やはり俺とブイモンの青春ラブコメは間違っている。 作:アルファ麻呂
修学旅行二日目。本来なら二度寝したい朝なのだが、俺とブイモンはワームモンの糸で無理やり叩き起こされていた。
「なんだよ、俺たちの安眠を邪魔しやがって」
「君のことだから、俺のやろうとしている事は分かっていると思ってね。答え合わせしたかったんだ」
「だったら俺は起こすなよ…………」
「文句言わないの。パートナーでしょ」
旅館の廊下の踊り場で朝一のミルクコーヒーを飲みながら、爽やかな笑顔で腕組みをする葉山を睨む。隣のブイモンも葉山の肩の上に乗るワームモンを睨んでいるが、どちらも全く効果はなかった。
「お前、戸部の告白をサポートするつもりかよ。海老名さんも三浦も告白されたくないって言ってるんだぞ」
「それは分かっているさ。だけど昨日も言っただろう?今の俺たちは、まるで昔のちば組みたいな行き止まりの中に居る気がするんだ」
「居りゃ良いだろ」
「オイ」
「ちば組解散はともかくな、本気で俺たちに何とかして欲しいなら奉仕部への依頼で最初からそう言えば良かっただろ。何後出しジャンケンみたいな真似してんだよ」
「だって君たち俺の依頼と聞いたら間違いなく嫌な顔するじゃないか」
「当たり前だろ」
嫌な顔はしても真剣な依頼なら多分断らないと思う。マジで。言葉にはしないけどな。ブイモンとワームモンがつまらなさそうにソファの上で虚無の目で俺たちを見ていたが、そんな事はもうどうでも良い。
「大体本気で今の関係性をぶっ壊したいなら方法は幾つかあるだろ。三浦に告白でもすれば良いんじゃね?」
「そんな理由で優美子の気持ちを弄んで良いわけが無いじゃないか」
「…………え?お前、三浦の気持ちとか分かんの?」
「…………流石にね。悪い気はしないよ。だからこそ嘘告白で優美子の気持ちをこれ以上ぐちゃぐちゃにする訳にはいかないじゃないか」
「三浦はだいぶお前のせいでぐちゃぐちゃになったと思うぞ俺は」
「八幡が言うなー!」
「そうだー!」
「黙ってろデジモン共!」
「黙るかー!!声の限り叫んでやるぞー!!」
「朝っぱらだって言ってんだよ!」
ブイモンの謎のコールに反論していたが、結局喧嘩になってしまった。しかもそのせいで起きてきた平塚先生に叱られる羽目になった。その間に葉山は逃げるし、散々な朝になってしまった。絶対許さないぞあの野郎。
修学旅行二日目は決められたグループごとではなく、集合時間さえ守れば良しの個人行動が許されていた。なので待ち合わせ場所で雪ノ下に由比ヶ浜と合流すると、とりあえずは今日の方針を改めて決めようと言う話になった。
「今日の奉仕部の動きを決めましょう。まずは比企谷君の方針は、戸部君の目の前で海老名さんに嘘告白して断られる事。それで戸部君に海老名さんが今は誰とも付き合う気が無い事を伝えるのね」
「ああ。それで大体解決だろ。一番手っ取り早い」
「…………二人ともすげー納得いかないって顔してるなー」
ブイモンがツッコみを入れた通り、流石の俺でも分かるくらい不満げな顔の雪ノ下と由比ヶ浜が腕組みをしてこちらを睨んで来ていた。
「まぁそれは最終手段だよね。私は、優美子と姫菜を説得してみるよ。戸部っちの告白を受けるかどうかは別にしてさ。今の関係性がこのままじゃ長持ちしないのってのは私にも分かるし」
「結衣、私も手伝うよ」
「ありがとう、ヒヤリモン。頼りにしてるね」
由比ヶ浜は三浦達に変わってみろと説得するつもりらしい。葉山軍団が空中分解しようがどうなろうが知った事ではないが、その中の一員として由比ヶ浜がやるべきと思ったのなら俺は応援したいとは思う。
「私は葉山君と戸部君を説得してみるわ。正直言って二人とも、自分のタイミングで変化を求めているようにしか見えないのだし。多少の情報漏洩はもう目を瞑るとして、海老名さん達が“今は”変化を望んでいないと伝われば十分でしょう」
