彼氏いない歴は18年である   作:kab3

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ラブコメってこと!
 
 



生駒達人 1

 界境防衛機関(ボーダー)なる組織からスカウトを受け、はるばる京都から三門くんだりまでやってきた生駒達人は今年で19になる男である。

 女の子は好きだが、小さな子供や女の子に話しかけるには些かキツい見目をしていると思っている。

 

 

 女子を見つけるたびに「カワイイ」などと言って憚らない生駒であるが、彼女を持ったことはない。女友達の存在すら危うい。ひょうきんに思われがちな生駒だが、ことこれ女関係に関しては非常に真摯で臆病なところがあった。

 しかしそんな生駒にも弟子と呼べる存在がいる。性別は女である。

 

 

 どうも真面目に頼まれては、生駒達人に女の子の頼みを断ることなどできなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 生駒達人の弟子の名前は百瀬里都という。A級2位の部隊で弧月を振るうひとつ下の女の子だ。

 彼女を知る大方の人間にはモモセ、にちなんでモモと呼ばれている。生駒も例外に漏れず、しかし年下の女の子を呼び捨てることはできなかったために呼び名としては「モモちゃん」に落ち着いた。

 

 可愛がっている弟子ではあるものの向上心が非常に高い、というわけではなくボーダーにも小遣い稼ぎのために入ったらしい百瀬里都はけれども才能がないわけではなく、生駒は楽しく相手をしてやった。トリオン体とはいえ女の子を何度も斬ることはあまり嬉しいものではなかったが、育てがいのある弟子は嬉しいものだったのだ。

 

 可愛らしいし。

 

 そう、百瀬里都は可愛らしかった。生駒の目には女の子全てがそう映ると言っても過言ではないかもしれないが、それを抜きにしたって百瀬はそこそこに可愛らしかった。

 実際、隊員に「モモちゃんかわええよな」と漏らしたところ「まぁ整ってる方ですしね」と返ってきたので間違ってはいないはずだ。あの隊員はそういうことはバッサリ捨てそうなところがあるので。

 

 

 

 生駒達人が百瀬里都をどういう類の感情かはさておき、それなりに好ましく思っていたのは事実だ。

 

 

 

 

 

 

 

 さて、高い位置のポニーテールが動くのにあわせて左右に振れるのを目で追ってしまうのはおそらく男でなくても経験したことがあるはずだ。

 

 生駒も御多分に洩れず、毎日同じ場所で結ばれているそれを会うたびとは行かずとも頻繁に目で追っかけてはじゃらされる猫みたく手を伸ばしたくなるのを堪え、髪を下ろした姿も可愛らしいのだろうなと考えるなどしていた。

 もちろん真顔で、である。

 

 しかし本日その視線は別に向いた。色のいい唇にだ。

 なまじ肌が白いだけにさほど鮮やかではない赤も映えて仕方がない。生身を見るのは随分久しぶりなのでこれが常のものなのかは生駒には知れなかったが、もし、これが、かわいく見せようとかいう理由での行為だとするならばそれだけでもう可愛くて仕方がないが、それはそうとしてつい昨日に告白まがいの、いや、おそらく告白だろう「好きかも」なんて言葉を聞き、ひどく慌てて醜態を晒したばかりであった。

 しかと向かい合うのは気恥ずかしく、隊室を前に入室許可を求められた時も名前を聞いて慌てて立ち上がって脛を打ったのだ。

 昨日早々に相談を持ちかけた水上には呆れた眼差しを向けられているし、隠岐にさえかわいそうなものを見る目をされた。おそらくこれは被害妄想ではない。

 

 

「モモちゃん、えっと、その……昨日は」

 

 

 そう切り出して言葉に詰まる。

 いったい自分は何を言おうとした? 好き、たしかに好きだがこれはそういうものなのか? 断りの返事だろうか。悪いけど、ごめんななどと謝るつもりか。まさか、こんなチャンスを棒に振るなんて……チャンス? なんのチャンス? いや、違うだろう。

 先ずは昨日真っ先に逃げたことを謝るべきじゃないのか、と滅多にない速さで頭を回転させたところで里都に先手を打たれた。

 

 

 

「あ、苗字変わりそうなんでモモちゃんって呼ばんといてほしいです」

 

 

 

 素っ頓狂な声を上げた気がする。会話の内容などろくに思い出せないがともかく下の名前を呼ぶことを求められたのは分かった。

 なにか、ひどく愛らしい笑顔も向けられた気がする。助けを求めようと隊員二人の方をチラッと見れば二人仲良くコソコソ話をしていた。おそらく話題は自分たちのことだろう。それしか考えられない。

 

 これだからイケメンは彼女のできた試しのない男の気持ちなんかわからんのや、と心中で悪態をついたところでとうとう後戻りできないところまで追い詰められていたことに気がつく。

 

 なんというか、弟子はこんなにもグイグイくるタイプであっただろうか。もっと気怠げで、息するのめんどくさいとか言うタイプではなかっただろうか。いや、そこまでではなかったか? もう何が何だかよくわからない。完全に生駒の脳みそは働くのをやめた。

 

 最後の足掻きにゆっくり深呼吸して里都の目を見た。やっぱりそらした。今になればとても直視なんかできるわけがなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「リツちゃん」

 

 声は震えてなかったか。吃っていなかったか。うまく言えたかもわからないままに黙りこくったリツの表情を伺い見るとその頰は薄い朱にそまっていた。これはいけない。耳が熱い。

 

 

「……はい」

 

