やはり俺とブイモンの青春ラブコメは間違っている。 作:アルファ麻呂
「比企谷、この職場見学希望は、一体どう言う意味だ?」
職員室に呼び出された俺の目の前に突きつけられたのは、今朝提出した職場見学希望。
第一志望にハッキリと自宅、と書いて提出したが、平塚先生は既に拳は衝撃のファーストブリットの構えを取りつつ睨み付けてきた。
「いやあ、俺って専業主夫志望じゃないですか。だったら職場見学先は一つしか…………」
「抹殺のォ!ラストブリットォ!!」
「ゴハッ!!」
拳に職場見学希望表を乗せて放たれた抹殺のラストブリットが、俺の身体に突き刺さった。
「書き直せ。早急にだ」
「…………ハイ」
床に転がる俺と、颯爽と白衣を翻す平塚先生。
そんな光景を、別件で職員室に来ていた雪ノ下が何の感慨も浮かんでいない、言うなれば養豚場の豚でも見る目で見下ろしていた。
「書き直せっつったってなぁ…………」
奉仕部の部室で白紙の職場見学希望表を前に腕を組む。
雪ノ下が他人事とか言う次元を通り越して関心すら寄せずに紅茶を嗜む傍で、幾つかの候補をペン先で叩きながら選ぼうとはするが、どれも興味も無ければ間違いなく将来関わる事はないと分かっている。
そんな物の中から選べと言われても困るばかりだ。
「やっはろー!あー!もうヒッキーここに居る!」
「由比ヶ浜さん…………もう少し静かに入室して欲し…………その不可思議な掛け声はひょっとして挨拶なのかしら?」
「そだよ、ゆきのん。ってそれよりヒッキー、先に行くならそう言ってよ!教室で探しちゃったじゃん!!」
「いや、一緒に来る理由なんて無いだろ。大体、あの三浦ってのが良い顔しないし」
由比ヶ浜が頬を膨らませるが、クラスカースト最上位の美少女と最下位の俺が肩を並べて廊下を歩いたら悪目立ちするなんてモンじゃ無いし、何より三浦さんの俺を見る目がこの所更にキツくなって居るので近寄りたく無い。
元々クラスカースト最下位が三浦軍団の中心人物に近寄っているのが気に食わなかったのだろうが、そこにどうやら葉山とかつて相棒だったって事が分かって更に気に食わないんだろう。
由比ヶ浜もそれは何となく理解しているのか、ぐぬぬ、と声を出して後ずさると、今度は携帯を取り出した。
「じゃ携帯に連絡してくれれば良いじゃん!」
「いや、連絡先知らないし」
「あ、じゃ、じゃあ!連絡先交換しよ!ね、これから必要になるかもだし!」
「ん。まぁ別にいいぞ。ほれ」
ヒョイとスマホを投げ渡すと、由比ヶ浜は物凄い意外そうな顔、と言うか若干引いた顔で受け取った。
「スマホそんなに無造作に渡す人初めて見た」
「見られて困るデータなんか無いからな。メールもせいぜい小町かアマゾンくらいだし」
「ホントだ!!しかも殆どアマゾン!!」
ポチポチ、と慣れた手つきで連絡先を交換する由比ヶ浜の素早い指使いに、それはそれでまた別世界の住人を見る目で俺と雪ノ下がしてると、由比ヶ浜がちょっと嬉しそうな顔をしてスマホを返してきた。
「えへへ。それにしてもヒッキー何やってるの?職場見学希望表って、今朝提出したじゃん」
「再提出だそうよ。専業主夫志望だから自宅を希望して突き返されたらしいわ」
「へ、へー…………」
真顔で引く由比ヶ浜。引くなよ、ただまぁ引くよな。
しかしそれはそれとして登録を終えた由比ヶ浜が携帯を返して来る。
どことなく嬉しそうな顔の由比ヶ浜に何となく落ち着かない気持ちにもなるが、誤魔化すように由比ヶ浜の名前が乗った電話帳をチラリと見てポケットにしまう。
