「隊長、もう死んでたりして」
栗林がこともなげにそう呟いた。
ここはいたイタリカの街が見下ろせる小高い丘の上。時刻は夕暮れ時で、もうあと少しで日が沈む時間だった。
第3偵察隊の面々は顔にペイントを施し、城門の辺りを双眼鏡で隈なく調べている。警備は先の戦いのせいかそれほど厚くなく、簡単に突破できそうだった。
伊丹隊長が攫われた。これは一大事だと思いながらも、どこか大丈夫でしょうという空気があたりには立ち込めている。
イタリカからアルヌスへ帰る道中、ピニャの騎士団と思しき集団と接触。ピニャの騎士団は自衛隊とイタリカとの間に往来を保証する協定があることを知らずそのまま伊丹を拘束、連行したのである。
その場で取り返そうにも自衛隊は協定があるため手出しができない。逃げるしかなかった。
そして現在、こうして隊長奪還作戦が行われようとしているのである。
「伊丹隊長なら大丈夫。あの人レンジャー持ちだから」
富田が小銃を引き寄せながらそういった。その言葉に反応したのは栗林だった。
「今、なんて?」
「レンジャー持ち。伊丹隊長はレンジャー徽章を持ってる」
「うっっっっっそでしょ! 嘘でしょ!? 嘘だと言って!?」
栗林は頭を抱えながら悶絶し始めた。その様子を見ていたレレイが首を傾げながら質問する。
「伊丹がレンジャーとやらだったら、いけない?」
「キャラじゃないのよ! 地獄のような訓練で鋼のような強靭な肉体と精神力を持つ部隊なのよ! あれが、あんなのがレンジャーなんてぇぇぇ」
栗林の悶絶はしばし続いた。
◯
イタリカへの侵入は簡単だった。テュカの精霊魔法で門番を眠らせ、街は夜半ゆえ静まりかえっている。
第3偵察隊は誰にも邪魔されることなく屋敷へと近づくことに成功し、今は扉をこじ開ける細工をしているところである。
加賀は弓と矢を番えながらあたりを警戒しつつ、扉をこじ開けている富田に話しかけた。
「伊丹さんの居場所はここで間違い無いんですか?」
「多分な。最悪城の使用人を捕まえて聞き出せばいい」
「手荒な真似はなるべく避けたいですね」
「だといいんだがな。血が流れないことを祈る」
祈る、と言いながら小銃にはたっぷりと弾が入っている。いつ戦闘になっても火を吹ける状態である。
扉が開いた。音もなく屋敷内へと侵入した面々であったが、そこには人影が。
「ようこそおいでくださいました。伊丹殿は寝室にて休まれております。ご案内しますのでついてきてください」
丁寧な口調と物腰の、猫耳とうさ耳のついたメイドが二人であった。
◯
結論から言うと伊丹は元気であった。
獣人を含むメイドさんたちに芳しくお世話をされていた。倉田は猫耳のメイドさんに大興奮し、伊丹から紹介を受けてそれなりに仲良くなることに成功していた。猫耳萌えというやつであるが、態度は側から見ても紳士的な部類に収まっていた。倉田にしては頑張ったのである。
第3偵察隊の面々は、各々屋敷の使用人と打ち解け、あるいは会話を、あるいは装備の見せ合いをして仲良くやっていた。
途中ピニャの騎士団員であるボーゼスが部屋に入ってきて、誰にも相手をされずに伊丹を張り倒すという事件もあったが、ことが大きくなることはなかった。誰も血を流さず、誰も傷つくことなく、伊丹は第3偵察隊に回収された。
明朝早くより屋敷を出る。
伊丹には国会への参考人招致が控えている。だいぶ先延ばしになってしまったが、もうこれ以上伸ばすことはできない。
なるべく早くアルヌスへ帰還して、用意をする必要がある。
アルヌスへ帰るとき、ピニャとボーゼスも同行することとなった。ピニャはひどく慌てていたが、何故慌てていたのか、何故そうまで必死に「共にアルヌスへいきたい」と訴え出ているのかは、本人以外誰にも理解することがなかった。
こうしてイタリカでの騒動は終結。