「あー。それは確かにそうかもな」
雪ノ下の指摘も分からなくはなかった。確かに葉山も戸部も、三浦達の考えを無視して一方的に変化を望んでいる節はある。勿論それくらいしないと無理なくらい三浦達が頑なになっている、と二人が判断している可能性もあるが。
「ならまずは由比ヶ浜の作戦から始めるか。で、無理そうなら次に雪ノ下。それでも無理なら俺の嘘告白だ」
「誰かの作戦が上手くいけば良いって事かな。ヨシ!じゃあ優美子達を探しに行こうよ!!」
「そうだな。どこに居るかは由比ヶ浜が連絡して聞けば…………」
その時、俺と雪ノ下のスマホに着信が同時に入った。
「え?」
「マジか…………」
七大魔王か、その眷属か。どちらにせよ京都に究極体クラスのデジモンが出現する気配をレーダーが探知したのだ。しかし七大魔王ほどの怪物が現れたのなら人間でも分かるくらいの強烈な気配があると思うのだが。
「由比ヶ浜、三浦達の説得は任せて良いか。どのみち俺と雪ノ下が居たら逆効果になりそうだしな」
「う、うん。もしかして、二人とも…………」
「今回は俺だけでも大丈夫そうだけどな。多分川崎も居るし、癪だけど葉山とも会うだろ」
「ええ。七大魔王ほどの気配は感じないし。それなら比企谷君の方で任せるわ。私は戸部君の説得をしてみるから」
「なら、それぞれ終わったら伏見稲荷に集合だな。行くぞブイモン」
「おっしゃ!任せろ!!」
三者三様に動き出した俺たち奉仕部。雪ノ下と由比ヶ浜がそれぞれ戸部達と海老名さん達を探しに向かうのを見届けてからホテルを後にした俺とブイモンは、スマホの画面を開いて場所を確認する。警戒警報が出ているのは京都タワー近郊だった。
今居るホテルは二条城の近くにある。ここから京都駅までは徒歩で一時間くらい、ちょうど良いタイミングでバスに乗れれば30分くらいか。タクシーなんて高い乗り物なんて使えるはずもないし、どうするべきか。
「久しぶりにやるか。デジメンタル、アップ」
「お、これか。ブイモン、アーマー進化!轟く友情、ライドラモン!」
D-3を起動し、友情のデジメンタルをロード。ブイモンが四足歩行の黒い鎧を付けたアーマー進化体のライドラモンに進化する。のだが…………
「アレ?ライドラモンってこんなに小さかったか?」
せっかく進化させたライドラモンは俺の腰くらいの大きさだった。小五の頃とはいえ、あの頃は俺と目線が合うくらいの大きさだった気がするんだが。まぁ確かに俺が成長したと言えばそれまでなはずだが、その割には小さくなっている気がする。
「八幡が友情ってモンを全く信じなくなったからなぁ…………」
「そりゃ分かってたけどさ。よっこらせっと」
「お、重い…………走れねえよこんなんじゃ!」
「頑張れ、頑張れ」
「そう思うんならもうちょい友情パワーって奴をだなぁー!!」
とりあえず背中に乗れはしたが、ライドラモンはちょっとよろめいていた。しかし二、三歩歩けば慣れたのかしっかりとした足取りになり、そして次第に走り出した。
昔とは違ってそれほど乗り心地は宜しくは無い。まぁ小五の頃と体が違うし仕方ないか。それにしてもなんだ、まだ走れるとは思わなかったぞ。やらせておいてなんだが意外だったな。口に出したら俺を背中から放り出してしまうだろうから言わないけどな。
既に京都タワー周辺には警戒警報が鳴っていて避難する人達が俺とライドラモンとは逆方向に走っているのを横目に、風を切りながらライドラモンのツノを掴みガラ空きの車道を走っていく。体感速度なので正確には違うのだろうが、大体原チャリくらいの速度で突き進んでいくと、京都タワーの展望台の上から機械の龍がこちらを見下ろしているのが見えた。
「アイツか…………」
「ゼー…………ハー…………つ、疲れた…………八幡!重いんだよ!!ダイエットしろ!!」