「じゃあ明日からはちゃんと、先に行くときは連絡してよね」
「へいへい」
「むー!ホントにやってくれる?」
「ああ。その件については前向きに対処する様に検討しておく」
「それやる気ないって事じゃん!!」
「諦めなさい由比ヶ浜さん。その男に誠意なんて期待するだけ無駄よ」
由比ヶ浜の分のカップに紅茶を淹れつつ雪ノ下がそう吐き捨てて流し目で睨んでくる。怖い。
その時、コンコン、と奉仕部の扉がノックされた。
さっきまでうるさかった由比ヶ浜が口を塞ぎながら椅子に座り、俺も職場見学希望表をカバンにしまう。
雪ノ下が軽く咳払いをして、どうぞ、と促すと、扉が開いた。
「失礼するよ」
「帰れ」
「酷いな!!」
入って来たのは葉山だった。
「比企谷君の言う事を繰り返すのは本当に心苦しいのだけれど、お帰りはあちらよ葉山君」
「雪乃ちゃんまで…………」
「二度と私をそう呼ばないでと言ったわよね?」
一応、幼馴染で俺たちよりもずっと付き合いの長い筈なのだが、今の雪ノ下は葉山をゴミを見る目で見下し、そんな目つきに葉山は参ったなぁ、と言わんばかりに頭をかいていた。
「え、えーっと、二人とも…………なんでそこまで!?」
「いつまでもガキの頃の関係性引きずって来る奴なんて鬱陶しいだけだろ」
「そうね。彼の頭の中はまだ小学生の頃のままだもの」
「酷い!単に昔みたいに仲良くやりたいってだけじゃないか、特に比企谷!俺は今でも君を相棒だと想っているんだ!!」
「え、やだよ」
「即答だ…………」
悔しげに唇を噛みながらも依頼人席に居座る葉山。
まぁそう言う態度を取る、と言う事は単に遊びに来た訳では無さそうだ。
「で?要件は?早く言って早く帰れ」
「ああ…………実は、だな」
その時、ピロリン、と聞き覚えの無い着信音が聞こえて来て三人分の視線が由比ヶ浜に向いた。
「え?あ、ごめん!」
「いや、実はそれが依頼に関係してるかもしれない。結衣、そのメールを確認してくれないか?」
「う、うん、えーっと…………うわ、これ…………」
「どうした?」
由比ヶ浜が携帯を開いてテーブルの上に置くと、俺と雪ノ下、そして葉山が覗き込む。
携帯メールが表示されているのだが、差出人不明の、いわゆるチェーンメールと言う奴だった。
「ほー。これがチェーンメールってやつか。実物を初めて見たな」
「比企谷君…………誠に遺憾だけど同意見よ。名前を書かれた事はあるけれど」
「ヒッキー…………ゆきのん…………」
「うわぁ…………知ってはいたけど、うん」
「葉山テメェまで引くなよ」
由比ヶ浜と葉山のリア充二人が本気で引いた顔で後ずさるが、俺も雪ノ下も、こう言う煩わしい事に関わらなくて済む、と言う利点を享受していると何故分からんのか。
それにしても中身を確認してみれば、どうやらこの総武高校の生徒、と言うか同じクラスの男子に対する誹謗中傷と、それを拡散する様に、と言う指令が書かれていた。
まぁどいつもこいつも名前だけ書かれても分からないが。
「クラスメイトへの悪意を持ったチェーンメール、ね。つまりはこの犯人を突き止め、然るべき制裁を下して欲しいと言うわけね」
「いやいや、流石にそこまで過激な依頼はしないぞ!?ただ辞めさせて欲しいだけだ!!」
雪ノ下にこの手の依頼をするって事は、そう言う事を忘れているらしい。
どうでも良い事はいつまでもしつこい癖に、都合の悪い事は忘れるんだな、コイツ。
「ゆ、ゆきのん…………このメールに書かれてるの、3人とも私や隼人君の友達なんだ。隼人君が出来れば穏便に辞めさせたいのも…………」
