毎度めちゃくちゃ助かってます。
曇天の空の下、荒れた大地を一台の高機動車が走っていた。
すぐそばは切り立った崖であり、落ちれば無事では済まない。万が一にも落ちないように慎重に運転されていた。
少し道幅の広いところまで出ると、小休止と言わんばかりに車は停車した。運転していた伊丹が息を吐きながら肩を回し、地図を取り出す。
車内の端の方ではテュカが魔法で眠らされていた。
「トングート、ヘブラエ、グレミナと来て、朝メタバルを出たからこの辺りはテリリア平原かな」
「それであっている」
レレイがうなづきながら地図を指さす。
「こっちがコルロ山脈。道は険しいけど近道。こっちがグルバン川。遠いけど平坦」
「どっちも道は悪そうだなぁ」
後ろ頭をかきながら伊丹は地図とにらめっこしている。この先の進路をどう取るか決めかねているのだ。
ロゥリィが頬を膨らませながら、
「ヤオ、どうしてこんな遠回りばかりするのぉ?」
「すまない、緑の人の噂を拾いながら来たゆえ、道がこうなってしまったのだ」
「まったくぅ」
遠回りばかりで、ロゥリィは少し不服な様子で腕を組んだ。
一行は今、エルベ藩王国領内に入っている。目的エリアにはついたので、ここからいざどう移動していくかという問題だった。
「炎龍が出る場所ってのは、シュワルツの森だっけか」
「森を含む南部全域だった。アルヌスまで来たところを見ると行動範囲は拡大しているだろうが……」
「これじゃどこで戦うかも見当がつけられないな」
伊丹は困り顔で地図をしまうと、水筒の水を一口飲んだ。
「ロルドム渓谷に行けば、我が部族が待っている」
「別に俺たちは炎龍を倒しに来ただけだから、お前の部族を救おうとしているわけではないぞ」
「だが、炎龍の巣を知っているものがいる。戦うなら、巣で待ち伏せするというのはいかがだろうか」
「巣か…………あぁ、いいかもな」
水筒をしまった伊丹はハンドルを握る。
「それじゃあどっちにしても一旦はロルドム渓谷に行かなきゃだな」
「ありがたい」
行き先が決まった。一行はロルドム渓谷へ向けて進路を取り始めた。
◯
道中車内にて。
ヤオがそれにしても、と感心したように前置きをした。
「加賀殿はああも勇敢に戦える戦士だったのだな」
「私? ええ、いえ…………ああいう戦い方しかできません」
「謙遜を。炎龍を撃退したと言う噂に混じって、たまに鉄のトンボの話を聞いていた」
「艦載機のことですね」
「そうだ。鉄のトンボを弓の一矢に顕現させて、自在に操る異国風の戦士が、緑の人とともに戦っていたと。まさかそれが加賀殿だとは思いもしなかった」
加賀はすこし照れたのか、口の端をほんのわずかに持ち上げながら、
「自分にできることをしていただけです」
きっぱりとそう言った。
ヤオは興味ありげとばかりに、加賀の弓を見ながら話を続けた。
「これから先、炎龍と戦う時にもまたあの鉄のトンボを飛ばすのか?」
「それは、これからの戦略によります。私の艦載機は夜間は飛ばせませんし、場所によっては狭いと飛ばせません。どこで、いつ戦うのかによって飛ばすか飛ばさないかは決まります」
そんな加賀の言葉に、伊丹はやや後ろを振り返りながら、
「戦う場所にもよるだろうけど、おそらく夜襲を仕掛けることになると思う。加賀さんの艦載機は飛ばせないかもなぁ」
ヤオはそれで思い出したのか、手のひらをポンと打ちながら、
「場所は火山の洞穴の先、火口の岩棚に巣があると聞いている。狭いだろうか」
「狭いわね。時間帯的にも場所的にも、艦載機の出番はないかもしれないわね」
「そうか……」
ヤオは少し残念そうだった。
「また機会があればよく見せて欲しい。アルヌスでは遠くからしか見えなかったのでな」
「街が襲撃された時に、あの場にいたの?」
「避難の誘導を行なっていた。戦えるような相手でもないからな。恥ずかしながら、遠くから加賀殿の勇姿を見るにとどまるだけであった」
たった一人で炎龍に立ち向かう姿はカッコ良かったぞ、とヤオは続けた。加賀は照れ笑いを浮かべながらうなづいた。
◯
厚い曇り空の下、今にも雨が降りそうな空気の中を進むことしばらくして。
一行は切り立った崖の続く荒い地形に進入していた。
「レレイ、この辺りか?」
「そう、この辺りがロルドム渓谷」
「伊丹殿、この先の三叉路で止めて欲しい。仲間がいるから知らせてくる」
「あいよ」
ヤオの言う通り三叉路があり、そこで車を停車する。一同は揃って車から降りた。
ヤオが崖を軽快に飛び降りていく。すげぇ身体能力だなと伊丹は思いながら後ろを振り返った。
「うーん、よく寝た」
「テュカ、起きたか。よく眠れたか?」
「えぇ、もうぐっすり。ここは?」
「ロルドム渓谷だ。ヤオの仲間がいる。一応目的地についたってことになるな」
「緑の少ない場所ね……どうしてこんなところに住んでいるのかしら」
「さぁな、事情があるんだろうよ」
