Side: 慶吾
おそらくは柱すら凌駕し、師匠に伍するほどの強者。
油断から生じた隙を突き、奇跡的に其の首を落とした。
『最大の障害を排除できた。
これなら刻限の夜明けまで時間を稼げそうだ』
戦いの最中にも関わらず、そう、意識を緩めてしまったのがいけなかった。
意識の隙間を縫うように、気付けば鳩尾に強烈な一撃を受けていた。
「ごふっ!」
肺の中身を全て吐き出され、遠くまで飛ばされてしまう。
視界の隅に、花柄の太い帯が
『
あの矢を受けて動けたのか!?』
首を回して背後を見ると、あわや大木にぶつかるという寸前。
空中でくるりと身体を回転させて樹木の幹へと足を着け、そのままスタッと大地に降りる。
随分と離されてしまった。
集中して耳をすませるが、追撃は来そうにない。
いずれにせよ、妓夫太郎を倒した今が好機。
焦らず、迅速に、戦える状態で戻らなければならない。
ゆっくりと息を吐き、呼吸を整えていく。
息を吸い込み、ゆっくりと吐き、それを繰り返す。
木々の隙間から微かな月明かりが差している。
そこに一人、夜空を見上げる堕姫の姿があった。
妓夫太郎の姿はなかった。
上弦と言えど、通常の鬼と同じように崩れて消え去ったのだろうか。
「あら。まだ生きていたのね」
こちらへ振り返った堕姫の額には、逆さに『陸』と刻まれた第三の瞳が開眼していた。
『陸の目が二つ?
そう言えば、妓夫太郎は斬られる直前、不自然に左目を閉じていた。
あの左目がそうなのだとしたら・・・
妓夫太郎は妹を守ろうとして・・・?』
思考に意識を傾けていると、不意に堕姫が声をかけてきた。
「アンタ、名前は?」
「・・・
師匠に付けて貰った名だ」
「ふぅん、そう・・・慶吾ね。
アンタに一つだけ忠告してあげるわ。
その程度の実力でアタシたちに勝てるなんて思わないことね。
兄さんはアンタが死なないようにずっと手加減してた。
それなのに、よくもやってくれたわね・・・
もう手加減なんてしない。
人にやられたことは、人にやって返して取り立てる。
それが、アタシたちの生き方よ!」
堕姫の殺気が膨れ上がり、それに呼応するかのように帯がゆらゆらと立ち昇る。
今までは感じなかった強者の覇気。
背後にゆらゆらと、焼け付くような焔を幻視する。
何百年と人を喰ってきたのだろう、決して人とは相容れぬ鬼。
にも関わらず、その姿を何故か、綺麗だと感じてしまった。
『目つきが変わった。
人間を見下すような目つきから、真冬を生き抜く一匹狼のような、他を寄せ付けぬ気高さすら感じる目つきに。
それに額の目・・・
あの目から妓夫太郎と同じ威圧感を感じる』
脳が鳴らす警鐘に従い、初手から全力でいくことに決めた。
先手必勝。
左右の腕を振るい、袖下へ隠していた小さな刃物を両手に持つ。
手首の回転を利かせ、左右の木に潜む隠し罠へと投擲。
プツンと糸が切れ、先ほどに倍する量の毒矢が堕姫の左右から放たれる。
唯一の逃げ場は、自分のいる正面のみ。
故に、どんな攻撃が来ても対処できるよう、腰を落とし、目を凝らしていた。
そして見た。
額の瞳がまるで独自の意志を持つかのように、きょろきょろと左右の矢を瞬時に確認したと思ったら、全ての帯が身体を大きく囲うように丸くなり、帯の球が出来上がっていた。
全ての矢が帯の守りに弾かれ、大地に落ちる。
『反応速度が格段に早くなった。
あの額の目、妓夫太郎の血鬼術か・・・?』
帯が解かれると、中から無傷の堕姫が現れた。
「無駄よ。
今のアタシに死角はないわ。
でも、その矢はちょっと面倒ね。
少し本気で掃除してあげる」
しゅるしゅると、無数の帯が身体に巻きついていく。
一本また一本と巻きついていく度、元の着物姿に戻っていく。
そして全ての帯が巻きついた時ーーー
美しい黒髪に三対の
堕姫は「ふふっ」と艶やかに微笑むと、前帯を解きながら、くるくると舞い始めた。
帯が解けて伸びていく度に、美しい肌が月夜に照らされていく。
「兄さんの技、一度やってみたかったの」
その時、第三の瞳が頷いたような気がした。
「
『
カッーーー!!!
辺りの山々に、轟音が鳴り響いた。
息を潜めていた獣は一目散に逃げ出し、鳥たちは一斉に遠くへと飛び立っていく。
咄嗟に空中に飛び上がったオレの目に映ったのは、一瞬にして切り拓かれた大地だった。
今の今まであったはずの森が堕姫を中心に吹き飛ばされ、そこだけぽっかりと広場が広がっていた。
根本から斬られ、吹き飛ばされた木々が周辺を押し倒すように折り重なり、逃げ場のない、すり鉢状の舞台となっていた。
『これが、上弦の鬼・・・』
ストンと大地に降り立つと、堕姫の瞳がこちらを見据えていた。
「これでもう、お得意の罠は使えないわね」
見れば花魁姿から、肌も露わな元の衣装に戻っていた。
周辺に飛ばしていた帯が集まってきて、再び腰元に戻ってくる。
すると、長く美しい黒髪が毛先から銀髪に染まっていく。
両手でかきあげられた艶やかな銀髪が華麗に舞う。
「ふふっ。
今なら参ったと言えば、命だけは見逃してあげるわよ?」
「・・・悪いけど、ここで諦めたら、後で師匠に殺されるんで」
「そう・・・それなら・・・
兄さんにしたのと同じように、喉笛掻き切って死になさい!」
古い芸ですが
お殿様ドリーム、帯回しです。
「よいではないかー、よいではないかー」
「あ〜れ〜」