未来の花   作:ZANGE

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第78話
Side: 悲鳴嶼


試練

「実は、悲鳴嶼(ひめじま)様にお願いがあって参りました」

「私たちに、鬼狩(おにが)りになって(おに)(くび)を斬る方法を教えて」

 

出されたお茶にも手を付けず、姉妹はお互いに頷き合うと、迷わずそう口にした。

 

「・・・・・・」

『哀れな・・・』

 

鬼に襲われる、などということさえなければ、家族の愛に包まれて、幸せに暮らしていたことだろう。

こうなってしまったことへの、理不尽とも言うべきすべての運命が、(いと)わしく、(あわ)れで(たま)らない。

 

鬼への復讐心。

その気持ち自体は、痛いほどに理解できてしまう。

頷いて、育手(そだて)の元へ送るのは容易いことだった。

 

だが一時の感情で、この子らの未来を奪ってはならない。とも思う。

鬼殺隊(きさつたい)に入れば、穏やかな人生など望むべくもない。

この子らにはまだ明日が、未来があるのだから。

 

しかしながら、覚悟を決めた子供を相手に、上手い言葉が見つからない。

黙していると、横に座っていた沙代(さよ)が不意に口を開いた。

 

「おねえちゃんは、鬼がきらいなの?」

 

瞬間、しのぶの感情が爆発した。

 

「嫌いに決まってるでしょう!!

 目の前で父さんと母さんを殺されたのよ!?

 この憎しみを忘れて生きるなんて、私にはできない。

 できるわけないじゃない!!」

 

「しのぶ!!」

 

姉の声にハッとして、しのぶは渋々と席に座り直す。

 

そこへ、何でもないことのように沙代が言った。

 

「でも、鬼にもいい人はいるよ?」

 

「は?」

 

絶対零度の声が、しのぶの口から漏れる。

 

一方で姉のカナエは、静かな凛とした雰囲気から一転、沙代の方に身を乗り出して言った。

 

「沙代ちゃん!

 今の話はどういうこと!?

 詳しく教えてくれる?」

 

「ちょっと姉さん、落ち着いて!」

 

今度はしのぶの言葉にハッとして、恥ずかしそうに座り直すカナエだった。

 

「私ったら、申し訳ありません・・・

 でも、鬼は元々、私たちと同じ人なのだと、(かくし)の方に聞きました。

 人でありながら、人を喰らう。

 美しいはずの朝日を恐れる。

 そんな悲しい鬼と分かり合うこと、救うことはできないのかと。

 そう、私は思うのです」

 

聞き違いでなければ、この子は「悲しい鬼を救いたい」と述べた。

そんなこと、つゆほども考えたことはなかった。

 

『それが本心からの言葉ならば、正気の沙汰ではない』

 

もし猗窩座(あかざ)殿と出会うことがなければ、そう冷たく突き放していたかもしれない。

 

しかし今、カナエの言葉を頭から否定することはできなかった。

 

沙代が私の方を伺う気配がしたので頷くと、カナエの方を向いて話し始めた。

 

「わたしたちも鬼にみんな、ころされた。

 生きのこったのは、わたしとひめじまさんと、かいがくだけ。

 ひめじまさんが、ずっと鬼をたたいてくれたから、わたしたちはたすかった。

 でも、かいがくを助けたの、はくじ。

 はくじ、つよい。鬼だけど、やさしい」

 

沙代の(つたな)い言葉に、ところどころ私が補足を入れながら説明していく。

 

「ひめじまさんを探すのも、てつだってくれた。

 わたしたち、いちばん大きな家を探した。

 その家の人、私たちの家、ほしがってた。

 みんな死んで、だれも使わなくなったから・・・

 ひめじまさんもいなくなればって言ってた。

 ひめじまさんまで、いなくなる。

 そう思ったら、こわくなった。ゆるせなかった。

 でもわたし、小さくて弱いから。

 あの人に、つかまりそうになったとき。

 はくじ、助けてくれた。

 人間ころしたの、その時だけ」

 

鬼が、人間を襲わず、喰わず、それどころか人間の子供を助ける。

しかもその子供が今も無事に生きている。

鬼を知る者が聞けば、荒唐無稽のひと言に切って捨てる内容だろう。

 

まして相手は子供、たとえ夢か戯言と言われても致し方なし。

まだ心の傷も癒えていないだろう、二人に聞かせるには少々酷な内容だったかもしれない。

 

しかし最後まで真剣に聞いていたカナエの声には、どこか決意すら感じられた。

 

「沙代ちゃん、話してくれてありがとう。

 今の話、私は信じるわ。

 だって、鬼は元々人間なんだもの。

 何かの拍子に人間の心を取り戻したとしても、何もおかしくはないじゃない」

 

「・・・嘘をついてるとは思えないけど。

 それでも私は、鬼が嫌いよ・・・」

 

「だいじょうぶ。

 たぶん、はくじは、とくべつ。

 わたしも、鬼はきらい」

 

その言葉に、初めてしのぶの気配がやわらかいものに変わる。

 

「なぁんだ、そっか。

 心配して損した」

 

「しのぶ。

 しんぱいした?」

 

「だって、良い鬼もいるなら、

 鬼の頸を斬る時に、あなたは良い鬼ですかー?

 それとも悪い鬼ですかー?