おそらくは炎龍から逃れた先、行き着いたのがここなんだろうなぁと伊丹はひとりごちた。
直後、ロゥリィがばっと後ろを振り返った。ハルバードを油断なく構えながら「誰!」と大きく声を出す。
伊丹たちもつられて後ろを見る。そこにはダークエルフが数人、弓に矢を番えてこちらを狙っていた。引きも絞りも済んでいる様子で、いつでも射れる状態にある。
「何者だ! 我が部族に何用か!」
年長者と思しき、正面に立つダークエルフが声を張り上げる。伊丹は両手を上げながら、
「敵じゃありません! ヤオさんの紹介でこちらに参った次第です!」
と返す。
ヤオの名前を出したのが良かったのか、ダークエルフは弓を引く力を緩め、矢尻が下を向く。お互いに顔を見合わせ、そして伊丹の格好を上から下まで見たのち、
「もしかして、緑の人?」
と、呟いたのであった。
◯
夜の帷も降りようかという時間帯。
渓谷の谷底に降りた一行は、焚き火を焚いてその周囲に集まっていた。
族長と思しき老齢のダークエルフが恭しく頭を下げながら挨拶をする。
「聖下、このような荒谷にまで足を運んでいただき、誠にありがとうございます」
「別にぃ、あなたたちのために来たわけじゃないしぃ」
ロゥリィはそっぽを向きながらそう答えた。
「炎龍討伐とあらば、我が部族からも戦士を送り出したい。みな、憎き炎龍を倒せるとあれば命を惜しむものもおるまい」
「こちらが、我が部族の戦士たちです」
ずらりと並ぶ八人。ヤオを入れて九人のダークエルフが集まっていた。
「何なりとお申し付けください。この身が朽ち果てようとも、炎龍を討てるのであらば本望です」
戦士の一人がそう呟く。その言葉に賛同するように他のものも口を開く。
族長が伊丹の方を見ながら頭を下げた。
「炎龍の巣までは歩きになります。荷物運びも人手も必要でしょう。使ってやってください」
「あぁ、わかった。持っていくものと、武装の使い方は明日教える。よろしく頼む」
ダークエルフの戦士が九人。ロゥリィ、レレイ、伊丹、加賀そしてテュカの五人。総勢十四名で炎龍へと挑むことになった。
◯
「これが、噂に聞く鉄の逸物ですか」
110mm個人携帯対戦車弾、通称パンツァーファウストを前にして、ダークエルフの面々はみな固唾を飲み込んだ。
「そ、これが炎龍の左腕を落とした武器。みんなこれを各一発ずつ使ってもらう」
伊丹はその後、パンツァーファウストの使い方をレクチャーして、荷物をまとめた。
約1日かかるという歩きの行程。テュカは負担にならないように魔法で眠らせ、伊丹が背負って移動することにした。
「それじゃあ、出発だ」
向かう先はテュガ山と呼ばれる火山の火口付近。
中腹に、火口内に抜ける洞窟があるらしい。そこを目指して一行は出発した。
途中休憩を挟みながらの行軍。朝に出発して、洞窟前に着いたのは夕方だった。オレンジの光が険しい岩肌を染めている。
洞窟を見て、ロゥリィは恐れ半分不満半分に口にした。
「私は地下に入れないのにぃ」
「火口からは降りれないのか?」
「内部は切り立っていて不可能です。この洞窟からしか岩棚には行けません」
「んもうぅ」
伊丹は後ろ頭をかきながらも、無線機を取り出してロゥリィに渡した。
「ロゥリィには外で見張ってもらおう。あと、そうだな、万が一炎龍が逃げた時に追撃できるように、加賀さんも外で待機しといてもらえるか」
「夜になったら飛ばせないわよ?」
「たぶん逃げるとしても明け方までは粘るよ。周囲が見えるようになれば飛ばせるんだよな?」
「えぇ、飛ばせるわ」
「それじゃあ、追撃を頼みます」
「わかったわ」
レーションを開けてみんなで座って食べる。ダークエルフの面々は初めて食べるレーションの味をおいしいと言って気に入った様子であった。
夜が来る。
空が暗くなるのを待って、伊丹、レレイ、魔法の効果を切らせて起こしたテュカ、そしてヤオを含むダークエルフの戦士たち九人が洞窟の中へと入っていった。
加賀は隣に立つロゥリィを見ながら口を開いた。
「戦闘に参加できなくて、不満かしら」
「地下に潜れと言われるほうがいやぁよ。適材適所、自分にできることをした方が何倍もいいわよぉ」
「そう言う意味では、私もここに残ったのは正解かもしれませんね」
「伊丹は、何がなんでもここで仕留めたいのでしょうねぇ」
「巣にまで入り込んで倒せないとなると、次戦える場所がありませんからね。自由に飛ばれてはこちらも爆撃できません」
「炎龍の背中、あなたの攻撃で鱗が剥がれてたわよ。爆撃だけじゃなくても、ダメージになるんじゃなぁい?」
「ええ、もちろん。零戦の機銃も効くと思います。と言うかむしろ、飛び回る相手には機銃しか撃てません。背後をとってうまく当てれれば、落とせるかと」
「まぁもし炎龍が逃げ出したら、その時は頼むわねぇ」
「任せてください」
夜の間に逃げられるようなことがなければいいけれど、と加賀は弓を引き寄せながら伊丹の善戦を祈るのであった。