Side: 響凱
「
ただ名前を呼ばれただけ。
たったそれだけのことで、身体の芯から凍えるような震えが走る。
『畏敬』『畏怖』『恐怖』
隔絶した存在を前に、喉から込み上げる恐れの感情を飲み込みながら、咄嗟に畳に額を擦り付けるように平伏する。
「・・・もう食えないのか?」
『ああ・・・』
嗚呼、遂に、このお方に知られてしまったのか。
否、最初からこのお方に隠し事など出来ようはずもなかった。
数々の言い訳が脳裏を駆け巡る。
しかし相手はあの猗窩座様すら従える絶対的強者。
取り繕う言葉も、口にする無意味さを考えれば虚しいばかり。
諦観にも似た覚悟を決めて頭を上げると、そこには無言で
何か喋ろうとするも口だけが動き、カラカラに乾いた喉からは、どうしても声が出てこない。
まさに、蛇に睨まれた蛙。
「・・・・・・・・・はい」
辛うじて喉から絞り出せたのは、それだけだった。
「そうか、その程度か・・・」
その言葉に自然と頭が下がり、俯いてしまう。
せっかく
「では、
最後に何か申し開きはあるか?」
頭上に伸ばされた手のひらが、視界に影を作る。
地獄の沙汰はしかし、想定よりも優しいものだった。
『剥奪だけ・・・殺さないのか?
もしまだ生きられるなら、下弦の称号などなくとも、小生はまだまだ強くなれる』
「・・・ありませぬ」
「ほう?」
目の前のお方から放たれる空気が変わる。
何かが琴線に触れたのだろうか。
珍しいものを見た、とでもいうように、その口が弧を描いた。
「では聞き方を変えよう。
貴様はまだ強くなれるか?」
いったい、どういう意図があるのだろう・・・
目の前に無惨様が現れた時点で、死は確定したものと思っていたが。
ただ一つ確かなことは、ここが鬼としての分岐点ということ。
次のひと言で小生の今後が決まる。
『ここではいと答えれば、助かるのだろうか・・・
それとも地獄に齎された蜘蛛の糸かーーー』
射貫くように突き刺さる視線。
嘘は赦さぬと、全身に凄まじい重圧を感じる。
鬼と化しても、死は怖い。
否、寧ろ簡単には死ねない身体だからこそ、より一層死が怖くなったかもしれない。
生きたい。死にたくない。
どうすればいい。どうすれば助かる。
脳内をぐるぐると無意味な言葉が並び、そして呆気なく血に沈む姿を幻想してしまう。
刹那の間に何度も何度も死を思い浮かべていく内、自然と猗窩座様の特訓で死にかけた記憶が蘇ってきた。
其れはある意味、直接的な死よりも辛く苦しい記憶だった。
『・・・そうだ。弱い鬼はただ死ぬのみ。
過酷な生存競争の中にしか活路はない。
空虚な言葉を取り繕おうと、このお方の御前では不敬。
小生もまた生きよう、猗窩座様のように』
「はい」
『猗窩座様の教えは、地獄の門番も裸足で逃げ出すものなれど、強くなれることだけは、間違いなくそうだと言える』
面を上げ、事実だけを簡潔に伝える。
「・・・・・・」
しばらく無言で佇んでいた無惨様は、その手を元に戻した。
「・・・ふむ、猗窩座の教育は悪くないようだ。
その気概に免じ、剥奪は保留とする。
これからも励むがいい」
現れた時と同様、唐突に姿を消した無惨様のいた地を夢現に眺めながら・・・
無惨様の言動から、小生の考えが全て読まれていたのだとすれば、辻褄が合うことに気が付いた瞬間。
ぶわりと滝のような汗が全身から噴き出した。
「・・・猗窩座様の元へ行かねば・・・」
色々あって無事に転職が叶いましたので、久々の投稿になります。
そろそろ忘れ去られていそうですが・・・
構想だけは最後まで作ってあるので、もし一人でも読んでくれる人がいれば、続けたいと思います。