夕方の5時過ぎ、グラウンドのど真ん中で戦闘訓練に励む多田良とそれに付き合っている五条。憂太、真希、棘、パンダの4名は端の方でその様子を伺っていた。
「ほらほら動きが鈍くなってるよ。バテちゃった?」
「っんの!」
左足前蹴りをフェイントに大きく踏み込み、右手で五条の顔面を打ち抜こうとしたところで、外側に左手で逸らされてしまう。空手でいう回し受けをされて、正面ががら空きになってしまう。
五条の行動は防御で終わらず、右手で4発のジャブを多田良の顔面にくらわせる。その攻撃に顔を後ろに下げた隙に、土手っ腹に回し蹴りを叩き込んだ。
あまりの衝撃に後ろへ転がるもの、すぐに立ち上がる。
「ッ……カッは」
鼻血が吹き出し、悶絶する暇もなく、迫り来る膝蹴りを両腕を交差させて防ぐ。鈍い音が鳴り、激痛が襲いかかる前に両肩を掴まれて巴投げで地面に叩き付けられてしまう。
「準備運動のつもり?」
「……グゥお」
直ぐに起き上がるものの、前に進む体力は温存した。組手からそれなりに経過したが、多田良は肩で息をしている。一報の五条は息切れ一つない。
そこで、パンダの声が響く。
「おーい、10分経ったぞー」
「だってさ」
五条はパンダの合図に多田良へにやける。
その言葉を聞く前に手から黒い珠を5粒出現させ、一気に飲み込む。
これまでの様子を見ていた憂太はハラハラしていた。
「やりすぎじゃない?訓練だからってあそこまでやることはないんじゃないの?」
五条と多田良は月に一度、こうした実戦に限りなく近い戦闘訓練を行っている。
最初の10分は術式なし、呪力のみの殴り合いだが、それ以降は殺さなきゃなんでも有りの呪術師らしいバトルだ。
「大丈夫だろ。硝子さんが治してくれるって。それに本気の多田良相手に出来んの一級でも厳しいぞ」
真希はポップコーンを食べながら2人の戦いを観戦していた。
「憂太がリカを暴走させなきゃ問題ないんだけどな」
「しゃけ」
「そりゃ無理だけど。他の一級術師じゃダメなの?」
「駄目ではないけど、本気の多田良相手にしたら翌日の業務に支障がでかねないからな。だから、悟が多田良の相手をしてるんだ。悟はあれでも最強だからな」
「でも、普段みたいに真希さんやパンダくんが相手にすれば」
「“本気”の多田良相手は私らじゃ無理だ。黙ってみてろ、こっからが面白いところだ」
真希がそう言うやいなや、4人共背すじを凍らせる。
多田良の呪力が明らかに膨れ上がっている。普段の数倍は膨れ上がっている呪力に憂太は何が起こっているのか理解出来ていなかった。
「こんぶ」
「え?」
「あれは多田良の拡張術式だ」
「かくちょう、術式?」
パンダは指を立てて、棘の言葉を訳す。
「ああ。拡張術式ってのは術式の解釈を広げたもんでな、術師オリジナルの技みたいなもんだ。多田良が使えない呪具があるとか、呪具で金儲けしてるって聞いてるか?」
「うん。出来る呪具の形状はランダムだから、そんな便利なものじゃないって」
「で、その使わない呪具をリサイクルするのが、拡張術式って訳だ」
多田良は五条に連れられ、多くの任務に同行し呪霊を呪具化してきたが、使い物にならないものが大量生産され、大いに悩んだ。
別に収納場所に困るわけではないもの、せっかく呪具化したのにもったいないと感じてしまった。そのことを五条に相談したところ、拡張術式を教えられ、もて余していた呪具の利用方法を編み出した。
椅子の形をした呪具を、縄の呪具を、空箱の呪具を、多田良が考える呪具に変形させ、能力を開花させる。
その一つがたった今、多田良が呑み込んだ“
今回の場合は、2級呪霊3体に1級呪霊2体分の呪力を自分の物とした。
呪魂珠のデメリットととして、多田良本人にしか使えない。他の人間に飲ませようものなら、一週間下痢が止まらず、体中の水分が抜けて脱水症状を引き起こす。
