やはり俺とブイモンの青春ラブコメは間違っている。 作:アルファ麻呂
雲一つ無い青空が広がっているのを見て、今日も千葉県は晴天也、と心の中で呟く。
季節は四月、たった2週間ぽっちしかなかった春休みが終わってしまい、泣く泣く総武高校2年へと進級した始業式の帰り道。
俺、比企谷八幡は深々とため息を吐いた。腰を下ろし、自転車の後輪を指で押す。
指先に返ってきた感触は、空気の詰まったゴムチューブの張りのある硬さではなく、べこべこに潰れた柔らかさと、耳を澄ませば聞こえるプシューっと言う空気音。
「畜生、ついてねえ…」
近くで交通事故でもあったのか、小さいガラス片がアスファルトに散乱していたのに気づかず、自転車がパンクしてしまっていた。
まだ家まではそれなりの距離があるし、何より自転車のパンクで一番大事なのは無理に動かさず、パンクしたタイヤに負荷を掛けない事。
つまりは、家にSOSを送るのが一番だ。
最愛のマイラブリーエンジェル、妹の小町がもう家にいる事を願ってスマホを取り出した俺は、スマホの画面にバグが現れたのを見て、そして空が何かの影で覆われた。
見上げる八幡の視線の先には、鳥、緑色の、オウムのような、しかし、その大きさは自然のものとは桁違いに大きく、そして両足には金色のリング。
強烈な電撃を放ちながら、冷静さを失った様子のその怪獣の名前は、パロットモン。デジタルモンスター、デジモンだった。
「うおおおおおお!?」
慌てて自転車を放って走る。
パロットモンは着地と同時にさっきまで居た所を踏みつぶし、ついでに自転車だったものがひしゃげて原型を失った状態で転がっていく。
「あっぶねぇ………………ってか、ここに居たら不味いか」
自転車はもうこの際気にしない。逃げ出した背後でパロットモンの鳴き声が街中に響き、街行く人々や車が逃げ惑う。
だが、その音でよけいに神経を逆撫でされたパロットモンが額の辺りに電撃を溜め始めたのを見て、思わず足を止める。
「今逃げたら、不味いか。ったく、仕方ない」
そう呟き、懐からスマホとは違うデヴァイス、通称デジヴァイスを取り出し、スマホの画面とデジヴァイスの画面を向き合わせた。
「ブイモン、大っ嫌いな仕事の時間だ」
「おっしゃー!」
スマホの画面が光り輝き、開かれたデジタルゲートを通って青い龍の子のような小さな怪獣、ブイモンが転送されてきた。
「八幡、やっと呼んでくれて助かったぜ、暇だったんだ」
「おいおい。俺のパートナーが何を言う。家でひっそりと暇を持て余す生活…俺の理想の生活をエンジョイしておいて、その言い草はねえだろ」
「イヤだって、暇を持て余すっつったってもう5年も同じ部屋で暮らしてるんだぞ。流石に飽きたって」
「部屋に飽きるには、お前がまだまだ未熟な証拠だ。俺クラスのボッチとなれば、自分の部屋に飽きるなんて事は永久にない。何故なら自分の部屋とは、この世で唯一無二の、俺自身の為だけの世界だからだ」
「あーはいはい。分かったわかった。それより、仕事しようぜ!」
「はあ、分かったよ」
目の前でパロットモンが威嚇する様にアスファルトの地面を足で抉りながら鳴いた。
その声を聞きながら、長年愛用してきたデジヴァイス、D-3のスイッチを入れた。
「デジメンタル、アップ…!」
D-3から出てきたのは、赤い勇気のデジメンタル。
その宝石の力を浴びたブイモンの姿が変わる。
小さい子供のような姿から、成長し、赤いカブトとナックルを装備した闘士に進化する。
「ブイモン、アーマー進化!燃え上がる勇気、フレイドラモン!」
パロットモンの放つ電撃を、フレイドラモンは素早い身のこなしで回避していく。
電撃を浴びた車が爆発炎上するのを見て、スマホのアプリを起動。
周囲は建物の密集地隊で、これ以上ここで戦えば、被害が拡大して査定に響く。
その為にも、ある程度暴れられて、デジタルゲートを開ける場所を探さないといけない。
「ナックルファイア!」
フレイドラモンが拳から炎を放ち、パロットモンが鬱陶しそうに身体を揺する。
フレイドラモンはジャンプしてパロットモンの視線をビルの無い方角の上空に誘導する中で、ようやく目ぼしい場所を見つけた。
「フレイドラモン、西に1キロ。公園がある。そこまで誘導するだけで良い!」
「分かった!ナックルファイア!」
パロットモンの足元に着弾した炎で、パロットモンが遂に痺れを切らして飛び上がる。
