未来の花   作:ZANGE

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第83話
Side: 響凱


気概

響凱(きょうがい)

 

ただ名前を呼ばれただけ。

たったそれだけのことで、身体の芯から凍えるような震えが走る。

 

『畏敬』『畏怖』『恐怖』

隔絶した存在を前に、喉から込み上げる恐れの感情を飲み込みながら、咄嗟に畳に額を擦り付けるように平伏する。

 

「・・・もう食えないのか?」

 

『ああ・・・』

嗚呼、遂に、このお方に知られてしまったのか。

否、最初からこのお方に隠し事など出来ようはずもなかった。

 

数々の言い訳が脳裏を駆け巡る。

しかし相手はあの猗窩座様すら従える絶対的強者。

取り繕う言葉も、口にする無意味さを考えれば虚しいばかり。

 

諦観にも似た覚悟を決めて頭を上げると、そこには無言で無惨(むざん)様が佇んでいた。

 

何か喋ろうとするも口だけが動き、カラカラに乾いた喉からは、どうしても声が出てこない。

 

まさに、蛇に睨まれた蛙。

 

「・・・・・・・・・はい」

 

辛うじて喉から絞り出せたのは、それだけだった。

 

「そうか、その程度か・・・」

 

その言葉に自然と頭が下がり、俯いてしまう。

せっかく猗窩座(あかざ)様に鍛えられ、地獄のような時間を過ごして尚、小生には何も為せぬのか。

 

「では、下弦(かげん)の数字を剥奪する。

 最後に何か申し開きはあるか?」

 

頭上に伸ばされた手のひらが、視界に影を作る。

地獄の沙汰はしかし、想定よりも優しいものだった。

 

『剥奪だけ・・・殺さないのか?

 もしまだ生きられるなら、下弦の称号などなくとも、小生はまだまだ強くなれる』

 

「・・・ありませぬ」

 

「ほう?」

 

目の前のお方から放たれる空気が変わる。

何かが琴線に触れたのだろうか。

珍しいものを見た、とでもいうように、その口が弧を描いた。

 

「では聞き方を変えよう。

 貴様はまだ強くなれるか?」

 

いったい、どういう意図があるのだろう・・・

目の前に無惨様が現れた時点で、死は確定したものと思っていたが。

 

ただ一つ確かなことは、ここが鬼としての分岐点ということ。

次のひと言で小生の今後が決まる。

 

『ここではいと答えれば、助かるのだろうか・・・

 それとも地獄に齎された蜘蛛の糸かーーー』

 

射貫くように突き刺さる視線。

嘘は赦さぬと、全身に凄まじい重圧を感じる。

 

鬼と化しても、死は怖い。

否、寧ろ簡単には死ねない身体だからこそ、より一層死が怖くなったかもしれない。

 

生きたい。死にたくない。

どうすればいい。どうすれば助かる。

脳内をぐるぐると無意味な言葉が並び、そして呆気なく血に沈む姿を幻想してしまう。

 

刹那の間に何度も何度も死を思い浮かべていく内、自然と猗窩座様の特訓で死にかけた記憶が蘇ってきた。

 

其れはある意味、直接的な死よりも辛く苦しい記憶だった。

 

『・・・そうだ。弱い鬼はただ死ぬのみ。

 過酷な生存競争の中にしか活路はない。

 空虚な言葉を取り繕おうと、このお方の御前では不敬。

 小生もまた生きよう、猗窩座様のように』

 

「はい」

 

『猗窩座様の教えは、地獄の門番も裸足で逃げ出すものなれど、強くなれることだけは、間違いなくそうだと言える』

 

面を上げ、事実だけを簡潔に伝える。

 

「・・・・・・」

 

しばらく無言で佇んでいた無惨様は、その手を元に戻した。

 

「・・・ふむ、猗窩座の教育は悪くないようだ。

 その気概に免じ、剥奪は保留とする。

 これからも励むがいい」

 

 

 

現れた時と同様、唐突に姿を消した無惨様のいた地を夢現に眺めながら・・・

 

無惨様の言動から、小生の考えが全て読まれていたのだとすれば、辻褄が合うことに気が付いた瞬間。

 

ぶわりと滝のような汗が全身から噴き出した。

 

「・・・猗窩座様の元へ行かねば・・・」




色々あって無事に転職が叶いましたので、久々の投稿になります。

そろそろ忘れ去られていそうですが・・・

構想だけは最後まで作ってあるので、もし一人でも読んでくれる人がいれば、続けたいと思います。
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