彼氏いない歴は18年である   作:kab3

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デイリー乗ってた気がすんだけど次見たらなくなってたし全部気のせいかも。



 


里都 2

 

 

 

 

 なんでかと問えば元気なかったやん、と。帰りたくなさそうやったし、と。

 なんでかと問われればそれはイコさんだったからだ、と。そうでなくても何かあったか、と聞かれれば答えるつもりはあったのだ、と。つまらないプライドが見栄を張るが、本心は誰かに気がついてほしかったのだ。

 

 そう答えてしまいそうだったが、問われはしなかった。

 

 

 自分に言い聞かせて気にしないと思い込んで、思い込ませもできないで、バレたお粗末に恥は感じないでもないがそれはそれ。他の誰も口にしなかった里都の変調を声に出したのが生駒だ、というだけで幸せな気分だった。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 ギターを頼んだのは、さっき話にしたばかりでその気だったからというだけで、特に朝まで斬り合うでも走るでもお互いにあるだろう課題かテスト勉強に手をつけるでもよかったのだ。

 けれど、何にかははっきり判別つかないが浮き足立っている生駒を見れば、この選択で正しかったのだと思える。里都も同じように軽い足取りで、今日もいいな、かっこいいな、好きだなと思いながらついて行く。

 

 生駒の家である。場所は前から知っていたが実際上がるのは初めてで、外で待たせるのも部屋の中に連れ込むのも……と悩み始めた生駒の苦肉の策で里都は玄関に靴を履いたまま居る。

 よそん家の匂いだ。

 几帳面に片付いている方で、男子大学生の一人暮らしはもっとこう、粗雑なもんかなと思っていた里都にとっては意外、生駒が割に繊細でしっかりした性格をしていることを知っている里都にしては妥当な様を部屋は見せていた。

 それはそれとして、そわそわする。

 ただでさえよその家というのは落ち着かないもので、それが生駒の部屋ともなればなおさら。

 

 当の生駒は一昨日、通りすがりに「生駒っち、部屋掃除しといた方がいいよ、絶対」「なんなん、サイドエフェクトそんなことまで言うようになったん」「いやホント、これは棚の上のゴミに気がついて落ち込んでる生駒っちにちがいない」と会話したことを思い出して迅に感謝していたのだが、里都がそれを知る由はない。

 

 

 ほどなく、ギターケースと多少の荷物を持って出てきた生駒と里都が向かうのはボーダー本部であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 どちらかの家にするには夜は音を気にしなければならない。そう言う言い訳で、どちらともが家に上げるのを回避した。まだ少し、早計な気がして。二ヶ月前でもきっと、二人きりでどちらかの家に上がりはしなかっただろう。

 

 家以外となればこの時間、夜を明かすのにボーダー本部の隊員が選ぶのは大方本部になる。音なんて気にする必要もなければ、深夜や朝方の防衛任務にあたる人たち、寝るのを忘れてランク戦をしているヤツらの人目もある。いざとなれば頼れる大人もすぐそばにいるわけだし、安全なたまり場だ。

 

 

 物言わずとも、足は生駒隊室に向いた。今時分に入ってくる人なんかそうそういないからか、里都たちはどうも目立つようで、ラウンジを通る時には多少の視線を浴びた。生駒の背負うギターケースのせいかもしれない。

 道中買った菓子とジュースの入ったビニール袋は生駒の手にあって、里都は手ぶら。財布だけ入ったポーチを提げている。端末はポケットに。

 

「何弾けるんです?」

 

 隊室に着くなりいそいそとギターを取り出す生駒を見ながら里都は聞いた。椅子に腰掛け、テーブルに買ったお菓子を取り敢えず広げて、買った果汁20%のオレンジジュースのキャップを回したところだ。

 

「んー、こないだリツちゃんが弾いとったのとか」

 

 その話はついさっきしたところだが、生駒はまだ来ていない間だったはずだ。それなのになんだか会話を共有しているような気分で、むず痒い。ふふ、と小さな笑いを溢して「笑うとこあった?」と聞いてくる生駒に「あるから笑ったんですよね」とかなんとか。ほっぺたが上がったまま下がらないのはオレンジジュースの酸味のせい。

