Side: 悲鳴嶼
「実は、
「私たちに、
出されたお茶にも手を付けず、姉妹はお互いに頷き合うと、迷わずそう口にした。
「・・・・・・」
『哀れな・・・』
鬼に襲われる、などということさえなければ、家族の愛に包まれて、幸せに暮らしていたことだろう。
こうなってしまったことへの、理不尽とも言うべきすべての運命が、
鬼への復讐心。
その気持ち自体は、痛いほどに理解できてしまう。
頷いて、
だが一時の感情で、この子らの未来を奪ってはならない。とも思う。
この子らにはまだ明日が、未来があるのだから。
しかしながら、覚悟を決めた子供を相手に、上手い言葉が見つからない。
黙していると、横に座っていた
「おねえちゃんは、鬼がきらいなの?」
瞬間、しのぶの感情が爆発した。
「嫌いに決まってるでしょう!!
目の前で父さんと母さんを殺されたのよ!?
この憎しみを忘れて生きるなんて、私にはできない。
できるわけないじゃない!!」
「しのぶ!!」
姉の声にハッとして、しのぶは渋々と席に座り直す。
そこへ、何でもないことのように沙代が言った。
「でも、鬼にもいい人はいるよ?」
「は?」
絶対零度の声が、しのぶの口から漏れる。
一方で姉のカナエは、静かな凛とした雰囲気から一転、沙代の方に身を乗り出して言った。
「沙代ちゃん!
今の話はどういうこと!?
詳しく教えてくれる?」
「ちょっと姉さん、落ち着いて!」
今度はしのぶの言葉にハッとして、恥ずかしそうに座り直すカナエだった。
「私ったら、申し訳ありません・・・
でも、鬼は元々、私たちと同じ人なのだと、
人でありながら、人を喰らう。
美しいはずの朝日を恐れる。
そんな悲しい鬼と分かり合うこと、救うことはできないのかと。
そう、私は思うのです」
聞き違いでなければ、この子は「悲しい鬼を救いたい」と述べた。
そんなこと、つゆほども考えたことはなかった。
『それが本心からの言葉ならば、正気の沙汰ではない』
もし
しかし今、カナエの言葉を頭から否定することはできなかった。
沙代が私の方を伺う気配がしたので頷くと、カナエの方を向いて話し始めた。
「わたしたちも鬼にみんな、ころされた。
生きのこったのは、わたしとひめじまさんと、かいがくだけ。
ひめじまさんが、ずっと鬼をたたいてくれたから、わたしたちはたすかった。
でも、かいがくを助けたの、はくじ。
はくじ、つよい。鬼だけど、やさしい」
沙代の
「ひめじまさんを探すのも、てつだってくれた。
わたしたち、いちばん大きな家を探した。
その家の人、私たちの家、ほしがってた。
みんな死んで、だれも使わなくなったから・・・
ひめじまさんもいなくなればって言ってた。
ひめじまさんまで、いなくなる。
そう思ったら、こわくなった。ゆるせなかった。
でもわたし、小さくて弱いから。
あの人に、つかまりそうになったとき。
はくじ、助けてくれた。
人間ころしたの、その時だけ」
鬼が、人間を襲わず、喰わず、それどころか人間の子供を助ける。
しかもその子供が今も無事に生きている。
鬼を知る者が聞けば、荒唐無稽のひと言に切って捨てる内容だろう。
まして相手は子供、たとえ夢か戯言と言われても致し方なし。
まだ心の傷も癒えていないだろう、二人に聞かせるには少々酷な内容だったかもしれない。
しかし最後まで真剣に聞いていたカナエの声には、どこか決意すら感じられた。
「沙代ちゃん、話してくれてありがとう。
今の話、私は信じるわ。
だって、鬼は元々人間なんだもの。
何かの拍子に人間の心を取り戻したとしても、何もおかしくはないじゃない」
「・・・嘘をついてるとは思えないけど。
それでも私は、鬼が嫌いよ・・・」
「だいじょうぶ。
たぶん、はくじは、とくべつ。
わたしも、鬼はきらい」
その言葉に、初めてしのぶの気配がやわらかいものに変わる。
「なぁんだ、そっか。
心配して損した」
「しのぶ。
しんぱいした?」
「だって、良い鬼もいるなら、
鬼の頸を斬る時に、あなたは良い鬼ですかー?
それとも悪い鬼ですかー?