 返ってきた返事もなんだか非常に甘かった。そこそこの期間師弟をやってきたと思っていたが聞いたことのない声音だった。むずむずして仕方がない。いけない。いけない。

 

 

「っ急用思い出したわ! また今度な!」

 

 

 

 顔を逸らしたまま隊室を飛び出る。人のいない廊下を見渡したところで昨日の相談相手である水上も隠岐も飛び出てきたばかりの部屋にいることを思い出す。

 ほとんどフルで働いている生駒のCPUがどこに逃げ込むかを考えたとき一番に思い浮かんだのは同級生の男だった。

 

 

 

 

 

 

 

「ちょお弓場ちゃん聞いてっ!」

「よかったね!」

「もうちょっと静かに入ってこれねぇのか生駒ァ」

「……なんで迅おるん?」

 

 扉の前で生駒は立ちすくんだ。部屋の中で仁王立ちしている弓場はいい。いつも通りだ。そうではなく、部屋に三つしかない椅子のひとつを占領している男がそこにいるのがおかしい。

 もちろん、いてはいけないわけではないが。

 そいつが部屋の主を差し置いて椅子に座っているのもいい。そういうものだ。しかし部屋の扉を開けると同時にその口から「よかったね」なんて言葉が出てきたのはおかしい。いや、副作用はよく知ってはいるが。

 

 

 

「いやね、今日この時間おれはここにいるべきだって天の啓示が……」

「自分何いうてるん」

「冗談だってば」

「せやろな」

「さっき弓場ちゃんと出くわして、()()()楽しそうな話するらしいじゃん?」

「ひとが真剣に困ってるっていうのに」

「相談? 珍しいな」

 

 

 

 ニコニコ笑みを崩さない迅悠一になんとも寒気が拭えないが、生駒は弓場にことのあらましを説明すべく向き合った。もちろん、椅子には座る。

 

 すうっと息を吸って、真剣な顔を作ってみて(いつもの真顔とさして変わらない)、手を組んでみたりして、言った。

 

 

「モ、んんっ…………モモちゃんが、俺のこと好きって」

「よかったね」

「よかったな」

「……冷たくない?」

 

 

 

 弓場も迅もモモちゃんが誰を指すのかは知っていた。モモちゃん。モモ。百瀬里都のことである。

 このおしゃべりな同級生がそのモモちゃんから弟子に迎えてほしいなどと言われたときから、会うたびとはいかなくとも三回に一度は名前の出てくる少女だ。顔も見たことがあるし、弓場にいたってはタイマンで戦りあったこともある。

 

 

「お前好きだろ」

「好きだよねぇ」

「好きなん?」

「なんで聞く」

「だって分からへんし」

 

 

 生駒は向けられる表情は違えど含まれる感情は同じだということを察した。呆れられている。むしろ、馬鹿にされている気がする。

 しかしどうしてこうもこの二人は他人の感情を決め切るのか。生駒自身にもはっきりわかっていないというのに。

 

 

「わからへん?」

 

 

 弓場の表情が変わった。いや、元から強面ではあったが雰囲気までも強面のそれに近づいた。

 

「返事は」

 

 迅の表情も変わった。生駒を責める類のものではなく、弓場の雰囲気が変わったことによるものだ。

 迅の言葉を借りてみるならば「やべ、読み違えたか」とかいったところだと弓場から目をそらすことに必死の生駒は考える。

 

 

 

「まだ」

 

 

 生駒には弓場の言いたいことが痛いほどに伝わった。

 モモに失礼だろうとか、うんでもすんでもイエスでもともかく早く返事をしろとか、それこそ昨日から生駒の頭を何度もくるくる回っている言葉だ。

 

 

「逃げたんだな」

「逃げて……しまいました」

「言いたいことはわかるな?」

「はい」

「それで? こんなとこで何してんだ」

 

 

 思わず敬語を使うのも珍しいことではない。同い年であり何度も気安い応対をしてきたわけだしはっちゃけすぎて怒られるのも何度も経験してきた。

 けれども生駒はかつてなく居た堪れない気分だった。

 

 今すぐ椅子を立ってモモのところに走れ、と言外に圧をかけられても生駒は動くわけにはいかなかった。生駒にも生駒なりの考えというか思うところがあったのだ。

 

 

「……でもな? でもやで? こんなんほんまに好きなんかわからへんのに返事すんのも失礼やんか」

 

 

 迅の表情が変わる。これは「やっぱ読み違えてなかったわ」といった類のものだったが、生駒はもう迅を見ていなかった。弓場も同じく。

 

 

「すきやで? 好きや。それはホンマ。けどそれがその、あのな、えっとな、こ、こ、こっ、恋とか! ……そんなんかはわからへんやん」

 

 

 うつむいた生駒の赤くなった耳を見下ろして弓場は目を変えた。

 つまり、そう、そういうことだ。迅と二人で見つめ合い、うなずき合い、察した。あいにく弓場はキューピット役をしたことがなかったが、やるべきことはわかった。

 

 初心でかわいらしいこの青年の尻をひっぱたたいてやればいいのだ。なるたけ優しく。

 

 

「生駒」

「弓場ちゃん……」

 

 

 助けを求めるか如く顔を上げた生駒のなんと哀れなことか。弓場は今までの自分の行為を深く反省し、眼鏡をくいと押し上げてから生駒の肩に手を置いた。

 迅の口元が段々とゆるんでいく。

 

 

 

「誰かに恋愛小説借りてこい、両片思いのやつ」

「弓場ちゃん?」

 

 

 

 迅悠一は声を上げて笑った。この瞬間に二人で真剣に恋愛小説を読み込む弓場と生駒の未来が確定したからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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