明け方の空に加賀が零戦を飛ばしたとき、腹の底に響くような爆発音が火口の方から聞こえた。
地鳴りを伴うような、まるで山の一部が崩れ出したかのような爆発音。おそらく、炎龍討伐のために仕掛けていた爆弾が爆発したのだろう。
いいタイミングだ。もしこれで炎龍を仕留め損なっていたとしたら、飛ばした零戦で応戦する。
炎龍を討伐できていれば、このままロゥリィの援護に回る。
岩陰に隠れながら六機の零戦を飛ばした加賀は、火口のあたりを注意深く見上げていた。
同時に、零戦にはジゼルを射撃するように命じる。当てても殺せはしないが足止めにはなる。いささか、亜神同士の争いとは不毛な消耗戦だなぁと加賀はひとりごちた。
ジゼルが吹っ飛んだロゥリィに近づこうとしたとき、中空から響くレシプロ機の音とともに20mm機関銃の弾がジゼルを襲った。
「な、なんだぁ?」
初めて見る艦載機。鉄のトンボのような見た目のものから、高速で何かが撃ち出された。当たったら痛そうなので飛び退いて避ける。すんでのところで機銃弾から逃れたジゼルは、足を止めて上を見た。
飛び回る鉄のトンボ。また何機かがこちらに向かってきている。自らも飛んで迎撃しようにもなかなかどうして動きが素早い。鎌で切って落とすのは無理と判断した。
再び降り注ぐ機銃弾。今度は鎌で弾を弾きながらも、その場に止まってはいられず後退する。ジゼルは舌打ちをした。
「これがあの加賀とかいうやつの攻撃か? 面倒だなくそッ!」
ジゼルが零戦に足止めされている間に、洞窟から出てくる人影があった。
四人。それだけだった。中に入ったのは十二人だったはず。残りは皆やられたということか。
生き残っているのは伊丹、レレイ、テュカ、ヤオ。その四人だけが洞窟から出てきた。
岩場の影から見ていた加賀は、洞窟の奥の方が崩れているのが見えた。どうやら本当に、生き残ったのはこの四人だけらしい。
「みんな無事か!?」
這い這いの体で洞窟から走り抜けてきた伊丹の声に、皆力なく返事を返す。疲れ切っている様子だった。
「ちょっとぉ、遅いわよぉ」
ロゥリィも返事。その声に伊丹は首を向け、ロゥリィの姿を探す。すぐに見つけて、そのボロボロな姿と変わり果てたロゥリィに駆け寄って抱き抱える。
「な、なんだってこんなことに……いったい何がったんだ?」
「あっはははははははははははははははははははは!」
ジゼルが高い声で笑った。
「お姉様、お労しや。主上さんの奥さんになろうともお方が、人種なんぞに気安く触れ、触れさせるとは、不調法がすぎませんかぁ?」
「だ、誰だ?」
ジゼルが前へ踏み出して、ロゥリィと伊丹にも見える位置に踊りでる。
「俺の名前はジゼル。主上ハーディに仕える使徒さ」
背中の羽を動かし、ロゥリィと伊丹のすぐそばまで飛翔する。加賀は零戦に待機の命令を出した。伊丹たちが近すぎてこれでは撃てない。
「主上さんからロゥリィ姉様を連れてこいって言われたんで、こうして戦ってるわけさ」
「ロゥリィって結構強かったと思うんですが……」
「ばぁかかお前? んなもん、お前の傷をお姉様が代わりに引き受けたからに決まってんだろ。本来なら俺一人じゃ絶対に勝てないはずなんだ。なのにまるで動きが悪い」
「な、なんでそんなことを」
伊丹がロゥリィに視線を落とすと、ロゥリィは力無く笑いながら「いいじゃない、べつにぃ」とか細い声で口にした。
「ま、事情が分かればいいんだよ。次は手加減なしだぜ」
ニヤリと笑うジゼル。そのすぐ後ろに黒龍と赤龍の新生龍が2頭、降り立った。
ヤオが驚愕の表情で叫ぶ。
「な、なぜ新生龍がここに!?」
「炎龍の巣にあった卵の——」
「そうだぜ。わざわざ炎龍を起こして水龍と番わせて飼い慣らした二頭だ。こいつらがいれば、俺はお姉様とだって互角以上に戦えるぜ」
「炎龍を起こしただと!」