「…………葉山、お前その顔って事は何処まで、いやどいつが犯人かもうアタリ付けてるんだろ?」
「え?」
「まぁな。このチェーンメール、始まったタイミングは職場見学志望表が配られた時なんだ」
話についていけなくなった由比ヶ浜の頭の上にハテナマークが浮上する中、葉山は心底参った顔で天井を見上げていた。
「え?職場見学が?なんで?」
「成程。職場見学は三人一組だったわね。三人の中で、貴方と一緒に行けるのは二人だけ。それでその三人のうちの誰かが残り二人の評判を落とそうとチェーンメールを拡散し始めた、と言うところかしら。で、自分の名前が無いと疑われるから自分の名前も入れた」
「…………アイツら三人とも良いやつだし、認めたくは無いけどね」
この状況でまだ、犯人候補を良い奴、と言う辺り、相も変わらず人を見る目の無い奴、と思わず舌を出す。
そんなんだからいつまで経っても俺を相棒、だなんて呼ぶなんてトンチンカンな事するんだよ。
「だったらお前、そいつらと話し合えよ。こう言う時に変に波風立たないやり方探す様な奴だからちば組は解散する事になったんだぞ」
「一方的に解散宣言を言い出したのは貴方だけど…………確かにそうね。その程度で崩れる様なコミュニティにしがみついてるから、こんなトラブルを起こすのよ」
「え、ええ…………」
「ヒッキー、ゆきのん…………だからって、避けられるトラブルは避けた方が良いよ。だって喧嘩にでもなっちゃって、取り返しが付かなくなったら、これから先のクラスの雰囲気最悪になっちゃうし…………そんな事になったら、トラブルが無くなっても誰も幸せにならないよ」
由比ヶ浜の言葉に、何も言い返せず思わず唸る。
確かに、トラブルは解決さえ出来れば良いと言う単純な話では無い。
その場では解決したところで、その後にまた同じ様なトラブルやその解決策が原因でトラブルが起きるのならそれは解決とは言えない。
その昔、デジタルワールドを冒険して得た、人生の教訓の一つがそれだ。
六人とパートナーデジモン達、人間関係でトラブルは幾つか起きて、俺はその度にそのトラブルの矛先をずらして無かった事にして終わらせて来た。
だが、どうしても冒険が長引く程に、無かった事にしたトラブルは、やがて時限爆弾に変わっていってしまった。
同じ記憶を思い出したらしい雪ノ下はまだ少し納得いっていなさそうだが、由比ヶ浜が言いたい事は理解しているのか、そうね、と小さく呟いた。
「なら、とりあえず明日ちょっと遠くからそいつらを観察してみるか」
「本当かい!?」
「ありがと、ヒッキー!」
「…………なら、この話は明日また、比企谷君の観察報告を聞いてからね」
「へー。隼人の友達がそんな事やってんだ」
「らしいぞ。で、コイツらがその容疑者三人。戸部って奴と、大和って奴と、大岡って奴」
自室でとりあえず、由比ヶ浜に教えてもらった容疑者三人をクラス写真で顔を確認しながらブイモンにある程度今日の依頼の内容を説明していく。
他人に事情を説明する、と言うのは案外良いもので、自分の中でも改めて事態を整理出来ていくのが分かる。
一応、チェーンメールの中身を精査して、犯人が自分の内容を軽くしていないか、と言う点からアタリをつけようともしたが、カラーギャングの仲間、だの、三股かけてる、だの、他校のエースに怪我させてる、だの、三者三様に別ベクトルの悪口なのでその辺は難しそうだ。
「人間ってのはなんでこうも関係を難しくするんだろうな?俺達にだって好き嫌いはあるけどさ」
