彼氏いない歴は18年である   作:kab3

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なんか長いな




里都 1

 

 

 

 

 

 

 

 六月終盤、以前から秒読みかと構えていたが、とうとうジューンブライドに喧嘩を売るカタチで離婚届が提出された、らしい。

 

 出してきたから、と二週間振りの母からの通知に既読だけをつける。

 母だけにそうなのではなく、返信が必要ないなと思った時には里都はいつもそうやって済ませる。既読無視かと言われもするが、意味のない相槌を送るだけならその会話は終わらせてしまっていいだろう。どう考えてもいらないくだりだ。

 

 大抵、里都が返信を必要だと思うことはない。

 

 

 梅雨真っ最中の雨の日。こうして、里都は百瀬でなくなったわけだ。

 なんとも、晴れやかな気分である。

 

 

 

 

 

 強がりに決まってる

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 ざわざわする。そわそわして仕方がない。誰が、名簿の名字が変わっていることに気がつくのだろうか。そのうち、午前の授業が終わる。

 

 

 

 高校の昼休みは短いものの、教室で弁当を食べた後に少しの暇を持て余すくらいには長い。

 持ってきた本は朝のうちに読み終わったらしく、することがないらしい今が里都の髪に手を伸ばすのも、珍しい光景ではなかった。

 

「三つ編みとか、しないの?」

「せーへんなぁ、なんか左右おかしくなんねんよ」

 

 およそ慣れ、というか。指の器用さ、というか。髪を触るセンス。そういう類のものが里都には不足していた。

 

「ふーん、触っていい?」

「ん」

 

 この場合の“触っていい”は髪に触れることではなく、髪をいじってもいいかというところに宛てられている。

 程なく、ゴムが解かれ、髪が肩にかかる。

 

「おろしてるのもいいよね」

「それでいく? 生駒さん清楚系好きかな」

「なんでも好き……やけど暑いやん。今日会わんし。夏はくくっときたいわ」

「んーじゃどうしよっか」

「あ、あたしゴム持ってるよー」

「首にかからんかったらなんも言わん」

 

 国近が手首に付けたゴムを机の上に並べる。少し細めの無難な色。スルスルと自分の髪が結われていく感覚に目を細め、次の授業に思いを馳せた。

 五時間目。湿っぽく、温い昼下がり。櫛に梳かれているいまもう既にとろりと眠気が襲ってきている。

 

「やばい次の授業絶対寝てまうわ」

「わかるー」

「確かにまぁ……無理ないわね」

 

 この高校への空調の導入は里都たちの卒業までに間に合いそうになかった。梅雨時昼の蒸し暑い教室は、ひどく眠気をくすぐる。

 

 

 

 

 案の定、ミミズどころか毛玉みたいに黒鉛が付いているだけになってしまったノートは臭いものに蓋をするように閉じて、カバンの奥にしまった。次の授業の時に書き直すことになるだろう。ノート提出がないだけありがたい。

 

 軽く伸びをして、SHRに臨み、防衛任務もランク戦の予定もないし夕飯の買い物でもして帰るかな、と何を食べるか考え始めた。肉、魚、パスタを茹でても……卵で済ませてもいい。けれど何にしても取り敢えず買い出しに行かなければならない。それに、ひとりだ。

 しばらくボーダーにばかり通っていたために、冷蔵庫の中には牛乳とマーガリンしか入っていないことは朝に確認済みであった。

 

 

 ゆるゆると考えつつ廊下に出て、階段を降りる。昇降口に見たモジャモジャ頭で、里都は急に()()を食べる気になった。

 

「カゲ、今日空いとる?」

「店な。空いてるぜ」

 

 ピンと立った閃きに、猫背の背中をじっと見つめれば、呼び止めずとも、もぞりと居心地悪そうに身じろいでから影浦が振り返る。

 言葉足らずでも通じるのは、このやりとりも繰り返されたことの証明で、ついでに言えば面倒くさがりの里都が影浦を呼び止めるのに()()ことはまずない。

 

