やはり俺とブイモンの青春ラブコメは間違っている。 作:アルファ麻呂
一年前、4月。
「あー!待ってよサブレ!!」
総武高校入学式の朝、黒髪の少女は飼い犬のサブレのリードを、散歩の途中で手放してしまった。サブレは元気いっぱいに走り出すが、そのまま車道にまで飛び出してしまった。
「サブレ!!」
黒髪の少女の呼び声にも反応しないサブレのすぐ目と鼻の先、高級そうな車が走って来る。このままでは轢かれてしまう。だけど、彼女にはもう手は届かない距離までサブレは逃げてしまったし、車ももうブレーキが間に合う距離では無い。
悲鳴を上げた少女。その声に、偶然そこを通りかかっていた八幡とブイモンが気付いていた。
「は、八幡!なんか不味そうな感じだよ!!」
「ほっとくのも、後味悪いか。ブイモン、ここはアレで行くか」
親切心という訳でもなく、単に見てしまったからには手を出さない訳にはいかない。その程度の感覚ではあったが、八幡は迷いなくD-3のスイッチを入れ、光り輝くデジメンタルをロードする。
「デジメンタル、アップ………!」
「ブイモン、アーマー進化!!燃え上がる勇気、フレイドラモン!!」
アーマー進化体、フレイドラモンは即座に飛び上がり、車に轢かれそうになってたサブレを救出すると、そのままへたり込んでいた黒髪の少女の目の前に着地する。
「あ…………」
「ペットのリード、ちゃんと持ってないとダメだよ」
「フレイドラモン、終わったか?」
「ああ。ちゃんと無事に終わったよ」
「ならとっとと戻れよ。理由無しに進化させると後が面倒だしな」
「分かってるって」
フレイドラモンは少女とサブレに小さく手を振ると、再び飛び上がって八幡の前に着地する。それと同時にフレイドラモンは成長期のブイモンに戻り、その後ろ姿を、黒髪の少女はポカンとした顔で見つめていた。
現在。
「遅いわ。温いじゃない」
「ま、ちょっとな…………後、分からなかったからコーヒーで良いか?」
「えっ?あ、ありがとう………」
心底うんざりしつつも雪ノ下に野菜ジュースを渡し、そしてついで由比ヶ浜にも缶コーヒーを渡す。
そしてついでにもう一本買ってきたマッカンのプルタブを開くが、野菜ジュースを飲み終えた雪ノ下はもう立ち上がろうとしていた。
「じゃあ、調理室に行くわよ」
「は?」
「奉仕部として、由比ヶ浜結衣さん。貴女の依頼を遂行するわ」
雪ノ下は早々に立ち上がり、由比ヶ浜を連れて教室を出ようとしていた。
渋々マッカンを口に咥えながら立ち上がる。
由比ヶ浜を連れた雪ノ下の背中を追いかけつつ、雪ノ下は要点だけを伝えて来た。
なんでも由比ヶ浜は、名前は明かせないが、お世話になってしまった恩人にクッキーを焼いて渡したいが、自信がないのでクッキー作りを手伝って欲しいとの事。
確かに依頼としてはクッキー作りを手伝うだけならシンプルだ。
「クッキー作るの手伝うだけで解決なら、俺ついて来なくても良いんじゃね?」
「何を言うのかしら比企谷君。まさか女子高生にどれだけ作るか分からないクッキーの処理をやらせるつもりなのかしら。貴方は小学生の頃から全く成長出来ていないのね」
「成長してねーのは雪ノ下の…………おいおい待て待て待てデジヴァイスを出すな謝るからごめんなさいもう二度と言いませんから許してください」
クッキー食べて少しは胸部装甲を追加しろよと言いそうになるが、それよりも先に雪ノ下がデジヴァイスを取り出して威圧してくる。
全力の土下座が間に合わなければ今頃消されていたかもしれない。
怒りは収まっていない様だが、流石に学校内での殺傷沙汰は不味いと感じたのか雪ノ下がデジヴァイスをしまうが、そんな雪ノ下のデジヴァイスを由比ヶ浜がほへー、とまた知性の感じさせない顔で見つめていた。
「雪ノ下さんのデジヴァイス、あんま見た事ないタイプだね」
「え、ええ。私のパートナーデジモンは特殊なの」
「へー。じゃ、じゃあヒッキーのは?確かヒッキーのパートナーってアーマー体だったよね?」
「…………?」
由比ヶ浜の言葉に、一瞬引っかかるものを感じる。
しかし、そこまで深く考える事もないかと思い、懐から青いD-3を取り出した。