五条が捕らえた呪詛師を、五条の同級生である家入がモルモットにしたデータなので間違いない。
「準備運動は終わっただろ?」
五条の言葉に多田良はふらりと立ち上がった。
「余裕ぶっこいていられんのも今だけだ」
一瞬にして、五条の懐まで近付き、鳩尾に肘鉄を突っ込もうとしたところで掌で押さえ込まれる。ミシリと手の平から聞こえたが、そんなことを五条は気にしていられなかった。
多田良は即座に一歩だけ下がり、両手で五条に拳を叩き込もうとラッシュを繰り出す。先程とは明らかにスピードが違う。呪力で強化された身体能力は、フィジカルギフテッドの恩恵を受けている真希をも上回っている。
加えて両手には人間の骨で作られたような篭手が装着されている。当然、多田良の術式によるものである以上、まともに受ければ何が起こるかわかったものではない。
しかし、五条も伊達に最強を冠している訳ではない。ラッシュの嵐をさばきつつも、隙が出来た瞬間を見逃すことなく、体勢を低くして、腹部へ拳を振り上げた。
が、殴った感触、加えて肌触りが明らかに布のそれではない。
「忍法変わり身の術、って呪具か。騙されたよ」
五条が殴ったのはコンクリート色をした人型の粘土。五条に殴られる瞬間、入れ替わるように殴らせた。その隙を突いて、槍で五条を貫こうとして、のけ反って回避されてしまう。
「術式反転 赫」
のけ反った体勢のまま、指先に出力された呪力に対して、身長以上に巨大な大盾を五条と多田良の間に出現させる。
瞬間、大盾はひしゃげて、グラウンドの外まで轟音と共に吹き飛んでいく。かつては一級呪霊の攻撃をも防いだ代物であったが、五条には関係がないようだった。
しかし、多田良の姿は何処にもなく、多田良が立っていた場所にはマンホールほどの穴が空いている。
「なるほど。盾で姿を隠して地面から攻撃をする」
首を横にずらして、穴の中から上ってきた黒い稲妻を回避しつつ、五条は突如上段蹴りをする。
「と、見せ掛けて上から奇襲」
「っぱ、無理か……」
ショートソードを振り下ろした多田良は上段蹴りを肩に受けてしまい軌道が変化して、五条への攻撃を失敗してしまう。
「術式順転 蒼」
「ォオオオオオオオオオオオオオ!」
無下限呪術の代表的な技を直撃した多田良は悲鳴を上げてそのまま地面に倒れ伏す。
ちょうど夕日をバックにした五条の影が重なる。
「はいこれで僕の67戦66勝だね。あの時のはまぐれだったのかな?」
「……………」
もはやしゃべる気力もなく、意識だけは残ってる状態だ。
「基礎的な能力は日に日に増してるみたいだし、これからはもっと僕の仕事を分担してもらうよ」
多田良の術師としての仕事は基本的には、高専から直接与えられるものである。しかし、特級術師である五条の業務も与えられることも多々ある。
その理由の半分は五条が御三家の当主、教職員、術師などといった複数の立場での仕事を抱えているため、どうしてもやりきれない仕事があるからだ。
そう言ったケースは実力や派閥といった関係上、多田良が行うことになっている。伊地知同様、良くも悪くも、五条から信頼されている。
残り半分は五条がサボりたいからだが。
五条が多田良から離れようとしたとき、多田良が瑠璃色のアイスピックを地面に振り下ろした。その瞬間、五条の脇腹に刺すような痛みが襲う。
「ッ!」
五条は激痛が走った脇腹に手を当てると、血が流れていた。
更に二度三度と幾度も地面に突き刺し、五条の脇腹が見えないなにかによって貫かれていく。
地面が穴だらけになり、手入れされた芝生から土が露出した時に、五条はたまらず脇腹を左手で押さえてしまう
その隙を見逃さず、両足に金属のようなレガースを装着し、ハイキックで頭部を振り抜こうとするが、寸前で止まってしまう。いや、正確には届いていないのだ。
一度貫かれた時点で、無下限術式の防御が発動された。