「めちゃくちゃお好み食べたいねん」

「そーかよ、来れば」

「カゲは?」

「わーったから」

「よっしゃ」

 

 自分でしないのであれば、お好み焼きを食べるのにかげうら以外の他所の店に行く選択肢はなかった。お好み焼きといえどもその種類は多く、地域差がひどい。とてもじゃないが乾物が入っているのはイヤだし、広島焼きをお好み焼きと称されるのもイヤだ。欲を言うなら筋蒟が入っている方が良くて、ネギもたくさん入れて欲しい。卵もあった方が嬉しいけれどそれはまぁ、オプションなのでなくてもよかった。

 その他諸々面倒な要望を全て叶えてくれる且つ、頼みやすいのが同級生の実家のお好み屋、かげうらな訳だ。

 

「自分で焼けよな」

「毎回言うけど、お好み屋さんが焼いた方が美味しいに決まっとるやん」

「俺はちげぇよ」

「お好み屋さんの屋さんには息子孫まで含まれるから」

「あーそう」

 

 鬱陶しそうだが、嫌ではないのだろうと思う。影浦は相当に顔に出るタチで、つまり、嫌そうではなかったからだ。

 

「他も誘ってみよっかな」

「好きにしろよ」

 

 今日はそれに、甘えることにした。

 

一人のご飯は、今日は嫌だった。寂しいと思って。

 

 

 

 

 

「誘ったんか?」

「いや、めんどくなってやめた」

 

 一度家に帰って着替えてから。夕暮れ時の、夜ご飯には少し早いかな、という時間帯。かげうらの暖簾をくぐったのは里都一人で、まだ大して客の入っていないらしい店のカウンターで暇そうにしていた影浦は里都の後ろを一回確かめてから聞いた。

 誘っても誰も来ない哀れなヤツとでも思われたのか、不審げな表情だったが「やめた」と言った途端に「らしーわ」と表情を緩める。

 

「じゃ、いつもの」

「ハイハイ」

 

 コーラのグラスを渡されて、カウンター席の隅を陣取る。順番にいらっしゃいと声をかけてくる影浦の父母兄にそれぞれ挨拶をして、目の前で好みの通り焼かれていくお好み焼きを監視した。

 

「そっちのクラスどーなん?」

「クラス? 変わんねーな、鋼も荒船とうまいこと行ったらしいし……あぁ、水上に聞いたぜ」

「え、うっそぉ。アイツほんま口軽すぎ、ヤバいわ」

「バカ言えよ、みんな知ってる」

「えぇ……隠してないからってさ」

「いやおめーよ、もう何ヵ月だ? 二ヵ月経ったか? 少なくとも俺らの上までは広まってるらしいぜ。生駒隊は無理だろ」

「ま、知ってた。口軽いってか声デカいんよな」

 

 初日から隠せないのはわかっていた。だって生駒だし。里都も隠すつもりはなかった。次の日には友達に言ったし。ただ、この噂に疎そうなヤツの耳まで届いているとか……や、影浦の隣には北添がいたことを思い出した。「モモちゃんイコさんに告ったんだってー」と影浦に話す北添の姿が里都にはありありと浮かんだ。

 

「で、どーよ」

「どうって」

 

 忘れていた! 影浦も今年で18、高校三年の男子であった。興味なんてありませんよといった顔をしておいて、と思うのは里都の勝手なイメージのせいだ。

 

「どうもないよ。全然進展せんしいい加減せぇやとは思うけど……」

「けど?」

 

 この手の類の話はみんな好きなんだな、と思うばかりであった。

 里都の話に聴く姿勢で臨んでいる影浦はひどく見慣れない。珍しい姿だ。里都だってそうだが、他人の話なんて適当に相槌打っておけばいいだろうと思ってさえいそうなタイプなのに。

 

「かわいいからいいかなって」

「チッ……解散だ解散」

 

