秋か冬にはくっつけたいが夏休みを長くするか……
同い年仲良ししててくれ
世間は夏休みだが、学校に行っていた時間も本部に詰めているようなもので、里都の生活は殆ど変わらない。クーラーの節約がてら本部に行って、生駒に会えないかなとロビーのソファで防衛任務までの時間潰しをする日々。本部に着けば殆どトリオン体といえども、いつ生駒に見られるか分からないから、夏服をいくつか新調して、サンダルも、ちょっとだけ踵の高いものにしてみたりして。
「あれ、モモちゃん何してるの?」
「……避暑」
「かわいい服だね、イコさんとどこか行く予定とか?」
「嫌味? 大学生はまだテスト期間中なん知らんの? お前んとこの隊長もそうやろ」
目の前の男の言うような事態があればどれだけ幸せか、と思うが。
「それにまだそんなんと違うし。知っとるやろ、自分。知っとるくせに。ほんまありえへん。ノンデリ?」
「え! ふたりって師弟じゃなかったっけ?」
「うっわ、うっわ! そーゆーとこよ、ほんま。わざとらしいし。きしょ」
生憎まだ、里都と生駒はそういう関係ではないのだ。それも、あれも、これも、全部知っておいてこの男──犬飼は読めない顔で驚いたふりをする。知ってるはずだ。里都から話したことはないにせよ、ボーダー内の同級のネットワークをなめてはいけない。秘密ですらない公言した事実が広まるのなんか、三日も経たないんじゃないだろうか。疎そうな影浦や村上ですら、里都の恋模様の殆どを知っていた。
里都が、告白をしたのは春。今は八月もはじめ。実際付き合ったとかになったらそれはもう誰かに話した途端一時間もなく犬飼の耳には入るだろうから、少なくとも今はそういう関係になれていないのを絶対、知っている。
「きっしょ、ってひどくない?」
「きしょいんにきしょいん言うんは間違いじゃないやろ」
「間違い云々の話はしてないんだなー、これが」
で、なんなん。と里都は目で訴えた。最早声を出して相手をするのも面倒くさい。里都の腰はロビーのソファと固く結びついていて、上げる気なんてさらさら。その上ここで生駒が通らないかなと淡い期待をかけ、待つという重要な仕事があるのだ。どうせ用もないのに話しかけてきたんだろうから、早く訓練でも隊室にでも行ってくれないか。見たいのは犬飼澄晴ではなく、生駒達人の顔なのだ。もう二週間くらい顔を見れていない。そろそろ不足で発狂……はしないけれど苛々はしてきそうだ。いや、実際苛々はしている。だからちょっと対犬飼がいつもよりキツい。
「相手探してるんだ」
何の? とは聞かずともわかる。こんな場所で探す相手などランク戦か訓練かのどちらかだ。稀に勉強を教えてもらう先生を探している人もいるが、本当に稀なうえ、犬飼はその人種ではない。
「チェンジで」
「使いどころ間違ってるでしょ、それ」
犬飼は里都の隣に腰掛けた。
「え、え、まじなに。探してこいよ相手」
「いないんですよね」
「そんなわけある?」
犬飼が指を折って数えるのは、大学生はご存知テストでー、荒船とかはまだか任務中ぽくてー、カゲとかは多分まだ布団の中でしょ? 辻ちゃんは宿題はコツコツ終わらせたい派でさー、まぁ、今の時間にここにいるんなんてモモちゃんくらいだってこと。
「そのへんにいっぱいおるんは誰よ」
「いきなり知らん人によろしくお願いします言われたら嫌でしょ」
「マッチ機能ご存知? なんでお前だけそんなアナログで生きてんの」
「いいじゃん、やろーよ」
「いやや、わたしここに避暑しに来てるのに」
「やることないってことね」
「避暑ってわかる? 辞書引く? 暑いのから逃げてきたのに熱くなりたくないねん」
「トリオン体じゃん」
「もっとこう、気持ち的な話」
「ふーん?」
「熱くなったら暑い気してくるやろ? ……あれ、日本語おかしいな?」
「大丈夫トリオン体だから」
「ちゃうねん、気持ち的にあついねん。やっぱ」
里都の腰は重い。
「あ、イコさんじゃん」