 知っていたことだが、大したことのない会話をお互い覚えていて。やっぱ好きだ。

 

「他は?」

「んー、前の月9のやつ? ほかも、まぁ、楽譜見たら大体できる思うな」

「ふつーにすごいやん」

「せやろ」

「コソ練してたんや」

 

 誰かが、生駒のギターを聞いたとは未だ聞かない。本人が、機会がないと嘆いていたのは幾度か聞いたが。家でひとりで練習していたんだろうか。昼間に、夜に、いつか誰かに聞かせることを想像しながら。

 

「せや、ギターの練習なんかひとに見せるもんちゃうで」

 

 生駒が頷く。

 音が鳴る。

 生憎里都には絶対音感なんてものもなく、ギターに詳しいこともないのでそれがなんの音なのかただの指慣らしなのか噂に聞くコードとかいうやつなのかはさっぱりだったが、始めたての弦楽器初級者みたいに聞けないようなことはなかった。国民的アニメの女の子が里都の頭にポンと浮かぶ。当然。そんな出来なら生駒は弾けるなんて言わないだろうが。里都も、そんな出来ならからかい倒す気持ちでいる。

 

 アコースティックの、弦の弾ける柔い音。

 

 

 ホロリと一音。それから二音三音。しかとリズムを持っていく音に気分があがる。

 

 何故か知られた寂しい夜に、突然のお願い。朝の時点じゃ想像もしていなかった暮れどきの急展開に、多分頭はまだ追いついていない。けれど自然と口ずさんだ。

 穏やかな、心地。深い声で静かに唄う生駒に合わせて小さく。

 

 里都が声を乗せたとき、生駒が伏し目がちに見ていた弦から目線を離して、里都を見る。にいっと笑みを深めれば、里都にもわかるくらいはっきり音が乱れて、また里都の声に合わせて音が始まる。

 芸術の授業は音楽じゃなく美術をとったから、誰かと歌うのはずいぶん久しぶりだった。

 

「……リツちゃん、歌うんめっちゃ上手いやん。ヤバいわ」

「わー、お世辞でも嬉しいです。イコさんも、ヤバいですよ。正直なめてました」

「え、なめられてたん」

 

 ケラ、と笑う。ごまかすようにペットボトルに口をつけ、ポテトチップスの袋を開けた。コンソメ。関西だししょうゆとはお別れをして久しい。

 

「ちゃんと引けてたし、弾き語りとかできるんやったらもっとはよ言うてくれたらよかったのに」

「え、どう、どう? うまかった?」

「そりゃあもう。途中なんか崩れてましたけどそれ以外は」

 

 失敗したよな、せやんな、あれはアカンかった。けどな、リツちゃんがな──なんで。わたしなんもしてないよ。

 

 白々しく大袈裟に首を振る。ポニーテールじゃない今日は、頭を振っても揺れる何かはなかった。少し落ち着かなくて後頭部にまとまる髪の束を触る。

 

「いや、ん、まぁ。そういうことにしといたる」

「いやほんまわたしなんもしてないのに」

「じゃ、ちょっとリベンジさせてや」

 

 また同じ音が始まる。

 これは、アレだな? 次はどう邪魔してくれるんやっていう()()だな? いや、さっきのは別に狙ってやったんじゃないけど。

 そう思って里都は考える。リミットは、前奏の終わるまで。それまでに考えて、何かをするべきだ。おそらく弾き切るまで生駒はこの曲をやるから、考えてあげないと。

 

 フられたのを無視はできない。血筋というか、性というか、そうあるべきと思っていた。かくあれかしと里都は育っている。

 取り敢えず、変顔から始めようと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 起きたら朝になっていた。

 

 最後のはしゃいだ記憶は残ったチョコレートをかけたじゃんけん五本勝負で、それに勝った里都が「どうぞお食べなさい」と勝利の笑みを浮かべて施しを与えたヤツ。悔しげに包を開けてひと口に食べた生駒の顔をよく覚えていた。今日は勝った方が食べて良い許しを与えるルールだった。