「お前らは好きか嫌いなら、嫌いな奴には会わなきゃ済むだろ。人間はそうはいかなんいだよ。嫌いな奴が居るって分かってても、学校には行かねえとな」
「だからってわざわざ嫌がらせしてまで隼人と一緒に居たいのか?そんな嫌がらせする奴が友達だったら、隼人だって迷惑だって、少し考えれば分かるだろ」
「…………さぁな。自分の都合が最優先なんだろ?」
「うへぇ、人間ってめんどくせぇなぁ」
ブイモンは心底面倒臭そうな顔でそう吐き捨ててトイレに向かって行った。
その背中を見て、俺は何度目かわからないが、やはりデジモン達が羨ましくなった。
アイツらはどいつもこいつも素直な関係性で生きている。他人との関係性なんて、目の前の相手が好きか嫌いか、だけでそれ以上を求めない。全ての人間がそんな風に生きられたら、多分世界は大分平和だろうに。だが、そうはいかないのが人間と言うもの。
俺個人としては間違いなくデジモン達の世界で生きていきたいが、葉山は違う。アイツは、俺と違ってこれまでもこれから先も人間同士の付き合いの中で生きていく奴だ。人間の世界で生きていくからには、その煩わしさと付き合わされなくてはならないと言う事だ。
「寝るか」
とりあえず今日はブイモンにベッドを占領される前に先取りしてやる。
気配を察したのか、全力で戻ってきてベッドに突撃してくるブイモンを追い払いつつ、俺はベッドに入って目を閉じるのだった。
昼休み、いつものベストプレイスには向かわず自分の席で弁当を広げると、視界に入って来たのはこっちをさっきからチラチラ見てる由比ヶ浜や葉山、では無く戸塚だった。
「あ、八幡!この間は本当にありがとう!たまには一緒にお昼食べてもいいかな?」
「戸塚…………あぁ、毎日一緒に食べよう」
「ホント!?嬉しいよ!!」
余りにも可愛らしい、まるでこの薄汚れた人間社会を浄化する為に降り立った天使。
葉山なんかもう視界にすら入らない。
もう依頼も関係ない。
この天使だけを俺は見つめていたい。
「あれ?スマホ鳴ってるよ?」
「あ?って由比ヶ浜…………?」
チラと由比ヶ浜を見ると、頬をハムスターみたいに膨らませて携帯越しにこっちを睨んでいた。
スマホのメールを見れば、『ちゃんとこっち見ろし!』、とか、『依頼!奉仕部!!』、とか、『さいちゃんばっか見ないで!!』、などのメールが一分間に五件くらい入っていた。
残像すら残す物凄い指使いに三浦が若干引いてるし、葉山もなんかじっとりとした目でこっちを見てるし。
仕方ない、部外者で天使の戸塚を巻き込むわけにはいかないし、戸塚と一緒に食べながら連中の様子を見ておくか。
「そーいや隼人君って、将来の事とか何か考えてたりする?」
「ま、そこは色々とね」
「なんか、イメージとしてはワームモンと一緒に刑事とかやってそー」
「刑事?俺がかい?」
「あ、わかるー!マジそんな感じだわー」
ふむ、葉山が刑事か。なんか隣にワームモンじゃなくて進化したスティングモンが居そうだな。
戸塚と弁当のおかずを交換し合いながら大人になった葉山を一瞬想像して吐きそうになるが、戸塚のおかずを前にそんな姿を見せるわけにはいかないので必死に堪える。
しかし、そんな光景を遠目で見るだけなら別に普通の、いけ好かないリア充集団でしかない。少し離れて三浦、そしてもう一人眼鏡をかけた女子が混ざるタイミングを図っている様だが、由比ヶ浜がそれを色々と話しかけて阻止していた。
「でも、俺としてはせっかくみんなより少し早くワームモンと出会えたからな。その辺りを活かせる仕事をしてみたい、と考えた事もあるよ」
