あわや大木にぶつかるという寸前。

空中でくるりと身体を回転させて樹木の幹へと足を着け、そのままスタッと大地に降りる。

 

随分と離されてしまった。

 

集中して耳をすませるが、追撃は来そうにない。

いずれにせよ、妓夫太郎を倒した今が好機。

焦らず、迅速に、戦える状態で戻らなければならない。

 

ゆっくりと息を吐き、呼吸を整えていく。

息を吸い込み、ゆっくりと吐き、それを繰り返す。

 

 

 

 

 

木々の隙間から微かな月明かりが差している。

そこに一人、夜空を見上げる堕姫の姿があった。

 

妓夫太郎の姿はなかった。

上弦と言えど、通常の鬼と同じように崩れて消え去ったのだろうか。

 

「あら。まだ生きていたのね」

 

こちらへ振り返った堕姫の額には、逆さに『陸』と刻まれた第三の瞳が開眼していた。

 

『陸の目が二つ?

 そう言えば、妓夫太郎は斬られる直前、不自然に左目を閉じていた。

 あの左目がそうなのだとしたら・・・

 妓夫太郎は妹を守ろうとして・・・?』

 

思考に意識を傾けていると、不意に堕姫が声をかけてきた。

 

「アンタ、名前は?」

 

「・・・慶吾(けいご)だ。素木慶吾(しらきけいご)

 師匠に付けて貰った名だ」

 

「ふぅん、そう・・・慶吾ね。

 アンタに一つだけ忠告してあげるわ。

 その程度の実力でアタシたちに勝てるなんて思わないことね。

 兄さんはアンタが死なないようにずっと手加減してた。

 それなのに、よくもやってくれたわね・・・

 もう手加減なんてしない。

 人にやられたことは、人にやって返して取り立てる。

 それが、アタシたちの生き方よ!」

 

堕姫の殺気が膨れ上がり、それに呼応するかのように帯がゆらゆらと立ち昇る。

今までは感じなかった強者の覇気。

背後にゆらゆらと、焼け付くような焔を幻視する。

 

何百年と人を喰ってきたのだろう、決して人とは相容れぬ鬼。

にも関わらず、その姿を何故か、綺麗だと感じてしまった。

 

『目つきが変わった。

 人間を見下すような目つきから、真冬を生き抜く一匹狼のような、他を寄せ付けぬ気高さすら感じる目つきに。

 それに額の目・・・

 あの目から妓夫太郎と同じ威圧感を感じる』

 

脳が鳴らす警鐘に従い、初手から全力でいくことに決めた。

 

先手必勝。

左右の腕を振るい、袖下へ隠していた小さな刃物を両手に持つ。

手首の回転を利かせ、左右の木に潜む隠し罠へと投擲。

 

プツンと糸が切れ、先ほどに倍する量の毒矢が堕姫の左右から放たれる。

唯一の逃げ場は、自分のいる正面のみ。

 

故に、どんな攻撃が来ても対処できるよう、腰を落とし、目を凝らしていた。

 

そして見た。

額の瞳がまるで独自の意志を持つかのように、きょろきょろと左右の矢を瞬時に確認したと思ったら、全ての帯が身体を大きく囲うように丸くなり、帯の球が出来上がっていた。

 

全ての矢が帯の守りに弾かれ、大地に落ちる。

 

『反応速度が格段に早くなった。

 あの額の目、妓夫太郎の血鬼術か・・・?』

 

帯が解かれると、中から無傷の堕姫が現れた。

 

「無駄よ。

 今のアタシに死角はないわ。

 でも、その矢はちょっと面倒ね。

 少し本気で掃除してあげる」

 

しゅるしゅると、無数の帯が身体に巻きついていく。

一本また一本と巻きついていく度、元の着物姿に戻っていく。

 

そして全ての帯が巻きついた時ーーー

美しい黒髪に三対の(かんざし)を差し、躑躅(つつじ)の花のような鮮やかに赤紫が映える躑躅色(つつじいろ)の花柄の小袖(こそで)に、黒い紋様の入った白い仕掛(しかけ)を羽織り、重なり合った紅い梅の花のような梅重色(うめがさねいろ)の帯を、花魁(おいらん)のようにふっくらと前結びにした女性が立っていた。

 

堕姫は「ふふっ」と艶やかに微笑むと、前帯を解きながら、くるくると舞い始めた。

 

帯が解けて伸びていく度に、美しい肌が月夜に照らされていく。

 

「兄さんの技、一度やってみたかったの」

 

その時、第三の瞳が頷いたような気がした。

 

血鬼術(けっきじゅつ)ーーー」

 

円斬旋回(えんざんせんかい)回転斬(かいてんぎ)り』

 

カッーーー!!!

 

 

 

辺りの山々に、轟音が鳴り響いた。

息を潜めていた獣は一目散に逃げ出し、鳥たちは一斉に遠くへと飛び立っていく。

 

咄嗟に空中に飛び上がったオレの目に映ったのは、一瞬にして切り拓かれた大地だった。

今の今まであったはずの森が堕姫を中心に吹き飛ばされ、そこだけぽっかりと広場が広がっていた。

 

根本から斬られ、吹き飛ばされた木々が周辺を押し倒すように折り重なり、逃げ場のない、すり鉢状の舞台となっていた。

 

『これが、上弦の鬼・・・』

 

ストンと大地に降り立つと、堕姫の瞳がこちらを見据えていた。

 

「これでもう、お得意の罠は使えないわね」

 

見れば花魁姿から、肌も露わな元の衣装に戻っていた。

 

周辺に飛ばしていた帯が集まってきて、再び腰元に戻ってくる。

すると、長く美しい黒髪が毛先から銀髪に染まっていく。

 

両手でかきあげられた艶やかな銀髪が華麗に舞う。

 

「ふふっ。

 今なら参ったと言えば、命だけは見逃してあげるわよ?」

 

「・・・悪いけど、ここで諦めたら、後で師匠に殺されるんで」

 

「そう・・・それなら・・・

 兄さんにしたのと同じように、喉笛掻き切って死になさい!」




古い芸ですが
お殿様ドリーム、帯回しです。
「よいではないかー、よいではないかー」
「あ〜れ〜」
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