ゲートと加賀さん   作:奥の手

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F4ファントムと零戦が本気で戦ったら勝つのはどちらでしょうか……?


加賀と本

銀座に門が出現してから五ヶ月が経った。

アルヌスの丘、避難民居住区周辺は大きく様変わりすることとなる。

 

街が————そう、ちょっとした街ができてしまったのである。

始まりは難民用の小さな購買部だった。pxと呼ばれた小さな購買部は難民の子供たちやお年寄りが切り盛りしていた。扱う商品は東京から運び出されたものやイタリカで入手された食品、服などの雑貨だった。

これが思いのほか使い勝手が良く、自衛隊内でもわざわざ手続きを踏んで東京へ行くより手軽に日本のものが買えるということで利用者が増えた。

利用者が増えると店が手狭になったので増築、人手も足りないので他所から雇う。雇うといっても知り合いつての雇用になる。フォルマル伯爵領、つまりイタリカのメイドさんの手を借りることになった。

 

イタリカから来た増員はみんな獣人であった。これがまた自衛隊に評判でさらにものが売れる。

ものが売れるので仕入れも販売も規模がだんだんと大きくなる。そうなってくると次に現れたのは商隊もちの商人たちだった。行商人がうちの商品も一枚噛ませてくれと品々を提供するようになる。

 

アルヌス避難民が取り扱っていた竜の鱗も商人たちの間で取引されるようになる。竜の鱗はその取り扱いのしやすさから飛ぶように売れたし、なにせ仕入れも莫大な数である。商人の数は日に日に倍増していった。

 

商人が増えるとそれを護衛する傭兵も増える。傭兵が増えるということはそれらに飯を食わせる場所、寝泊まりする場所が必要になってくる。

それら全てを自衛隊に賄ってもらうというのも無理な話なので、自分たちでなんとかするしかない。

なんとかするには大工や職人が必要で、そう言った技術持ちはすぐに集まってきた。何せ仕事があるのだから腕さえ貸せば金が手に入る。

大工たちが毎日せっせと働いたおかげで、飲食店も、宿も、なんなら家も建っていった。

 

そうして難民用の小さな売店から始まって、今ではすっかり「アルヌスの街」などと呼ばれるようになってしまったのである。

 

 

「一ヶ月でこんなになるなんて」

 

加賀は改めて舌を巻きながら街を歩いていた。

過程は全て見ていたもののあっという間だった。街ができるまでに一ヶ月。人はこんなにも逞しく繁栄できるのだなと感心した。

 

とんてんかんてん釘を打つ音の響く通りを歩いて、お目当ての場所に着く。pxだ。先日歯磨き粉が切れたのでここで買い足そうということである。

通貨は日本円でも異世界の通貨でも買える。加賀はどっちも持っていたが、ここにいると手に入りやすいのは異世界の通貨である。銀貨を使って歯磨き粉を入手する。お釣りは銅貨になって返ってくる。

 

街は過ごしやすい。衣食住の全てがここには揃っていて、もう自衛隊におんぶに抱っこしなくても良くなっていた。

実際、一ヶ月前までは続いていた食料の配給も今では止まっていて、すっかり自活できるようになっている。

竜の鱗がある限り生活も安定。その竜の鱗はじゃあ今はどうなっているのかというと、アルヌス避難民のみが戦場跡に立ち入って鱗を取るという暗黙の了解がなされている。

もとより自衛隊が占領している土地とも言える。そこに勝手に出入りする余所者はいなかった。鱗を取るのはあくまで避難民の子供たちの仕事。経済はうまいこと回っている。

 

歯磨き粉を手に入れた加賀はこの後の予定を思い出す。

航空自衛隊との訓練である。

 

 

アルヌスの上空を、4機の航空機が中空に音を響かせながら飛び回っている。

2機は航空自衛隊所属のF4ファントム。鈍色の機体が太陽の光を反射する。

もう2機は加賀の飛ばした零式艦戦52型。新緑色の機体が空に翻る。

 

