未来の花   作:ZANGE

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第73話
Side: 猗窩座


もう一つの戦い

元は緑が生い茂る豊かな山林だった。

それが今や見渡す限り、木々は吹き飛び、大地は抉れ、季節外れの氷の世界が広がっていた。

 

その荒れ果てた地でニコニコと笑いながら佇む鬼。

上弦(じょうげん)()童磨(どうま)

 

「うーん。

 猗窩座(あかざ)殿は本当に強くなったねえ。

 ・・・でも、それじゃあ俺は倒せないぜ」

 

凍った世界の中の、ひときわ目立つ氷像。

人型の氷像がぶるぶると震えたかと思えば、表面を覆う氷の粒が弾き飛ばされ、中から無傷の鬼が現れた。

上弦の(さん)・猗窩座。

 

「・・・鬱陶しい技だ」

 

童磨の強みである、遠距離攻撃とその手数の多さ。

猗窩座の鍛え抜かれた護りの技。

 

どちらも攻めるに難く、相手に致命傷を負わせるに至らないまま、鬼の再生力のおかげで千日手の様相となっていた。

 

「つれないなァ。

 さっき岩柱(いわばしら)を完封した技、まだ先があるんだろう?」

 

拳が繰り出す連撃も、両手に持つ扇で悉く弾かれる。

近づけば近づくほど空気中の冷気が強まり、ほんの僅かに攻撃が遅れてしまう。

 

格闘戦だけなら負ける要素はない、にも関わらずこの体たらく。

全くもって鬱陶しい。

 

業腹だが仕方ない。

このまま無惨(むざん)様に情けない姿を見せるわけにもいかない。

 

「・・・・・・」

 

スッ、と。

自然に素流(そりゅう)の構えを取る。

 

全身から放たれる闘気を限りなく薄く、無駄な動きをなくす。

 

威嚇するような足音もなく、静かに右掌を前に、左手を引いて大きく腰を落とす。

 

術式展開(じゅつしきてんかい)ーーー』

 

小さな雪の結晶が足元から次々と浮かび上がり、蒼い闘気が全身から立ち昇る。

 

スッ、と。

目を閉じ、身体から闘気が抜け落ちたかのように無となる。

敵を倒すという意識が、肉体から離れていく。

 

『・・・恋雪(こゆき)・・・』

 

目を開けた瞬間、見渡す世界が真っ白な銀世界に包まれる。

周囲を覆っていた氷の更に上から、真っ白い霜が降りていく。

 

破壊殺(はかいさつ)空式(くうしき)ーーー」

 

 

『!!?』

 

ふと、今の今まで感じていた慶吾(けいご)の闘気が消えそうになっていく。

 

『馬鹿弟子が、妓夫太郎(ぎゅうたろう)に本気を出させたか』

 

 

両手に溜め込んだ気を練り上げないまま、無造作に童磨に向けて放つ。

 

目も絡むような真っ白な輝きが走る。

 

拳を向けた先には、ただ何もない空間が広がっていた。

 

 

「妓夫太郎が約束を違えた!

 まだ続けるようなら、追いかけて来い!」

 

直撃はした。手応えもあった。

しかし、ヤツがこの程度で死ぬはずもないという、奇妙な信頼感があった。

 

去り際に言葉を投げつけると、俺は慶吾のいた場所へと急いで向かった。

 

 

 

 

 

ヒュゥゥゥゥゥゥゥゥゥーーー

 

何もない大地に風が吹く。

 

サラサラと霜は溶け、冷たい空気が風に乗って流れていく。

 

寒風の流れる先、何もない大地から遠く離れた場所に、一本の指が落ちていた。

 

それは小さな小指だった。

ピシッ、罅が入ったかのような音を立てると、心臓を失ったはずの血管がドクン、ドクン、と鼓動を始める。

 

血管が伸びていき、やがて血肉が生えてくる。

指から手、手から腕、腕から胴、胴から五体が、あり得ない速度で細胞分裂を繰り返し、復元されていく。

 

そうして、元通りの姿になった童磨は口を開いた。

 

「あぶなかったぁ・・・

 本当に死ぬかと思った」

 

鬼と化してから、否、人間だった頃も含め、初めて感じた死の恐怖。

生まれて初めて感じた、感情の揺れ。

 

周囲が真っ白に包まれた時に、生死の権を奪われたような気がした。

 

『あー、これ死ぬかも』

 

防御の刹那、かつて感じた事のない焦燥感に駆られるまま、瞬時の判断で小指を切り飛ばしていた。

 

指一本ともなれば、無惨様の血の濃い上弦の弐と言えど一瞬で再生とはいかず、再生には数分を要した。

あの人間に意識を取られていなかったら、もし本気で自分を殺すつもりだったら、全ての細胞ごと消し飛ばされていたかもしれない。

 

もしも、そうなっていたら、

たとえ不死身の鬼の肉体と言えど・・・

 

「うわぁ。急に身体が震えてきた!

 何だろうこれ・・・何だろう・・・

 これが恐怖、これが感情というやつかなぁ」

 

生まれて初めて感じる自らの感情は新鮮で鮮烈で、戸惑いと共に、いつまでも浸っていたいと思える不思議なものだった。

 

生まれてこの方、他人が普通に感じるはずのものを、自分の心は何も感じることはなかった。

無惨様と初めて出会った時でさえ、その力を怖いと、敵わず悔しいと感じたことはなかった。

まさか自分の中に、こんな人並みの感情があったなんて。

 

「わぁ、本当に存在したんだね。こんな感覚が。

 これが生きてるってことなんだ。

 ありがとう、猗窩座殿。ありがとう」

 

それは、生まれて初めて他人に対して抱いた感情だった。

自覚すると、急に世界が明るく開けたような、不思議な感覚が五体を包み込んでいた。

 

 

夢うつつの中にいると、突然脳に直接言葉がかけられ、現の世界へと呼び戻される。

 

「・・・はい、無惨様。

 ・・・はい、はい。

 承知致しました。

 ではそのように」

 

言葉が聞こえなくなる。

先ほどまでこの目を通して観察していた無惨様の意識も、離れていったのかもしれない。

 

 

急な景色が切り変わり、気付けば万世極楽教の導師の席に座っていた。

 

「ああ、血戦の日が楽しみだなぁ・・・

 本気の猗窩座殿ともっと戦えるように、俺も強くならないと」

 

この男、妓夫太郎のことは既に忘れていた。




童磨の言い回しが難しい・・・
上弦召集の時と、その後で口調が違うので、相手によって口調を変えてるのは間違いなさそうなのですが・・・

さて、引き続き仕事は多忙を極めておりますが、
なんとか一週間投稿だけは続けたいと思います。
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