「俺のデジヴァイスだ。ほれ」
無造作にD-3を結衣に見せつける様に突き出す。
その仕草に由比ヶ浜が一瞬引くが、すぐにそのデジヴァイスを見て首を傾げた。
「あれ?それって、隼人君のデジヴァイスの色違い?」
「………………………………」
「………………………………」
「あ、あれ?私、何か変なこと聞いちゃった?」
一気に俺だけじゃ無く雪ノ下もゲンナリした顔を見せられた由比ヶ浜が慌てるが、雪ノ下は頭を振って切り替えると咳払いをした。
「簡単に言うと、デジヴァイスは人間やパートナーデジモンの特性に合わせて形を変えるのよ」
「俺のデジヴァイスはD-3ってタイプで、パートナーのブイモンが古代種のデータを持ってるから、通常の進化に加えてアーマー進化にも対応してる。葉山もパートナーのワームモンが古代種のデータ持ってるからな。同じタイプってだけだ」
「へ、へー。知らなかった…………私、パートナーデジモンが居ないからさ…………」
D-3をちょっと気にする様子を見せる由比ヶ浜。
「私の友達、結構もうパートナーデジモンが居るんだよね。隼人君はワームモンが居るし、優美子はファンビーモンが居るし…………」
葉山の事は分かるが、優美子なる人物は知らないので興味を失って歩く速度を早めるが、逆に雪ノ下は小さく鼻を鳴らす。
「いずれ全人類にパートナーデジモンが出来ると言われているけれど、現時点ではまだ約五十万人超と言われているわ。全世界人口七十七億人と考えても、その内では0.0064%くらいかしら。これから増えていく事を考えれば、まだパートナーが居ないことを恥じる事はないわ。むしろ、そんな小さな事を気にする気持ちがパートナーを遠ざけるのよ」
「そ、そうなんだ。じゃあやっぱり、もうパートナーを持ってるみんなは凄いんだ…私も欲しいなぁ」
「パートナーデジモンがもう居るかいないかは確かに重要な話だけれど、だからといってパートナーデジモンはファッションでは無いし、ましてやペットの延長でも無いわ。これから先の人生において、永遠に離れる事ない正真正銘のパートナーよ。そんな欲しいと言うだけの軽い気持ちで求めるものでは無いわ」
一息に言い放つ雪ノ下に、他人事ながらあーあ、と思わず小さく呟いてしまった。
雪ノ下は昔から、相手の間違いを見つけると正論でとことん叩きのめしてしまう悪癖があった。
別に勝負してる訳でも無いんだから、そこまでする必要も無いだろうに、といつも思う。
現に依頼人の由比ヶ浜はクリクリした目をパチパチさせて固まっていて、やり過ぎたと気づいた雪ノ下は少し咳払いしてフォローを入れようとしていた。が。
「カッコいい…………」
「は?」
「なんか、雪ノ下さんカッコいい。そっかぁ。パートナーと出会えるのは私の心持ち次第って事なんだ…………」
何やら自分で納得がいったのか、雪ノ下を前にうんうんと頷いて見せる由比ヶ浜。
雪ノ下はそんな由比ヶ浜を前に、余計と居心地悪そうにこっちを見る。
今まで出会したことのないパターンに戸惑っている様だが、そんな事、ぼっちに頼られてもなぁ、と僅かに残ったマッカンを口に含んだ。
「ぅおえっ…………」
「あれ?おかしいなぁ」
「おかしいのは貴女よ、由比ヶ浜さん…………」
調理室にたどり着いた俺達を待っていたのは、真っ黒な地獄だった。
とてもでは無いがクッキーと認識出来ないほど炭化した砂糖と小麦粉の塊が、口の中にこびり付いて離れない。
とっくに飲み干してしまったマッカンは愚か、普段は口に入れない水道水にすら手を出さなければならないほど追い詰められた。
完璧超人の雪ノ下のパーフェクトな指導を一身に受けながら、由比ヶ浜は何故か次々と真っ黒なクッキーらしき木炭を量産し続けていた。
「ううー。ごめんねヒッキー…………こんなはずじゃ無かったのに…………」
「いやマジでどうやったらこんな木炭が出来るんだよ。そのオーブンレンジの設定ミスってるんじゃねーの?」
「レンジの設定なら私がやっているわ。比企谷君、まさか私を疑っているのかしら」
「だったら壊れてる可能性の方があるな。材料とか作業工程の問題じゃないだろこれ」