空自との合同演習。せっかく燃料もあることだしということで、模擬戦闘(ドッグファイト)の稽古をつけてもらっている。

機体の性能差は歴然だが、なかなかどうして零戦は小回りが効くようで、いざドッグファイトになると結構な割合で後ろを取れている。

 

「後ろ取られたぞ! 右にブレイク!」

「やってらぁ! くっそ零戦ってこんなに動けるのかよ!」

「まさか零戦と飛べる日が来るとはな」

「飛行機乗り冥利に尽きるぜ。加賀の嬢ちゃんに感謝だな」

「おい! またケツに張り付かれてる! 左にブレイク!」

 

2対2の模擬戦闘は、やや零戦有利で進んでいた。

加賀は飛び回る愛機を見つめながら、

 

「なかなかやりますね。負けませんよ」

 

不敵な笑みを浮かべていた。

 

 

「ひゃー加賀の嬢ちゃんつえーよ。一体どんな奴が操縦してんのかと思ってよ」

「コックピット見たか?」

「あぁ。度肝抜かれたぜ」

 

ファントムから降りたパイロット二人が笑いながらお互いを指さす。

 

「無人でやんの。誰も乗ってねぇ」

「あんなの戦場で見たら零戦の幽霊だって思うぜ」

「加賀の嬢ちゃんに聞いたらよ、一応乗ってるらしいぜ」

「幽霊が?」

「いや、妖精さんだとか言ってたな。なんでも普通の人には見えない存在らしい」

「まじか。じゃあその妖精さんってのが見えねぇから俺たちには無人の零戦が飛んでるように見えるってわけか」

「そうらしいぜ。世界は広いよな」

 

零戦との演習を終えた二人は、どこまでも満足そうな笑顔を浮かべるのであった。

 

 

さて、模擬戦闘を終えた加賀が次にすることは、

 

「暇ですね」

 

もうあとは予定がない。特にすることがないのである。

そういう時は、元の世界へ帰るための情報収集に徹している。ある時はカトー先生の書籍から。ある時は道ゆく人の小話から、またある時は長寿の人物から。

自分が帰還できる方法を探すため、加賀は調査していた。

しかし難航している。

 

唯一、ロゥリィの機嫌のいい時にそれとなく聞いた「門を開閉できる存在」だけが最大のヒントだった。

 

門は、勝手に開閉しているわけではない。それを操っている者がいる。

そこまで教えてくれた。そこから先は自分で調べなさいとのことだった。

 

加賀は考えた。もしロゥリィのような亜神たる存在、あるいはまんま神のような存在が門を開閉していたとすれば。

自分はその神に頼み込んで、元の世界へと続く門を開いてもらえるのだろうか。

 

神とは、時に気まぐれな存在である。人間如きが頼み込んだところでその要望など聞いてくれるのだろうか。

 

おそらく無理である。まぁまだどのような存在が門の開閉に関わっているのか定かではないので、その先のことを考えても仕方がないと言えばそうなのだが。

加賀は途方に暮れながらも、門の開閉に関わる存在を探していた。

 

ロゥリィは本当に知らないのだろうか? 知っているような気がする。おそらく誰が門を開閉しているのか、その名前くらいは知っているような気がする。「自分で調べなさい」と突き放したということは、答えを持っている…………?

 

加賀はカトー先生の書物に頼ることにした。レレイのところへおもむく。

 

「レレイ、また本を貸して欲しいわ」

「そこにあるから好きなのを読むといい」

「門に関わるお話って、あるかしら」

「門に関わる話なら、これと、それ」

 

“我らの聖地アルヌスについて”という本と、“故郷たる所以アルヌス”という二冊の本が差し出された。

 

「ありがとう。しばらく借りても大丈夫かしら」

「返してくれるのなら大丈夫」

「売り飛ばしたりなんてしないわよ」

「わかってる。加賀はいい人。そんなことしない」

 

二冊を抱えて、プレハブの自分の部屋へと戻る。

最近、居住区にはソーラーパネルから電気が敷設された。部屋のデスクライトを点灯させて席に座る。

“我らの聖地アルヌスについて”という古びた本を手に、加賀は表紙をめくった。

 