緑色の羽が舞い落ちる中、鳥型デジモンとして、空をジャンプでしか移動できないフレイドラモン相手に制空権を奪ったパロットモンが飛びかかってくる中、フレイドラモンと視線を合わせ、頷き合う。
「ファイヤロケット!」
フレイドラモンの全身が炎のロケットになり、いきなり空を飛んだフレイドラモンを回避出来なかったパロットモンが直撃を受けて落下していく。
予定通り、無人の公園の砂場に落下したパロットモンが怒ったように叫び、強烈な電撃をフレイドラモン相手に放つ。
空中のフレイドラモンはなす術なく直撃を受けるかと思われたが…
「スパイキングフィニッシュ!」
横合から現れた深緑色の影が、強烈な一撃でパロットモンを突き飛ばし、電撃はフレイドラモンに当たる事なく空中に逸れていく。
「良いぞ、スティングモン!」
現れた人影に思わず顔をしかめる。
華麗に着地した人型の昆虫デジモン、スティングモンが構え、そしてもう一体。青い皮膚の半分機械の恐竜デジモン、メタルグレイモンviがパロットモンを殴りつける。
同じ完全体のメタルグレイモンviのパワーに押され、動きの弱まるパロットモンを、現れた人影は、もう1人が持つタブレット端末の画面に八幡と色の違うD-3を掲げ、デジタルゲートを開く。
パロットモンはそのゲートに叩き込まれ、強制的に元居た世界、デジタルワールドへと帰還していった。
「なんとか間に合ったみたいだね」
「悪いね。わざわざ私を呼んでくれて」
「構わないさ。なあ、八ま…」
青年が振り向くと、既にそこには八幡は居らず、困った表情のブイモンだけが残されていた。
「やっぱり、ブイモンだけなんだね」
「いつものことじゃない」
スティングモンが退化した、成長期のワームモン。
メタルグレイモンviが退化した、黒いアグモンが首を傾げ、ブイモンが頭を掻いた。
「あ、あはは。みんな、ごめん。俺も、あいつ追いかけてくるよ」
ブイモンが走れば、すぐに追いついた。
壊れた自転車の所で、八幡はなんとも言いようの無い顔をしていた。
「ねえ、八幡」
「…お前は、友達の所で遊んでくればいいって。単に俺はお前の友達の友達じゃねえってだけの話だ。よく言うだろ。あなたと私は友達じゃないけどー…って。それより、新しい自転車どうすっかな…」
「はあ、それはいいけどさ。今日のバイト代、どうやって請求するのさ」
「………………………あ」
青春とは嘘であり、罪である。十年前の最初のデジモンクライシス以来、常々予想されてきた全人類がパートナーデジモンを持つ未来が着実に近づきつつある中で、何故高校生活たかが三年間の人間関係に一々頭を使わなければならないのか。いずれは必ず出会うパートナーデジモンとの関係に悩まされるのは分かりきっているのに、たかが同じ高校、同じクラスになったと言うだけの他人の顔色まで伺う必要などどこにも無い。にも関わらず、いつまでも教室のど真ん中でうだうだ集まり、延々と中身のないお喋りを繰り返す連中に言えることは一つだけだ。
リア充爆発しろ。
「比企谷、この作文は一体どう言うつもりだ?」
暴走パロットモンの事件から一週間後、総武高校職員室にて、要約した作文を音読し終えた現国教諭の平塚静は、バツが悪そうに視線を逸らす問題児を前にため息を吐く。
「私は高校生活を振り返って、と言う題目で作文を書けと言ったんだ。なのに何故リア充爆発しろになる?」
「そりゃあ、まあ。嘘偽り無い本音と言う奴でして」
「君はテロ願望でもあるのか?全く…」
一応、怒られている自覚はある。
だが、だからと言って反省はしない。
なぜなら、さっきも言ったがこれこそが嘘偽りの無い真実なのだから。ジャババ。
「パートナーデジモンとの関係?と出たか。確か、君は選ばれし子供達の1人だったか」
「イヤ流石に高校生にもなって選ばれし子供も無いでしょう。デジモンテイマーって呼んでくださいよ」
「何を言うんだ比企谷。パートナーデジモンを持つ者はまだ人類全体を見渡せばまだ少ないし、何より殆どがまだ未成年だ。選ばれし子供達、が相応しい。だろう?」
そう言って平塚先生は、懐からオレンジ色のデジヴァイスを取り出して見せる。
その液晶画面には、平塚先生のパートナーデジモン、ガオガモンがデジ肉を食べてる様子が映っていた。
「別にパートナーデジモンが居るからって無条件で子供ってわけでは無いでしょう。平塚先生だってもういい歳…」