「…………それもそうね。なら、一度私が作ってみるわ。由比ヶ浜さん、私のやり方を良く見ていなさい」
雪ノ下は即座に余った材料でクッキーの生地を作り上げて行く。
手早く、正確に、そして何より適量の材料を加えてオーブンレンジに入れる一連の手つきを見て、由比ヶ浜がほへー、と知性を感じさせない顔つきで感心していた。
その光景を見て、由比ヶ浜が本当にこの一応進学校の総武高校の生徒なのか疑問に思っていた所、トコトコと由比ヶ浜が近づいてきた。
「あ、あのね、ヒッキー。もし良ければ、なんだけど…」
「良くないから言わんでいい」
「即答!?いや、その、えっと…………デジモンが好きな味とかってあるのかなって聞きたくて…………」
「…………デジモンにも好き嫌いあるからな。というかアイツら食い物の話になると好き嫌いばっかりでうるさいぞ」
「そ、そうなの!?じゃ、ヒッキーのパートナーはどんなのが好きなの?」
「あー。ま、肉と甘いのだな」
「なんか適当だ…………」
由比ヶ浜が悔しげに唸る。
その姿を見て、なんだか由比ヶ浜そのものが野生のデジモンに見えてきたが、ふと焦げ臭い匂いを感じて振り向いた。
雪ノ下もさっきまでの疲れと呆れが混じった顔ではなく、怪訝そうな顔を見せていた。
「おい、なんか焦げてるぞ」
「おかしいわ。まだ一分も経ってないのよ。これは…………」
その時、俺達のデジヴァイスが反応した。
「あ、なんかピカピカ光ってる!」
「デジモンの反応…………そうか、このオーブンレンジか」
デジタルワールドへと繋がるデジタルゲートは、ありとあらゆる電子機器を介して人間世界に現れる。
その多くはパソコンやスマホ、タブレットに携帯電話などの通信、ネットワーク機器で発生するが、あくまでそれはネットワークが一番媒介になり易いと言うだけで、ただのオーブンレンジにも、デジタルゲートは自然に発生するのだ。
「しゃーねーか。ブイモン呼んでくる」
「いいえ。私が行くわ。わざわざ貴方の家からブイモンを連れてくることもないでしょう」
デジヴァイスとスマホを用意する俺を抑えて、雪ノ下がデジヴァイスを手にオーブンレンジの前に立つ。
しかし、その姿に由比ヶ浜が首を傾げてキョロキョロと探し始めた。
「え?雪ノ下さん、今パートナーデジモン連れて来てるの?」
「ええ。ここにいるわ。それと比企谷君。分かっているわよね?」
「あー…………分かってるって。後ろ向いてるよ」
「それで良いわ。なら、久しぶりに行きましょう」
くるりと向きを変えた俺を見て、その行動の意味が分からず首を傾げる由比ヶ浜。
そんな二人を尻目に、雪ノ下は自身のデジヴァイス、ディースキャナを構えた。
「スピリット・エボリューション…………!」
雪ノ下の左手に光で出来たバーコード、デジコードが現れ、雪ノ下はそれをディースキャナでスキャンする。
すると、雪ノ下の身体は実体のある現実の物質からデジタルワールドのデータへと変換されていく。
「うわ、うわ、うわわ!?」
由比ヶ浜が困惑するのも無理は無い。
その過程において、雪ノ下の身体は光り輝いて、その美しいボディラインは逆光で良くは見えないが、それでも由比ヶ浜は顔を赤らめつつ見つめていた。
そして、完全に雪ノ下の身体がデータ状に変換されると、彼女を挟み込むように前後に白い板が現れ、その二つが交差した直後、雪ノ下が居た場所には白い鎧を着た騎士のデジモンが立っていた。
「ヴォルフモン!」
「ゆ、雪ノ下、さん…………!?雪ノ下さん、だよね!?」
「雪ノ下のパートナーデジモンだ。ヴォルフモン、ハイブリッド体」
「は、ハイブリッド体?」
「強大な力を持つ代わりに、人間と合体しなければ実体化出来ない特殊なデジモン。それがハイブリッド体よ」
混乱する由比ヶ浜を、ヴォルフモンが穏やかな声で諭す。
声は雪ノ下と同じだし、雪ノ下の意思で動く事が出来る。
しかし、それはパートナーデジモンであるヴォルフモンの意思でもある為か、普段の雪ノ下より少し穏やかで、厳格な話し方だった。
「もう振り向いても良いわよ。比企谷君」
「おう」
しかし、ハイブリッド体への進化はパートナーである人間の身体を変身させる為か、何故か進化するたびに裸に近い姿になってしまう。
