彼氏いない歴は18年である   作:kab3

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料理とギター、できなくても里都はイコさん好きやけど。でもいつか披露させてあげたいよな。


 
 


生駒達人 2

 

 生駒が実際頭を悩ませたのは割に短い時間だった。

 

 

 なにしろとうに未来は決まっていた。生駒達人と百瀬里都の結末はどう考えても何度見てもどこを見ても多少のハプニングが様々あっても良い未来しか見えない、迅悠一もにっこりの仕様になっている。

 百瀬里都が初めて好きだと口にした瞬間にそれは決まったのだ。

 決定事項だったのである。

 

 いつ見ても、日を変えても、直近の未来が変わった後でもいつでも。

 一通りとはいかないが、結果としては変わらない。いっそ不変のものとして安心剤にもなれる。

 

 繰り返すようだが迅悠一が幾度か弓場隊室を覗いて、そのたびににっこりしながら出て行くのだ。当人たちにとっては決まっているというのは面白くなく、決まった未来に行くのだって簡単なことではないが、どうあがいても、すでに。

 

 

 

 生駒達人は百瀬里都のことが好きになっている。

 

 

 

 

 

 

 生駒が積極的に避けるわけでもなく、その上里都の方は積極的に生駒を見つけて近寄るものだから、気まずさなどは殆どなかった。

 気恥ずかしさが常に勝り、次いで恋情か、愛情かが生駒の胸にはあった。

 

 好きの態度を崩さず、でもあの日以来好きとは言わず。濃茶の虹彩が生駒を見上げる度に耳から段々熱くなり、話す言葉よりも他の何かを考えてしまう。そこを占める大体は“ヤバい”と“かわいい”になってしまうのはご愛嬌だが、里都はそこが良いのだとまた笑う。

 わらう。

 以前からのものではなく、ごく最近の、好きだと全面に伝えてくるような笑みだ。好きだと聞いたからそういうふうに映るように生駒の脳みそか目の方が変わったのかもしれない。

 どちらにしても。ずっとそれを向けられて、見ない日は少し寂しくて、会わない日がなんだか物足りなくて、遠目に見れたらその日は気分が良くて、話しかけられれば有頂天とも言えるくらいで。

 

 もうこんなの

 

「好きってことやん」

 

 今日も可愛かったなと寝る前に記憶を反芻したベッドの中、天井を見上げて生駒は呟いた。

 誰も聞けるはずがないが自分の言葉にドキンとして寝返りをうつ。枕にうつ伏せる。抱きしめる。

 声にならない呻きが上がる。

 

 

 何を恥じがっているのか自分にもわからなかった。

 最近めっきり暖かくなったせいにする。寝苦しいのは、寝付けないのは、熱を持つのはそのせいだ。

 

 布団を引き上げ、唇を噛み締める。胸の奥の奥の方がソワソワする。くるくると脳みそがが動いている気がしてならない。

 ひどい。

 ダメだ。

 自覚した。

 

 とても眠れそうにもないと思ったが、気がついた頃には朝日が登って鳥が鳴いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 寝耳に水の中間テストに隣に座る太刀川同様肩を揺らして目をまんまるにしたのは6月のはじめ。落第するような生活はしないが生憎テスト前に詰め込むタイプでコツコツ勉強する気質でもなかった生駒と、当然去年に落として改める様子もない太刀川では合格点には無理があった。

 

 最近の上の空を知る同世代には杜撰な励ましを受け、太刀川には説教と指導をしにきたひとつ上からの盾にされ、愉快だとは思ったがそもそも地頭が悪いわけでもない生駒はなんで補講対象になっているんだと不審がっている教師に課題が終わるなり帰っても良いと言われた。不参加せざるを得なかった防衛任務にあたっている自隊の面子を思い、同時にボーダーに行けば今日は里都に会えるだろうかと考えている最中だった。

 頭を抱えている太刀川の視線は無視しつつ、雨降る三門に出たのは昼ごろ、ひときわ雨が強く降った時間だった。

 