「衝撃のォ!!ファーストブリットォ!!」
「スクライド…ッ!」
平成生まれには懐かしいアニメの必殺技が炸裂し、悶絶する俺を平塚先生は椅子に座り直しながら睨む。
「女性に年齢に話はするな。マナー違反だ」
「…そんなんだから結婚できな…」
「抹殺のォ!!」
「う、嘘ですごめんなさいラストブリットは勘弁してください」
それなりに美人の女性教諭、年としてもまだ自称は付くが若手、しかし何故か結婚できない女。
それが平塚静だった。
まあ、結婚出来ない理由はこうやって平然とスクライドネタを口にするあたりに見えてくるが、それを口にすれば今度こそ抹殺のラストブリットが飛んでくる。
本気で結婚したいなら封印するなりすればいいのにと常々思うが、それは口出しする事じゃ無い。
思わずため息を吐く。
一見ただの残念な女教師だが、しかしその一方で目の前の平塚先生が、千葉県では数少ない、大人になってからパートナーデジモンを手に入れた一人でもある。
まだパートナーデジモンを持つ大人が少ない現状において、こっちの苦労を把握してくれる数少ない大人でもある。
「そう言えば、1週間前にパロットモンが暴れた事件。初動対応したお人好しが未だに名乗り出ないらしいな。おまけに、そいつのパートナーデジモンはブイモンのアーマー進化態のフレイドラモンだったそうじゃないか」
「いやまあ、別に通りすがっただけですよ」
「なるほど、それくらいのボランティア精神はある、と?」
「降りかかる火の粉を払っただけですよ」
「いやいや、謙遜することはないさ。君にそれだけのボランティア精神があると言うのなら、君には奉仕活動に参加してもらいたい」
「奉仕活動?まさか、学校にブイモン連れてきて一緒に踊れとでも?冗談じゃないですよ。そんな事するくらいならいっそデジタルワールドに引きこもって二度と出ない」
「まさか、そんな事頼むわけが無いだろう。ついて来てくれ」
職員室を出て、廊下を平塚先生に連れられて歩いていく。
その途中、部活に勉強に友達付き合いなどなど、青春を謳歌する連中が視界に入るが、別にだからといって特別な何かが浮かぶわけもなく、無関心なまま先を進む平塚先生の背中を見つめる。
「それにしても、たった十年で本当に世界は変わった。私がまだ小学生の頃は、デジモンなんて影も形もなかったと言うのにな」
「そこで俺らくらいの年って言わないあたりに…………嘘ですごめんなさい二度と言いません」
再び迫る抹殺のラストブリットを前に咄嗟の土下座が功を奏し、平塚先生も拳を収めた。
「君は確か、デジタルワールドを冒険したことがあるんだったな」
「ええ。五年前に一度」
「その頃の仲間と連絡は取り合っているのか?」
「まさか…そんな事してたらぼっちになれませんよ」
「何か理由があるのか?」
「いえ…ただ、強いて言うなら、子供の頃の知り合いなんてそんなモンって言うか。元々、学区も違う奴多かったし、中学に上がるくらいになると、会う機会も減って自然消滅と言うか」
「その頃にきちんと対人関係を覚えてくれていれば、私も苦労せずに済んだんだがな。さあ、ついたぞ」
平塚先生は空き教室っぽい雰囲気の教室の扉をノックもせずに開け、そして俺は中に居たその女子生徒を見て、一瞬時が止まった様な気がした。
美しい黒髪、釣り上がった鋭い目つき。
しかし空き教室の一角で一人静かに本を読むその姿がよく似合う、その少女は突然の侵入者に非難する様な視線を向けた。
「平塚先生。ノックして下さいと何度も…」
「いやあすまないな雪ノ下今日は新入部員を連れて来たんだ」
「新入部員…?」
そこで、初めて教室の入り口に立ち尽くす俺を見て、微かに視線を泳がせた美少女、雪ノ下雪乃はため息混じりに呼んでいた文庫本を閉じ、俺から視線を背けて平塚先生を睨んだ。
「お引き取り下さい。私は、そんなぬぼーっとした、見るからに甲斐性のない、不誠実で、犯罪臭を漂わせる男子の面倒を見る気はありませんので」
「ひ、平塚先生。俺も、今日はちょっと用事を思い出しませいてぇ…」
「…なんだ、知り合いだったか?」
「知りません」
「ひ、人違いじゃないでしゅか?」
どんどん冷たい雰囲気になっていく雪ノ下と、動揺の余り噛みまくる俺。
平塚先生はしばらく二人を見渡し、そしてははぁと納得した様子で頷いた。
