うれぴっぴです。
さて、旅をする必要ができたぞと加賀は腹を括ったものの、どうしたものかと思い悩んでいた。
ベルナーゴまでは馬車で二ヶ月はかかるという。零戦で飛べば休憩込みで二日ぐらいだろうか。飛べばいけない距離ではない。
問題は、行ったところで話を聞いてもらえないかもしれないということだった。
神は気まぐれ。民草一人二人のことなど気にかけていない、とロゥリィは言っていた。そうなると何か策を考えてから行かないと無駄足である。
「神様のご機嫌が取れるものなんて…………」
そう思いつくものではない。貢物か。しかし貢物をたくさん持っていくとなると零戦は使えない。馬車で二ヶ月の一人旅もできなくはないが大変である。加賀はここに来て窮していた。
とりあえず行き先は決まった。いった先でどうするかを決めるためにももう少し情報収集が必要である。特にハーディがどのような神なのか。何を好むのか。その辺りを周囲に聞くかまた書籍で調べる必要がある。
というわけでレレイの元へ。
「また本を貸して欲しいわ」
「好きにとっていくといい」
短い会話の末、山積みの本の中からハーディに関係のありそうな書籍を探す。
しかし、無かった。タイトルを調べるだけでは足りないのかもしれないが、中身をしらみ潰しにできるほどの気合いは加賀にはない。諦めつつ、レレイに直接ハーディのことで何か知らないか尋ねた。
「ハーディ、冥府の神。地下を司るとも言われている。この世界の死者の大部分がハーディのもとへ召される。それくらいしかわからない」
「うーん、ハーディの好物とかはわからないわよね」
「知らない。あったとしたら私にも教えて欲しい。気になる」
ありがとう、と礼を言って加賀はレレイのもとを去った。
◯
天気の良い昼下がり。今日は特に予定もないので、加賀はのんびりとハーディについて情報を集めようとしていた。
とりあえずロゥリィだろうか。今どこにいるのだろうかなどと考えながら、ロゥリィを探して街の方へ来ていた。
目抜き通りの釘打ちの音を聞きながらキョロキョロとロゥリィを探していると、一人の自衛官が加賀の元へと走ってきた。
「ここにいらっしゃいましたか。探しましたよ加賀さん」
「探す? 今日は通訳の仕事は入ってないと思いますが……」
「それがですね、先ほど捕まえた連続ひったくり犯の犯人から事情聴取をしているんですが、どうにも要領を得なくて」
「通訳が必要な事態、ということですかね」
「はい。なんでも一族が滅びるとか、助けてくれと言った言葉を繰り返すんです。手に負えなくて」
「わかりました。場所は?」
「ご案内します。ついてきてください」
自衛官の運転する車に乗り、ついた場所は自衛隊駐屯の内部、まるで映画やドラマに出てくる警察の取調室のような場所だった。
そこに、椅子に座る一人の女性が見える。浅黒い肌にシルバーの髪。顔を見ると切長で整った目鼻立ちをしている。今は、何やら落ち込んでいるような表情だった。
「どうしたんですか、浮かない顔をして」
加賀はまず初めにそんな調子で話しかけた。連続ひったくり犯だというのになぜか元気がない。取り調べを拒否するにしてもこの落ち込み用はなんだろうかと加賀は思った。
「私は、シュワルツの森から来た、ヤオ・ハー・デュッシという。緑の人に助けを求めてここまで旅をしてきた」
「緑の人、というのは自衛隊のことですね。助けとは?」
「手負の炎龍に一族が襲われている。このままだと皆滅ぶのを待つだけだ。どうか、助けて欲しい」
「なるほど……」
炎龍の被害者、ということだ。助けを求めてここまできたらしい。ひったくりのことについては一切話さないので、こちらから聞くことにする。
「街の男たちから財布を引ったくったそうですが、本当ですか?」
「それは違う。男たちに言い寄られて、抵抗した末に落としていったんだ。無理矢理奪い取ったわけじゃない」
「なるほど」
まとめると、この女の言っていることはふたつ。ひったくりを働いたわけではないことと、自衛隊に炎龍討伐をして欲しいというお願いだった。
「炎龍の件については、自衛隊に伝えればいいですか」
「そうだな。そう……できれば、口添えも頼みたい」
ひどく落ち込んだ様子である。加賀はすこし気の毒に思いながらも、とりあえず伝え聞いたままを自衛官たちに話した。
それから数時間が経ち。
街のひったくられたと主張していた男たちから証言があった。自分たちの方からヤオに手を出したと。晴れて、ヤオは無罪放免となった。