「へー」
「さっすが葉山君」
「マジリスペクトだわー」
爽やかに笑う葉山と、それを前に一様に同じようなリアクションを見せる三人。まるで葉山を教祖とする新興宗教みたいだな。絶対入信したくねえ。まぁアイツも俺が入信して来たら流石に嫌な顔くらいするだろうけど。
しかしながら、この葉山教団も中では葉山には見せられないドロドロを抱えていて、そしてその葉山も気付いてはいるがなんともならずもやもやしている。まぁ現実の宗教もそんなモンかもしれねいが。
「そっか、葉山君…………やっぱり、ジョグレスしたいんだね?」
「え?」
「は?」
「ん?」
その時だった。まるで、何か淀んだ空気が教室の隅からゆっくり、そしてねっちょりと教室中に広がっていく。
眼鏡の女子が由比ヶ浜と三浦の静止を押し切り、眼鏡のレンズを光り輝かせながら一歩ずつ前に出ていた。
「聞いたよ、葉山君。ワームモンは古代種で、アーマー進化に加えて古代種同士の合体で進化出来るんだって…………つまりは、純な愛の結晶的な進化ができるんだよね!?それがジョグレスなんだよね!?見せて、お願い!!私に葉山君と相棒の男の子の愛の結晶を!!」
「ブーっ!!」
「うわ、八幡!?」
「ゴホッ!ゴホッ!!わ、悪い、喉に入った…………」
とんでもない事言い出した女子に思わず口の中に入っていたマッカンを一滴残らず吹き出してしまう。由比ヶ浜が唖然とした顔でこっちと葉山を何度も何度も見比べ、三浦の目が一瞬にして殺意と嫉妬に満ち満ちた色に染まって俺を睨み、そして葉山が引きつつもチラとこちらを見た。見んな。
「やっぱり居るんだね!?葉山君が心に決めた男の子の相棒が!!」
「あ、い、いや…………」
「姫菜、擬態しろし!!ってすごい鼻血!!吹き出してる!?ちょ、皆んな手伝って!!」
「姫菜ーっ!?」
「海老名さん!?」
まるで噴水の様な勢いで鼻血を噴き出す海老名さんとやらのおかげで、平和な昼休憩の教室は一瞬にして惨劇の跡地に変わってしまう。由比ヶ浜と三浦、そして葉山が慌てて介抱しつつ教室から保健室に連れて行こうとするのを横目で見つつ、ようやく落ち着いて溜息混じりにマッカンで濡れた机をティッシュで拭く。
「…………八幡、確か葉山君の相棒って…………」
「戸塚、それを言わないでくれ…………と言うか元、な。元」
いつもより元、を強調させて貰う。と言うかマジであの海老名さんとやらの前で口を滑らすなよ葉山。そんな事したらマジで一生恨むからな。
やがて血溜まりがやけに綺麗に掃除され、ようやく平穏を取り戻した頃、ふと気付いた。そういや、葉山が消えた途端に、葉山教団の連中がやけに静かになったな。
そう思って葉山教団の連中を見ると、三人とも一緒にはいるが、特に会話も無く、視線も合っていない。
なるほど、そう言うことか
「比企谷、勘違いだけはしないでくれ。海老名さんは別に悪い人じゃないんだ。ただ、時折暴走してしまうだけなんだ。だから俺から距離を置こうとしないでくれ」
「煩え、俺の半径五十メートル圏内に入ろうとするんじゃねえ。あともうこれから先教室で俺をチラチラ見るんじゃねえぞ」
「別にそんな事してないぞ!!雪乃ちゃん、俺は別に彼をチラチラ見てない!!結衣もそれは分かってくれるよな!?」
「…………」
「むー…………っ」
奉仕部の教室で、教室の端に逃げた俺を前に、依頼人席から立ち上がらんばかりの勢いで葉山が叫ぶ。だが、由比ヶ浜が葉山の言葉に何処となく曖昧な表情で、偶に…………と呟くわ、雪ノ下が今の時代おかしくはないんじゃないかしら、と吐き捨てるわで背筋に強烈な悪寒が走った。