「ああなるほど。比企谷、彼女がさっき言っていた、一緒にデジタルワールドを冒険した仲間の一人ということか」
「平塚先生。訂正をお願いします。確かにそこの社会不適格者と不本意ながらデジタルワールドで遭遇した事はありますが、仲間ではありません。そもそも、何故同じタイミングでデジタルワールドに居たと言うだけで、仲間などと言う括りにされなければならないのでしょうか?」
「その点においては、完全に同意する」
「黙ってなさい比企谷八幡君」
絶対零度の視線が襲う。
出来ればこのまま逃げ出したいが、残念ながら背中をグイッと押して来る平塚先生がそれを許してはくれない。
「そうか。あくまで知り合いではあるが、基本的には無関係という事だな?」
「ええ。その認識で十分です」
「なら、雪ノ下にはこの男の更生を頼みたい」
「それならば、平塚先生がご自身でやればいいのではないでしょうか」
「ほう?まさかとは思うが雪ノ下。出来る自信がないのか?」
ぴくり、と雪ノ下の肩が動いた。
その様子を見て、うへえと顔を顰める。
この平塚先生、雪ノ下雪乃と言う少女の扱い方をよくご存じらしい。
パタンと音を立てて文庫本を机の上に置き、雪ノ下は立ち上がる。
「良いでしょう。ならそこの社会不適格者を私の手で更生させてみせます」
「相変わらず煽り耐性無いのな」
ムッとした顔を見せる雪ノ下。
ただ、こっちも口が滑っただけだったので少しバツの悪そうな顔をして一歩、後ろに下がる。
だが、平塚先生がその背中を捕まえてしまった。
「言っておくが比企谷、これは勿論罰則でもある。逃げるなよ?」
「さいですか…」
それだけ言い残し、平塚先生は教室を去っていく。
気まずくて視線を泳がす俺を、無言で見つめていた雪ノ下のみ。
やがて、雪ノ下に「とりあえず、座ったら」と言われ、パイプ椅子に腰かけた。
そして、無言。
今すぐにでも逃げ出したいのに逃げられない俺と、何を考えているのかわからない雪ノ下。
無言の睨み合いの果てに、遂に根負けして口を開いた。
「なあ、ここって部室、なんだよな?」
「何かしら比企谷君。質問があるのならハッキリと言いなさい」
「…………中学上がった時以来だからあんまり分かった口聞く気は無いけど、お前がわざわざ一人で部活やってるってことは、単に文芸部とかじゃ無えんだろ?この部の名前と目的はなんだよ」
「そう。最初はそれを当てて貰おうかとも思ったけど、それくらい私の事を理解しているつもりがあるなら話は別ね。ここはーーーーー奉仕部よ」
「奉仕部?」
「迷える子羊を、善き羊飼いが救済する為の部活。大勢の人よりも先にデジモンと言うパートナーを得て進化した、優れた人間として、悩める人たちに結果ではなく方法を与える。それが奉仕部よ」
「その理論だと俺はもう奉仕部の救済は必要無いんじゃないですかね…」
「いいえ。貴方は選ばれし子供だったにも関わらず、未だに進化出来ていない哀れな人間よ。だから私が救ってあげると言っているのよ」
案の定トゲトゲしさMAXの雪ノ下は、しかしその怒りや憤りを小さめの胸の中に押し込みにっこりと笑ってみせた。
「奉仕部へようこそ、比企谷君。さあ、まずは貴方の問題を解決しましょうか」
その目は一切笑っていない。
パイプ椅子ごと後退り、そして本格的にここに来た事を後悔していた。
三年前の事。
「俺さ、今日でこの集まりに顔出すの止めるわ」
千葉のそれなりにお高く止まった高所得者層が暮らす街の公園で、中学校の制服を着た八幡がポツリと呟いた。
「お兄ちゃん……………………」
「え…………………」
「ちょ、せんぱい?いきなり何言ってるんですか?」
「そうさ。確かに最近忙しくて集まりは悪いけど、それでも僕らは仲間じゃないか」
少し離れた遊具で遊んでいるパートナーデジモン達。
彼らのはしゃぐ声や、遊具が軋む音を聞きながら、八幡が腰掛けていたベンチから立ち上がる。
「中学上がって、やること増えたし。それにいつまでも、選ばれし子供達、なんて言ってる場合じゃ無いだろ。ブイモンとのパートナー関係は一生続くだろうけど、だったらそれも含めた将来のこととか、考え始めてもいいんじゃないかって思う」
「………………………それは」
「それ、言うならさ。アタシも、妹がそろそろ手がかかる頃合いでさ。内職のアルバイトも始めるから、あんまり顔出せなくなるって言おうとしてたところだったんだ」