「悪かったな、だけどお仕事はこれからだぞ」
「ふ!ざ!け!ん!な!」
俺の足元で成長期に戻って腰を下ろすブイモン。マジでキツそうな姿に流石に同情してしまうが、残念ながら川崎も葉山も近くにはまだ居ない。この付近に住んでいるテイマーの援護も、デジタルワールド帰りでなければむしろ足手まといだ。
京都タワーの展望台の上から俺たちを見下ろす機械の龍は、不意に背中のブースターらしき器官からエネルギーを放出し始める。そして胸の辺りに真っ黒なエネルギーを溜め、地上の俺たち目掛けて発射してきた。
「休む暇無し!とんだブラック業務だ!デジメンタル、アップ!」
「ウエェ!?マジで!?ちくしょー!!ブイモン、アーマー進化!!奇跡の輝き、マグナモン!!」
黄金の輝きを浴びてブイモンがマグナモンに進化し、敵の放った黒いエネルギー弾を真正面から受け止めて打ち消した。
「これは、ダークマターだ!」
「ってことは、ダークドラモンか。七大魔王の手先、いや操り人形ってところか」
サイボーグデジモンであるダークドラモンは、究極体ではあるが時には他の強力なデジモンに操られている事がある。元々外的要因に影響され易い生態のせいだろうか。ただ操れるのは勿論ダークドラモンよりも強いデジモンでなければ無理だし、ダークドラモンは究極体なので普通に強い。つまりは、敵として現れたらやけに厄介な奴だ。
「やるぞ!マグナモン!!固定砲台に徹されたらこっちが不利だ!!」
「分かってるさ!!」
ある程度威力は抑えられてはいるが、先程と同じくダークマターを発射する必殺技のダークロアーを連写してくるダークドラモン。マグナモンはそれら全てを鎧で受け止めつつ急上昇していく。
奇跡のデジメンタルから作られた鎧はダークマターのエネルギーを全く通さず、上昇する勢いを弱めることすら出来ない。マグナモンは京都タワーの展望台の上まで飛び上がると、ダークドラモンに強烈なパンチを叩き込む。
よろめいたダークドラモンがマグナモンを睨み据え、マグナモンもまた展望台の上に立って構えた。
「お前、七大魔王の手先か!どいつが黒幕だ!?バルバモンか、ルーチェモンか、リリスモンか!?」
「…………」
「無視かよ!!言葉も理解出来ないみたいだな!!」
フルチャージされたダークロアーを真正面で受け止め、流石に勢いを殺しきれずに足が止まるマグナモン。ダークドラモンはそこで更にダークロアーにエネルギーを注ぎ込むが、背後をチラリと見てエネルギーの行き場にビルが無いことを確認すると即座に身を翻す。ダークロアーはそのまま何もない空中に飛んでいき、無防備なダークドラモン目掛けてマグナモンが飛びかかる。
「終わりだ!エクストリーム・ジハード!!」
ダークドラモンの懐に飛び込んだマグナモンが激しく発光し、真上に放たれた強烈なエネルギーを浴びたダークドラモンの体が宙に浮く。
「マグナモン!駅のロータリー向けて飛ばせ!」
俺がD-3越しに指示を出すと、マグナモンが頷いて動かなくなったダークドラモンを蹴り飛ばす。マグナモンが稼いでくれた時間で開いたデジタルゲートは京都駅のロータリーを中心に大きく広がっていて、ダークドラモン一体くらいならデジタルワールドに強制送還出来るくらいにはなった。
「プラズマシュート!!」
大量のミサイルがダークドラモンの軌道を修正して、ダークドラモンがデジタルゲートにシュートイン。ダークドラモンは強制送還され、俺の隣に降り立ったマグナモンがブイモンに戻る。
「あー、疲れた…………マジで…………」
「流石に酷使し過ぎたな。悪かったよ」
とりあえず近くの自販機で買ったスポーツドリンクを渡しつつ、スマホのアプリを開く。究極体の反応はもう無いはずなのだが、微弱な反応が京都にまだ残っていた。
「まだ居るぞ、ブイモン」
「やだー!俺、休む!!働きたくない!!」