 

本は当然、異世界語で書かれている。そして書籍というのはどこの国でも、どの時代でもたいてい日常会話で使う語彙よりも難しく書かれているものである。加賀は難解な単語をマークしながら読み進めていった。どうしてもわからない単語はレレイやカトー先生、そしてロゥリィに聞きながら着々と読破していった。

一冊読み終えてわかったことは、門とは常にアルヌスに開かれていて、他所に開かれることはないという。

 

加賀は首を傾げた。自分がこの世界に来た時にはどうだったかと。

確か銀座に降り立ったのである。門は間違いなく銀座のあの門だった。あの門から出て、そして数刻後に異世界の軍勢がぞろぞろと出現した。

 

考えられることとしては、本当はアルヌス以外にも門は開かれていて、それに気づいていないだけか。あるいは何者かの勢力がそれを書籍に残すことを許さなかったか。そのどちらもか。

加賀は頭が痛くなるのを感じて考えるのをやめた。

いずれにしても、門の開閉に関わる人物の描写はなかった。門の開閉が自然現象だとしたら、加賀が帰れる見込みは限りなくゼロに等しくなる。

そうであってほしくないという願望しか、加賀には持てなかった。

 

 

この三日ほどはずっと部屋に引きこもっていたから、久しぶりに外出しようと思い立った。

肩が凝っている。本の読みすぎで頭も重い。

そうだ、久しぶりに外食しようと思い立ち、街の酒場へと出かけた。酒は…………まぁ飲んでもいいか。

今は軍属というわけでもない。心はいつでも鎮守府にいる面持ちだが、今日くらいは。読破記念ということで。

 

加賀は酒場に入ると、ぐるりと中を見渡した。相当に賑わっていて一見すると席がないように思える。その時だった。

 

「あらぁ。加賀ぁ〜こっちにいらっしゃぁい」

 

ロゥリィが一人で飲んでいた。席は空いているらしい。

加賀はロゥリィの元へいき、

 

「一人で飲んでるの?」

「そうよぉ。たまには一人で静かにって思ってぇ」

「じゃあ私は邪魔しない方がいいんじゃないかしら」

「寂しくなったのよぉ。ね、一緒に飲みましょうよぉ」

「まぁ、では。そうします」

 

ロゥリィの向かいの席に座る。座ってすぐにうさ耳のウェイトレス————デリラが注文を取りに来た。

 

「ビールと、何か食べるものを」

「あいよ! 聖下ももう一杯いくかい」

「おねがいするわぁ」

 

ビール二つに食事ひとつね、と言い残してデリラは去っていった。

ロゥリィはすでに酔っているのか、うろんな目を向けながら加賀に話しかける。

 

「ずいぶん頑張っていたそうじゃなぁい」

「異国の本を読むのがこれほどまでに大変とは思いませんでした」

「で、何かわかったことはあるのぉ?」

「…………門が、アルヌス以外には開かないということくらいしかわからなかったわ」

「そうねぇ、五十点てとこかしらぁ」

 

くすくすとロゥリィは嗤う。加賀は、やはりこの人は何か知っているに違いないと確信めいたものがあった。

 

「門はねぇ、アルヌスに開いたものだけが聖地として祀られているの」

「それは、つまりアルヌス以外にも門は開いていると」

「そう、なるわねぇ」

 

ロゥリィはニンマリと笑いながらジョッキを傾ける。全部飲み干したようで、置いた手でつまみを口に放った。

 

「神はね、気まぐれなの。人やエルフに情なんてかけない。だから時として民草には残酷な裁定を下すこともあるわ」

 

ロゥリィの言葉には不思議な力があった。まるで神の啓示であるかのような言葉である。

 

「残酷な裁定とは?」

「聖地が聖地じゃなくなった。唯一のものが唯一のものではなくなった。崇められていたものがその価値をなくすといった感じかしら」

 