ヤオが悲痛な面持ちで叫ぶ。あと五十年は続いたはずの炎龍の休眠期を縮めたのは、ハーディの使徒。
「なぜ我が部族を!」
「はぁ? んなもん知ったこっちゃねぇよ。お前らが勝手に炎龍の餌になっただけだろ」
ロゥリィがふらふらの体をなんとか起こしながら、ハルバードを構える。
「神々の使徒にぃ……人間への同情はないのよぉ…………私も、含めてねぇ」
「その通りだぜ。人だのエルフだのが俺たちのことに口出すんじゃねぇ」
ジゼルも大鎌を構え直す。お互いに今にも切りかからんとする気迫で迫る。
「でもねぇ、人は人でも、ここには炎龍を倒した男がいるのよ」
「はぁ? 炎龍を人が? ばか言えよお姉様。いったいどいつがやったってんだ」
すっとロゥリィが伊丹を指さす。洞窟の前にいた三人も、伊丹を指差す。
「え、俺が倒したことになってんの?」
「はははははは! おもしれぇ! トワト! モゥト! お前らも親の仇だ、手ぇ抜くんじゃねぇぞ!」
ジゼルの声に、二頭の新生龍が声を上げ————。
————ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア。
大地を震わす轟音があたりに響き渡った。それは咆哮。炎龍のものよりもさらに大きな、圧倒的な力を持つ咆哮だった。
ジゼルも、伊丹も、ロゥリィも、加賀も、レレイもテュカもヤオも、皆が一斉に声の方向、火山の火口付近を見上げた。
そこには、
「おおっと、水龍様のお出ましだぜ」
青い鱗に全身を包み、口には水飛沫を湛えた巨大なドラゴンが飛んでいた。火口の周りを旋回するように、まるで、死んだ炎龍をその目で確かめようとするように。
ジゼルは一歩身を弾きながら、ピー! っと指笛を鳴らした。
それに呼応するかのように水龍はぐわぁと一つ鳴くと、伊丹たち目掛けて飛んできた。
「逃げるぞ!」
伊丹がロゥリィを、ヤオがレレイを抱えてその場から一目散に走り出す。山の斜面を転げおりるようにしてその場から逃げていく。
加賀も後を追う。零戦には、
「目標、青い鱗のドラゴン。牽制しつつ墜とされないように逃げ回ってください!」
そう指示を出して自身も逃げる。伊丹たちの後を追う。
すぐ後ろに水龍が迫る。チラリと振り返った加賀には、その口から今にもブレスが吐き出されそうなのが見えた。
このままじゃみんなやられてしまう。どうすればいい、どうすればこのドラゴンを止められ————。
直後、水龍の背中が爆発した。
◯
2条の筋となって飛来した空対空ミサイルが二発、水龍の背中に突き刺さった。続け様の突然の攻撃に水龍は地面へと追い落とされる。
そして一秒もしない間に、まるで蜂が飛んでいるかのような音があたりにこだました。
加賀は上を見上げた。走りながら、足を止めずにしっかりとその銀翼を両眼に捉えた。
航空自衛隊、ファントムからの攻撃だった。M61バルカン砲が火を吹いている。零戦の機銃よりもはるかに高い連射性能から繰り出される20mm機銃弾が、雨霰のように降り注いで水龍を地面に釘付けにする。
だがまだ水龍は生きている。降り続く弾丸の雨に脳を揺らされたのか、フラつきながら起きあがろうとその場でもがく。直後。
地面が爆発した。正確には爆発する弾が飛来してきて、水龍に直撃して猛煙を上げた。
155mm榴弾砲の雨が降った。地面を耕し、空気を爆震させ、水龍の鱗を弾き飛ばした。
続け様に降ってくる榴弾の他に、空から飛来するミサイルも含まれていた。
AH-1コブラから放たれた対戦車ミサイルである。榴弾によって引き裂かれた鱗に変わり、むき出しとなった肉へ向けて対戦車ミサイルが突き刺さる。爆炎。肉を散らし、骨を燃やし、先ほどまで形を成していた生態系の頂点は、ただの肉塊へと姿を変えた。
ジゼルは降り注ぐ土砂をかぶりながらその場に縮こまっていた。
「な、なんだこれ……どうなってやがる……水龍だぞ? あの水龍が一瞬で……?」