小学生の頃は気にしていなかったが、高校生ともなれば流石に気になる。
「ゲート開くぞ。三、二、一」
D-3をオーブンレンジに掲げると、レンジの操作パネルにデジタルゲートが開いた。
ヴォルフモンはそのゲートに飛び込むと、中のデジタル空間は灼熱の炎に包まれていた。
『雪ノ下、中はどんな…………って、こりゃ凄いな』
『うわ、見てるだけで熱い!!』
「この類、やはり火炎系のデジモンが暴れている。比企谷君、ナビゲートを」
スマホとD-3を繋げると、スマホには炎の世界の中で光の剣を構えるヴォルフモンの姿が映った。
そしてスマホの画面を操作していくと、熱エネルギーがデジタル空間の中の一点から流れ込んできているのがわかった。
『雪ノ下』
「見えてるわ」
炎の中から高速道路の案内標識の様な物が現れ、ヴォルフモンは一直線にその標識に沿って飛んでいく。
「凄い。ねえヒッキー、これって…………何してるの?」
「お前…………凄いってのは見た感じだけか。まぁ良いけどな。電子機器ってのはどんな物にも中に一つ、デジタル空間って世界を形成してるんだよ。俺たちのいる世界と、デジタルワールドのちょうど境目にあるらしい。で、時々デジモン達がデジタルワールドに開いたゲートを通ってデジタル空間に迷い込む。そこは元いた場所じゃ無いから、デジモン達は混乱して暴れだす訳だ。そうなると、このオーブンレンジみたいに電子機器が暴走する」
既に元々設定された出力以上の熱を放っているオーブンレンジを指差す。
もう素手で触れない程の熱を出していて、このままでは火事になってしまうだろう。
「で、デジヴァイスでゲート開いてデジタル空間にデジモンを送って対処してる」
由比ヶ浜はまだ若干分かっていない顔だったが、もう既にヴォルフモンは熱エネルギーの発生源に辿り着いていた。
「見つけたわ。やはり、メラモンね」
全身が炎で出来た、真っ赤な人型デジモンが口から炎を放ちながら暴れていた。
「メラモン。ここは貴方の世界では無いわ。ゲートを開けてあげるから、大人しく帰りなさい」
「ウォー!ウォー!!ウォー!!!」
『相当興奮してるな。雪ノ下、そこはもうデジタルワールドに近い。倒しても大丈夫だ』
『倒しても?倒してもって、倒しちゃうの!?』
「大丈夫よ。殺す訳では無いわ。少しお灸を据えるだけよ」
ヴォルフモンは光の剣を構えて、暴れ回るメラモン目掛けて飛び込んでいく。
メラモンは口から放つ炎をヴォルフモン目掛けて放つが、ヴォルフモンはくるりと空中でターンして炎を回避する。
「リヒト・ズィーガー!」
目にも留まらぬ速度でメラモンを光の剣で切り裂く。
暴れ回っていたメラモンの動きが止まり、やがて崩れ落ちると卵の形に変わってしまった。
『あ、タマゴになった!』
「デジタマに戻したのよ。もう随分と暴れて力を使ってしまってたみたいだし、一度幼年期に戻ってゆっくりさせてあげないと」
デジモン達は一度死ぬとデジタマに戻り、デジタルワールドの始まりの街で幼年期から新しく進化していく。
現実世界で死んでしまうとデジタルワールドに戻れない場合があるので基本的にはゲートを開いて強制送還が殆どだが、デジタル空間でならこのまま無事に始まりの街まで転送されて行く事だろう。
デジタマがゲートを通ってデジタルワールドに戻っていくのを確認し、ヴォルフモンがオーブンレンジのデジタル空間から離脱し現実世界に帰還する。
そしてそれと同時にヴォルフモンから雪ノ下の姿に戻り、ふうと息をついた。
「お疲れさん」
「あら、この程度の事、労われるほどでは無いわ。ヴォルフモンも久しぶりに動きたがっていたのだし」
雪ノ下の持つディースキャナがピカピカ光る。
ハイブリッド体のヴォルフモンは基本的に雪ノ下以外とコミュニケーションを取れないので、何か会話の様なことをしているんだな、と言う事しか分からなかったが、雪ノ下の顔が少し穏やかなのでヴォルフモンも満足しているのだろう。
「さて、邪魔が入ってしまったけれど、依頼の続きをしましょうか。由比ヶ浜さん、もう一度クッキーの作り方を最初から確認していきましょう」
