Side: 獪岳
ただの人が、鬼と対等以上に渡り合うために生み出した、
何百年と研鑽されてきた呼吸の
その
なかんずく、圧倒的な速度で一直線に移動し、相手に何も気付かせぬ内に斬る、神速の斬撃を繰り出す抜刀術がある。
刀を納刀した状態で、前にある獲物をよく見ながら、腰を低く低く落として構える。
「雷の呼吸・
鯉口を切り
大地を蹴り
抜刀するーーー!!!
『
目にも止まらぬ速度で突き進み、目の前の巻き
スゥッと、抜いた刀を静かに納刀する。
斬り飛ばされた巻き藁の上半身が、ドサッと大地に落ちる。
「・・・チッ。
これでもダメか・・・」
『何か違う。何かが足りない。
足運びも腕の振りも同じはずだ。
ジジイと俺、一体何が違う・・・?』
巻き藁を前に思い悩んでいると、不意に声がかけられる。
どうやら、見られていたらしい。
「たった半年で、よくここまで雷の呼吸を使えるようになったのう」
「・・・本当のことを言ってくれ。
今の俺には足りないものがあると」
「
それは努力の才能じゃ。
今はまだ分からんかもしれんが、目標に向かって努力できるということは、誰にでもできることじゃない」
「チッ!
じゃあどうして壱の型が使えないんだ!?
教えてくれよ、なぁジジイ!」
「
・・・儂はお前に雷の型全てを教えた。
何故だか分かるか?」
「ここの修行が簡単だったからか?」
「違う!
確かにお前は始めから身体ができていたが、
それだけでいきなり全ての型を教えたりはせん」
「・・・じゃあ、何だ?」
「理由は一つ。
お前が
まだまだ未熟じゃが、僅か半年で全ての型を覚えられたのは、儂の呼吸、腕の動き、足運び、刀の流れをよく見て覚えようと、何度も何度も繰り返した証拠じゃ」
「壱の型は使えていないがな」
「はぁ〜。まったくお前も頑固じゃのう。
まぁ、雷の呼吸の使い手は総じて激情家が多い。
感情的になるなとは言わんが、制御する術も身につけねばな」
「おい、ジジイ。
説教するつもりなら、俺は修行に戻るぞ」
「だから師範と呼べ!!
・・・オホン!まぁ聞きなさい。
相手を見て、近付いて、斬る。
そう頭で考えておる内は、壱の型の
『剣鯉口を離るるとひとしく、敵二ツにならざれば居合にあらず』と言ってのう。
『斬る』という因と果を限りなく
「わけの分からないことをごちゃごちゃと。
じゃあなにか?
ジジイが
「
「ハッ!馬鹿馬鹿しい!
そんなことができるなら、とっくの昔に鬼のいない世界になってるだろうよ。
それより師範、もう一度『霹靂一閃』を見せてくれ。
今度こそ、壱の型を身につけてみせる」
「はぁ、まったく頑固なヤツめ・・・」
そうは言いつつも、根は優しく純粋で、頑固一徹なところのある師範は、持っていた杖を刀代わりに居合の構えを取った。
それだけで、全身の身の毛がよだつ。
ゴクリと、唾を飲み込み、
相手を中心に据えて、中段に構えを取る。
「ゆくぞ獪岳!
雷の呼吸、壱の型ーーー」
何度も何度も繰り返し見た動き。
幾度となくこの身で受けた技の威力。
意識を集中しろーーー!!
攻撃の起点を読め!!
「霹靂一閃!!!」
来ると感じた瞬間、鳩尾に一撃を受けていた。
綺麗な弧を描いて吹き飛ばされる。
今日も、美しいとすら感じる技の冴えだった。
『クソッ!
今の俺には受けることすら・・・
相手の先の先を取る。
この速度、この威力こそが壱の型』
しかし壱の型だけは、根本の何かが会得できないまま。
『この痛みを忘れない内に・・・』
そう心を奮い起こしながらも、綺麗に入った一撃の威力に、あえなく意識を失った。
ある日、俺は
「獪岳、もうお前に教えられることはない。
今から
この時俺は珍しく、本気で食い下がった。
「おいジジイ!
俺は壱の型が使えないと言っているだろう?
俺はまだ、アンタに教わりたい事があるんだ!」
しかし、この時ばかりは、ジジイと呼んだ事にも反応せず、桑島師範は俺の目を覗き込むように見ながら、ゆっくりと口を開いた。
「獪岳、お前が行き詰まっておることは、儂が一番よく分かっておる。
じゃが、こればかりは儂からは教えられん。
こんな片足の引退したジジイにはな。
ここでいくら儂の真似を繰り返しても無駄なんじゃよ」
「だったら諦めろって言うのか!?」
「それは違う!!!」
「!?」
師範の声は、まるで声の雷が落ちたようだった。
「獪岳よ、諦めるな。
儂が諦めておらんのに、お前が先に諦めてどうする?
努力で無理なら、実戦の中で乗り越えれば良い。
それに、お前がもし壱の型を会得すれば、それは新たな
「鳴柱・・・俺が・・・?
「そうじゃ。
無論、途中で逃げ出したり、責任を放り投げたり、努力を怠った場合は別じゃがのう」
「柱・・・俺が・・・あの強さに・・・」
頑固親父にしては、珍しく楽しそうに未来のことを語るものだから。
「どうじゃ獪岳?
最終選別を受けるか?」
この時俺は、一も二もなく頷いていたのだった。
この獪岳が本当に尊敬している、圧倒的な強さを持つのは猗窩座。
だから、それより下の桑島師範のことは遠慮なくジジイと呼ぶし、こき使うことにも抵抗がない。
心で尊敬はしてるけど、話し方は善逸に対するそれに近い。
当座の目標ではあるものの、目指すべき頂きではないと理解しているから。
そんな遠慮のない獪岳と、優秀な弟子の向上心に満足気なお爺ちゃんでした。