「同感だ。それにどうも、この近くには反応が無いらしいな」
究極体の反応ではないので、このくらいなら恐らく完全体だろう。
「多分、川崎達はそっちに向かったんだろ。じゃなきゃもうここに来てないとおかしいからな」
「雪乃や隼人も居るしな。暫く休憩しようぜ」
マグナモンとダークドラモンの戦いが終わった頃。由比ヶ浜結衣は金閣寺で三浦優美子と海老名姫菜の二人と合流していた。
「ごめん、待った!?」
「お待たせー。迷っちゃった」
「いーし。結衣は元々、奉仕部で動くはずだったんでしょ?どう言う風の吹き回しな訳?」
明らかに視線で警戒してくる優美子にかすかに怯む結衣。だがここで引いてはいけないと勇気を振り絞る。奉仕部の依頼と言う事もあるが、結衣はこのままだと優美子と姫菜が後悔するのではないかと思っていた。
戸部からの好意には気付いているが、告白されてしまうと否が応でも優美子達のグループの関係は変わってしまう。この所イレギュラーな変化が連続してしまい、グループの存続にはまだヒビは入っていないのが奇跡のような毎日だった。
結衣が奉仕部に入ってパートナーと出会った所までは良かった。だが、葉山がクラスカースト最下位の八幡と元相棒だった事が明るみに出て、おまけにどうもヨリを戻したがっているらしい事が分かった辺りからおかしくなってきた。
どんどん奉仕部に寄っていく結衣に、何故か八幡にウザ絡みする葉山。そして何よりどんどん学校内で話題になっていく八幡と、そんな八幡がどんどんグループに近づいてくる現実。
「優美子、姫菜。色々考えたけどさ、頭悪い私じゃ下手に誤魔化してもしょうがないし。単刀直入に言うね。戸部っちの告白、受けるかどうかは別にして、聞いてあげて欲しいんだ」
「…………」
「あ、あはは。やっぱりそう来るよね」
結衣の言葉に、露骨に顔を伏せる二人。ファンビーモンが不安そうな様子で優美子を見つめるが、何かを言うつもりは無さそうだった。
結衣はヒヤリモンを胸に抱きしめて小さく頷くと、一歩前に出た。
「二人とも、今の関係を壊したくないって言ってたよね。確かに戸部っちが告白して来たら、色々変わっちゃうと思う」
「それが嫌なの。今のあーし達がこのままでいちゃダメなの?」
「うん。でもさ、まずここまで分かっちゃってるんだよ?もう十分変わり始めていると思うんだ」
「…………っ」
「た、確かに…………ね」
「まず、言いたい事は二人が今の私たちから目を背けてるって事。ここまでは間違ってないよね?」
結衣の言葉に何も言い返せずに黙り込む二人。結衣は別に二人を言い負かしたい訳ではないのだが、既に二人がグループの存続以前の所に居ると言う現状を理解して貰わないと次には進めない。
「この修学旅行で戸部っちが告白するのを止めても、これから先ずっと目を背けてたら…………きっと私達は一緒に居られないと思う。側になんて居られないよ、きっと」
「そんなの、分からないでしょ!」
「優美子…………」
「あーしはこのままが良いの!!もうこれ以上は無理!!限界!!アンタが奉仕部なんて変な部活やってるのも!!あの雪ノ下と一緒に連んでる事も!!ヒキオの事が好きなのも!!全部仕方ないって飲み込んできた!!隼人が比企谷と元相棒だって事も…………仕方ないって…………」
落ち着かせようと近寄って来たファンビーモンを抱きしめて、優美子がその場に崩れ落ちた。結衣も姫菜も、そんな優美子に近寄ることなんて出来なかった。
「アイツを、ヒキオを見てると…………考えちゃいけないって分かってるのに…………考えちゃうんだよ。なんで、あーしのデジヴァイスはD-3じゃ無いんだって…………ファンビーモンはあーしだけのパートナーなのに…………」
「優美子…………ごめん」
「謝らないでよファンビーモン…………余計に惨めになるから…………」