「ま、まあ確かに………週一でここまで電車やバスで来るの、お小遣いに支障きたして来ましたし…………」
八幡の言葉に反応してか、次々と聞こえて来る子供では解決しようの無い現実の数々。
メンバーのリーダー格を自負する男子が悔しげに拳を握りしめ、黒髪の少女…………小さい雪乃が信じられない、と言った顔で八幡を睨む。
「悪い。そう言う事だから、もう此処には来ないから……………」
逃げ出す様に、いや、実際の処、八幡はその場から逃げ出した。
そしてそのツケが、現在ーーーーーーーーーーーー
「私達以外にまともな人間関係を築けなかった貴方が、私達の前から逃げ出して三年経ったわね。さあ、聞くまでも無い事だけれど、新しい友達や仲間は出来たのかしら?」
「………………………………」
「沈黙は肯定とみなすわ」
「お前もこうやって一人で部活やってんだから、似た様なモンだろ」
俺の口答えに、雪ノ下は絶対零度の視線で答える。
あまりの殺気に、前に金曜ロードショーで見た貞●を思い出してしまい、思わずブルってしまう。
不味い、これ、このまま1週間待たずに死んじゃうんじゃ無いかな。ごめんな、ブイモン。これから先は小町を頼ってくれ。
「反省の色も無し。まあ、その割にはブイモンと一緒に人助けの真似事くらいはしていたらしいわね。パートナーデジモンがいることを踏まえた人生設計について、何か考えでもあるのかしら?」
「そりゃ、勿論。俺とブイモンを養ってくれる真のパートナーを見つけて、専業主夫になる」
「…………………ブイモンは私が引き取るわ。貴方は永遠にそのパートナーとやらを探していなさい」
雪ノ下は最早冷徹を通り越して何の感情も湧いていない目だった。
流石に答えを間違えたことに気付いて視線を泳がせるが、雪ノ下の目は次第に哀れみのこもった視線に変わっていく。
「結局の所、貴方は三年前と一切変わっていない。それどころか退化すらしている。平塚先生が躾に苦労する訳ね。一体どうすればここまで人間は落ちぶれられるのかしら。教えてもらえないかしら塵ヶ谷君」
「別に退化なんてしてねえっての。俺はもう既に究極体だからな。これ以上進化する必要がないだけだ」
「そう…………………ごめんなさい。その程度が貴方の究極体だったなんて知らなかったわ。可哀想に………」
「憐むなよ。なんか俺が間違えてるみたいじゃ無えか」
「それにすら気付けていないなんて…………………」
よよ、と口元を抑え、涙ぐむ仕草を見せる雪ノ下。
その珍しくワザとらしい演技に僅かに引きつつ、頬杖をついて雪ノ下から視線を背ける。
「まあでも………ガキの集まりではあったけど、今にして思い返せば確かに…………あの頃の俺たちは本物の仲間だった、と思う。ぶっ壊しちまった俺が言うのもなんだけどさ………………」
雪ノ下が泣き真似演技をやめて、過去を思い返す様にして俯いた。
「…………そうね。それに、貴方が解散を言い出さなくても……………私達の関係は、いずれは仲間のままでは居られなくなってた。その事は、私は理解しているわ」
雪ノ下が俯きながら呟く。
それは三年前に薄らと感じていた不安と同じだった。
最年少で、妹の小町以外みんな中学上がって、生活環境がどんどん変わっていく中で、小学生の頃の関係をずるずる続けていくことに意味なんかない。
どこかで綻びが出て、本物が、本物じゃなくなっていく感じがあった。
それが嫌で、気持ち悪かった。
中学で少々トラブルに巻き込まれていた事もあって、あの選ばれし子供達ちば組は解散したのだ。
「ねえ、比企谷君。貴方さえ良ければだけど、もう一度、私達二人で…………………」
雪ノ下が口を開いたその時、完全下校時間を知らせるチャイムが鳴り響いた。
「時間だな。じゃ、俺、帰るわ」
「あ………………」
雪ノ下の最後のセリフを聞こえなかったフリをしながら、手早く荷物を片付けていく。
雪ノ下はしばらく迷う様に膝に上で手を合わせていたが、やがて諦めた様にため息をついた。
「なんでもないわ。鍵は私が返しておくから…………………」
「そうか?ま、入部するって決めた訳じゃ無いしな…………」
「…比企谷君。また、明日」
自分でも誤魔化し切れないな、と感じるくらい言い訳じみた、どことなく誤魔化す様な声に、雪ノ下がため息混じりではあるが、シッカリと聴こえる様に、ハッキリと伝える。
「…………………おう」