「まぁいいわ。比企谷君、観察した結果を聞かせて貰うわ」
「…………私は姫菜のアレで全部塗りつぶされちゃったよ…………」
「最初から由比ヶ浜には期待してないから大丈夫だぞ。とりあえず、アレだ。容疑者三人共だが、どうも葉山の友達ってのは事実だが、別に仲が良い訳じゃ無さそうだったな」
「そうなのか?」
「あの海老菜?さんの惨劇でお前が教室を出た辺りからな、あの三人全く会話が無くなったんだよ。それ以前も、思い出せば全部、葉山との会話ばっかだったし。別にアイツらはアイツら同士で友達じゃねえ。チェーンメールの犯人だけがそうなのかとも思ったが、三人ともそう言う事なら話は変わってくるな」
「そう、だったのか…………」
若干動揺した様子の葉山。ただ、今回の案件はあのグループに何かしらの友情と言うつながりがある事を前提で解決案を探していたが、そこまで深い繋がりが無いのなら、やりようはある。
「その程度の関係性なら、昔の比企谷君のやり方でも大丈夫そうね」
「へ?昔のヒッキーのやり方?」
「人間関係のトラブルの原因を雑に無かった事にするやり方さ。だろ?」
「何俺はお前の事なら分かっているんだぜ、みたいな顔してんだ。気持ち悪い」
「分かるさ。君のやり方ならね」
そう言って葉山は職場見学希望表を鞄から取り出した。なるほど、認めたく無いけど、たしかにコイツは俺の事を良く分かっている。
「俺は職場見学にはあの三人の誰とも組まない。そうすれば、あの三人のうちの誰が犯人でもチェーンメールを辞めるだろうな」
「あ、そっか。皆省いちゃえば意味がなくなっちゃうもんね」
「ただ、葉山君の『お友達』がまた同じ様なトラブルを起こさないとは限らない。その辺りの解決もするべきなのかもしれないけれど…………」
「本気で仲良しこよしの連中だったらこんな手は使わなくて済むんだ。最初からな。その程度のコミュニティの為にそこまでしてやる事は無いだろ」
「…………手厳しい意見だ」
やはり少し悔しげな葉山。コイツの事だ。多分、本気であの三人のことは友達だと思っているし、その三人共がお互い友達だと思っている、と本気で信じていたんだろう。
リア充集団の中で生きていく事の難しさは、外から見る限りでは馬鹿馬鹿しく見える。こんな脆く、歪な世界で生きていくなんて、俺には絶対無理だ。雪ノ下だって、その歪さを見つければ指摘せずにはいられないだろう。
「今回はこの形で終わりにさせて貰うけど、これからは本気でアイツらと友達でいられる様に努力して行くよ。再発防止と言ったらちょっと言い方は悪いけど、俺は今も昔も友達を信じる事が一番だって思っているからな」
「…………ま、好きにしろよ。そこまでは俺たちの仕事じゃねえし」
「そうね。二度も同じような依頼で私達の手を煩わせないで欲しいものだし」
「ふ、二人とも…………でも、これで依頼は完了って事で良いんだよね?」
「ああ。ありがとう。結衣、雪乃ちゃん。それに、比企谷」
満面の笑顔の葉山に、同時に心底嫌そうな顔をする俺と雪ノ下。由比ヶ浜がそれを見て苦笑いを浮かべ、葉山も肩をすくめて教室を出て…………
「え、海老名さん!?」
「は?」
「え?」
「あら?」
廊下には、鼻血の海に沈んで痙攣する海老名さんが倒れていた。うつ伏せに倒れ、頭上に伸びた右手の人差し指が、血文字ではやはち、と。
「葉山ぁ!!尾行されてんじゃねーよ!!」