「あ…………うん!ありがとう、雪ノ下さん!」
最初の頃は雪ノ下のことを遠慮と、若干の苦手意識を滲ませた目つきで見ていた由比ヶ浜。
しかし、実際のデジモン問題をあっさりと解決する姿を見たせいか、その目つきは憧れ一色に染まっていた。
分かり易い奴、と素の温度に戻ったオーブンレンジを叩きつつ、その距離の縮め方を微かに羨ましく感じた。
あそこまで素直なら、きっと殆どの相手から悪くは感じられないんだろう。
彼女にパートナーデジモンが出来たら、良好な関係を築くことが出来るだろう。
願くば、彼女がそろそろパートナーデジモンを見つけられる事を祈りつつ、クッキーの生地に桃缶の中身をひっくり返そうとして雪ノ下の顔を痙攣らせる由比ヶ浜の、一生懸命な横顔を見つめていた。
翌日。
「おっす…………」
「あ、やっと来た!ヒッキー!!」
「遅いじゃ無い。友達もいないのに何処で時間を割いて来たのかしら」
「…………なんか多くね?」
奉仕部の扉を開けると、そこには雪ノ下だけでなく、由比ヶ浜も椅子に座って待ち構えていた。
思わずツッコむが、雪ノ下は素知らぬ顔で文庫本を閉じて由比ヶ浜に目配せする。
由比ヶ浜は小さく深呼吸すると、立ち上がって背中に隠していた小袋を差し出して来た。
「あ、あのねヒッキー!これ…………!」
「なんだ?余ったのか?それとも不味過ぎて突っ返されたのか?」
「ち、違うし!!大体不味過ぎてって何!?って、そうじゃなくて、ええと、その…………!!」
口をパクパクさせて言葉を探している由比ヶ浜。
「に、入学式の時!助けてくれて…………ありがとう」
「は?」
由比ヶ浜の言葉に、何のことか分からず首を傾げた。
由比ヶ浜結衣は、総武高校に入学してからずっと、飼い犬のサブレを助けてくれたフレイドラモンをパートナーにした選ばれし子供を探していた。最初は、すぐに見つかると思っていた。選ばれし子供は、結衣が居た中学にも居たが、それだけでスターだった。だから、パートナーデジモンが居る同級生たちは自然に見つかるし、その中でも珍しいアーマー進化体なら一発だと思っていた。
しかし、結果は違った。中々見つからなくて、結局仲良くなった選ばれし子供の葉山から教えてもらってようやく八幡にたどり着いた頃には、最初の夏休みが終わっていた。
それからずっと、感謝の言葉を伝えたいのに、中々伝えられないもどかしさを抱えながら、結衣は八幡の事を遠くから見つめるばかり。そして二年生に進級し、同じクラスになり、偶然知った奉仕部に手伝って貰おうと勇気を出して部室の扉を開けた時、結衣は八幡と再会したのだ。
「あー。そんな事、あった様な…………」
「ほ、ほんとに覚えてないの!?」
「悪い。覚えてない」
現在、ようやく最後の勇気を振り絞ってクッキーを渡して来たのだろうが、こっちは覚えていないんだし怪訝そうな顔を隠す気もない。
雪ノ下が呆れを通り越してもはや感心すら示さない、と見せかけつつ耳だけはしっかりと二人の様子を伺っているのに気づきつつ、スマホとD-3を取り出し.、デジタルゲートを開く。
すると、ブイモンが部屋から転送されて来た。
「うわ、なんだよ八幡。なんか用か?」
「そう言う訳じゃねえけどさ、ブイモン。アイツ知ってる?」
「アイツ?」
スナック菓子を片手に面倒そうに振り向くと、由比ヶ浜がクッキーの袋を抱えて神妙そうな顔で見つめ返して来る。
ブイモンはスナック菓子を口に入れつつ、ああ、と頷いた。
「あー、髪の毛の色違うけどあの時の女の子だ。八幡、まさかぼっちの癖にあの人と縁あったの?」
「お、覚えててくれたぁ!!」
「なーる程。八幡は忘れてたかー。まぁぼっちだししょーがないよなー」
「ブイモン、その男に愛想を尽かしたらいつでも私の所に来ても良いのよ」
「雪乃、それならもう少しだけこいつに付き合うよ。なんやかんやパートナーだしな」
空になったスナック菓子の袋を丸めるブイモン。
その袋をポイッと投げ渡て来たので、それを弾き返し、ブイモンが更にそれを投げ返す。
流石に諦めてキャッチしてゴミ箱に捨てた。