優美子の口から出たとは思えないほど、悲痛な叫びと弱々しい言葉の数々。それを見た姫菜は目を閉じ、腕を組む。そして物憂げな目で結衣を睨み据えた。
「ねえ、結衣。私はこんなことになりたくなかったから、穏便に戸部っちの告白を阻止してって依頼したつもりだったんだけどな」
「…………ごめん姫菜。でも…………」
「分かってるよ。正しいのは結衣の方だって事は。あーあ。ホント、私って腐ってるよね…………」
まるでその言葉を決別宣言の様にして、姫菜は寂しそうに笑いながら一歩後ろに下がってしまった。これが一番最悪なやり方だと自分で分かっていながらも、姫菜にはそれしかなかった。
いつまでも変わらずにグループの中に居たいのに、変化の原因を作ってしまった。変わってしまうのが怖くて、同じ気持ちの優美子に縋ってしまった結果がこれだった。
変わらずに居られるかもしれないと言う、ありもしない希望を優美子に見せてしまった。グループ内の二人が同じ変わりたくないと言う想いを持って居れば、もしかしたらと思った。
結局、二人がした事は不可能なことを求めた我が儘が通るかもしれないと、無責任な期待を他人に押しつけただけだったのかもしれない。そう思えば姫菜に出来る事は、この場を去ってもう二度と優美子達に友達面をしない事だけだと思った。
だが…………
「おやおや。ちょうど良い負の感情の気配だと思ったが…………デビモンの極上のエサだったか」
「え…………?」
その時、姫菜の背後に真っ黒なデジタルゲートが開いた。黒い悪魔の様な手がそこから伸びて、姫菜の身体はゲートの中に吸い込まれていく。
「怖いデジモンの気配だよ、結衣!」
「優美子、暗黒の気配だ!!」
デジモン達が呼びかける声も虚しく、姫菜を吸い込んだデジタルゲートからはゆっくりと人型のデジモンが姿を現した。赤い悪魔の様な翼を背に、灰色の筋肉質な肉体に細く長い腕。そしてその長い腕の先には巨大な爪を生やした魔人型デジモン、ネオデビモンだ。
「ウ…………オオ…………ンン…………」
「暴れておいでネオデビモン」
「オオオオオオ!!」
謎の声の指示通りに、ネオデビモンが二人に襲いかかって来た。ヒヤリモンを抱く結衣を見て、優美子はふらつく体でなんとか立ち上がり、デジヴァイスを構える。
「進化するよ、ファンビーモン…………!!」
「優美子…………あ、あれ?」
「って、出来ない!?なんで!?」
しかし、ファンビーモンは成熟期のワスプモンに進化出来なかった。優美子は震える手でデジヴァイスを何度も何度も起動させようとするが、何もできないままにネオデビモンの爪が迫る。
「優美子!!」
咄嗟に結衣とファンビーモンが優美子を突き飛ばしてなんとか無事で済んだが、成長期と幼年期デジモンだけでは完全体デジモンに対抗することなど出来るはずもない。せめて成熟期のワスプモンさえ居れば、時間を稼ぐか逃げるチャンスくらいは掴めたはずなのに。
「あ、あーしが…………あーしが悪いんだ…………ファンビーモンじゃなければなんて考えるから…………ファンビーモンも、姫菜も…………」
「優美子、立って!!私は大丈夫だから!!」
ファンビーモンの呼び掛けにもまともに返事が出来ないほどに追い詰められた優美子。ネオデビモンは何かしらの存在によって意識を奪われているのか、ただただ不気味な笑顔のままゆっくりと動けない優美子とファンビーモンを狙って歩き出す。
逃げなきゃ、と頭の片隅で思う優美子。しかし同時にここで逃げたら、姫菜が居なくなると思った。ネオデビモンと入れ違いにデジタル空間に消えたのか、それともネオデビモンの中にいるのか。どちらなのかも分からないが、逃げたら間違いなく姫菜には二度と会えない。
なら戦わなきゃと思うのに、体は動かない。ファンビーモンの必死の呼び掛けに曖昧な返事しか出来ない。こんな風になるなんて思いもしなかった、なんて言い訳がぐるぐると頭をよぎるなかで、優美子とファンビーモンの前に結衣が立ちはだかった。