 まだ半面焼けてひっくり返したとこなのに? と影浦を見上げると、里都の方を向いていない。解散の言葉は里都ではない誰かに向けられたみたいだった。

 

「なぁ、口軽くて悪いんやけど、いいかげんせぇやのとこだけもっかい言ってもらってええか」

「え、なんで?」

「録るから。間に合わんくて『かわいいからいいかなって』のとこしか録れへんかったんや」

「いやなんでのなんではそれを聞いてるんじゃなくてやな」

「じゃあなんや」

「なんで水上?」

 

 すぐ斜め後ろ、丁度入り口から入って今の席を取ったら見えない位置のボックス席から顔を覗かせるのは見慣れた男。

 どうも最近会う頻度が高い。それこそ生駒本人より顔を見る。嫌いじゃないがこの話題にこんなに興味を示してくるとは想定外だった。

 

「お好み食べにきたついでにケツ叩きに」

「どう考えても叩く尻わたしのじゃない方やろ」

「言い換える。ケツ叩くネタ貰いに」

「俺も居る」

「荒船くん?」

「お好み焼き食べにきたついでに恋愛模様の観戦しにな」

「自分はもう映画館行っとけ」

「ゾエさんもいるよ〜」

「ゾエは……まぁ」

「え、なんだそれ」

「いつもカゲとおるやん」

 

 六人席に三人、この店に来たら会う頻度の高い面々ではあるが。

 

「なに、みんなわたしの恋バナ聞きたいわけ」

 

 お好み焼きをひっくり返して大きいコテに乗せた影浦が無言で里都のお好み焼きを三人の席の方に持って行く。

 座れ、ということだろうな。と思う。

 北添一人が座っている方と反対側、荒船と水上に影浦が詰めろと言って三人が並んで座る。北添も壁側に寄って、ヒト一人分の席をあける。

 

 お好み焼きを食べに来たのであって、影浦以外と話す予定はなく。ほんの少し、面倒だなとは思ったが。

 

 

「こっち焼きそばあるぜ」

「食後にアイス付けたる」

「もちろん払うよ」

「すぐ行くわ」

 

 代が払われるとなれば別である。

 

 

それに、やっぱり今日は賑やかな方が嬉しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやさ、イコさんわたしのこと好きやん? 私もイコさん好きやし。だからあんま心配もないし焦ってもないねんけど。まぁ恋バナお望みやって言うからしゃーなしな」

「やっぱ解散する?」

「さすがにもうちょっと聞いてみようぜ」

 

 ハケでソースを塗る。里都はソースは多い方が好きだ。

 

「でさ、わたし、ちっっさいときにピアノ習わされとって」

「へぇ」

「意外」

「指長いもんね」

「まぁ、こっち来る時に辞めたんやけど……どの辺が意外? わたしお淑やかすぎたかな」

 

 青のりと鰹節はそこそこに振る。あまり多すぎて食べる時に鼻息で飛んだ時の惨事を忘れられはしない。

 

「ま、ええわ。あるやん、あのスーパー……っていうかデパート? 入ったすぐそこにピアノ」

「あるな」

「それお前告る前の話ちゃう?」

「そうやけど何か?」

「なんだ、水上は知ってるのか」

「や、イコさんがちょっと話してたなぁって記憶が」

 

 コテで大きめに切り分けてひとかけを乗せる。故郷でもコテのまま食べる友達はいなかったが、里都はコテに乗せたまま食べる方が好きだった。

 ただ、熱すぎるので少しそのまま冷ます。

 

「久々に見たらさ……やってる時はそんな好きじゃなかってんけど、ピアノとか、部活とかそうやん、やりたくなんねんな」

 

 海苔が飛ばないようにふうっと息を吹きかける。まだ熱そうだ。

 

「そんでまぁ、座って一曲。暗譜できとるちょっと昔に流行った曲を弾いたわけ。そしたら」

「そしたら?」

「目の前、エコバック持ったイコさん」

「真顔?」

「真顔。エコバックネギ入りな」

「俺絶対笑うわ」

 

