今日は少しやることがある。
まずは艦載機の燃料補給。燃料を使っている全艦載機に補充しなければならない。これが結構時間がかかる。
午後は語学研修の講師。日本から来た外交官や自衛官に異世界語を学んでもらう。その手伝いというか、講師役として抜擢されている。レレイと交代で授業を受け持ち、報酬は日本円で支払われる。
ひとまずは艦載機の燃料だ。
まず依代の矢から艦載機を顕現させる。この方法で出すとなぜか妖精さんは飛ばないし艦載機が飛ばせない。不思議なものである。
ミニチュアサイズで顕現した艦載機に燃料を入れていく。どういう原理なのかわからないがきっちり実機分入るのである。
これを、燃料を使っている艦載機全てに行う。
午前中に終わればいいけれどと思いながら、加賀は次々に燃料を入れていくのであった。
◯
全部で二十機の燃料を入れ終える。残りの艦載機は燃料が減っていなかったのでまた今度である。
部屋の時計を見上げると午前十二時。もうお昼時だ。
授業は十四時からなのでまだ時間がある。どうしようかと加賀は腕を組んだ。そして、とりあえず食事にしようと思い至り、部屋の隅に置いてある糧食レーションを取り出す。これでいいだろう。
どうせなら外の椅子で食べようかと思い、レーションを抱えて外へ出る。レーションといっても缶詰のご飯たちで、鶏めしとか牛缶である。
温めて食べてもいいしそのまま食べてもいい。加賀は面倒なのでそのまま食べることにした。
外の椅子とテーブルに缶を並べていると、
「あらぁ、今から食事?」
ロゥリィが顔を出した。ロゥリィの手にも自衛隊からもらった缶詰各種が抱えられている。
「えぇ。今日はここで食べようと思って」
「奇遇ね。一緒に食べましょうよぉ」
「いいわよ」
ロゥリィもテーブルに缶を広げて席に着く。最近一緒に食べることが増えたなぁと加賀はしみじみ思った。
鶏めしの缶を開封して箸でつまむ。安定して美味しい。軍用のレーションとは思えないクオリティである。
ふとロゥリィの方を見る。ロゥリィも今日は鶏めしらしい。
「ハーディのこと、あれから何かわかったのぉ?」
唐突な質問に加賀は首を横に振りながら、口の中のものを全部飲み込む。それから口を開いた。
「ほとんど何もわかってないわ。ねぇ、ロゥリィ、ハーディの好物とか知らないかしら?」
「好物ねぇ。あいつは自分の元へ来た魂をコレクションにしてる、とかかしらぁ?」
「魂のコレクション?」
「そう。戦場以外で死んだ魂はハーディの元へ行くの。その中から、奴は気に入った魂を自分のものとして飾り立ててしまうのよぉ」
「趣味が悪いわね」
「そのせいで、優秀な魂が現世に巡って来なくなってるのは亜神たちの間じゃ有名な話よぉ」
魂をコレクションにする。そんなことを聞かされても、ハーディに談判する材料にはなり得ないなぁと加賀は困り顔で食事を続けた。
◯
食事が終わりロゥリィと別れた後、いよいよ加賀は手持ち無沙汰になった。
ロゥリィは街へ買い物に出かけると言っていた。付いていってもよかったなぁなどと思いながらも、そういえば授業の用意でもしておこうかと思い直したのであった。
授業の内容は至って単純で、異世界の言葉、語彙、文法を教えるだけである。自分が学んだ通りになぞらえるだけなのでそれほど難しい話ではない。
とはいえ、未知の言語を一から喋れるようにするのはそれなりに時間がかかるし、決して簡単ではない。
加賀は異世界の言葉が喋れる人が増えれば自分の仕事も無くなっていくのだろうなぁと薄々考えていた。なくなるまではまだしばらく時間があるだろうから、それまでに稼げるだけ稼いどこうとも思った。
教材を確認して、授業の流れを把握して、とりあえず今日の分は問題なく進められるだろうということで一人納得した。時計を見上げるとまだ十二時半。
残り一時間半。どうしようかと考えて、結局艤装の手入れに時間をかけることにした。
航空自衛隊との演習で飛ばしはするものの、最近戦いらしい戦いもない。実弾を撃ってもいない。訓練だけの生活に、加賀は心のどこかで焦りのようなものを覚えていた。
もうずいぶん長いこと海へ出ていない。このまま戻ったとして、元の世界に帰れたとして、果たして自分は海の上で戦えるのだろうか。
当たり前のようにこなしていた日々が、遠く色褪せているように見える。本当に戦えるのだろうか。一航戦として、戦えるのだろうか。
「考えても仕方のないこと…………ですね」
そうだ。
そのとおりだ。自分が海で戦えるかどうかなど、海へ帰ってからの話である。まずは元の世界へ帰らないと。そのためにベルナーゴまで行き、ハーディに話をつけないといけない。
その話をつけるのをどうするかで、三日三晩考えても思いつかないのであるから難儀している。ハーディに門を開けさせるために、自分には何ができるのか。考えても考えても思いつかない。ロゥリィやレレイに話を聞いてもこれといった収穫がない。いよいよレレイの書籍をしらみ潰しに当たるしかないか。いやしかし何年かかるやら。それこそ、当たって砕けろ精神で一度ベルナーゴまでいってみたほうがいいんじゃないか。
案外すんなりと門を開けて返してくれるかもしれないし。
などと考えが堂々巡りしていることに自分で気づき、加賀は考えるのをやめた。もう少し、ハーディのことについて調べよう。そうしよう。