 無駄と知りつつ空を見上げる。二秒三秒考えて、生駒には上がる気配がなかったように思えたからカバンを胸に抱えて雨の中に飛び出した。

 それを待っていたかのように途端上から落とされる水。後悔したのは一瞬、既に服も頭もぐしょ濡れだった。

 

 なんとか取り返しのつく程度でおさまったかばんと、どうしようもないくらいに濡れた自分を冷静に見たのはボーダー直通の通路に入ってからだった。

 

 換装すれば関係ないかと思い、足跡をつけながらそのまま本部に向かう。

 

 自分の隊の防衛任務は終わっただろうか。隊室に行って誰かに会う前に換装した方がいいかもしれない。本部の床を濡らしまわることになる。でも雨だしそんな気を使わなくてももう本部の床は濡れているかもしれない。

 でももしかして濡れたまま換装したらトリガーの中に仕舞われるらしい自分はプールバックみたく蒸れて湿気た匂いがしたりするんだろうか。

 昼ごはんは食堂? 今日のは何だったか。カレーはいつもあるが。

 お腹は空いていた。朝飯を食べて以来、現在は昼だから当然だ。

 生駒達人は健康的な大学一年生なので。

 

 

 

 期待通り本部の廊下は既に湿気と傘と誰ぞの足跡で濡れに濡れていて、せめてと生駒は人目につかないようひっそり隊室に向かった。

 

「あ、マリオちゃん。任務終わったん?」

「あ、イコさん。来はったん……てびしょ濡れやん!」

 

 いや、良い反応だ。濡れるのも捨てたものじゃない。

 

「いや、傘無くしてな。かなんわ」

「風邪ひいたら困るしはよ、タオル……着替え……?」

 

 オロオロとそこらを漁る姿を眺めておくのも悪くはないが、いい加減服が張り付いて気持ちが悪い。

 

「あ、やるやる。これ脱ぎたいからどっか向くか出てもらってもええやろか」

「わかった! 出るわ、えっと……もうすぐみんなも帰ってくると思う」

「すまんな」

「じゃ、しばらく帰って来んから!」

 

 何をそんなに焦っているのかは分からないがパタパタと駆け、急いて扉を閉める。生駒は首を傾げたが、傾げたところで分かることはなく、服を脱ぐのに気を向ける。

 なにせ濡れた服を脱ぐのは苦労するものだ。

 

「あれ、イコさん。補講終わったんですか?」

 

 だから、生駒はまだやっと全部脱いでそこにあったビニールに詰め込んだところだった。

 

 話しかけてくるものだからついそちらに気を取られる。隊室備えのタオルを持つ手は軽く動いているものの、一向に着替えは進まない。かろうじてハーフパンツだけは履いた。

 次々と帰ってくるなりニマニマと笑う後輩たちになんとなく不穏な雰囲気を感じ取って、水上のひとことにその予感は正しかったことを知る。

 

「モモいまそこおりますけど」

「エッ」

 

 慌てて見下ろせば水滴こそないもののしっとりしたままの身体。当然裸。男ばかりで油断していたことを悟るなり、拭くのもそこそこに着替えのTシャツに手を伸ばし

 

 

「モモちゃんも?」

 

 恥ずかしい。補講は悪いものではないが格好はつかない。なんでみんな知っとんねん、と思いはしても恨めるのは自分の軽い口だけ。

 いや、恥ずかしい。

 もう遅いし、散々見られているのは承知しているが、里都には格好悪いところを見られたくなかった。

 

「知っとるよ。もう服着ました?」

 

 壁の向こうから里都の声。瞬間大きく鳴る胸の音はこのしばらくでは慣れたものになった。慣れてないから音が大きくなるのかもしれないけれど。

 

 見られて恥ずかしい身体はしていないと思う。どちらかといえば鍛えている方だとの自信はあるし。でも見せれるものかと言われてみればそうではないし、今ではない。

 つまり、何を置いてもまず服を着る必要が出た。

 