 んっ、と里都は喉を整えて低い声を心掛ける。

 

「モモちゃん、ピアノ弾けるんや。すごいな、天才ちゃう? 俺指絡まりそう……あ、実は俺、ギター弾けるねんけど……ここでまずすごいやん。居合できて、ギター弾けるとか。なんやわたしの師匠めちゃくちゃハイスペックなんかな? って思った瞬間ね。そんで……俺次来る時ギター持ってくるわ。一緒にやろって言うわけ。まぁ冗談やろなと思ってええですね、って言ったん。まさかだってそんなん……なんかの帰りならともかくスーパーに買い物しに行くんにギター持ってくるやつおらんやん」

 

 生駒の顔を想像したのか遅れてやってきたらしい何人分かの小さな笑い声が聞こえるが、里都の目はお好み焼きにだけ向けられている。見ているものは、それではないかもしれないが。

 

「そんで、こないだそこでイコさん見たんやけど」

 

 あかんわ、と目を押さえたのは水上。想像した自隊の隊長の姿に居た堪れなくなったのだろう、というのが荒船の感想だ。

 

 

 

「ちゃんとギターケース背負ってたんよ……エコバックにはネギささってな」

 

 

 はくりと里都はお好み焼きを食べた。限りなく里都好みの味。火傷もせずに咀嚼しながら里都は周りの男子を見回した。

 

「いや、ずるいやろ」

「そんな話聞きたいんじゃねーけど」

「笑っとったやないかい」

「なんか……」

「求めてた話ではなかったな」

「恋バナでもなんでもなくただのイコさんの面白い話やん、それ」

 

 くすくすふふっと笑っていたにも関わらずの言い草に里都は頬を膨らませる。つまり、生駒達人とのエピソードを披露したのだからこれで良いだろうと思ったのに。そりゃあ、一般的な恋バナなんかとはちょっと違うかもしれないが、付き合う前の女なんてみんな会えて嬉しいだのこんなことを相手がしていてカッコよかっただのかわいいだのしか言わないのだから。

 生駒をどこそこで見て、こんなことをしていて、面白かった(多数の女がカッコいい男が好きなように、里都は愉快な男が好きだ、ということは承知のことと思う。)というのは告りはしたものの恋人未満の里都から提供される恋バナとしては満点だと思うのだけれど。

 どうも、そうではなかったみたいだ。

 残り、まだ四分の三は残っているお好み焼きに手をつける。

 

 ふうっと少し冷まして、はむ

 

 

 

 

「あ、撮るで」

「……待って口ソースついたまま撮ったやろ、撮り直して」

 

 一応、里都の言う通りもう一枚パシャリとした水上は、端末をいじって、二枚を見比べてから、撮り直す前の写真を送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ⬜︎

  〔今日のモモです〕

   〔え〕

   〔一緒にご飯たべとるん〕

   〔かわいい〕

   〔なんで?〕

 

 

「ゾエのそれなに?」

「んー、チーズと餅の」

「邪道や」

「おいしいよ?」

「せやろな」

「なんかそれオヤツ食ってるような気しねぇ?」

「あー、ちょっとわかるわ」

「ゾエさん好きよ?」

「いやうまいのはわかる」

 

「あ、待って通知」

「イコさん?」

「なんでわかるん……ちょっと待って、水上さっきの写真どうした」

 

 

   〔リツちゃん今なにしとるん〕

    〔夜ご飯食べてます〕

 

 

「おー、分かった?」

「食べとったしソース付いとるし可愛くなかったやん! そんなんイコさんに見られたとか」

「かわいい言うとったで」

「……イコさんなんでもかわいいって言うもん」

「じゃあいいんじゃねぇの」

「そういうんじゃなくて」

「気にすんなよ」

「気にするやん」

「モモちゃんかわいいよ?」

「ッそういうんじゃない!」

 

 