「あ、じゃ、じゃあブイモン。一年前にサブレを助けてくれてありがとう。これ、お礼のクッキー、受け取ってくれませんか?」
「お、おう…………サンキュー」
由比ヶ浜から手渡されたクッキーの袋を、どんな顔をすれば良いのか分からず微妙な顔で受け取るブイモン。
中身は保証出来なくても、由比ヶ浜が必死になって手作りしたクッキー。
大切なのはその事実に込められた想いそのもの。
ブイモンも、そして俺も、この時ばかりは素直に由比ヶ浜の想いを受け止めた。
「たまには良い事するモンだな、八幡」
「助けたのはブイモンだろ」
「でも、パートナーとテイマーは一心同体。でしょう?」
雪ノ下の援護射撃で少し気まずそうに顔を背ける。
ブイモンはクッキーの袋を抱えてニコッと笑うとクッキーを口に入れた。
その光景を見て、ホッと息を吐く由比ヶ浜。
ずっと心の中で抱えていた後悔と焦りが消えたのだろう。
その時、由比ヶ浜の手が輝いた。
「あ、これ…………」
「これは…………」
光は由比ヶ浜の手元で形に変わり、デジタマと水色のデジヴァイスに変わった。
「デジタマ!!」
「ええ、この子はまだ産まれていないけれど、由比ヶ浜さん、貴女のパートナーデジモンよ」
雪ノ下の言葉に、由比ヶ浜は一瞬呆気に取られた顔をして、そしてすぐに満面の笑顔に変わった。
「やったぁ!!この子が私のパートナーになるんだ!!」
「ええ。貴女の一生のパートナーよ。産まれるまでまだ時間がかかるかもしれないけど、大切にしてあげなさい」
「うん!!これも、ゆきのんとヒッキーのお陰だよ!!」
「ゆ、ゆきのん?」
いきなり呼び方が変わり、激しく動揺する雪ノ下。
最初にいきなり現れてヒッキー呼びして来た時と同じように、雪ノ下は本当に自分がそう呼ばれたのか自信がないのか、周囲を見渡し、由比ヶ浜が自分を見つめている事に気づいてようやく“ゆきのん”と呼ばれていることを飲み込めらしい。
そんな光景を物珍しく見つめていたが、側にいるブイモンが裾を引っ張ってきた。
「なぁ八幡。パートナー出来たって事はさ。これからちょっと面倒じゃね?」
「…………だな。逃げるぞ、ブイモン」
コソコソと荷物を纏めて、教室から逃げ出そうとするが、雪ノ下がそれに気づいて声をかけようとしたその時。
「邪魔するぞー。ってなんだ比企谷。逃げ出そうとは良い度胸じゃないか」
平塚先生降臨。
心底げんなりした顔で肩を落とし、ブイモンが素知らぬ顔で自分は関係無いと言わんばかりに床に座る。
「あ、平塚先生!!私、パートナーデジモンが!!」
「ほお!良かったじゃないか由比ヶ浜!ここに来た事が良い結果に繋がったと言う訳か」
俺の首根っこを掴んで逃がさない様にしつつ、由比ヶ浜のデジタマを撫でる平塚先生。
そんな中で、雪ノ下はしれっと窓から逃亡しようとしていたブイモンを捕まえると、にっこり笑ってブイモンの逃走心をへし折った。
「学校への提出書類は私の方で用意しておくとしよう。由比ヶ浜。明日、朝一番で職員室に来てくれ。雪ノ下、それに比企谷。役場への申請の方は手伝ってやってくれるか?」
「分かりました。それが奉仕部の仕事ですし」
「ええ…」
「帰りてーよー…………」
露骨に嫌がる俺とブイモンに、雪ノ下が冷たい眼差しで睨み据える。
そして平塚先生も、耳元でドスを効かせた声で告げる。
「逃げられると思うなよ、比企谷」
「ひゃい…………」
夜。3人と1匹が市役所を後にしていた。
時刻は既に8時を過ぎ、由比ヶ浜は二度目となる家の両親へ電話をかけていた。
「相変わらず手間だな」
「なんで俺までー?」
「ごめんなさい、ブイモン。私のヴォルフモンはスピリット体だから、リアライズしているパートナーデジモンの対応には詳しくないのよ。今度お詫びに高級デジ肉をデジタルワールドから仕入れて来るわ」
「おお!サンキュー!雪乃!!」
「おい待てブイモンだけか?巻き込まれたのは俺だぞ」
パートナーデジモンを得た選ばれし子供は、可能な限り早く役場にその事実を申告し、国のデータバンクにデジヴァイスとパートナーデジモンを登録しなくてはいけない義務がある。
その際、進化可能な形態を全ても一緒に登録するのだが、そっちはまだデジタマの由比ヶ浜は関係ない。