伊丹は、一時的に日本へと帰ることとなった。
◯
「私もいくんですか」
加賀の驚いた声に、そうだ、と柳田はうなづいた。
「銀座での零戦は無かったことになっているが、自衛隊の上層部から、本人がいるのならぜひ話が聞きたいとの声がうるさくてね。ちょっと行って事情だけ話してあげてくれないか」
「簡単に言いますけど、身柄拘束とかにはなりませんよね」
「ならないよ。上層部ったって勝手に情報取集してる一部の背広組だから。そんな権限はないし、心配いらないよ」
「わかりました、準備します」
「あぁそうだ」
柳田は思い出したかのように伝える。
「艤装は外していってもらえるかな。街中で弓矢とその格好は目立つ。あくまで隠密に、正体がバレないようにしてほしい」
「私服の手配はありますか?」
「あるよ、テュカとお揃いになっちゃうけど、着て行くといい」
加賀は私服を受け取ると早速着替えた。
タイトなジーンズに厚手のセーター。日本はもう冬になっているらしい。
異世界の日差しは強くいささか暑いが、加賀は辛抱してゲート——門の前へと集合した。
ほんの四ヶ月ほど前はただの小高い丘だったここが、いまでは一大駐屯地となっている。加賀は時の流れは早いなぁと感心した。
◯
国会の参考人招致には、具体的に現地住民を何人連れてこいというお達しはなかった。
何人連れていってもいいと言うことではないが、別に余分な人が一人増えたとて構わないだろうといったかんじだ。
具体的には、ロゥリィが何故ついてくるのか、これがわからなかった。さも当然のことのように「面白そう」の一言でついてくることが決まった。
こうして伊丹、レレイ、テュカ、ロゥリィが国会の参考人招致へ。ピニャ、ボーゼスが非公式の和平交渉第一弾として日本へ。そして加賀は銀座での零戦飛行について事情聴取で。
それぞれ日本へと赴くのであった。
◯
門を抜けた先は冬だった。凛とした空気。重く立ち込める雲と空。厚手のセーターを渡してもらえたことに加賀は感謝した。
駒門という壮年の、スーツを着た人間と合流した。公安から来ているという彼が、今回の一行をエスコートしてくれるそうだ。
伊丹の情報を調べた限り口にして、伊丹が特殊作戦群にもいたことを告げると、栗林が卒倒した。
そんなこんなあって一行はまずテュカのスーツを買いに。そして昼飯に牛丼を食べて、国会組は国会議事堂前で、ピニャとボーゼスは都内一流ホテルまで案内された。
広いマイクロバスの車内、加賀は一人残った。黒スーツの運転手に、自分はどこへ連れて行かれるのかと問うと、
「市ヶ谷の防衛省施設へご案内します」
とのことだった。
私もテュカと同じようにスーツの方が良かったかな、などと思いながらも、あくまで隠密に、世間一般からは目立たない方がいいとの柳田の言葉を思い出す。
程なくして市ヶ谷の防衛省施設に到着した。自衛隊関連施設というだけあって、市ヶ谷駐屯地からさほど離れていない十三階建てのビルだった。
別に古くも新しくもないビルの中へと通される。黒スーツの運転手と同じ組織のものであろう、こちらも黒スーツに身を包んだ三十代の男性がエスコートしてくれた。
エレベーターに乗る。いったい何を聞かれるのかと加賀は気が気でなかった。
まさか爆撃した中に一般人が混じっていたとか。かなり注意して攻撃を行なったはずである。犠牲者はいなかったと信じたい。
十三階建ての十二階についた。狭い廊下を通って奥の部屋へと案内される。扉を開けると、そこにいたのは五十代の男だった。髪が七三分けにされている。
男は立ち上がると「待っていました」と落ち着いた声音で一言挨拶をした。
席を勧められ、加賀も着席する。
「門の向こうからはるばる、と言うべきでしょうか。それとも異世界からはるばる起こしくださいまして、でしょうか」
