ゲートと加賀さん   作:奥の手

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加賀と箱根

 

箱根の旅館では、深夜四時を過ぎようかという時間だった。

加賀は久しぶりの酒もあってかぐっすりと眠っていたが、異様な音と気配に起こされた。

窓ガラスがぴしりぴしりと割れる音。壁がずこんと穿たれる音。人のうめき声。

それら雑音が加賀を心地よい眠りから引き摺り下ろすのに一分とかからなかった。

 

ガバリと起きた加賀の頭を富田がやんわりと押さえつける。

 

「何事ですか?」

「襲撃です。詳細は不明ですが、ロゥリィが応戦……というか暴れに行きました」

 

伏せた姿勢で外は見えなかったが、たしかにロゥリィの笑い声が聞こえた。窓ガラスに銃弾が当たって貫通する。

襲撃、そして銃撃戦が庭先で繰り広げられているようだった。

伊丹が控えめに叫ぶ。

 

「姿勢を低くして、頭を上げないように!」

 

おさまるまで耐え忍ぶしかない。そんなことを思いながら五分ほどが経過した。

いつの間にか消音器越しに聞こえていた銃声は止み、ロゥリィの声も聞こえない。まさかやられたわけじゃないわよねと加賀ははやる気持ちを抑えながら少し頭を上げて様子を伺う。

ロゥリィは庭の岩の上に立ち、月夜を眺めていた。あたりには腕を切り落とされた死体や袈裟斬りにされた死体、銃弾を受けた死体がゴロゴロ転がっている。銃も、弾が入った状態で転がっていた。

 

「亜神は死なない。…………いいえ、死ねないのよぉ」

 

そんなことを言うロゥリィの足元には、彼女に撃ち込まれたあと体内から排出された弾丸がコロコロと落ちていた。

 

 

手早く荷物をまとめて旅館から逃げる。

旅館は自衛隊の特殊部隊が護っていたはずであったが、それが機能しなくなったということは政治的な取引があってのことかもしれないと伊丹は言った。庭先の死体から銃をこれでもかと鹵獲してバックに入れる。一個小隊相手なら十分に火力で押し戻せるほどの武器が集まった。

 

旅館から逃げてしばらく行くとバンが止まっていた。夜中だと言うのに路肩に停車してアイドリングまでしている。怪しいことこの上ない。

栗林がサブマシンガンを構えながら、バンのミラーに映らない死角へと入って運転席の男に銃を突きつけた。

 

「車から降りて。観念なさい、抵抗したら撃つから」

 

日本語で話すが伝わっているのかはわからない。見たところロシア人っぽかった。身なりからして旅館を襲撃した部隊の逃走要員であることは間違いないため、このままここに放置しておくわけにもいかない。

栗林が銃の安全装置を外しながら、

 

「撃つ? 隊長」

 

と言って銃口を男に向ける。

 

「いや後味悪いって。なんとかして、こう……眠らせたりできないもんかね」

「眠らせるだけでいいならできる」

 

レレイは簡潔にそう言うと、男の頭に向けて手のひらをかざし、何事か呪文を唱えた。十秒もせずに男はいびきをかき始める。

 

「これで朝までぐっすり」

「すっげぇレレイ、魔法スッゲェ」

 

一行は鹵獲したバンに乗り込み、東京方面の高速道路へと乗った。

 

 

午前五時過ぎ。

冬の日本はまだまだ夜明けには遠く、辺りは冷たい空気で満たされている。

東京方面のサービスエリアに停車したバンは、しばしの休憩ということになった。

レレイ、テュカ、ロゥリィが自動販売機の前でわいわいはしゃいでいる。

 

加賀は後部座席から伊丹に問いかけた。

 

「どうやってゲートをくぐるつもり? このままだといずれ捕捉されて、また攻撃にあうわよ」

 

その質問に答えたのは梨紗だった。

 

「特地の住人が献花するって情報を今ネットにばら撒いたから、明日門の周りは人だかりができると思うよ」

 

梨紗はレレイが購入したパソコンを携帯に繋いでネットに繋がるようにしてから、カタカタとキーボードを鳴らしている。

伊丹が助手席から振り返りながら、

 

「何人くらい来そう?」

「ざっと千人かな。まえにアイドルのゲリラライブの告知をした時がそのくらい集まったから」

「千人もいりゃあ敵さんも手出しできないでしょう」

 

本当に大丈夫だろうかと加賀は疑問に思ったが、思っただけでどうしようもない。自分はついていくことしかできない。

そんなやりとりをしていたらレレイたちが熱々の缶とともに帰ってきた。

しばしの休憩と仮眠ののち、東京銀座の門へと向かう。

 

 

「こりゃあ、また随分と集まったな」

 