「結衣…………」
「優美子、前に確か…………パートナーの進化に必要なのは変わりたいって心の底から思う事、だったよね。ヒヤリモン!」
「うん!!」
結衣のデジヴァイスが光り輝く。ヒヤリモンの体が熱く震えて、結衣と心は一つになった。
「ヒヤリモン進化!」
ギターをかき鳴らした様な起動音と共に、大量のデータが流れ込んだヒヤリモンの体が回転する。そして一瞬体がブレたと思った次の瞬間、全身のあちこちが氷で出来た小さな龍型デジモンに進化した。
「ブルコモン!」
成長期デジモンのブルコモンはその場で飛び上がり、口から大量の氷を放った。
「ベビーヘイル!!」
放たれた氷の散弾はネオデビモンの体に突き刺さるが、ネオデビモンは一切意に介さずに迫ってくる。しかしそこに今度は大量の針が迫り、ネオデビモンは鬱陶しそうに真正面から受け止めた。
「ギアスティンガー!!」
「ファンビーモン!!」
「私も戦う!勝てはしなくても、SOSのシグナルは送っているから誰かが来てくれるはず…………」
ファンビーモンの必殺技の一つ、88シグナルは付近のデジモン達にSOSコールを送り続けている。受けてくれるかどうかは不明だが、成長期二体でなんとか時間を稼ぐしか無い。
「優美子!立って!今の私じゃ、ブルコモンまでしか進化させられない!ゆきのんか、ヒッキーが来るまで何とか持ち堪えないと」
「で、でも、あーしは…………」
鬱陶しそうに腕を振るうネオデビモンの攻撃をギリギリで避けるファンビーモン。しかしその勢いは風圧だけでもファンビーモンの体勢を崩してしまい、地面に叩き落とされてしまう。何とかブルコモンがキャッチするものの、どちらもまともに動いていないネオデビモンにダメージを与えるどころか足止めすら出来ていない。
「くっ…………ギアスティンガー!」
「ベビーヘイル!!ベビーヘイル!!」
必殺技を連射してネオデビモンにせめてダメージをとブルコモンとファンビーモンが足掻くが、実戦経験の殆どない成長期デジモンでは完全体デジモンに傷を負わせられるはずもない。
怯みすらせずにゆっくりと近寄ってくるネオデビモン。このままでは間違いなくネオデビモンに殺されてしまうだろう。結衣は例え勝てなくても最後までブルコモンと一緒に立ち続けたい一心で一歩前に出るが、そんな結衣の背中を見て優美子もまた震える足で立ち上がる。
「優美子、大丈夫か?立てるのなら早く逃げてくれ」
「逃げるわけにはいかないじゃん…………アンタが、ファンビーモンが戦ってるし…………姫菜だってあそこに居るんでしょ…………色々限界だけど、ここで逃げたら一生後悔する!!」
「優美子…………」
「あーしにだって、プライドがあんのよ…………!!ここで逃げたらなんか出来ないのよ!!」
その時、優美子のデジヴァイスが再起動した。ギターをかき鳴らした様な音と共にデータが光になってファンビーモンに注ぎ込まれていく。
「ファンビーモン、進化!ワスプモン!!」
「や、やった…………!!」
ようやく進化できたワスプモンを見て、優美子はようやく心の中の澱が少し軽くなったのを感じて前を見る。
「姫菜…………あーし、アンタに謝らないとね。最初はあーしの変わりたく無いって気持ちを尊重してくれただけだったのに…………」
「優美子、今からでも間に合うよ!きっと!!」
「なら今は、あのネオデビモンを!!エネルギーフルチャージ!!ベアバスター!!」
ワスプモンの最大出力のレーザービームがネオデビモンに直撃する。流石に今回ばかりはネオデビモンも顔を顰めて後ずさるが、それでも撃退するには足りていない。ブルコモンの必殺技では火力不足を補うには全然足りていない。