 慌てて手を伸ばしたそこにあるシャツを掴み、被る。頭を拭いていなかったから、襟首あたりは少し濡れた。

 それでも一応、体面というのは取り繕えて、生駒は今日初めての、里都との対面を果たせたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 弟子は熱心ではないが実力はそこそこにあって、そこそこと言うのは師匠の意地を張った生駒の口から出た言葉で、生駒は、まだしばらくは負けたくない、と思っている。

 だってA級二位の部隊員だ。鎬を削っているのもA級の面々だし、相手のレベルが高いともらえる経験値が高くなるのも分かりきっていて。

 負けたら師匠の役目は終わりかな、とも思えば一層手加減なんかできない。

 

 今日も6:4で勝ち越して、ほんの少し悔しそうな弟子はそんなことを考えているのかどうかも分からず、生駒だけが未来に不安を感じる。だって少なくとも十本に四本は負けているのだ。

 「もうイコさんに教えてもらうことないわ」なんて言われてしまった日には! 想像すらしたくないと頭を振った。

 

 

 互いに関西から出てきて一人暮らしともなれば何かに気を遣うこともない。二人きりで夜帰るのも、初めてではないしむしろ何度も。

 でも、流石に。

 

 ひとつの傘に二人で、というのは初めてだった。

 

 

 雨の匂い、甘い香り、制服以外では見なれないスカート。控えめなピンクに色づく唇。しまいに相合傘までしてしまえば生駒達人の心臓は早鐘よりも騒々しい。

 どうも“分かっている”らしい隊員たちのぬるい視線を受け、補講でウォーミングアップを済ましたはずなのに動こうとしない脳みそを振り絞り、補講の原因となった一端である知識をどうにか持ち出して、生駒は強張る指で里都の手から傘を貰った。

 

 こっそり見下ろせばきっちり結われた黒髪と旋毛。ポニーテールが里都の歩くのに合わせて揺れるせいで毛先が雨粒で濡れていた。

 傘など無くても歩けるくらいに雨脚は弱まっていたが、その薄い肩のあたりも傘の外に出ている気がしてならない。自分が傘を貸してもらっていて、濡らすわけには。

 

 

 思わず引き寄せようと腕を回すところだったが、すんでのところでひたりと止める。突然腰に手を回すなんてそんなこと、付き合ってもないのにできるわけが。

 いや、できる。けれどそれで里都にどう思われるかが肝心なのだが、確信できるほど生駒は強くなかった。

 

 嫌われているわけもなく、好かれていることは理解している。けれどそれとこれとは別で……でも触れたいな、とは思いつつ。

 

 代わりに傘の柄を握りしめて、けれどもここをさっきまで里都がその細い指で握っていたのを思い出して力が緩む。放り出すところだった。

 そも、里都の傘である。

 

 気を逸らそうと目線も逸らすと、白に水玉の可愛らしい柄。(生駒にとって可愛らしくないものを探す方が難しいのは承知の通りだ。)雨の中を送るのも初めてではないはずだが、どうしてこうもぎこちなくなってしまうのか。

 里都の方からほんの少し距離が縮まって、そういえば濡れたまま換装したけれどプール後の水着みたいにはならなかったなと思考を飛ばしてしまうくらい頭はこんがらがっていて。

 

「わたし、やっぱイコさん好きやぁ」

 

 思わず俺も好きや、と言ってしまいそうだった。

 何がうるさくとも、その声を聞き漏らすことなどない。それでも必死で聞こえないふりをした。雨音に、紛れた。鼓動にかもしれない。ともかく、聞こえなかった。聞こえなかったことにした。

 

 だって里都が俯いてしまったから。

 聞こえていないと思っているから。

 聞こえないことにするべきだった。

 

 

 

 そうでなくても、どうせ言えなかっただろうとは思う。

 

 しばらくの時間を置いて、変わらず笑う里都を見て、生駒はとうに里都への気持ちを理解した。けれど好き、がちゃんと分かったのはいいものの、いざその言葉は喉を通らない。

 

 からだがそういうふうにできていた。

 

 里都の前にはないも同然のプライドだけれど、それだっていつか、そのうち、近いうちに……自分から、と。

 

 

 

 生駒達人はそういうふうにできていた。

 

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