そんな雪ノ下を背に、一瞬躊躇しつつ、だけどちゃんと聴こえる様に返事をするのだった。
「たでーまぁ…」
「あー!!シャウトモン今のズルいぞ!!インチキだ!!インチキ!!」
「羽甲羅温存は立派な戦略だぜ!!デジモンキングの戦略眼を舐めんなよ!!」
「うるせー!こっちじゃデジクロス出来ねー癖に!!」
「ブイモンだって相方居ねーからジョグレス進化出来ねー癖に!!」
出迎えてくれたのは騒々しい声が二つ。
リビングのソファを占領しているのは、俺のパートナーのブイモン。
そして、赤い竜の子の様な、スタンドマイクを小脇に抱えたシャウトモンだ。
飼い猫のカマクラがその騒々しさにのそりとリビングを脱出し、こっちの顔を見てプイと顔を背ける。
この野郎、とその尻尾を睨むが、そんな事などお構いなしだ。
「あ、お兄ちゃんおかえりー。遅かったね」
ヒョイとキッチンから顔を出す、妹の小町。
シャウトモンのパートナーでもあり、かつての選ばれし子供達ちば組の最年少メンバーだ。
今ではワーカーホリック気味の両親が基本不在な比企谷家で、食べ盛りの兄妹と、いつも騒々しい成長期デジモン二体の食事を作ってくれる本当に良く出来た妹だ。
「悪いな小町。すぐ荷物置いて来るわ」
「いーよいーよ。シャウトモン達に手伝わせるから。という訳で、ゲームタイムしゅーりょー!!」
「えー!!」
「いいとこだったのに!!」
「文句言うと、明日のお昼はカー君と同じキャットフードにするよ?良いのかなー?」
「なんでも言う事聞きます!!」
「御命令を!!」
野生のデジモンの誇りなどカケラも残っていない、すっかり飼い慣らされたブイモンとシャウトモンが小町にすり寄っていく。
何でも、キャットフードは味がしないから食べていて泣きたくなるらしい。
それで何年も生きてるカマクラはどうなんだと言う話なのだが、まあ猫とデジモンの味覚は違うんだろう。
部屋に鞄を置き、部屋着に着替えてリビングに戻れば、既にテーブルには夕食が並んでいて、待ち切れなさそうにブイモン達がギラギラした目で待ち構えていた。
「ったく。食い意地張ってやがる」
呆れてため息を吐きつつ、椅子に座ると、比企谷家の夕食が始まった。
「そーいやお兄ちゃん、ずいぶん遅かったね。交通事故にでもあった?」
「あー。ちょっと学校で平塚先生怒らせてな。更生活動とか言って、部活に強制入部させられた」
「へ?お兄ちゃんが部活?」
「更生…………………無理じゃ無いかな?」
「同感」
「おいデジモン共。もうちょっとオブラートに包むってことを覚えろよ」
「えー?ホントのこと言ってるだけじゃん。そんなんで怒られてたら、シャウトモンもブイモンもかわいそーだよ」
「小町ちゃん?お兄ちゃんは可哀想じゃ無い訳?」
「うん」
当たり前じゃん、と返されて言葉に詰まる。
最近どんどん小町が辛辣になっていくのが辛いが、それでも小町を愛しているのが兄貴としての誇りだった。
こうやって夕食だって作ってくれる訳だし。
ただ、大嫌いなトマトやプチトマトを必ず入れるのは勘弁して欲しい。
とりあえず、隣に座るブイモンの皿にプチトマトを置き、それをブイモンが即座に戻す。
そして俺がさらにそれをブイモンの皿に乗せようとして、シャウトモンがその隙に俺の皿の肉に手を伸ばした。
「あ、おいシャウトモン。それは俺のだ」
「ちえっ」
「シャウトモン、そー言うのはバレない様にやんないと」
「小町ちゃーん?テイマーとして、パートナーデジモンの教育は大事だよー?」
「俺のパートナーは立派な反面教師だよ………」
ブイモンがなんやかんやで押し付けられたプチトマトを摘みながら、ため息混じりにそう呟いた。
「で?何部に入ったって?」
「奉仕部」
「は?」
怪訝そうな、というか完全に気持ち悪そうな顔を隠そうともしない小町。
まあ、奉仕部と聞いてまともな部活と思う者は居ないだろう。
それどころか、何かしら如何わしい部活と判断されてしまったのか、それとも奉仕と言う言葉が俺の口から出たのが気持ち悪かったのかは定かでは無かった。
「で、そこの部長………ってか、まあ部員も居ないから二人きりだったんだが、そいつが雪ノ下だった」
かちゃん、と音を立てて小町の手から箸が落ちる。
「嘘…………あの雪乃さん?」
「雪ノ下なんて珍しい苗字千葉にそうそう居ないからな。あの雪ノ下だった。お陰で散々から罵倒されたよ」