伊丹が閉口しながら人混みの集団をさっと眺める。道は渋滞して車も前に進まない。歩道は祭もかくやという人の群れで溢れている。千人どころか一万人は集まっているのではというありさまだ。

伊丹は鹵獲した拳銃をズボンのポケットに突っ込みながら言った。

 

「降りて歩くしかないですかね」

「危なくないですか?」

「だってこれ進まないよ。行くしかないって」

「降りれるのねぇ」

 

降りるという話になるや否や、ロゥリィがバンの後部座席のスライドドアをガラリと開けて降りてしまった。

うーんと体の凝りを伸ばすように背伸びをしたロゥリィの姿を、群衆が見つける。

その時だった。

さっと、まるでモーセが海を割ったかのように、群衆はロゥリィを中心に道を開けた。

 

「これで、行けるわねぇ」

 

振り返りながらそういうロゥリィに続いて、次々と降車していく。

伊丹は車を降りると、群衆を鋭い視線で睨みながら富田と栗林に命じる。

 

「近づく者がいたら、各自の判断で撃て。ここを無事に通過するぞ」

「了解」

「了解です」

 

伊丹は振り返ってバンの方を見る。運転席に移動した梨紗へ、

 

「車は適当に走らせてその辺に捨てればいい。あとは任せた」

「任せたって、私ペーパードライバーなんだけど……」

「お前ならできるって」

 

何を根拠に、と不服そうな梨紗であったが、一度表情を変えると寂しげな声で伊丹に投げかける。

 

「次はいつ帰って来れそう?」

「当分は帰って来れないだろうな。冬の同人誌即売会で三日休暇を取り直せれば御の字って感じ」

「そう……」

 

梨紗は寂しそうだった。そんな様子の梨紗を見て、伊丹はわざと作った笑顔で梨紗の両頬をぎゅうと押しながら、

 

「借金、早く返せよな」

「わ、わかってるって! 同人誌が売れたら振り込むから!」

「じゃあな。元気でやれよ」

「あ、うん。…………じゃあね」

 

梨紗の寂しげな顔を見ないようにしてか、伊丹は振り返ることなく道を進んだ。

 

 

献花、そして黙祷の間にも、敵がやってくることはなかった。

伊丹たちは知る由もなかったが、公安の駒門が根こそぎ工作員を捕まえてくれていたおかげだった。

 

「鎮魂の鐘が必要ねぇ。だれかぁ、鐘を鳴らしてちょうだぁい」

 

そう叫ぶロゥリィの声に偶然にもタイミングが重なり、時計台の鐘が街に響いた。

 

「うん、ありがとぉ」

 

ニンマリと笑うロゥリィ。一行は献花を済ませ、門横の詰所へと向かった。

詰所では徹底した身体調査、手荷物検査が行われる。銃器のわんさか入ったバックを見て詰所の職員は閉口した。

伊丹に問いかけるも、伊丹も後ろ頭をかくばかりである。

 

「これ、どうするおつもりで」

「そっちで預かってくんない?」

「無理ですよこんなの。一応書類だけ作っておきますんで、そっちで管理してください」

 

こうして第3偵察隊は非公式ながら結構な数の銃器を保有することとなった。

 

 

門の向こう、アルヌス避難民居住区では、日本で買ったお土産を早速開ける三人の姿があった。

パソコンを前に座るレレイ。隣にはカトー先生もいる。

 

「なんじゃあこりゃ?」

「これはパソコン。異世界の技術や情報がこれに詰め込めれている」

「ぬおあ! 光った、光ったぞレレイ! なんじゃこりゃぁ!」

 

コンパウンドボウを買ったテュカは、早速試し撃ちとばかりに森へと入り、的を作ってビシバシと当てた。

 

「すっごいわこれ! とっても狙いやすい! ねぇ、お父さんも使ってみる? あれ、お父さん?」

 

ロゥリィの買ったものは少なかったが、鏡を前にフリルのついたハイソックスを履いて、満足そうに笑うのであった。

 

 

「で、どうでした。こっちの日本は」

 

柳田は前髪をいじりながら加賀へと問いかけた。加賀はしばしの間考えたあと。

 

「忙しかったですね。次回は狙われることなくゆっくりと、違いを楽しみたいものです」

「元の世界では領海が侵犯されているんでしたっけ。海は見れましたか?」

「いいえ。次回があるなら、ゆっくりと見たいですね」

「事情聴取の方はどうでしたか? 何か言われました?」

「自衛隊に入らないかと、勧誘されました。断りましたけど」

「ははは。異世界の兵士を自衛隊にねぇ。頭のおめでたい連中もいたもんだ」

 

柳田は踵を返しながら、

 

「また行きたくなったらいつでも言ってください。手続きさえちゃんと取れば、いつでも日本へ行けますから」

「ありがとう。まぁ、こっち側の方が私としては住みやすいわ」

 

加賀は肩をすくめながら柳田を見送った。

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