羽よりも軽くなった。犬飼を向いていた顔をエントランスの方に向ける。振り返った拍子に腰も上がる。
「……おらんやん」
「ちなみにウソ」
ソファに座りなおす。あぁもう完璧にひっついた。もう立ち上がれない。だってひっついてるもん。夕方の防衛任務だって行きたくない。当真だけでどうにかなるだろうし。ほんと。もう。
嫌な笑みを浮かべている犬飼を横目に睨んだ。
「ほんま最悪」
ニコニコと笑うのは本当に上手だ。今は感情を隠しているわけじゃなくて、本当に里都を揶揄って楽しんでいるのだろうけど。
「よく最低やって言われん?」
「中々ないね」
「あ、そ」
あぁ、とようやく里都は思う。
「……わたしで暇つぶしに来たんか」
暇つぶしの相手探し。どうせこんな朝にランク戦なんか誘ったって里都が「いいよ」とは言わないとわかってるだろうになんで来たんだろうと先々から思っていたが、まさか。
里都は大きくため息を吐く。めんどくさい。ほんとめんどくさい。早く他にこの男の相手をしてくれる人が来ないだろうか。
「そーだよ」
「……」
返す言葉もない。嫌味な笑み。言葉は正直だ。表情も正直すぎる。腹が立つ。けれど怒るほどではない。怒るほどではないのだ。でもそれはそれとして。
「チェンジで……」
里都は顔を両手で覆って呟いた。ほんとに、代わってほしい。これに揶揄われるくらいなら二宮大明神とティータイムの方が半分くらい気が楽だし、太刀川のあほのレポートを手伝う方が五倍くらいやる気がでる。
比喩だ。
どっちも絶対やりたくない。
苦しみとしてはかげうら出禁……いや、それは言い過ぎだな。
「逃げる?」
「は? なんでわたしが動かなあかんねん。先におったのわたしやで? つーかなに? 逃げる? なにそれ、逃げる?」
「うわ踏んじゃったよ」
ニヤニヤ言った犬飼の言葉に、そこそこに高い里都のプライドが傷ついた。逃げるとかない。絶対。
「……あぶないあぶない、換装してたらやってたわ」
しかし、飲み込む。深呼吸は大事だ。弧月を持っていればその間もなく手が動いてたかもしれないが、幸い里都は生身で、犬飼も生身で、里都には頭の上がらないオペレーターも同じ隊にいる。
「俺らの歳どうなってんだってなるからやめてよね」
「そういう歳頃なんよな、多分」
ふん、と里都は鼻を鳴らす。
苛々して、どうしようもない。自分で感情のコントロールもできないから仕方ない。思春期ってやつだ。そういうことにする。そういうことにすると、別に怒り散らかしても仕方ないねってなる気がするからそういうことにする。
「そんなわけないじゃん」
そりゃぁ、犬飼からしたらそうではないかもしれないけど。
「本人の資質でしょ」
「え、なにそれ腹立つな」
まるで里都が悪いみたい。いや、実際、手が出てたら里都が悪いんだけど。
「怒った?」
「とうにな。わたしで遊ぶのも大概にしてよ、疲れる」
「じゃあもう終わりにしとこうかなぁ。またね、モモちゃん」
またね、とやっぱり笑ってひらひら手を振り立ち去る犬飼を黙って見送る。ちょっと拍子抜けなほどあっさり帰るからもぞもぞするが、早くどっか行け。なんだか疲れたし。こんなにあっさり帰るならもっと早く帰ってくれてもよかったのに。なんでだろう。かわいそうに、影浦が来たりしたのだろうか。それとも任務の時間?
知らないけど。
もう一度大きくため息を吐いて俯いた。
疲れた。完全に気疲れ。隊室に戻って時間まで昼寝でもしようかなとさえ思う。いや、当真が寝てるかな。それは一緒に寝てるみたいでちょっと。教室で寝てるようなもんだと思えば別に、いいんだけど。
そうしようかな。イコさん来ないし。そうしようかな。でもやっぱ、立つのめんどくさいし。いっそ換装すれば。
考えてたら眠くなってきた。やっぱり隊室に行こう。今からお昼寝をして、その後すぐ任務だ。予定が埋まって忙しくなってきた。そうと決まったらすぐ行こう。腰を上げて、前を見た。
「あれ、リツちゃん。暇なん?」
「めちゃくちゃ暇です」