「自業」
「自得」
「う、うわー。お兄ちゃん、どの面下げて、とか言われた?雪乃さん怒ってたよね?小町、学校で出会したらお兄ちゃん殺されるんじゃないかなーって思ってたよ」
「だな……って、小町アイツがうちの高校に居たこと知ってたのか?」
「うん。お兄ちゃんと違って、私は昔のみんなと連絡取ってるし。それに総武高校って選ばれし子供の支援制度対象学校じゃん。だからお兄ちゃんも苦手な数学頑張って総武入ったのに、他のみんなは来てないなんて思ってたの?」
「そーいや何人か見覚えのある奴いたな………」
「ま、小町としてはまたお兄ちゃんが危ないことに首突っ込んでなきゃ何でもいいけどね。あ、今の小町としてはポイント高い」
そうやって、他愛の無い会話をしながら比企谷家の夜は過ぎていく。
「あら、来たのね」
部室の扉を開けると、昨日と全く同じ様子で、雪ノ下が文庫本を読んでいた。
「逃げたら平塚先生に殴られるからな」
「それくらい耐えられるでしょう?貴方なら殴られ慣れていそう」
「慣れる訳がねえだろ。大体、平塚先生の拳は日に日に強くなっていくんだぞ」
「毎日殴られてるってことじゃ無い………………」
呆れ果てた、と言う様子で額に手を付く雪ノ下。
なんだかそう言う姿勢がやけに似合うな、と思いつつ、椅子に座った。
「そういやお前、小町と連絡取ってんのか?」
「ええ。昨日の夜も電話がかかってきたわ。不束者ですが、兄をよろしくお願いします、だそうよ。勿論丁重にお断りしたわ」
「そりゃまた結構なことで」
そう言って自分も鞄から文庫本を取り出す。
雪ノ下は一瞬物言いたげな顔をして開いていた本を閉じていたが、やがて雪ノ下も文庫本の栞を挟んだページを開いていた。
そして、暫くの間無言のまま、本のページをめくる音だけが部室を占めていた。
どれくらいの間そうして居たのか、ふと喉の渇きに気付いて文庫本のページに栞を差し込もうとした瞬間、部室の扉をノックする音が聞こえた。
瞬間、この日初めて雪ノ下と視線が交差する。
平塚先生かと視線で尋ねるも、雪ノ下が無言で首を横に振る。平塚先生だったらわざわざノックはしない。
つまり、滅多に無い事ではあるけれど、依頼人だ。
「どうぞ」
「し、失礼しまーす…………」
入って来たのは、ピンク色に染めた髪をお団子に丸めた女子だった。
元気そうな、愛嬌のある顔立ち。
そして、雪乃には無い、制服越しにも分かるほど大きな胸……………………。
「ッ!?」
殺気。
不味い、このまま目の前の女子の容姿について思考を巡らせると命に関わる。
何故俺の考えていることが雪ノ下にわかったのかはこの際置いておくしか無いが、いのちをだいじにが基本のプレイスタイル。
瞬時に女子の胸から視線を逸らし、目は合わせられないので顔を見ると、女子はこっちの顔を見て口をぽかんと開けて居た。
「な、な、何でヒッキーがここに居るの!?」
いきなり、聞き覚えの無い渾名で呼ばれて困惑する。
と言うか本当にそのヒッキーとやらは自分の事なのかと考えを巡らせるが、ピンク色の女子は本気で慌てた様子でこっちをチラチラと見ていたので、やはり本当に俺の事を言っていた様だ。
「なんでって、俺ここの部員だし…………」
俺の言葉にぽかんとした顔で立ち尽くす女子。
思考回路がフリーズしている様だ。何がそんなに問題なのか全く分からなかったが。
「2年F組の由比ヶ浜結衣さんね。とりあえず座って」
「えっ、あ。うん。雪ノ下さん、私の事知ってるんだ…………」
「凄えな。全校生徒の顔と名前一致するんじゃねえの」
「それは無理よ。貴方みたいに認識出来ない存在がいるもの」
「えっ、じゃあ今お前誰と話してるつもりだったの?」
「パートナーよ」
そう言ってデジヴァイスを取り出す雪ノ下。
由比ヶ浜がほへー、と言うなんとも知性を感じさせない顔で雪ノ下のデジヴァイスを見つめる。
しかし、雪ノ下のパートナーデジモンが滅多に喋らない事を知っているこっちにしてみれば、それはそれで言い返すネタは尽きない。
「返事してくれないパートナーデジモン相手に、延々と一人話しかけるってのも中々寂しい光景だろうな…………」
「そう言う貴方はいつブイモンに見捨てられるのかしらね」
「………………………………」
お互い一歩も譲らない意地の張り合いに、やがてオロオロし始める由比ヶ浜。