それでも4時間半拘束されるのだから、個人的には関係ない俺にしてみればたまったものではない。
「一応言っておくけれど、奉仕部は総武高校のデジモン関連の生徒相談を受け付けるのが創設の条件の一つだったの。だから貴方も曲がりなりにも奉仕部の一員で、おまけに選ばれし子供だったのだし、これくらいはやってもらわないと困るわ」
うへえ、と顔をしかめる。
ただ、確かに雪ノ下が超が付くほどのお嬢様で、おまけに文武両道の才女であっても、たった一人で部活を運営することを高校側に認めさせたカラクリを知り、内心では納得していた。
まぁ、それにこっちが巻き込まれなければの話だが。
「由比ヶ浜さん。遅くなってしまったけれど、大丈夫かしら」
「うん!大丈夫!それより、この子はいつ産まれるのかな?」
「それは分からないけれど…………貴女の事を今も見つめているはずよ。デジモンはパートナーに影響されやすいから、今後の言動には気をつけた方がいいわ。見なさい、このやる気のかけらも無いブイモンを」
「おい」
俺の影響で若干目が濁っているブイモンを抱き抱える雪ノ下。
ツッコミも聞き流し、そしてブイモンは雪ノ下の薄めの胸の中で憮然とする。
「う、うーん。分かった。じゃあ、今日は早く帰って早寝早起きするよ!!」
デジタマをしっかりと抱きしめ、由比ヶ浜は決意の堅そうな様子でガッツポーズをした。
ブイモンはそんなデジタマで形を変える由比ヶ浜の胸元をチラリと見つめ、次の瞬間ブイモンを抱き抱える雪ノ下の手の力がグッと強まった。
「はうっ!!」
「本当に、可愛く無くなってしまったわね。ブイモン。比企谷君、どう責任を取るつもりかしら」
「関係無いだろ…………全く。ブイモン、帰るぞ」
僅かにぐったりしているブイモンを雪ノ下から奪い返す。
ブイモンが歩くのが面倒と言わんばかりに頭の上に乗っかろうとするのを阻止しつつ、家に向かって歩き出した。
「じゃあね、ヒッキー!!また明日!」
「うえ?お、おう…………」
いきなりまた明日、と言われて露骨に動揺してしまう。
しかし由比ヶ浜は一切気にせず、と言うかその程度のことに特別な事など感じていないのか、鼻歌交じりにデジタマを抱き抱えながら歩き出した。
その背中を見て、改めて別世界の住人なのだと思い知らされた。
同じく残された雪ノ下も同じだった。
「比企谷君」
「…………なんだよ」
僅かに雪ノ下の口が開く。
しかし、声は出てこないのか、微かに震えるばかりで何も伝わらなかった。
やがて雪ノ下は諦めた様に微かに首を傾げ、なんでも無いわ、とだけ言い残して去っていくのだった。
「よし、学校に提出する書類はこんなものだな」
翌日の放課後。奉仕部の部室に足を踏み入れると、何故か由比ヶ浜が机に突っ伏していた。
机を挟んだ向かいには平塚先生。雪ノ下は紙コップに紅茶を淹れていた。
「あ、ヒッキー…………うぅ…………」
「なんで居んの?」
「辛辣!!」
「遅刻しておいて開口一番苦情とは良い度胸ね。昨日も言ったけれど、これも歴とした奉仕部の仕事よ」
「由比ヶ浜のパートナーデジモン申請を手伝ってくれているのさ。さてと、次は…………」
平塚先生は山の様な書類の束を纏めていく。
由比ヶ浜は縋るような目で見つめてくるが、知った事じゃないので気にせず椅子に座る。
「まだ産まれてないなら、消防と警察への申請は要らないんじゃ?」
「ああそうか。そうだったな。じゃあ市役所への提出書類は昨日出して貰った訳だし、後は不備で突っ返されない限りは大丈夫だな」
「し、しょーぼー?けーさつ?」
「パートナーが炎系のデジモンだったり、炎系に進化出来る時は消防署で管理研修を受けなければならないわ。それと、成熟期以上に進化出来る場合は警察署で同じく管理研修を受けるのよ。どちらもパートナーがデジタマのうちは心配する必要は無いわ。比企谷君、無駄に不安がらせる事は無いんじゃ無いかしら」
「いや、俺、今のパートナーデジモン管理法が出来たらすぐに研修受けさせられたし」
雪ノ下に紙コップを渡されて、少し戸惑いながらも受け取りつつ口を尖らせる。