「どちらでも構いません。私はこの世界とも、そして門の向こうの世界とも違うところから来ています」
「ははは、まぁそう敵対視しないでください。リラックスして、今日は銀座で何が起こっていたのかをお聞かせただければそれでいいんです」
「私も、私のことについて何がどうなっているのか。対応をお聞かせいただければ幸いです」
こんこん、と部屋がノックされる。失礼しますの一言と共に、女性がお茶を運んでくれた。
そういえば喉が渇いていたと加賀は思い至り、一言礼を言ってからお茶を飲む。暖かい煎茶が体に染みた。
◯
佐伯と名乗った男が聞いてきたのは、四ヶ月前、日本では銀座事件と名付けられたあの時、あの瞬間。加賀は何をしていたのかという疑問であった。
「艦載機を発艦させました。まずは零式艦戦52型から。竜が空を飛んでいたので、制空権を取ってから九九式艦上爆撃機で空爆しようと試みました」
「そのときに民間人の様子はどうでしたか」
「次々と虐殺されている最中でした。空爆はすでに侵攻されてしまった部分にとどめています。民間人の犠牲者が出ないよう、細心の注意を払いました————もしかして、民間人が?」
犠牲になったのかと聞いた加賀に、佐伯は首を横に振った。
「素晴らしい攻撃技術の賜物でしょう。調べた限り一人も、爆撃に巻き込まれた民間人はいませんでした」
加賀は内心でホッとしつつ、ではなぜこの男は事件のことを詳しく聞きたがっているのかと疑問に思った。
思ったが、今聞くべきではない。加賀は別のことを質問した。
「私の扱いはなかったこととして隠蔽されていると聞きました。その顛末を教えてください」
「なに、それほど混みいった話ではありませんよ。突如として現れた零戦。謎の零戦。自衛隊の到着と同時に忽然と姿を消した。少ない目撃者、損害ゼロの爆撃。全てがあまりにも現実離れしすぎていて、現実ではないとした方が都合が良かったからそうなったまでの話です」
「それを、なぜあなたは蒸し返して私とコンタクトを取るまでになったのですか?」
「単刀直入に言いましょう。あなたの武力を貸して欲しい」
武力を、貸して欲しい。加賀は頭で反芻して、どうにか内容を飲み込めた。そして即断する。
「いやです」
「まぁそうおっしゃらず。待遇はかなり厚いものですよ」
「金を積まれたからといって、私がこの世界の日本に肩入れすることはありません」
「どうしてもですか」
こくりと、加賀はうなづき、続けた。
「私は、元の世界に帰りたいんです。帰るための情報を異世界で集め、帰らないといけない。それを邪魔するのであれば、私は全力で抵抗する次第です」
「はっはっはっ! まぁそう殺気立たないでください。私は別に無理にとは言っていません」
佐伯は一口お茶を含み、それから、
「いつ気が変わっても構いません。もし帰れないとなれば、その身をこちらで世話すると言うことです。あなたのその能力は国益、ひいては軍事的戦術理論に一石を投じるものになる。人の身でありながら無数の艦載機を顕現せんとするその力は、並外れたものです」
「…………私の力は、私が元の世界へ帰るために使います。この世界の日本のことなど、悪いですが、知ったことじゃありません」
「そんなこと言う割には、民間人を守るように飛ばしていたじゃありませんか。お優しい。いつでも話、聞きますからね」
私の言っていることは伝わっているのだろうか。加賀は一瞬懐疑的に思ったが、話が通じようが通じまいがやることは変わらない。
元の世界に帰るために力を使う。この世界の日本の国益だとか、そんなことはどうでもよかった。
帰れればいい。帰るために力を使う。帰るためになら頑張れる。
それ以外のことは、対して重要じゃない。
加賀は席を立った。
事情聴取という名の、実際のところ自衛隊の勧誘活動は、こうして幕を閉じた。
佐伯の目は、諦めてはいなかったが。