未来の花   作:ZANGE

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第76話
Side: 獪岳


壱の型

ただの人が、鬼と対等以上に渡り合うために生み出した、呼吸(こきゅう)の技。

 

何百年と研鑽されてきた呼吸の(かた)を大別すると、五つの系統に分類される。

 

その基本(きほん)五呼吸(ごこきゅう)の中でも、こと速度において右に出るものはないと言われるのが、(かみなり)の呼吸。

 

なかんずく、圧倒的な速度で一直線に移動し、相手に何も気付かせぬ内に斬る、神速の斬撃を繰り出す抜刀術がある。

 

 

刀を納刀した状態で、前にある獲物をよく見ながら、腰を低く低く落として構える。

 

「雷の呼吸・(いち)(かた)ーーー」

 

鯉口を切り

大地を蹴り

抜刀するーーー!!!

 

霹靂一閃(へきれきいっせん)!!』

 

目にも止まらぬ速度で突き進み、目の前の巻き(わら)を斬り飛ばした。

 

 

スゥッと、抜いた刀を静かに納刀する。

斬り飛ばされた巻き藁の上半身が、ドサッと大地に落ちる。

 

「・・・チッ。

 これでもダメか・・・」

 

『何か違う。何かが足りない。

 足運びも腕の振りも同じはずだ。

 ジジイと俺、一体何が違う・・・?』

 

巻き藁を前に思い悩んでいると、不意に声がかけられる。

どうやら、見られていたらしい。

 

「たった半年で、よくここまで雷の呼吸を使えるようになったのう」

 

「・・・本当のことを言ってくれ。

 今の俺には足りないものがあると」

 

獪岳(かいがく)、自分を卑下(ひげ)するな。お前には才能がある。

 それは努力の才能じゃ。

 今はまだ分からんかもしれんが、目標に向かって努力できるということは、誰にでもできることじゃない」

 

「チッ!

 じゃあどうして壱の型が使えないんだ!?

 教えてくれよ、なぁジジイ!」

 

師範(しはん)と呼べ!!

 ・・・儂はお前に雷の型全てを教えた。

 何故だか分かるか?」

 

「ここの修行が簡単だったからか?」

 

「違う!

 確かにお前は始めから身体ができていたが、

 それだけでいきなり全ての型を教えたりはせん」

 

「・・・じゃあ、何だ?」

 

「理由は一つ。

 お前が(かげ)の努力を惜しまない人間だったからじゃ。

 まだまだ未熟じゃが、僅か半年で全ての型を覚えられたのは、儂の呼吸、腕の動き、足運び、刀の流れをよく見て覚えようと、何度も何度も繰り返した証拠じゃ」

 

「壱の型は使えていないがな」

 

「はぁ〜。まったくお前も頑固じゃのう。

 まぁ、雷の呼吸の使い手は総じて激情家が多い。

 感情的になるなとは言わんが、制御する術も身につけねばな」

 

「おい、ジジイ。

 説教するつもりなら、俺は修行に戻るぞ」

 

「だから師範と呼べ!!

 ・・・オホン!まぁ聞きなさい。

 相手を見て、近付いて、斬る。

 そう頭で考えておる内は、壱の型の深奥(しんのう)には至れんのじゃ。

 『剣鯉口を離るるとひとしく、敵二ツにならざれば居合にあらず』と言ってのう。

 『斬る』という因と果を限りなく(ぜろ)に近付けるのが、この技なんじゃ」

 

「わけの分からないことをごちゃごちゃと。

 じゃあなにか?

 ジジイが(おに)を斬ると思ったら、もう鬼は斬れてなきゃおかしいってことか?」

 

文上(もんじょう)を読めば、そういうことになるのう」

 

「ハッ!馬鹿馬鹿しい!

 そんなことができるなら、とっくの昔に鬼のいない世界になってるだろうよ。

 それより師範、もう一度『霹靂一閃』を見せてくれ。

 今度こそ、壱の型を身につけてみせる」

 

「はぁ、まったく頑固なヤツめ・・・」

 

そうは言いつつも、根は優しく純粋で、頑固一徹なところのある師範は、持っていた杖を刀代わりに居合の構えを取った。

 

それだけで、全身の身の毛がよだつ。

 

ゴクリと、唾を飲み込み、

相手を中心に据えて、中段に構えを取る。

 

「ゆくぞ獪岳!

 雷の呼吸、壱の型ーーー」

 

何度も何度も繰り返し見た動き。

幾度となくこの身で受けた技の威力。

 

意識を集中しろーーー!!

 

攻撃の起点を読め!!

 

「霹靂一閃!!!」

 

来ると感じた瞬間、鳩尾に一撃を受けていた。

 

綺麗な弧を描いて吹き飛ばされる。

今日も、美しいとすら感じる技の冴えだった。

 

『クソッ!

 今の俺には受けることすら・・・

 相手の先の先を取る。

 この速度、この威力こそが壱の型』

 

()から(ろく)の型はいい。修行の果てに近付けるという確信がある。

しかし壱の型だけは、根本の何かが会得できないまま。

 

『この痛みを忘れない内に・・・』

 

そう心を奮い起こしながらも、綺麗に入った一撃の威力に、あえなく意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ある日、俺は桑島(くわじま)師範に告げられた。

 

「獪岳、もうお前に教えられることはない。

 今から最終選別(さいしゅうせんべつ)に行ってこい」

 

晴天(せいてん)霹靂(へきれき)だった。

この時俺は珍しく、本気で食い下がった。

 

「おいジジイ!

 俺は壱の型が使えないと言っているだろう?

 俺はまだ、アンタに教わりたい事があるんだ!」

 

しかし、この時ばかりは、ジジイと呼んだ事にも反応せず、桑島師範は俺の目を覗き込むように見ながら、ゆっくりと口を開いた。

 

「獪岳、お前が行き詰まっておることは、儂が一番よく分かっておる。

 じゃが、こればかりは儂からは教えられん。

 こんな片足の引退したジジイにはな。

 ここでいくら儂の真似を繰り返しても無駄なんじゃよ」

 

「だったら諦めろって言うのか!?」

 

「それは違う!!!」

 

「!?」

 

師範の声は、まるで声の雷が落ちたようだった。

 

「獪岳よ、諦めるな。

 儂が諦めておらんのに、お前が先に諦めてどうする?

 努力で無理なら、実戦の中で乗り越えれば良い。

 それに、お前がもし壱の型を会得すれば、それは新たな鳴柱(なりばしら)が誕生する時じゃろう」

 

「鳴柱・・・俺が・・・?

 槇寿郎(しんじゅろう)さんや、悲鳴嶼(ひめじま)さんのように・・・?」

 

「そうじゃ。

 無論、途中で逃げ出したり、責任を放り投げたり、努力を怠った場合は別じゃがのう」

 

「柱・・・俺が・・・あの強さに・・・」

 

頑固親父にしては、珍しく楽しそうに未来のことを語るものだから。

 

「どうじゃ獪岳?

 最終選別を受けるか?」

 

この時俺は、一も二もなく頷いていたのだった。




この獪岳が本当に尊敬している、圧倒的な強さを持つのは猗窩座。
だから、それより下の桑島師範のことは遠慮なくジジイと呼ぶし、こき使うことにも抵抗がない。

心で尊敬はしてるけど、話し方は善逸に対するそれに近い。
当座の目標ではあるものの、目指すべき頂きではないと理解しているから。
そんな遠慮のない獪岳と、優秀な弟子の向上心に満足気なお爺ちゃんでした。
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