「パートナーデジモン管理法?」
「選ばれし子供だからと言って、パートナーデジモンを放ったらかして事故を起こせば犯罪になる、と言う法律さ。由比ヶ浜、お前も気をつけろよ?」
「は、はい!」
昨日市役所で簡単な研修を受けて聞いてた筈だろう、と思わず白い目で見るが、由比ヶ浜は平塚先生の説明を始めて聞くような顔だった。
「ついでに言うと、デジタマが産まれても暫くは幼年期から成長期だからな。比企谷みたいに街中で暴れる暴走デジモンに手を出すなよ?怪我じゃ済まないし、何よりバイト代も出ないからな」
「バイト代?」
「パートナーデジモンを成熟期以上に進化させられる選ばれし子供は、街で暴れる暴走デジモンの鎮圧の為の免許が取れるんだよ。私も、比企谷も雪ノ下も待ってる」
平塚先生が財布の中に入っている免許証を見せると、由比ヶ浜はほへー、とまた知性を感じさせない顔で感心していた。
「この免許があれば、暴走デジモンを鎮圧させた時に国から報酬金が出るんだ。最も、厳正な審査が居るから自作自演は絶対にバレるからな。やるなよ?まぁ比企谷みたいに名乗り出ない変わり者も居るがな」
ちらりとこっちを意味ありげな顔で見る平塚先生。
口を尖らせて雪ノ下が淹れた紅茶を口にするが、由比ヶ浜にはその質問するなオーラを感じては貰えなかった。
「え?ヒッキー、なんで?」
「なんでって…………申請面倒だし」
「もっと上手い言い訳が見つからないものかしら」
雪ノ下が視線を合わせないようにしながらツッコミを入れ、余計に口を尖らせる。
しかし、当然ながら由比ヶ浜が尻尾を張る子犬のような目付きでぐいぐいと近づいて来る。
その視線に負けて、思わずため息をついた。
「まぁ。その、なんだ。目立つだろ。名乗り出るのはボッチには厳しいんだよ」
「えー?そんなのおかしいよ。もっと堂々としてれば良いじゃん。そうしたら、ヒッキーだってヒーローだよ?」
「んな訳あるか。お前、スクールカーストランク外の認識されなさっぷりを全然理解出来てないな。それにな、いいか。俺クラスのボッチは、下手に目立つ事を望まないんだよ。俺はこの総武高校生活を、常に心の平穏を願って、植物の様な高校生活を過ごす事を望んでいるんだ」
ドヤァ、と効果音が付きそうな勢いで言い放つ。
しかし、ネタが通じたのは残念ながら平塚先生だけだった。
おまけにプッと吐き出すだけと言う小笑い。
なにこれ、超恥ずかしい。
「ヒッキー。何言ってんの?」
「その手フェチ犯罪者から離れなさい由比ヶ浜さん」
「お前に通じるのか!?」
「意外だな、雪ノ下…………」
小学生時代の雪ノ下からは考えられない、漫画ネタが通じる事に本気で驚く平塚先生。
俺も同じ気持ちだった。
その間、由比ヶ浜は延々と頭の上にハテナマークが巡り巡っていたが。
「まぁ、いいか。とりあえず今日のところは申請書類は終わりだな。デジタマが産まれたらまた教えてくれ」
そう言って平塚先生は白衣を翻して部室を去っていく。
無駄にカッコいいその背中に、一応あの人美人女子教師のはずだよなぁ、と首を傾げた。
空になった紙コップを見て、雪ノ下がもう一度お湯を沸かし始め、文庫本を出して読み始める。
そして、何故か由比ヶ浜も携帯電話を取り出し、鼻歌まじりに操作し始めた。
「…………」
「…………」
「…………あの、由比ヶ浜さん?」
「ん?なーに、ゆきのん」
さも当たり前みたいな顔で返事する由比ヶ浜に、一瞬頭がクラクラした様子で言い淀む雪ノ下。
「貴女、部員じゃないでしょう?なのに何故当たり前みたいな顔でそこに座っているのかしら?」
「え?」
「え、じゃねーだろ」
「あ、そっか、まだ入部届け出してなかったんだったね!ごめん、今から平塚先生に出してくるから!!」
一人でそう納得して、部室から走り去っていく由比ヶ浜。
その背中を呆気に取られて見送った俺達は、暫くの間動かなかった。
「本気だと思うか?」
「彼女は本気よ。間違いなくね」
「マジか…………」
雪ノ下とお互いに顔を見合わせ合い、そして同時に首を傾げるのだった。
いかがだったでしょうか?
とりあえず書いてあるのはここまでで、反響が有れば続きを書きます。