雪ノ下がようやくそれに気付くと、咳払いをしてこっちを睨む。
静かにしなさいと言いたげなその視線に、わざわざゴングを鳴らしたのお前だろ、と顔をしかめつつ、椅子に座り直した。
「ごめんなさい。ええと、依頼したい事があるのかしら?」
「あのさ、平塚先生に聞いたんだけど、ここって生徒のお願いを叶えてくれるんだよね?」
「少し違うわね。あくまで奉仕部は手助けをするだけ。例えばパートナーデジモンが欲しいと言う依頼の場合、デジタルワールドに直接連れて行くのでは無く、出会う方法を教え、それからどうするかは依頼人次第。簡単に言えば、自立を促す、ということよ」
いつもの雪ノ下節を効かせたセリフの応酬に、内心この依頼人は引くだろうな、と思っていたが、逆に依頼人の由比ヶ浜は馬鹿っぽい顔で目をキラキラさせて雪ノ下を見つめていた。
「…な、なんか凄いね!!」
「そ、そうかしら……………………」
予想外で、今までに無かったリアクションが帰って来て、雪ノ下が照れている。
そんな珍しい光景を頬杖つきながら眺めていたが、やがて話が依頼の内容になって来ると、不意に由比ヶ浜がモジモジし始める。
どうも男子がいると相談しにくい話題の様だ。
「ちょっと喉渇いたから自販機行って来るわ」
「そう。私は野菜ジュースよ。どのメーカーかくらいは覚えているでしょうね」
「別にお前の分も買って来るとは一言も言ってねえんだが………」
いいからとっとと行け、と視線で促され、というか命令され、渋々教室のドアを開けて廊下に出る。
特別棟の階段を降りて、この学校で唯一、千葉のソウルドリンクであるマッカンことマックスコーヒーを販売している自販機にたどり着く。
そしてマッカンを買おうと小銭を入れたところで、気づく。すぐ上が、雪ノ下が昔飲んでたメーカーの野菜ジュースだった。
「畜生、何かの陰謀かなにかか…?」
「俺たちの変わらない絆が起こした奇跡じゃ無いかな?」
すぐ後ろから聞こえて来た爽やかな声に、野菜ジュースのボタンに手を伸ばしていた体がピタリと止まる。
「何の用件だよ、葉山」
振り向けば、そこにはやはりと言うべきか、ある意味雪ノ下以上に会いたく無かったかつての『仲間』、葉山隼人がニコニコ笑いながらサッカー部のユニフォームの裾に結びつけた、俺のとは色違いのデジヴァイス、緑色のD-3を指を弾き、見せ付けていた。
「そりゃ、小町ちゃんに君の事を改めて頼まれたからね。相変わらず可愛い妹じゃないか、比企谷」
「あん?テメェ何小町をちゃん付けしてんだ?おまけに連絡先も知ってるだと?消せ、今すぐ」
「そこで凄むなよ………」
気に食わない声に向けて思いっきり腐り切った目で睨みつける。
葉山は、困った様に笑いながら、手に持っていたマッ缶を投げ渡してきた。
咄嗟にキャッチするが、すぐにそれを葉山に突き返す。
「投げるんじゃねえよ。千葉県民のソウルドリンクを何だと思ってんだ」
「君は変なところばっかり変わらないな。それはまた一緒に頑張ろうって言う挨拶さ。相棒」
「相棒って言うな」
「俺と君は相棒じゃないか。君のブイモンと、俺のワームモン。俺たちがまたヨリを戻せば、怖いものなしじゃないか」
「言い方に気を付けろよ。なんかそっち系を思わせるだろうが」
かつての選ばれし子供達ちば組のリーダーだった葉山。
それをこっちの一方的な解散宣言でコミュニティをバラバラにされてしまったと言うのに、やけに馴れ馴れしい態度に思わず警戒心を強める。
しかしそんな様子を見て、葉山もさすがに表情を切り替えた。
「まあ冗談だよ。君が雪乃ちゃんの奉仕部に強制入部させられたって聞いて、少し様子を見に来たんだ」
「だったら雪ノ下に聞けよ。今日も元気に毒舌が冴え渡ってるぞ。心が折れそうだ」
「それはごめん被るよ。俺もサッカー部の練習抜け出して来てるし、そろそろ戻るさ。比企谷、また選ばれし子供達ちば組で集まれる日が来ると信じているよ。じゃあ」
言いたい事だけ言い残し、葉山は爽やかな汗を流しながらグラウンドへと走っていく。
結局突き返せなかったマッカンを見つめ、ため息ひとつ付いて缶のプルタブを開ける。
「例え葉山からの貰いモンでも、マッカンはマッカンだからな」
自分に言い訳する様にマッカンを口に入れ、若干人肌温度に近づいた微温さに顔をしかめた。
「あいつ、どんだけ俺を待ってたんだよ………………」
今回は前編。後編に続きます。