Side: しのぶ
目が覚めると、右手に違和感を覚えた。
ぼんやりとした頭で『何か変だな』と思いながら右手の方を見てみると、
私の右手を胸に抱きかかえながら。
沙代ちゃんを起こさないように、そっと上体を起こす。
『そういえば、昨日は三人一緒に寝たんだっけ・・・』
昨夜のことを思い起こしながら目を擦っていると、思わず欠伸が出てしまう。
「ふぁ・・・あぁ・・・」
それにしても今朝は不思議と爽やかな気分だった。
こんなにも優しい気持ちで起きられたのは久し振りで、右手を無理矢理に引き剥がすのも気が引けてしまう。
「沙代ちゃんも、寂しかったのかな・・・」
小さな友達を眺めながら反対の手で優しく髪を撫でていると、まぶたがピクリピクリと動く。
『起きるかな?』と思っていると、すぐに沙代ちゃんはムクリと起きてきた。
「んー・・・ふぁ・・・。
おはよう、しのぶ。
よくねむれた?」
目を擦りながらも、こちらの体調を気遣ってくれる。
可愛い。
もし自分に妹がいれば、こんな感じなのだろうか。
「うん!すごくよく眠れたよ。
ありがとう、沙代ちゃん」
「じゃあ、明日もいっしょにねる。
みんなでねるの、わたしも楽しみ」
沙代ちゃんから笑顔で請われたお願いに、私は嫌と答えることはできなかった。
夜、寂しくて悲しい気持ちになるのは、私も一緒だったから。
「・・・じゃあ、一緒に寝よっか」
「うん!」
姉さんはどこに行ったのかな。
そう思い外に出てみると、パァン!という殊更高い音が聞こえた。
音がする方へ近づいていくと、そこには
切り株の上に立てられた丸太へと、斧が真っ直ぐ振り下ろされる。
パァン!と高い音がして、綺麗な薪が出来上がっていく。
その光景を見て、居候の身であることを思い出した。
『そうだ、私も手伝わなくちゃ』
悲鳴嶼さんが薪を持ち上げる途中で声をかける。
「おじさん、その薪割り、私がやる」
「・・・私はまだおじさんと呼ばれるような年齢ではない」
「じゃあ、悲鳴嶼さん。
私がやるから」
もう一度「悲鳴嶼さん」と呼ぶと、しぶしぶ持っていた手斧を渡してくれた。
受け取ると、両手にズンと重さがのしかかる。
思っていたよりも随分と重たい。
持ち手ではなく、頭に近い方を両手で持つ。
丸太の上に立ててあった薪に向けて、両手で斧を持ち上げ、振り下ろす。
パン!
という音と共に、薪が割れる。
「・・・狙いが甘い」
後ろで見ていた悲鳴嶼さんから声がかかる。
「貸してみろ」
渡した斧を悲鳴嶼さんが振り下ろすと、ひときわ高い音が鳴った。
何よりその薪は、真っ直ぐ綺麗に割れていた。
「すごい!
おじさん、目が見えないのにどうして分かるの?」
「・・・頼むから、おじさんはやめてくれ」
「あっ、悲鳴嶼さん!」
「うむ・・・
しのぶ、お前は同年代の子と比べて小柄だ。
どれだけ鍛えても力は弱点となるだろう。
ゆえにーーー」
トンーーー
新たに立てた薪に、悲鳴嶼さんが軽く切れ込みを入れた。
「鍛えるべきは、力ではなく技。
技は、少ない力で何倍もの結果を出す。
例えば、この切れ込みを狙って真っ直ぐに振り下ろすことができれば、弱い力でも薪は半分に割れる」
手渡された手斧を受け取る。
今度は更に頭に近い方の柄背を両手で持つ。
薪の中央に真っ直ぐ描かれた切れ込みを見詰め、振り上げた斧をただ真っ直ぐに振り下ろす。
パン!
「あれ!?
・・・さっきよりも力を入れなかったのに・・・」
目の前で割れた薪は、綺麗に真っ二つになっていた。
「それでいい。
力は重要だが、全てではない。
・・・考え続けることだ。
しのぶならいずれ、斧など使わない方法も生み出せるかもしれない」
「・・・すごい!!
悲鳴嶼さん、ありがとう!!!」
『斧を使わない方法なんて分からないけど、今の感触は忘れたくない』
その後、姉さんが朝ご飯を呼びに来るまでの間、私は今の感触を忘れまいと、手にタコができるまでずっと薪割りを続けていた。
そんな分かりやすい怪我が隠し通せる筈もなく、食事中のぎこちない仕草で、姉さんだけでなく沙代ちゃんにもバレた。
「もう!
どこにも居ないと思ったら、こんなになるまで!
午後の試練、しのぶは参加禁止!」
「え〜!!
だって、仕方ないじゃない・・・」
「しのぶ、やりすぎ」
「がーん!
沙代ちゃんまで・・・」
結局それから一週間もの間、私は姉さんの挑戦を側で見続けるだけの日々を送った。
そして、私と姉さんが揃って試練に再挑戦する日、悲鳴嶼さんは「数日間は戻らないだろう」と言い残し、出張任務に出掛けていった。
しのぶは事件の後から、毎夜うなされるようになりました。
カナエがそんなしのぶを抱きしめることで無理やり眠らせていました。
(ここまでは公式設定)
沙代は、そんなしのぶの心を鎮めるために、無意識に力を使っています。
沙代のお陰で、しのぶは悪夢に魘されずに済んでいます。
その事にカナエは気付き、誰よりも感謝しています。
悲鳴嶼さんも、沙代が手を握り締める直前までの、しのぶの魘される声に気付いています。