ゲートと加賀さん   作:奥の手

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加賀とハーディ

 

龍の手に揺られること数時間。

徹夜で炎龍退治に赴いていたこともあってか、加賀の疲労度はマックスに達していた。食い込む爪は痛かったが、なれてくると腕の中で仮眠を取るまでになった。

 

ウトウトとしながら龍に拉致され連れてこられたそこは、ベルナーゴ神殿。一言で言い表すなら荘厳な雰囲気の巨大建造物だった。

 

石造の柱に支えられて豪奢な、しかし決して派手なわけではない天井が重くのしかかる。もう時間は昼時だというのに、内部への日の光はごく僅かしか取り入れておらず薄暗い。代わりに光といえば焚かれている松明くらいのものだった。

おそらくは魔法の類で燃えている松明を横目に見ながら、加賀はジゼルの後をついて神殿へと入っていった。

 

「逃げねぇのか?」

「今から艦載機を飛ばして逃げ切るよりも先にあなたに切られるでしょうからね。逃げ切れないわよ」

「殊勝な心がけだ。それでいい」

 

薄暗い神殿内部を歩いていく。何本もの柱で構成された廊下は、まるで同じ景色が延々と続いているかのようだった。これは一種の試練なのだろうか。

程なくして、神殿の最奥部と思われる場所に着いた。

人が乗っても壊れなさそうな祭壇が横たわっている。特に装飾らしい装飾はなく、何かの儀式に使うんだろうな程度の飾りしかない。

 

「ここで主上さんに会ってもらう。言っとくが神様だからな、失礼のないようにしろよ」

「知りません。勝手に連れて来ておいて、礼儀作法なんてあったものじゃないわ」

 

ジゼルはふんと鼻を鳴らし、何事か呪文を唱えた。すると祭壇の中央が淡く光ったかと思うと、次の瞬間には眩いばかりの閃光が加賀とジゼルを包み込んだ。

 

暖かさすら感じる光が弱まり、周りが見えるようになると、

 

「………………」

「…………んんーここに出るのも久しぶりねぇ」

 

祭壇に、女が立っていた。腰まで伸びた白銀の髪が揺れている。神々しい服飾に身を纏っており、確かに神様だと言われれば納得できる姿だった。

これ見よがしとばかりに伸びをして、一息つくと祭壇から降りて先ほどまで立っていた場所を椅子がわりにして座る。

 

「で、誰を連れて来たのかしら?」

 

目の前に現れた神様————ハーディは、頬杖をつきながらジゼルへと視線を投げた。

 

「はい、主上さんの言われていた魂の変質者です」

「あら、仕事が早いのね。それで、ロゥリィは?」

「引き続き、追っていくつもりだ…………です」

 

ジゼルは丁寧な言葉遣いに慣れていないのか、少々舌を噛みながらそう告げた。

 

「それじゃあ、あなたがエムロイのところの新しい亜神ね。名前は?」

「加賀といいます」

「そう、カガね。東方の部族みたいな名前ね」

「この世界の部族のことは知りません」

 

いいのよ別に、とハーディは手をあげて断った。

 

「遠路はるばるご苦労様、でいいのかしら」

「無理やり連れてこられた身ですので、何も準備などできておりませんが」

「いいのよいいのよ。貢物なんて信徒のもので十分。もういらないってくらいあるんだから」

「はぁ」

 

どこか掴みどころのない神様だなぁと思いながら、加賀は生返事を返す。

 

「それで、加賀と言ったわね。あなたを呼んだのには他でもない理由があるの」

「ええ、それをお聞かせ願えればと」

「単刀直入にいうわ」

 

こほんと、一つ咳払いをしたハーディは、両手を広げてにっこりと笑った。

 

「この世界から消えて欲しいのよ」

 

 

世界から消えてほしい。

神様にそんなことを言われたら、いかな加賀とて首を傾げながら何を言ってるんだこの人はと思わざるを得ない。実際小首を傾げるところまでやってしまった。

 

「消えて欲しいとは、死ねということですか?」

「まぁそうして魂を現世から離してくれてもいいんだけど、エムロイのやつが陞神させちゃったからできないのよねぇ」

「死ねない、ですもんね」

「そうよぉ。だから、あなたには異世界へ飛んでもらおうと思うの」

 

話がとんとん拍子に進む。つまり加賀は、この世界ではないどこかへ行ってくれということだった。

 

「理由を聞いてもいいかしら」

「簡単よ。あなたのような規格外の魂と存在を引き連れられてちゃ困るの。世界のバランスが崩れかねないわ」

「それはまた、壮大なスケールの話ですね」

 

加賀はなおも首を傾げた。いったい自分が何をしたというのだろうか。規格外の魂とは。そういえばエムロイも同じようなことを言っていた気がする。

 

「あなた、亜神以外の死なない存在を多数引き連れているわよね」

 

ハーディの質問にはたと加賀は考えた。そんなものを引き連れている覚えはないが。

そして少し考えて、まさかと思い至る。

 