なんて、毎回聞かなきゃいけないじゃない?」
「ふふふ・・・」
おそらくこの明るさが、しのぶ本来の性格なのだろう。
思えば、子供たちとこうして卓を囲むのも懐かしい。
ふと気付けば、自然と含み笑いを浮かべてしまっていた。
三人の視線がこちらに向いたのを感じる。
しのぶは笑われたと思ったのか「もう、笑うことないじゃない!」と怒っていたが、それが余計に笑いを誘った。
『この子たちは、最後まで沙代の話を聞いてくれた・・・
話の内容を馬鹿にしようともしなかった・・・』
今の話は、誰にでもできる話ではない。
そもそも信じて貰えないからだ。
なら、もう少し話してみても良いだろうか。
「すまないしのぶ、君を笑ったわけではない。
だが、鬼を相手に悠長なことを語る余裕など、私たちにはない。
そうしなければ、次の瞬間に誰かが殺される。守るべき誰かが死ぬ。
それに、沙代が言った鬼のことなら心配要らない」
三人が静かに聞いてくれていることを確認して、話を続ける。
「狛治。鬼としての名を猗窩座と言う。
数多の鬼の中でも、三番目に強い
彼とは本気で戦ったことがあるが、正直に言えば、今の私では勝てないほどに強い。
私が生きているのは、彼が戦いを楽しむことを優先し、相手を殺すことに頓着しなかったからに過ぎない。
基本、鬼は人を喰う必要があり、より多く喰った鬼ほど強くなる。
だが彼に関しては、何らかの理由によって、これを克服できたのかもしれない。
何より、沙代が懐いているところを見るに、彼の鬼は人間の心を持っているように思う」
あまり長話をするのは得意ではないものの、猗窩座という鬼に関しては、自分でも驚くほどにスラスラと言葉が出てきた。
猗窩座殿は鬼だが、我らが憎むべき存在ではない。
何度も会う内に、そう、心が認めてしまったのかもしれない。
ただ、そんな特例中の特例に早々出会うことなどない。
二人には現実を理解して貰わねば、特に姉の方は危険なことに首を突っ込みかねなかった。
「しかし、そんな鬼は他に見たことがない。
沙代の言う通り、彼だけが特別な個体なのだろうと思っている。
鬼は夜に隠れて人間を喰らい、そのことに僅かな
我ら鬼殺隊にとっては、しのぶーーー
君の持つ、鬼を憎む心の方が、大多数の感情だと思う」
その言葉に、しのぶは「ほら姉さん」と姉へ声をかけていた。
それでも今の話に一筋の光明を見出したのか、カナエの雰囲気が変わることはなかった。
『随分と、ちぐはぐな子たちだ・・・
反対に
理想を抱くのは構わないが、鬼殺隊に入りたいと思うなら、実力を証明しなければならない。
鬼殺隊の任務は、常に死と隣り合わせ。
二人の覚悟を試すにはどうすればいいか。
そのことに思考を傾けながら、二人に告げる。
「ついてきなさい」
自分が常日頃から修行に使っている、巨大な岩がある。
大の男の背丈と同じくらいの大きさのそれ。
二人の姉妹には山のように見えていることだろう。
「これから私が出す試練を成し遂げることができれば、鬼殺隊の剣士となれるよう、育手を紹介する」
「ホント?」としのぶが声を弾ませる。
「あの、育手とは?」とカナエは戸惑うように尋ねてきた。
「剣士を育てる者たちのことだ。
育手は何人もいて、各々の場所、やり方で剣士を育てている。
多くは元々、力のある隊士だった者たちが、何らかの理由で引退し、後続の者たちを育てることに心血を注いでいる。
育手の下で修練を積み、そして『
そう伝えると、しのぶが「悲鳴嶼さんに教わりたいのに」と不満を口にする。
私は笑いを堪えながら、淡々と告げる。
「私は私の任務がある。
それに、強くなるために己の鍛錬もある。
人を教え育てる余裕はない」
「はくじに負けちゃったから?」
揶揄うようなしのぶの言葉を遮るように、カナエが「わかりました」と答えた。
「そして育手の下へは、二人別々に行って貰おうと思う」
「え・・・?」
しのぶの戸惑いと怯えが伝わってくる。
『私も甘くなったものだ・・・』
沙代と出会う前なら無視していただろう、その感情に言葉を重ねる。
「君たち二人は、見たところ体格に大きな隔たりがある。
同じように剣技を磨いたところで、持って生まれた筋肉量は変えられない。
特にしのぶ。君の腕では、鬼の頸を斬るのは困難だろう。
姉と同じ道を歩みたいなら、自分に合った戦い方、呼吸を身に付ける必要がある。
だから、別々の育手の下で修練を積むのが良いだろう」
思わず長くなったが、しのぶが納得した様子を見て、修行用の岩の上に片手を置いて告げる。
「試練は簡単。
この岩を動かしなさい」
悲鳴嶼「私のお茶、誰も飲んでくれなかった・・・」