Side: 猗窩座
元は緑が生い茂る豊かな山林だった。
それが今や見渡す限り、木々は吹き飛び、大地は抉れ、季節外れの氷の世界が広がっていた。
その荒れ果てた地でニコニコと笑いながら佇む鬼。
「うーん。
・・・でも、それじゃあ俺は倒せないぜ」
凍った世界の中の、ひときわ目立つ氷像。
人型の氷像がぶるぶると震えたかと思えば、表面を覆う氷の粒が弾き飛ばされ、中から無傷の鬼が現れた。
上弦の
「・・・鬱陶しい技だ」
童磨の強みである、遠距離攻撃とその手数の多さ。
猗窩座の鍛え抜かれた護りの技。
どちらも攻めるに難く、相手に致命傷を負わせるに至らないまま、鬼の再生力のおかげで千日手の様相となっていた。
「つれないなァ。
さっき
拳が繰り出す連撃も、両手に持つ扇で悉く弾かれる。
近づけば近づくほど空気中の冷気が強まり、ほんの僅かに攻撃が遅れてしまう。
格闘戦だけなら負ける要素はない、にも関わらずこの体たらく。
全くもって鬱陶しい。
業腹だが仕方ない。
このまま
「・・・・・・」
スッ、と。
自然に
全身から放たれる闘気を限りなく薄く、無駄な動きをなくす。
威嚇するような足音もなく、静かに右掌を前に、左手を引いて大きく腰を落とす。
『
小さな雪の結晶が足元から次々と浮かび上がり、蒼い闘気が全身から立ち昇る。
スッ、と。
目を閉じ、身体から闘気が抜け落ちたかのように無となる。
敵を倒すという意識が、肉体から離れていく。
『・・・
目を開けた瞬間、見渡す世界が真っ白な銀世界に包まれる。
周囲を覆っていた氷の更に上から、真っ白い霜が降りていく。
「
『!!?』
ふと、今の今まで感じていた
『馬鹿弟子が、
両手に溜め込んだ気を練り上げないまま、無造作に童磨に向けて放つ。
目も絡むような真っ白な輝きが走る。
拳を向けた先には、ただ何もない空間が広がっていた。
「妓夫太郎が約束を違えた!
まだ続けるようなら、追いかけて来い!」
直撃はした。手応えもあった。
しかし、ヤツがこの程度で死ぬはずもないという、奇妙な信頼感があった。
去り際に言葉を投げつけると、俺は慶吾のいた場所へと急いで向かった。
ヒュゥゥゥゥゥゥゥゥゥーーー
何もない大地に風が吹く。
サラサラと霜は溶け、冷たい空気が風に乗って流れていく。
寒風の流れる先、何もない大地から遠く離れた場所に、一本の指が落ちていた。
それは小さな小指だった。
ピシッ、罅が入ったかのような音を立てると、心臓を失ったはずの血管がドクン、ドクン、と鼓動を始める。
血管が伸びていき、やがて血肉が生えてくる。
指から手、手から腕、腕から胴、胴から五体が、あり得ない速度で細胞分裂を繰り返し、復元されていく。
そうして、元通りの姿になった童磨は口を開いた。
「あぶなかったぁ・・・
本当に死ぬかと思った」
鬼と化してから、否、人間だった頃も含め、初めて感じた死の恐怖。
生まれて初めて感じた、感情の揺れ。
周囲が真っ白に包まれた時に、生死の権を奪われたような気がした。
『あー、これ死ぬかも』
防御の刹那、かつて感じた事のない焦燥感に駆られるまま、瞬時の判断で小指を切り飛ばしていた。
指一本ともなれば、無惨様の血の濃い上弦の弐と言えど一瞬で再生とはいかず、再生には数分を要した。
あの人間に意識を取られていなかったら、もし本気で自分を殺すつもりだったら、全ての細胞ごと消し飛ばされていたかもしれない。
もしも、そうなっていたら、
たとえ不死身の鬼の肉体と言えど・・・
「うわぁ。急に身体が震えてきた!
何だろうこれ・・・何だろう・・・
これが恐怖、これが感情というやつかなぁ」
生まれて初めて感じる自らの感情は新鮮で鮮烈で、戸惑いと共に、いつまでも浸っていたいと思える不思議なものだった。
生まれてこの方、他人が普通に感じるはずのものを、自分の心は何も感じることはなかった。
無惨様と初めて出会った時でさえ、その力を怖いと、敵わず悔しいと感じたことはなかった。
まさか自分の中に、こんな人並みの感情があったなんて。
「わぁ、本当に存在したんだね。こんな感覚が。
これが生きてるってことなんだ。
ありがとう、猗窩座殿。ありがとう」
それは、生まれて初めて他人に対して抱いた感情だった。
自覚すると、急に世界が明るく開けたような、不思議な感覚が五体を包み込んでいた。
夢うつつの中にいると、突然脳に直接言葉がかけられ、現の世界へと呼び戻される。
「・・・はい、無惨様。
・・・はい、はい。
承知致しました。
ではそのように」
言葉が聞こえなくなる。
先ほどまでこの目を通して観察していた無惨様の意識も、離れていったのかもしれない。
急な景色が切り変わり、気付けば万世極楽教の導師の席に座っていた。
「ああ、血戦の日が楽しみだなぁ・・・
本気の猗窩座殿ともっと戦えるように、俺も強くならないと」
この男、妓夫太郎のことは既に忘れていた。
童磨の言い回しが難しい・・・
上弦召集の時と、その後で口調が違うので、相手によって口調を変えてるのは間違いなさそうなのですが・・・
さて、引き続き仕事は多忙を極めておりますが、
なんとか一週間投稿だけは続けたいと思います。