遂にワスプモンのベアバスターのエネルギーが尽きてしまうが、ネオデビモンは僅かにダメージを負った程度ですぐにまたこちらに向かって歩き出した。
「さ、流石に倒せないか…………」
「充分だよ、ワスプモン。あーし達がまたパートナーになれたってだけで」
「結衣、やっと成長期になれたのに」
「大丈夫!ほら、来てくれた!」
結衣の言う通り、青い影がネオデビモン目掛けて飛びかかる。川崎沙希の拳がネオデビモンの顔面に突き刺さり、僅かに顔を顰めてよろめいたネオデビモンが沙希を睨む。
「間に合ったみたいだね。京都タワーの方はアイツに任せて正解だった」
「サキサキ!」
「さ、サキサキ?」
「多分沙希の事だよ。それより、早く終わらせよう!」
「そうね。デジソウルチャージ!!オーバードライブ!!」
結衣の突然のあだ名に困惑しつつも、沙希はデジヴァイスicに最大出力でデジソウルを注ぎ込む。そのデジソウルを浴びたアグモンは鼻先からデジタルデータに変換され、真っ黒な龍人型デジモンに進化する。
「ガイオウモン!!」
二本の刀を手にネオデビモンを睨み据えたガイオウモンが飛びかかる。目にまとまらぬ速度の剣筋はネオデビモンの胴体を斬り裂き、先程までの苦戦が嘘の様にネオデビモンが崩れ落ちた。
「は、はやーい…………」
「実戦経験の差。それより、よく無事だったね」
「まだだ、沙希。ネオデビモンから人間の気配がする」
「え?」
「も、もしかして、姫菜がネオデビモンと一体化してる?」
「え?何、どう言う事?」
ガイオウモンの言葉を聞いた結衣の言葉に沙希が首を傾げる。トコトコと近寄って来たブルコモンとワスプモンが事情を話すと、沙希もガイオウモンも腕を組む。
「デビモンが海老名さんを取り込んで完全体のネオデビモンに進化したって事?こう言う状況にはあんまり詳しくは無いけど…………昔、雪ノ下が暗黒進化した時は、ええっと…………どうしたっけ?ガイオウモン」
「とりあえずパイルドラモンで殴り倒して、落ち着いた所で語り掛けた。忘れたのかよ」
「その場に私居なかったし…………でも、そう言う事だから。二人で声をかけてみて」
沙希の言葉を聞いて、結衣と優美子の二人が顔を見合わせる。しかしその時、倒れていたネオデビモンがゆっくりと起き上がり始めた。
「しまった。まだ意識があったか!」
『ううん。大丈夫。私だよ』
「ひ、姫菜!?」
「大丈夫な訳!?」
突然姫菜の声で話し始めるネオデビモンに、安心よりも先に困惑が強くなる二人。まぁそれは当然だろうと沙希とガイオウモンが頷いていると、ネオデビモンは光ながらゆっくりと縮み始めた。
『今まで何も出来なかったけど…………二人の声は聞こえてたよ。私も謝らないといけないよね』
やがて光が収まると、姫菜が紫色のデジタマを抱えて立っていた。
「ごめんね。優美子。私も、優美子の変わりたく無いって気持ちを利用したんだよ。今の関係が壊れるのが嫌なのに、自分で言い出すのが怖かったから…………」
「姫菜…………あーしも、その為にアンタを言い訳にしたんだし。どっちもどっちでしょ」
優美子はファンビーモンと一緒にもう一度姫菜と握手しようと手を伸ばす。姫菜も少し戸惑いながらもそれを受け入れ、そして複雑そうな笑顔を浮かべて結衣を見た。
「結衣、戸部っちの告白はともかくとして、こんな面倒くさい私達に向き合ってくれてありがとうね。良かったら、これからも…………」
「うん!友達だよ!!私達!!」
思わず飛びつき、姫菜を抱きしめる結衣。姫菜と優美子も結衣の背中に手を伸ばし、抱きしめ合う。
「…………よくわからないけど。大団円って事ね。それよりネオデビモンを送り込んだのはやっぱり…………」
「七大魔王だろうね。沙希、アプリの反応は?」
「まだ一つある。葉山達が何とかするでしょ」
京都を包む不穏な気配はまだ消えていなかった。
一応、後二話で修学旅行編は終わりの予定です。