ようやく依頼が終わったと思った途端に取り返しがつかない事になってしまった。
「あ、アレ?なんで、なんでメールが止まらないんだ…………!?」
校舎の片隅、ひとりの男子が携帯電話を片手に焦っていた。クラス一の人気者の葉山と一緒の職場見学に行ければ、と思い、他のメンバーの牽制のつもりで始めたチェーンメール。
しかし、直接言及はしなかったものの、多分そのチェーンメールを問題視した葉山が、彼らのメンバーとは一緒には行かない、とついさっき言ってきた。
それなら意味はないし、下手に続けて自分だとバレるくらいなら、とチェーンメールの送信を止めたはずだったが、何度も何度も勝手に震える携帯に気づいて画面を開くと、何故か止めた筈のチェーンメールが勝手に送信されていた。
なんとか止めようとボタンを押すが、メールは止まらず、逆に馬鹿にするように勝手に文章が新しく作られ始める始末。
どうしよう、どうすれば。焦る彼が気がつくと、画面に紫色の気色悪い虫のようなデジモンが写った。
コイツが犯人だと分かっても、パートナーデジモンが居ない彼には何も出来ない。しかし、このままチェーンメールが勝手にばら撒かれ続ければ、クラス中に犯人が自分だとバレてしまう。
脂汗を滲ませて焦る彼は、やがて覚悟を決めて葉山が一人で居る所に声をかけた。葉山は少し驚いた顔はしつつも、チェーンメールの事を切り出すと、分かっていた様な様子で頷いた。気付かれていたんだろうか。
しかし、今はそんな事はどうでも良い。事情を話すと、葉山は小さく頷いた。
「分かった。この事は俺だけに留めておくよ。このデジモンも俺が対処する。そのかわり、二度とこんな馬鹿な事をするなよ」
分かっている。本気で反省している。絶対にしない。
その言葉を聞き届けると、葉山はデジヴァイス、D-3を取り出し、そして自分の携帯からワームモンを転移させた。
「行こう、ワームモン!デジタルゲート、オープン!!」
「分かったよ、隼人!」
デジタルゲートが開き、葉山はワームモン共々携帯電話の中のデジタル空間へと突入していった。
上下左右もあやふやなデジタル空間の中で、葉山はワームモンと共に大量発生しているデジモン達を見つけた。八本足の蜘蛛の様な、紫とピンクの間の色をした虫型デジモン。葉山とワームモンは以前にも同じタイプのデジモンと戦った事があった。
「パラサイモン!」
寄生型の究極体デジモン、パラサイモン。大量に姿を表し、強力なデジモンに取り憑いて悪さをする奴らだ。中学の頃、ちば組が全員揃っての最後の戦いの時は、ちば組が全滅していてもおかしくないくらいに苦戦したものだ。
「本当に異常発生しやすい奴らだよね。隼人、みんなを呼ぶ?」
「いいや、パラサイモンが相手ならむしろ人数が増えるリスクを避けた方が良い…………あんまり使いたくは無いけど、仕方無い。アイツが来ない事を祈るとするか」
「…………いいの?」
「いいさ。パラサイモンは究極体。出し惜しみは出来ない。ワームモン、進化だ」
D-3を構え、放たれた強烈な光を浴びたワームモンが激しく発光する。
「ワームモン、ワープ進化!!」
ワームモンがスティングモン、そして更に強力な光を放ちながら強靭な肉体を得て、背中にガクランを羽織る。両腕の爪は巨大なドリルに変わり、電撃を帯びて活性化。
「バンチョースティングモン!!」
「一掃しろ!!」
強烈な電撃を帯びたドリルを突き出しながら突撃して行くバンチョースティングモン。その攻撃の余波だけでパラサイモン達が倒れる威力だった。
