未来の花   作:ZANGE

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第80話
Side: しのぶ


家族ごっこ

ガラリと、玄関の戸が開かれる。

ぬっと、戸をくぐるように現れた大柄の人影へーーー

 

「おかえりなさい、悲鳴嶼(ひめじま)さん!」

 

私は元気いっぱいに明るい声をかけた。

 

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

 

気まずい沈黙が流れる。

ちょっとお茶目が過ぎただろうか。

 

戸を開けたままの格好で固まってしまった悲鳴嶼さんへ、隣にいる姉さんが静かに声をかける。

 

「本日もお疲れ様でした」

 

「おかえりなさい、ひめじまさん」

 

悲鳴嶼さんの顔が、ゆっくりと沙代(さよ)ちゃんに向けられる。

 

「・・・ああ、ただいま戻った」

 

まるで沙代ちゃんを見て、ようやくここが自宅だと思い出したような振る舞いに、思わず笑みが溢れる。

 

だってそれは、あの鬼を一瞬で倒した超人的な姿とは似ても似つかない、普通の人の姿だったから。

 

「悲鳴嶼さん、晩ご飯は楽しみにしててね!」

 

悲鳴嶼さんはスンと鼻を鳴らして「そうか」と呟いた。

 

「・・・お前たちが作ったのか?」

 

「そうよ!私と姉さん。

 沙代ちゃんにも手伝ってもらったわ」

 

「すみません。

 家にあるものを勝手に使わせて頂きました」

 

「わたしがおねがいした。

 ひめじまさんに、ごはん、作りたかったから」

 

沙代ちゃんが心配そうに付け加えると、悲鳴嶼さんは心配ないと宥めるように、その頭にポンと手を置いた。

 

「・・・そうか。どうりで良い匂いがする。

 沙代が許可したのなら、私から言うことはない」

 

その振舞いには家族に対するような親愛が感じられて、私にとっての姉さんが、悲鳴嶼さんにとっての沙代ちゃんなんだって。

なんとなくだけど、そう感じた。

 

 

 

夜は冷えるからと、みんなで囲炉裏(いろり)を囲みながら晩ご飯をとることになった。

 

囲炉裏の周囲に、山菜(さんさい)のお浸しと岩魚(いわな)の焼き物、(きのこ)の味噌汁とおにぎりが並んでいる。

 

「美味い」

 

私の作った味噌汁をひと口飲んだ悲鳴嶼さんが、思わずといった風に呟いた。

 

「それは、しのぶが作ったんですよ」

 

横にいる姉さんが嬉しそうに答える。

何をやっても姉さんには勝てない私だけど、こういった事は昔から得意だった。

 

「他は姉さんのが何でも上手じゃない」

 

「しのぶは手先が器用なんです。

 昔から庭から材料を採ってきては薬師(くすし)の真似事をしていて、しかも本当に薬を作ってしまうんです」

 

「しのぶはりょうり、すごく上手。

 人に教えるのも、すごく上手。

 わたしも、おにぎり、教えてもらった」

 

姉さんの言葉に重ねるように、沙代ちゃんが純粋な瞳で私を見つめてくる。

こんな風に、姉さん以外の人から本気で誉められるのは慣れていなくて、私は恥ずかしさで俯いてしまう。

 

「・・・型を知り、型を破る。

 生まれつき特別な才能を持つ者は、新たな独自の呼吸を生み出すことが多い」

 

悲鳴嶼さんがポツリと呟いた。

それは、ただ感じたことをそのまま述べただけなのかもしれない。

 

呼吸とか、分からない言葉もある。

しかしその言葉は、私の心にスッと入り込んで、心の奥の方に根付いて忘れられないものとなった。

 

 

悲鳴嶼さんの手が、目の前のおにぎりへと向かう。

その指が小さな、ちょっと形の崩れた丸いおにぎりを掴んだ。

 

「あ・・・」

 

悲鳴嶼さんの横に座る沙代ちゃんがソワソワし始める。

その視線は悲鳴嶼さんの手に釘付けだった。

 

私と姉さんの視線も、自然と悲鳴嶼さんの口元へと向かう。

 

持ち上げると崩れそうになるソレを、悲鳴嶼さんは一気に口の中へと放り込んだ。

 

もしゃり、もしゃりーーー

 

誰も言葉を発さず、静かな時間が流れる。

その中に、咀嚼音だけが響いていた。

 

つーーー、と。

悲鳴嶼さんが唐突に涙を流す。

 

「ああ・・・懐かしい・・・。

 この小さいのは、もうないのか・・・?」

 

私と姉さんが涙を見てギョッとしている傍ら、沙代ちゃんは立ち上がって台所へと向かう。

 

「持ってくる!」

 

「ああ・・・お代わりを頼む」

 

悲鳴嶼さんはその後、もっと歪な形をしたおにぎりも含めて一つも残さず、全て美味しそうに平らげていた。

 

『ちょっと個性的な感性の人なのね』

そんな事を思いながらも、沙代ちゃんが終始ニコニコと嬉しそうだったので、私も姉さんも何も言わなかった。

 

後でこっそりと沙代ちゃんが教えてくれた。

「ひめじまさんが泣くのは、いつものこと。

 だから、気にしなくていいよ」

 

「あれが普通なんだ・・・

 やっぱり、ちょっと変わってるかも・・・」

 

この時ばかりは隣にいた姉さんも、私を(たしな)めるようなことは言わなかった。

 

 

 

「カナエ、しのぶ・・・

 沙代に色々してくれてありがとう」

 

沙代ちゃんが寝静まった後、私と姉さんは悲鳴嶼さんに呼ばれ、再び囲炉裏を囲んでいた。

 

「ふふん。

 そんなの当たり前よ」

 

「こら、しのぶ!」

 

胸を張る私と、嗜める姉さん。

そんなやり取りを見て、悲鳴嶼さんは珍しく穏やかな微笑を浮かべていた。

 

「ふふ・・・構わない。

 山菜は近くで採ってきたのだろう?

 二人とも試練を達成するまでの間、もし行くところがないのなら、ここで過ごすと良い」

 

「え、いいの?

 やった!」

 

悲鳴嶼さんに認められた気がして、私は飛び上がって喜んだ。

 

「ただし、これだけは注意してもらう。

 私が任務で不在の間は、絶対に夜は出歩かず、必ず藤の花のお香を焚いておくこと」

 

真面目な表情で話す悲鳴嶼さんへ、姉さんは神妙な顔で頷いた。

 

「鬼が、出るのですね・・・

 お香の事、よくよく承知致しました」

 

悲鳴嶼さんは頷くと、「最後になるが」と前置いて、私たち二人を交互に見つめた。

 

「これは個人的なお願いになるが・・・

 沙代の友人になって欲しい」

 

緊張した面持ちの私にかけられたのは、そんな、なんてこともない、優しい言葉だった。

緊張していたのがバカらしく感じて、自然と口調も砕けてしまう。

 

「なあんだ。

 そんなの言われなくても、沙代ちゃんとはもう友達よ」

 

「そうか・・・

 それなら、安心だな」

 

悲鳴嶼さんは穏やかな微笑みを浮かべていた。




沙代「ひめじまさんが泣くのはいつものこと」

しのぶ「え?あれが、ふつう・・・?」

カナエ「とても感情移入し易い方なのかしら・・・」

悲鳴嶼「南無・・・」



投稿が遅くなり、恐縮ですm(_ _)m
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