 なんて、毎回聞かなきゃいけないじゃない?」

 

「ふふふ・・・」

 

おそらくこの明るさが、しのぶ本来の性格なのだろう。

 

思えば、子供たちとこうして卓を囲むのも懐かしい。

ふと気付けば、自然と含み笑いを浮かべてしまっていた。

 

三人の視線がこちらに向いたのを感じる。

 

しのぶは笑われたと思ったのか「もう、笑うことないじゃない!」と怒っていたが、それが余計に笑いを誘った。

 

『この子たちは、最後まで沙代の話を聞いてくれた・・・

 話の内容を馬鹿にしようともしなかった・・・』

 

今の話は、誰にでもできる話ではない。

そもそも信じて貰えないからだ。

 

なら、もう少し話してみても良いだろうか。

 

「すまないしのぶ、君を笑ったわけではない。

 だが、鬼を相手に悠長なことを語る余裕など、私たちにはない。

 悪鬼滅殺(あっきめっさつ)。鬼は見つけ次第、頸を斬るべし。

 そうしなければ、次の瞬間に誰かが殺される。守るべき誰かが死ぬ。

 それに、沙代が言った鬼のことなら心配要らない」

 

三人が静かに聞いてくれていることを確認して、話を続ける。

 

「狛治。鬼としての名を猗窩座と言う。

 数多の鬼の中でも、三番目に強い上弦(じょうげん)の鬼。

 彼とは本気で戦ったことがあるが、正直に言えば、今の私では勝てないほどに強い。

 私が生きているのは、彼が戦いを楽しむことを優先し、相手を殺すことに頓着しなかったからに過ぎない。

 基本、鬼は人を喰う必要があり、より多く喰った鬼ほど強くなる。

 だが彼に関しては、何らかの理由によって、これを克服できたのかもしれない。

 何より、沙代が懐いているところを見るに、彼の鬼は人間の心を持っているように思う」

 

あまり長話をするのは得意ではないものの、猗窩座という鬼に関しては、自分でも驚くほどにスラスラと言葉が出てきた。

 

猗窩座殿は鬼だが、我らが憎むべき存在ではない。

何度も会う内に、そう、心が認めてしまったのかもしれない。

 

ただ、そんな特例中の特例に早々出会うことなどない。

二人には現実を理解して貰わねば、特に姉の方は危険なことに首を突っ込みかねなかった。

 

「しかし、そんな鬼は他に見たことがない。

 沙代の言う通り、彼だけが特別な個体なのだろうと思っている。

 鬼は夜に隠れて人間を喰らい、そのことに僅かな呵責(かしゃく)もない。

 我ら鬼殺隊にとっては、しのぶーーー

 君の持つ、鬼を憎む心の方が、大多数の感情だと思う」

 

その言葉に、しのぶは「ほら姉さん」と姉へ声をかけていた。

それでも今の話に一筋の光明を見出したのか、カナエの雰囲気が変わることはなかった。

 

『随分と、ちぐはぐな子たちだ・・・

 上背(うわぜい)を見るに、戦いに向いている姉の方は、鬼を救いたいと言い。

 反対に小柄(こがら)で戦いに向いていない妹の方が、鬼殺の心を持っているとは・・・』

 

理想を抱くのは構わないが、鬼殺隊に入りたいと思うなら、実力を証明しなければならない。

鬼殺隊の任務は、常に死と隣り合わせ。

 

二人の覚悟を試すにはどうすればいいか。

そのことに思考を傾けながら、二人に告げる。

 

「ついてきなさい」

 

 

 

 

 

 

 

自分が常日頃から修行に使っている、巨大な岩がある。

大の男の背丈と同じくらいの大きさのそれ。

 

二人の姉妹には山のように見えていることだろう。

 

「これから私が出す試練を成し遂げることができれば、鬼殺隊の剣士となれるよう、育手を紹介する」

 

「ホント?」としのぶが声を弾ませる。

 

「あの、育手とは?」とカナエは戸惑うように尋ねてきた。

 

「剣士を育てる者たちのことだ。

 育手は何人もいて、各々の場所、やり方で剣士を育てている。

 多くは元々、力のある隊士だった者たちが、何らかの理由で引退し、後続の者たちを育てることに心血を注いでいる。

 育手の下で修練を積み、そして『藤襲山(ふじかさねやま)』で行われる最終選別(さいしゅうせんべつ)を生き残ることができれば、晴れて鬼殺隊の隊士として認められる」

 

そう伝えると、しのぶが「悲鳴嶼さんに教わりたいのに」と不満を口にする。

 

私は笑いを堪えながら、淡々と告げる。

 

「私は私の任務がある。

 それに、強くなるために己の鍛錬もある。

 人を教え育てる余裕はない」

 

「はくじに負けちゃったから?」

揶揄うようなしのぶの言葉を遮るように、カナエが「わかりました」と答えた。

 

「そして育手の下へは、二人別々に行って貰おうと思う」

 

「え・・・?」

しのぶの戸惑いと怯えが伝わってくる。

 

『私も甘くなったものだ・・・』

沙代と出会う前なら無視していただろう、その感情に言葉を重ねる。

 

「君たち二人は、見たところ体格に大きな隔たりがある。

 同じように剣技を磨いたところで、持って生まれた筋肉量は変えられない。

 特にしのぶ。君の腕では、鬼の頸を斬るのは困難だろう。

 姉と同じ道を歩みたいなら、自分に合った戦い方、呼吸を身に付ける必要がある。

 だから、別々の育手の下で修練を積むのが良いだろう」

 

思わず長くなったが、しのぶが納得した様子を見て、修行用の岩の上に片手を置いて告げる。

 

「試練は簡単。

 この岩を動かしなさい」




悲鳴嶼「私のお茶、誰も飲んでくれなかった・・・」
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