    ⬜︎

   〔照れとる〕

    〔なんで?〕

    〔かわいいけど〕

    〔なんで?〕

   〔ゾエにかわいい言われて〕

    〔なんで?〕

    〔いや、完全にノーマークやったわ〕

    〔ダークホースやん〕

    〔北添くん〕

   〔危ないっすよ〕

    〔え、ほんまに言うとる?〕

 

 

「でも別に、見られたことあるだろ食べてるとこくらい」

「あるけど」

「モモちゃん美味しそうに食べるから良いよね」

「それは確かに」

「だっておいしいやん」

「食い意地はってるだけじゃねーか」

 

 

   〔いや、水上がな〕

   〔お好み焼きやろ?〕

   〔粉もんええなぁ〕

    〔夜ご飯まだなんです?〕

   〔そう〕

    〔いっつも自分で作りはりますよね〕

   〔うん〕

   〔本部行って食べよかおもてたけど〕

   〔かげうら?〕

   〔行こかな、席空いてる?〕

    〔見た感じは〕

 

 

「え、ちょお待ってイコさん来るとか言うてんねんけど」

「おもろ」

「マジで?」

「なにしたんだよ水上」

「早よ食べてまお」

「いやいや待てって」

「ゆっくり食べなよ」

「焼きそばもう一個いっとくか」

「え、わたし焼きうどん派」

「お、じゃんけんするか」

 

 

   〔まだしばらくおるやんな〕

 

 

「えぇー、あー、くっそぉ」

「どうした」

「わたしの負けってこと」

 

 

    〔待っときます〕

 

 

「よっしゃ。んじゃカゲ、焼きそばひとつ」

「コーラおかわり」

「俺もコーラ」

「あーハイハイ」

 

 不安が透けて見えた。

 

 “会いたい”と言われている心地になった。私だって会いたい。

 

 里都は急いで食べ終わろうとした──まだ半分ほど残っているお好み焼きに手をつけるのをしばらく止める。

 

「モモ、顔赤いぞ」

「黙れ黙れ」

「こういうのは気づかないふりしてあげるんだよ」

「なんかやたらゾエわかってへん?」

 

 鉄板のおかげで、顔を机に突っ伏すこともできない。熱いのは店の熱気からだと言い聞かせて。

 

 店の扉が開かれる度に鳴るカラカラとした音に気を取られる。夕飯時に差し掛かってきたせいか、()()()は多く、里都はこっそり入り口を覗き込む度に安堵とも落胆ともなる息を吐いた。

 影浦の持ってきた新しいコーラのグラスにちびちびと唇を濡らす。そういえば今日は会わないと思って油断していた。リップも持ってないし、服も制服の白セーラーの上だけ脱いでパーカーを被っただけだ。

 

 やっぱり帰ろうかな、と思って手が進んでいなかったお好み焼きに手をつけようとする。

 カラカラ鳴る音。

 

 ちら、と覗き込んで里都はすぐに目を逸らす。コテでお好み焼きをつつくのに集中した。里都の様子が違うのを見て、北添が腰を浮かして入り口を見た。

 

 

「あ、来たよ」

 

「まだやってる?」

「どーも」

「早いっすね。生駒さん家近いんだっけ」

「こんちわ」

「ちわー」

 

 いざ、顔を見ると。脳内は会えて嬉しいな、と思う心に侵食されて。今までの悩みは全部どこかに飛んでいった。

 

「こんにちは」

「こんちわ、リツちゃん……髪、いつもと違うな」

「えっ、髪? ……あぁ、今ちゃんに括ってもらったんですけど、どう、ですかね」

 

 サイドが両方編み込まれて、残りは上の方で纏められているのは触った感じで分かっている。鏡で見たけれど前から見た感じしか分からなかったのは当然で、けれど、可愛くないことはないとは思っていた。

 

「うん。よぉ似おとるよ」

「そう、です? へへ、良かった」

 

 ほっと気が緩んで、なんだかとても嬉しかった。最近は、生駒に会う度気持ちが大きくなる。うるさい心のあたりを落ち着かせるのは決まって生駒の赤みの差した耳や、首、それからほんの少し緩む目元。