「ブラッディーフィニッシュ!!」
速度も威力もパラサイモンに耐えられるレベルでは無く、ドリルの一撃を食らった個体に至っては一瞬で消滅するほど。ただ、数だけは多いパラサイモン達は、大量の触手を伸ばしてバンチョースティングモンに寄生しようとするが、バンチョースティングモンは即座に大量の爆雷虫を放って迎撃し、怯んだ隙を突いて強烈な頭突きでもうニ、三体のパラサイモンを倒してしまう。
「いいぞ、バンチョースティングモン!!」
「数だけで、バンチョーの称号を持つこの俺を倒せると思うなよ!!」
ドリルの攻撃だけで無く、蹴り技やエルボーなどの格闘術を織り交ぜ、次々とパラサイモンを消滅させて行くバンチョースティングモン。圧倒的な戦力差に加えて、パラサイモンの寄生戦術も他のデジモンが居ないこの状況では何ともならない。
「むっ!!逃げる気か!!」
残り少ないパラサイモンが慌てた様子で、恐らく来たときに使ったものらしき自然発生したデジタルゲート目指して逃げ出して行く。バンチョースティングモンが怒りの雄叫びと共に追いかけるが、殿のパラサイモン達が邪魔をする。
苦もなく殿は倒してしまうバンチョースティングモンだが、そのタイムロスの間にパラサイモンはデジタルゲートを通って逃げ出そうとしていた。
「エクストリーム・ジハード!!」
「っ!?」
その時、黄金のエネルギー波が真横から放たれ、逃げ出そうとしていたパラサイモン達は消滅してしまう。バンチョースティングモン、そして葉山がその方向を見れば、マグナモンの隣に八幡がつまらなさそうな顔で立っていた。
「比企谷。俺達は…………」
「お前がワームモンを究極体に進化させられる事は知ってたぞ。前のパラサイモンとの戦いで、俺達が操られてた時に進化させてたんだろ。それで隠してたつもりかよ」
マグナモンがブイモンに退化し、慌ててバンチョースティングモンをワームモンに退化させる葉山。
「別に隠す事は無いだろ」
「比企谷、君が相棒関係を解消しようと言ってきたのは、やっぱりこれが原因だったのか?」
「んな訳ねえよ。ちば組の解散はあの頃に言った通りの理由だ。それに、小町から色々と聞いてんだろ。こっちの中学で色々あったんだ。お前の事なんか考える暇も無かったよ」
別に、葉山が一人で究極体に進化させられる様になったからって、俺にはなんの関係も無い。こうして同じ学校に通う事になったが、本来ならあのまま関わり合いになる筈の無い関係だったのだから。
ただ、もう葉山に俺が手を貸す理由が無くなったのは事実だ。俺にはいざとなればマグナモンが居るが、葉山は単独で究極体と戦えなかったからジョグレスしていただけの関係だ。それを葉山が勝手に相棒と呼んだだけの話。
「葉山。もう俺を相棒だのなんだの二度と言うんじゃねえぞ。海老名さんが保健室で延々とはやはちはやはちはやはちってぶつぶつ呟いてるんだぞ。三浦がそれ聞いて俺を殺気を込めた目で睨んでくるし。良い迷惑だ。俺に、クラスカースト最下位どころか番外扱いのボッチに、クラス一の人気者が関わろうとする事自体が迷惑なんだよ。じゃあな」
一足先にデジタルゲートを開いて帰還する俺。背中越しに、葉山がワームモンと一緒に立ちすくんでいる事は分かっていたが、立ち止まる事はしない。
「良いの?八幡」
「良いんだよ、これで」
ワームモンの進化ツリーで未だに完全体だけ不明なのは何故なんでしょうね?
追記
感想欄でワームモンの完全体はジュエルビーモンだと教えてもらいました。皆さん本当にありがとうございます。