痛みが走った瞬間、反射的に発動してしまったのだ。基本多田良との組手では、五条はこの絶対防御とも言える術式は極力使わないでいる。理由は単純に使ってしまえば、組手からイジメになってしまうからだ。
この組手には使用禁止のルールがあるわけではないので、ペナルティがあるわけでもない。あくまで五条の中での話だ。
「それか」
五条の六眼が多田良の左手に持つ瑠璃色のアイスピックが自身を傷付けた正体であることを見抜く。
「影を攻撃することによって、影の持ち主を傷付ける呪具か。それなら僕の無下限術式も突破できる。でも、僕には大したダメージは与えられなかったね」
五条は即座に反転術式で自身の傷を癒す。
五条の言う通り、もしも形状が刀まではいかないにしても出刃包丁ほどではあれば、大きな負傷を与えられたかもしれない。ただ、この五条という男は死の淵に立たされても、反転術式で傷を治せるので、結末はあまり変わらなかっただろう。
「あとで沢山反省会しよう」
ハイキックの体勢を解き、即座に防御の姿勢に入ろうとした多田良に五条は顎に一発叩き込んだ。優しく正確に、これ以上傷付けないよう、それでいてスピーディに。
それを最後にようやく、多田良の視界が暗転した。気を失っても、地面に転がる呪具などは消えることはない。
倒れ込む直前で五条が多田良を抱える。同期の家入のところへと連れていくつもりだ。
その瞬間、五条と多田良の姿が一瞬にして消えた。五条の術式によって、今頃は家入の元へと到着しているのだろう。
最初から最後まで見ていた多田良の同級生も、そこから宿舎へと歩いていく。
組手の感想を真っ先に口にしたのは、憂太だった。両者の激しい攻防に影響されたのか、興奮して少し早口になっている。術師として経験の浅い憂太でも、レベルの高いものであると感じていた。
「多田良くんも凄かったけど、やっぱり五条先生も強いね」
はしゃぐ憂太に対して、他三名の意見は違った。
「あーこれだから素人はよ」
「いくら、しゃけ、明太子」
「まあまあ、憂太はまだ他の術師も知らないんだからさ。多めに見てやれよ」
「え?」
3人の言葉に憂太はなにか怒らせるようなことをいったのか不安になる。その答えを、真希が教え始める。本人は自覚があるのかないのかはともかく、彼女は面倒見のいい姉御肌だ。
「お前、悟が呪術界で最強だって分かってんのか?」
「分かってるよ」
真希の問いに対して、憂太はムッとして口調を強くしたが、真希はそれ以上に気が強いのでなんとも思っていない。
「わかってねえよ。悟はお前が考えている以上に強いんだよ。はっきり言って、悟一人で日本中の呪術師殺せるくらいにはな」
真希の例題は決して誇張などではない。現代呪術界において、五条悟が最強であることは常識である。
実際、乙骨憂太が処刑されずにいるのは、五条悟が御三家の当主である以上に、最強の席に座していること他ならない。でなければ、乙骨憂太はとっくに悲しい結末を辿っていたに違いない。
「その悟にかすり傷一つつけられる奴なんて、一級術師を含めてもいねえ。いたとしても、お前みたいな特級くらいだろうよ」
「しゃけ」
「えーっと、つまり多田良くんが凄いってこと?」
「そういうことではあるんだがな。追々分かってくるだろ」
この時、憂太はあまり他の術師を知らないので、今回の組手が何故3人との意見がずれるのか分かっていなかった。後々、この組手を思い出す度に、もしかしてあの組手ってかなり凄かったの?と多田良が想像以上の実力者であることを痛感していく。
伏黒 恵は女体化させるべきか
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普通に男のままがいいなぁ
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女体化するとヒロイン枠が増えるなぁ