 

「俺ら邪魔か?」

「おってもおらんでもやろ、こんなん」

「まだ食べ終わってないしな」

「モモちゃん、詰めたげよう」

「え? あ、うん。」

「あ、悪いな。どーも」

 

 六人がけの席。向こうに三人座っているからこっちに三人が座ることは理解できる。

 北添に言われるままに腰を動かしてから、慌てる。

 

 だって隣に生駒達人が座っているのだ。

 

 隣を歩くどころの騒ぎじゃない。六人がけの席とはいえ、六人で座ると少し狭く感じるくらいのスペースだ。四人でかけて広々丁度いいくらいなのに。

 しかも反対隣が北添で、寄るにも寄れない。女の子ならきゅうっと詰めれるけれど、仲が悪くないとはいえ北添尋は男で。同い年の男で。

 

 どちらにも傾けずカチンと肩を強ばらせた里都に反対側の三人は気がついているだろうに、水上とは目が合わないし、荒船はもうちょっと食べ足りないよなとか言ってメニューを見ているし、こんなに助けてと念を送って()()()()いるだろう影浦は里都の方を見てニヤと笑う始末であるし。

 

 一ヶ月前の里都なら、狭いんで、となんやかんやの理由を付けて生駒の方に近付くこともできただろうけれど、今ではもうそんなことはできない。

 

 好きだ。ドキドキしてる。無理かも。

 でも、安心できる。ホッとしてる。

 好きってこと。多分、愛してるってこと。

 

 目の前の鉄板の上でお好み焼きがもうふたつ、焼きそばがもうひとつ消費される間、何か会話をした覚えもあるが、里都の意識はずっと生駒達人に向いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 高校生五人が食後のアイスまで平らげたのに、途中参加の生駒が財布を切ってくれて、お礼を言った荒船と北添は北添のバイクに乗って帰っていった。水上はどこかに行く予定があるらしく、影浦は言わずもがな。

 必然ふたり、生駒と里都。当然のように生駒が里都を送る流れになった。

 

「美味しかったな」

「ですね」

 

 雨の夜とは違い、夜も浅ければ街は賑やかだ。まわりが賑やかなほど、さみしさは増す。いままで自分もその喧噪の中にいて、それを忘れていたからなおさら。帰ったら一人か、と思えば足取りは重い。

 

「あのさ」

「はい」

「なんかあった?」

 

 見上げる。真摯な双眸。ただ、愉快なんじゃなくて、可愛いだけじゃなくて。そうだ、こういうとこも好きだったんだなと里都は気がつく。好きだ。なんでこんなに。

 

「はい」

「……俺じゃ役立たんかもやけど」

「そんなことないです」

「……うん」

「イコさんより頼りになる人なんかいません。ホンマですから」

 

「今日、百瀬じゃなくなったみたいで。……大丈夫やと思ってたんですけど。やっぱちょっと寂しかったみたいです。そんだけ」

 

 何かのせいで目が滲んで、慌てて下を向いた。

 なんでもないと言っておきながら、いざとなったらこうで。面倒くさいと思われないかな、と不安が先立つ。

 二秒、三秒、黙った後に生駒の出した声はいつもとなんら変わらない声色で、そういうのも、また、好きだった。

 

「リツちゃん今日もう用事ない?」

「え」

「明日休みやろ。朝まで付き合うわ。なんかしたいことある?」

 

 本部行ってランク戦しても、カラオケでも、食べたべやけど二軒目行っても、と指折り数えていく生駒。ひとりの夜が寂しと思っていたのを知られているみたいだった。

 

「じゃあ」

 

 それに甘えて

 

「ギター弾いてほしいな」

 

 散々披露する機会がないと嘆いていたのも知っている。

 そわっと生駒に喜色が浮かんだのを見て気分が上がる。

 

 生駒と居れば何も不幸なんてないように、里都には思えた。

 

 

 

 

 

 

 





 
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