 そのあとは、気が抜けて、普通に眠たくなって、机に寄りかかりながら何か会話をした気がするが、あまり覚えていない。そろそろ眠たくなってきたとか、今度までにもっと練習しておくとか、新しい芸を覚えてくるだとかそんな話だっただろうか。

 

 里都は凝り固まった身体をほぐすべく伸びをして、見回す。お菓子のゴミは見えるが、それほど散らかしたわけでもない。まったく違う曲を被せて歌う努力をしたにもかかわらず、早々に里都が負けて仕舞われたギターはしっかりケースに入っているし、同じように机の反対側でうつ伏せて眠っているらしい生駒は起きる気配もなく寝息を立てている。綺麗に下を向いているために、顔は見れなかった。

 ともあれ、寝起き特有の不快感をさっぱり流すべく、里都は廊下に出た。

 

 

 

 

 

 早朝には遅い、昼には早い、午前九時になるかという微妙な時間には、ボーダー本部と言えども人気は少ない。賑やかになるのは十時十一時あたりからで、人との約束なんかを考えたら妥当だろう。ひとりで黙々と訓練をするのは酔狂だ。狙撃手ですら、一緒に訓練する相手を求めるものだ。大体は相手を求める。師匠を探す。里都と生駒の仕合いも、こんな朝からやったことはなかった。

 

 里都は自分の隊室に寄ってから、置いてる着替えを持ってシャワー室に向かった。下はまだ、制服のスカートを履いていたから、これはそのままでもいいにして、服と、下着と。シャツは置いていたが、流石に他の下着は隊室には置いていない。隊室には同い年の男と、年上の男もいるのだから。里都はあまり気にしていなかったが、男らの方は気にするらしかった。年下の女の子にも、気にしなさいと言われる。

 顔も洗いたいし、生駒より早く起きたのは僥倖だったと思う。寝起きの準備の何もできていない顔をまさか晒すわけにはいかない。鏡を見た顔は思っていたよりひどくはなかったが、ひょんと立ったヘンな寝癖と一日洗っていない身体が気に障る。スンと鼻を鳴らしてみて、いや、でも自分の匂いは分からないなと思い直して万全を期すために念入りに流す。なにせ、一番に会うのは生駒だ。

 

 シフト交代の時間にも被らなかったからか廊下では誰にも会わず、身繕いをして、髪は括り直してお団子にして。里都が帰るのは自分のではなく生駒の隊室の方だ。

 

 

 

 昨晩の散らかしを生駒を起こさぬように片付ける。大した数ではなく、いくつかをゴミ箱に放り込めばすぐに隊室は元の様相を見せた。まさかここまで付き合ってもらっていて先に帰るわけもいかず、壁際の本棚から雑誌を一冊借り、眠る生駒の向かいに座る。

 

 あげそうになった声を口を押さえて止め、生駒の隣に座り直した。

 

 

 身じろいだ生駒の顔が横を向いていた。これは、つまり、寝顔というヤツである。取った雑誌の適当なページを開くだけ開いて、チラと見る。

 初めて見た。

 なおさら、生駒よりも早く起きてよかったと思う。

 普段からつくづく可愛いと思っているが、寝顔ともなれば格別であった。雑誌のページは一枚も捲れず、ただ見つめていた。

 

 なんだかいいな、と思う。

 

 同い年で、同じ学校で、同じ授業を受けていたりしたら授業中に眠るところを何度もみれたりするのだろうが、生憎里都が見たことがあるのは当真の寝顔と国近の寝顔、一年二年のときの影浦や、仮眠中の村上の寝姿くらい。

 そういうところに、生駒が落ちてきたような気分。

 

 歳上の、男に。まるで無防備な姿を晒されている、というのも里都の何かをそそった。

 

 

 

 その瞼が開いた瞬間。目が合ったのに、より驚きを見せたのは里都の方だった。

 

 里都は人の寝起きというものを初めて見た。しかし、もう少し身じろぐなり呻くなり起きる兆候というものがあってから目覚めるものと思っていた。深く正しい呼吸がそうではなくなり、だんだんと覚醒に近づいていくものだと思っていた。むずがったり、瞼を動かしたり、するものだと。