ジゼルの、生物としての本能が告げていた。このままここで戦うことはできないと。
水龍を一瞬で殺したのが誰の力なのか、初めはわからなかった。考えを巡らし、思考を熟し、導き出した答えは、
「あ、あのイタミとか呼ばれていた男か……炎龍をも倒したという、人間の力なのか…………」
震える声でそう呟いた。そうとなればもう戦ってなどいられない。新生龍なぞ粉微塵にされてしまう。まだ二匹とも生き残っているうちに退却せねば。
しかし、ジゼルはここで欲が出た。どうせ逃げるにしても、目標の一人くらいは捕まえて逃げたいと。
逃げていく伊丹たちを見る。集団の後ろ、少し離れたところを降りてゆく人影————加賀だった。
「トワト! あの女を捕まえてにげるぞ!」
トワトと呼ばれた赤い鱗の新生龍が一つ鳴くと、あたりに立ち込める煙を翼で払いながら加賀の元へ飛翔した。
ジゼルとモゥトも飛ぶ。伊丹たちを追いかけるようにして。
その様子を空から見ていた航空自衛隊機、ファントムは見逃さなかった。
水龍の死体を確認するのと同時に黒い鱗の龍を捕捉。ターゲットロック。
「フォックス2、ファイヤ!」
空対空ミサイルがモゥトの黒い鱗に直撃した。抜けてはいないがダメージはある。地面へと墜落した黒龍に、20mmバルカン砲を喰らわす。そして特科が射撃できるようロックした位置座標を送る。
水龍をミンチにした手順と同じ方法で、黒龍もまたミンチにされた。
ファントムは赤い鱗の龍も捉えていたが、
「赤い方は民間人が捕まっている! 撃つな!」
トワトは、ジゼルの命令通り加賀へと飛翔しその姿を捕らえていた。腕を伸ばし、走り逃げる加賀を後ろから掴み上げる。
「く! 離しなさい! この!」
「伊丹! 加賀が!」
抱き抱えられていたロゥリィからは、加賀が連れ去られている様子がよく見えた。しかし伊丹は足を止めない。ここで止まれば万が一にも自走砲の榴弾に巻き込まれるかもしれないからだ。
加賀はもがくも、深く突き立てられた爪が食い込んで離れない。地面から足が離れる。これはもう逃げ出せない。
力を振り絞って零戦に通信。自分もろとも赤い鱗の龍を撃てと司令を出すも、零戦は撃たなかった。
加賀に弾が当たることを、妖精さんは忌避したと見える。これでは連れ去られるのは必至。零戦の帰投ができなくなる。
加賀は、ファントムに続いて自衛隊基地へ帰投するよう零戦に指令をだした。
地面がどんどん離れる。食い込んだ爪が痛い。血も出ていることだろう。
トワトとジゼルは一目散に、伊丹たちとは反対方向へ逃げ出した。加賀を小脇に抱えて。
爆炎の煙と、巻き上げられた土煙が風に乗ってあたりから立ち消えたとき。
加賀の姿は、もうそこにはなかった。
◯
「暴れんじゃねぇぞ! 暴れたら落ちるぞ!」
ジゼルは空高く飛びながら加賀にそう叫んだ。
いまなおもがいて逃げ出そうとする加賀に釘を刺す。
「もうここまできたらお前は俺たちと来るしかねぇんだ。あきらめろ!」
「お断りします。だいたいどこに連れていく気ですか」
「はぁ? んなもんベルナーゴ神殿に決まってんだろ。お前を連れて来いって主上さんからの命令なんだからよ」
ハーディの元へはいずれ行くつもりであった加賀だが、まさか拉致されてその場に赴くとは思いもしなかった。
まだ準備が整っていない。だいたい何の用でハーディは自分を探しているのだろうか。見当もつかない。
加賀は、しかしこの食い込んだ爪はどうやっても抜け出せないと悟ったのか、もがくのをやめて体力を温存、しかるのちに逃げ出そうと心に決めるのであった。
「おい、まさかおまえまだ逃げようとしてんじゃねぇだろうな」
「さぁ? どうかしらね。逃がしてくれるのなら喜んで逃げるけど」
「ぜってぇ逃さねぇ」
見たことのない土地の上空を、加賀はいつになったら下ろしてくれるのだろうかと思いながら飛んでいくのであった。