「もしかして妖精さんのことでしょうか」

「妖精と呼んでいるのね。そのものたちは死なないし朽ち果てない存在よ。神託を受けた亜神でもないのに、そんなものが大量に世界に現れるとね、バランスが悪くなるの。やろうと思えば世界を滅ぼすこともできる力なのよ」

「そんなことをするつもりも、力もないと思いますが」

「あなた自身が亜神となった以上いつでもそれができる立場にあるの。そして、そんなことをされたら冥界は大混乱になるから、早いとこあなたには異世界にご退場願いたいわけ」

 

ハーディはふう、と一つ息を吐き、加賀をまっすぐに見た。

 

「別に抵抗してくれても構わないわ。その時は体をバラバラにして、五体を別々の世界へ放るから」

「随分と物騒ですね」

「拒否権がないって言ってるのよ。この世界のためでもあるの。追放されてちょうだい」

 

なるほど確かに、神様らしい言い分だなと加賀は思った。そしてそういうことならばと加賀は両手を打った。

 

「では、私の元いた世界へ返してください」

「元いた世界? どこのことよ」

「それは……あなたには、わかりかねるものなんですか?」

「何もしないままで探すのは無理よ。思うがままの世界に門を開けれるほど私は優しくないの。門を作る道具をあなたに託すから、自分で開いてみてはどうかしら」

「どうやって?」

「あなたの元いた世界の情景を強く思い、念じながら使えば門はその世界に開くはずよ」

「じゃあ、それで」

 

加賀はうなづく。しかしハーディはにんまりと笑うと、何か悪巧みをしているかのような表情になった。

 

「ただし、アイテムを渡すのには条件がいるわ」

「条件?」

「ええ、そうね。私を喜ばせてちょうだい」

 

なんとも自分勝手な神様だなと思った。人に追放されろ、行き先を選びたければ自分を喜ばせろと来た。身勝手な神ほど厄介なものはないなと加賀は内心でぼやいた。

 

「具体的に、どういったことを望みますか?」

「そうねぇ…………例えば、肉の喜びを感じさせてくれたらいいわね」

「肉の喜び……?」

 

加賀は考えた。どうやれと。神は実態を持たないらしい。千年の後に肉体を捨てて精神生物へとなる。そういうわけだから肉の喜びなどと言われても与えようがない。

ふと、加賀はそれならこれはどうかと考えた。

 

「あなた、誰かに乗り移ることは可能ですか?」

「ええ、できるわよ」

「乗り移って食事でもすれば満足ですか」

「そう……ねぇ……」

 

ハーディは少し考えたようだった。そして顔を上げると、

 

「肉の食事なんてもう何百年もしてないから、いいかもしれないわね。それで手を打ちましょう」

 

にっこりとハーディは笑う。加賀はそんなハーディを片手で制しながら、

 

「どうせなら、異世界の美味しい料理なんて如何かしら」

「異世界の?」

「ええ。今門が繋がっている先にある国の料理よ」

「へぇ、面白そうじゃない」

「アルヌスまで連れていってくれたら、私の体を貸してあげる。それでどうかしら」

「いいわよ。久しぶりの食事ね。楽しみにしているわ」

 

ハーディはそういうと祭壇へ戻り、

 

「そこにある石を依代にするから、アルヌスまで運んでちょうだい」

 

祭壇のすぐそばにある拳大の大きさの石を指差して、次の瞬間には淡い光とともに消えた。

 

「あれがハーディ…………」

「お前、主上さん相手によくそこまでつらつらと交渉できるな」

「何か不味かったかしら?」

「いんや。べつに」

 

ジゼルは腕を組みながらそっぽを向いた。そんなジゼルに加賀は声を掛ける。

 

「少し疲れたわ。どこか休めるところはないかしら」

「神官用の休憩室がある。そこで休め」

「随分と優しいじゃない。無理やり連れて来たくせに」

「うっせえ」

 

ジゼルの後についていくと、こじんまりとした部屋にベットとテーブル、椅子のみが置かれた小部屋へと案内された。

 

「二時間後に起こす。その後出発だ」

「わかったわ。アルヌスまではどうやっていくの。まさか歩いて?」

「んなわけあるか。お前、飛んだりできねぇのか」

「一応、艦載機に乗れば飛べるけど」

「あの鉄のトンボみてぇなやつか。いいぜ、お前はそれに乗って飛べ」

「わかったわよ」

 

拉致した割には、急に自由になったなぁと加賀は拍子抜けするのに任せてそのまま笑った。

扉が閉まる。

ベットに横になる。

 

これで、もしかすると元の世界へ帰れるかもしれない。後一歩のところまで来ているのかもしれない。

運命の神がいるとしたら、加賀に微笑んでくれていることだろう。加賀は見ず知らずのどこかの神様に礼を言った。

 

目を瞑ると、昨晩からの疲れがどっと押し寄せて来た。

ベッドに吸い付くようにして体が動かせなくなる。落ちるがままに任せて、加賀はすぐに眠りについた。

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