しかし表情は浮かばれない。加賀は、どうにかして狭間陸将まで話が通せないかと考えた。
柳田を捕まえる。これこれこうであるから、狭間陸将のところまで相談という形でお願いできないだろうかと伝えた。
一時間後。ヤオと加賀が狭間の元へ呼び出された。座ってくださいと通された応接間で、狭間陸将は難しい顔をしながらヤオの方へ向き直った。
「炎龍討伐の要請は、残念ながらお受けできません」
受けられない、という旨を加賀は通訳する。狭間は言葉を続けた。
「炎龍が目撃されているというエルベ藩王国は帝国との国境を跨ぐ場所です。国境を超えて軍隊を送り出すことは越境行為となり、宣戦布告も同等となる。残念ながら、自衛隊にそんなことをさせることはできません」
やむを得ない事情。軍隊として動けない理由を伝えたのち、加賀はヤオに「これは無理だ」と伝えた。
自衛隊は動けない。
ヤオは絶望にも瀕したような顔になった。今にも泣き出しそうである。加賀も、そして狭間も、心を痛めながら「お引き取りください」と言葉にした。
◯
アルヌスの街、その中心部にある喫茶店にヤオと加賀は向かい合うようにして座った。
「憂鬱を解きほぐす効果があるハーブティーよ。飲んで」
ヤオは一口、一口とハーブティーを飲み、深く息を吐きながらぽつりと呟いた。
「夢を、見ているんだ。全部嘘で…………現実じゃない」
虚な目で呟くヤオに、加賀はどうかけたものかと言葉を選んだが、最終的には「夢じゃない、残念ながら」としか言えなかった。
「緑の人の協力が得られなければ、我が部族は滅ぶだけだ。どうにか……どうにか、できないものか」
「炎龍討伐に自衛隊が動けない理由は一つだけです。炎龍のいる場所が国境を超えた先にあるということ。それさえクリアできれば、あるいは動けるかも」
「どうやって……炎龍を動かせと。無理だ」
そうですね、と言うしか、加賀にはできなかった。
ヤオはハーブティーを飲み干した。ポットの中からおかわりを注いであげる。それも、ごくごくとヤオは飲み干した。
お通夜のような空気が漂う。実際、もう加賀にはどう言葉をかければいいのかわからなかった。
そのままハーブティーを飲み干して、ヤオは席をたった。
カフェから出る。
「あなた、泊まる場所はあるの?」
「いつもは野宿をしている」
「宿ならあるから、組合の管理センターまで行ってみなさい」
「あぁ……ありがとう。加賀と言ったか。礼もできずに申し訳ない」
「いいえ、いいのよ。また何か自衛隊に伝えたいことがあったら、私を尋ねるといいわ」
「そうさせてもらう」
ヤオは管理センターへ。加賀は帰路へとついた。
時刻は夕刻。日は傾いて街は朱色に染められていた。
◯
加賀は晩飯をどうしようかと思い至った。ヤオと席を共にして飲んだのはお茶だけである。
居住区に帰っても食べるものがない。ちょうど切らしている。
「飯屋でも行きましょうかね」
街の酒場兼飯屋へと向かった。
カウンター席に座り、獣人のウェイトレスに注文をお願いする。今日は酒を飲む気がないので、水と肉料理を頼んだ。
「よう、加賀の嬢ちゃん。今夜は外食かい」
気さくな客に話しかけられた。どこかでみた覚えがあると思い記憶を辿ると、先日竜の鱗を売り払った商隊の護衛だった。
「どうも。家に食料がないので、こうして今日は外で食べることにしたんです」
そしてなにか話題はないかと考えた時、ふと、炎龍のことについて尋ねてみようと思った。
「炎龍って、エルベ藩王国に縄張りがあるんですか?」
「そうらしいけどな。俺も詳しくはしらねぇよ。でもなんでもそこに巣があるとかって」
「ということは、やはり活動はエルベ藩王国内に留まるのでしょうか」
「いや、そうでもねぇらしいんだよこれが」
男は声を顰めながら加賀の方に身を寄せてきた。
「うちの若い連中が噂してたのを聞いたんだけどよ、なんでもアッピア街道の南端に出たらしい」
「アッピア街道というと、イタリカに続く道じゃないですか」
「あぁ。もちろん帝国領内だ。おっかねぇぜ」
男は席に戻り、注文した酒を飲み始めた。
「帝国領内にも炎龍が出る……」
コダ村避難民が襲われた時のことを思い出す。あそこも帝国領内ではなかったか。
もし噂が本当なのだとしたら。
ヤオの炎龍討伐の依頼を、もしかしたら、自衛隊が引き受けるかもしれない。
とはいえただの噂話である。信用していいものでもない。加賀は頭の片隅にヤオの顔を残しながらも、別のこと、例えばハーディの情報を探すべく、明日も動こうと考えるのであった。