つまり、門はアルヌス意外にも開かれる。

そしてやはりというか、門は神が開けているらしい口ぶりだった。

 

「ロゥリィ、教えてくれないでしょうか。誰が門を開けているのか」

「それを聞いてどうする気ぃ?」

「叶うなら、その人物にあって元の世界への門を開いてほしいと願う。ダメなら別の方法を考える」

「あなたが帰りたいって気持ちはわかるけどぉ、神は気まぐれよぉ? お願いされた程度じゃ門は開いてはくれないわよぉ」

「わかっているわ。でも……せめて、どの神が開いているのかだけでも」

「そうねぇ……」

 

ロゥリィは加賀を真っ直ぐに見た。黒曜石のような瞳に加賀は吸い込まれそうになる。何を見透かしているのか、何を見ようとしているのか、加賀にはわからなかった。

 

「ま、いいわ。教えてあげた方が面白くなりそうだしぃ」

 

デリラが来た。ビールがふたつと、加賀のための食事が出てきた。

ロゥリィは新しく来たビールに一口つけると、ぷはーと息を吐いてから口を拭い、加賀を真っ直ぐに見た。

 

「ハーディよ。冥府の神。彼女が門の開閉を司っているわ」

 

ハーディ、という名前を口にする時、ロゥリィは嫌なものでも見るような目つきになった。

加賀は日本の地下鉄に乗っていた時のことを思い出す。

 

「たしか、しつこく求婚されて嫌な目にあってるって言ってたわね」

「そうなのよぉ。200年前に会ったきり結婚しろ結婚しろってしつこいのよぉ」

 

嫌になっちゃうわぁとぶーたれながらビールを煽るロゥリィ。

加賀は、これはいいことを聞いたと内心で小躍りした。

 

「その冥府の神、ハーディにはどこで会える?」

「ベルナーゴ。ハーディの神殿がそこにあるわ」

 

加賀はひとつうなづいた。ここまで導いてもらったのである。なんとしてでもベルナーゴまで行き、ハーディに談判しようという心持ちである。

 

「加賀、もう一度釘を刺しておくわ。神は気まぐれ、お願い程度じゃ門の開閉は望めないってこと、忘れないでねぇ」

「わかってる。心に留めておくわ…………ロゥリィ」

「なぁにぃ?」

「教えてくれて、ありがとう」

「いいわよぉ。面白そうだしぃ」

 

ベルナーゴ。行き先が決まった。加賀ははやる気持ちを抑えて、明日から遠出の準備だと心に決めた。

 

 

イタリカの街。とある酒場にて。

 

腰に剣を携えた薄汚れた集団が、酒を煽っていた。商隊護衛の傭兵のようであった。

傭兵の一人が笑いながら酒を煽り、仲間に話しかける。

 

「ってわけでよ、アルヌスにはそりゃあもう珍しい品々がゴロゴロ売られてるらしいぜ」

「早く行きてぇよ」

「ああ俺もだ、楽しみでしょうがねぇ」

「うちの商隊も次はアルヌスにいくってぇ話だぜ」

 

そいつは良かったと口々に叫んでは酒を煽る。豪快な連中であった。

そんな連中のうちの一人が、声を潜めて仲間に呟く。

 

「そう言やあよ、こないだアッピア街道通ってる時に通行人が言ってたんだけどよ」

「どうした」

「でたらしいぜ」

「何が?」

「手負の炎龍だよ。噂通り、左腕が吹き飛んでたらしい」

「マジか? 見間違えじゃねぇのかよ」

「それが見間違いじゃねんだとよ。アッピア街道の南端の付近で出現したって噂だぜ」

「イタリカから近ぇな。まさか、ここまで来たりしねぇよな」

「だといいんだけどよ。さすがの俺たちも炎龍が来たら逃げるしかねぇぜ」

「だな。まったくとんでもねぇ災難だぜ……」

 

半分冗談混じり、半分本気にした傭兵たちは、まさかここが襲われるこたぁねぇよなとタカをくくりつつも、炎龍の存在に少しだけ身震いするのであった。

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