主機、弓、依代の矢、矢筒などなど艤装の各種を点検し、問題がないことを確かめる。古布で汚れを拭い取り、ピカピカとまではいかないが磨いていく。もうずいぶん手に馴染んだ艤装たちである。何年使ってる? 考えてもパッとは思い出せない。
「赤城さんは、今頃何をしているのかしらね」
心配かけているだろうか。鎮守府を上げて捜索してくれているのかもしれない。これでも第一艦隊の主力正規空母だから、開けてしまった穴は大きい。無事に帰ったらどうやって埋め合わせをしようかしら。
帰りたいなぁ。いつになったら帰れるのかなぁ。
加賀はすこし寂しげな表情で、艤装を丁寧に磨いていくのであった。
◯
そうこうしているうちに約束の時間が近づいてきた。加賀は支度をして避難民居住区まで来てくれる迎えを待った。
程なくして車両が到着。乗り込んで駐屯地の方へと向かう。
この授業ももう10回以上、レレイの分も合わせると20回以上開講していることになる。出席している外交官の顔も名前も覚えているし、自衛官の方も覚えている。すっかり加賀先生だなぁなどと内心で笑いながら、加賀は教室として開かれている会議室へと入った。
準備通り授業が進む。今日も特に問題なくことが進み、授業は無事に終業の時間を迎えた。
二時から四時までの二時間の語学研修。ほぼ毎日これが開講されている。ほぼ、というのは、外交官にも別の仕事があるので、そちらを優先する場合がある。あとは単純にレレイが担当している日は加賀は休みである。
異世界に来て早五ヶ月。加賀の生活は安定したものであったが、それゆえに加賀は内心で焦りもあった。
このままアルヌスでぬくぬくと暮らしているだけでは、いつまで経っても帰還の目処が立たない。
自分から行動しなくてはどうしようもない。誰かが代わりに元の世界への道を切り開いてくれるわけじゃない。そういった思いから来る焦りだった。
ハーディのことについても、もうアルヌスでできる情報収集には限界が来ているのではないかと考える。
どこかよその土地。それこそ、ロゥリィがエムロイの使徒であるように、ハーディにも使徒がいるだろうから、その使徒を頼って探しにいくとか。
いやでもどこにいるのかもわからない人一人をこの広大な異世界から探し出すのは無理じゃないかと思い直す。
ああでもないこうでもないと色々考えているうちに、避難民居住区まで車が到着した。
加賀は運転手の自衛官に礼を言って降り、部屋へと戻る。教材を片付けて、さて夕飯の準備かなと思い至る。
何か簡単なものでも自炊しようか。材料はあったかなと備え付けられている冷蔵庫を開けるも、
「うーん、食材に乏しいですね」
あまり入っていなかった。そういえばここ最近外食続きでまともに食材を買っていない。
別に金に困っているわけではないので外で食べてもいいのだが、たまには自炊も悪くないと思い直す。
早速用意して街へ向かう。
加賀は、どこへいく時にも艤装の弓矢を携帯する。自衛官がアルヌスの街を歩くときに、9ミリ拳銃だけは携行するのと同じような感覚で加賀は艤装を装備して出かける。自分を守れるのは最終的には自分だけなので、たとえある程度の治安が約束されているアルヌスの街といえども、加賀は気を抜くことがなかった。
今日も、食材を入れるカゴを持ちつつ、弓を背に、矢筒を腰に下げて街へと向かった。
街はすっかり夕方である。オレンジの日の光が街を包み込む。
太陽は西の空へと半分顔を沈め、半分顔を出している。暗くなる前に食材を買い終えて、調理までこぎつけたいなと加賀は足を早めた。
空を見る。雲がたなびいて夕日に照らされ、柴色に光っている。数羽の鳥が空を飛んでいるのが見えた。
加賀は、なぜかその鳥に目を奪われた。じっと見つめてしまった。目が離せなかった。次の瞬間。
鳥が、食われた。鳥の何倍もの大きさの生物に、一口で、食われた。取れた羽が宙を舞う。加賀は、手にしていたカゴを放り捨て、弓を手に、そして矢筒から零戦の矢を引き抜いた。そこにいたのは。
————炎龍。
夕日で照らされるアルヌスの街に、朱色の鱗に覆われたドラゴンが、土煙を上げながら道へと降り立った。
叫び声が上がる。怒号が聞こえる。逃げろと捲し立てる人の声がそこかしこで上がり、蜘蛛の子を散らすように周囲の人が逃げ惑う。
炎龍が加賀を見る。逃げ惑う人の中に、毅然と立ち続け睨みつけている人物を、炎龍はその片目で捉えた。
瞬間、大気が震えるほどの轟音。炎龍が吠える。加賀はあまりの音声に顔を顰めながらも、零戦の矢を番て炎龍へと向けた。
今、ここで戦えるのは加賀しかいない。加賀だけが、唯一炎龍と相対できる存在。
体の芯から震えそうになる。恐怖心が足元から上がってきて、口から出そうになるのを加賀は無理矢理噛み締めて、押し殺した。
震える声で指令を飛ばす。
「五分頑張れば、自衛隊が来ます。それまで、どうかこの街を————守ってください」
妖精さんへ呟く。
五分だ。航空自衛隊のスクランブル発進まで五分間。炎龍がここを襲っていることはすでに報せが行っているはず。
五分間守り抜ければ、自衛隊の救援が来る。それまでどうか持ち堪えてほしい。
加賀が零戦を放つのと、炎龍が灼熱の炎を吐き出すのは、同時だった。