 しかし目の前の男は突然にしてその瞼をぱっちりと開く。

 生駒が完璧に起きる前に雑誌に目を落として、今の今までこれを読んで待っていましたよ、私は。の顔をするつもりだった里都はそれはもう驚いた。けれども驚くほどに寝起きがいいのかと思えばそうでもなく、生駒は目を開けて、頭はそのままに、しばらく呆然としている。

 

「……おはよう、イコさん」

 

 沈黙の支配する見つめ合いに耐えきれず里都は言う。寝起きの人間は、こんなに目を開いているものなのだろうか。いっそ目を開いたまま寝ていると思えるほどなんの反応もない。ひらひらと手を振ってみる。パチリと瞬きがあって、少し笑いをこぼした。

 

「……起きとる? やんな」

「……最高やん」

「なにが?」

 

 しばらくまた沈黙の後、ようやく生駒に動きがある。開いていた目が緩く細まる。

 

「リツちゃんおはよ」

 

 ぐぅっと伸びた生駒は、部屋の片付いているのを見、里都に礼を言ったあと洗面所に立った。

 残された里都はひとり椅子から動けないで。雑誌を机に立てて突っ伏す。

 

「え、なに。めっちゃいいやん」

 

 生駒も里都も、一人暮らしの身。こういうのには、長い間ご無沙汰だった。

 

 

 

 

 

「お腹すいたな、そう思わへん?」

「いや、すきました。めちゃくちゃ食べれそう」

 

 いつも朝起きてすぐに食パンを半分か小さなパンをひとつ食べるくらいの里都ではあるが、今日はなんだかとてもお腹が空いていた。朝起きてからしばらくなにも食べていないからか、昨日夜遅くまで起きていたからか。ともかくお腹は空いていた。

 

「せやろ? でも流石に、朝からナスカレーってわけにもいかんやん」

「食堂別にナスカレー屋さんってわけでもないですけどね、他にも売っとるもんあるけどね」

 

 この時間ともなれば食堂は開いている。もう少しすれば昼食と朝食を同じにする人が食べる時間だが、この言い分だとおそらく生駒は朝昼晩はしっかり分けたいタイプなのかな、と里都は思う。

 

「で、里都ちゃん今日防衛任務は?」

「えーと、夕方からの」

「じゃあもう今日は本部おるやろ?」

「そーですね」

「俺も夕方から」

「あら、偶然」

「で、そしたらもう、ほら、やるやろ?」

 

 弧月を振るいたがっている師匠の相手も弟子の役目か。一度帰ろうかとも思っていたし、ブースまで行ってやり合うのはほんの少し面倒にも感じたが、里都は頷く。

 

「いいですよ、お師匠さん」

「よしよし、よぉできた弟子や。師匠の顔が見てみたいわ……俺やけど」

「それで? お腹すいたのは?」

 

 里都は割に気の短くなっているのを感じた。お腹が空いているせいだ。空腹はなにもいいことをもたらさない。

 

「やるんやったら、お昼はナスカレー食べるやんか」

「まぁ、食べてもらったらいいですけど」

「で、昨日お好み焼きやったやろ」

「そですね」

「で、やっぱり朝は」

「パンすね」

「パンパパン! よし! パン買いに行こ!」

 

 立ち上がった生駒に里都も続く。お腹がすいたのくだりから想像はついていた結果に落ち着いた。生駒が目指すのは、警戒区域を抜けたもう少し先、連絡通路のひとつを出たすぐそこにあるパン屋のはずで、里都も気に入りの店だろう。チョココロネが美味しい。

 

 それを食べて、ランク戦をして。昼はカツカレーにしよう。ナスカレーを食べる生駒の前でカツカレーを食べたら、毎度物欲しそうな目がカツを見つめる。しまいにはひと切れとナス一個交換せん? と提案してくるまで目に見えていた。夕方からは別になるけど、隊での任務、当真がいる。昨日と今日のことを丁度誰かに話したかった。

 

 先までの苛立ちは既にどこかに消えた。上機嫌の生駒の背中を追いかける。メロンパンも食べたくなってきた。甘いのがいい。

 

 残りの今日を思えば自然と笑みが溢れた。




 

今日からギターは隊室に置きっぱなし
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