感想とかくれるともっと喜びますよ(ちらっ
村の入り口に立った時、初めに目に入ったのは少女の姿だった。
外で遊んでいたのだろうか、小さな人形のようなものを持って建物の前に立っている。
じっとこちらを見ている。民族的な装束で、ここが異世界であることをいやでも認識するような姿である。
加賀はにこりと笑ったつもりだったが、作り笑いなどできない性分からか、どこか引き攣った笑みになってしまったらしい。
少女は加賀の姿を見るや若干の怯えとほんの僅かな好奇心の目を向けたのち、そのまま家の中へと入っていってしまった。
第一次接触としてはいかがなものか。よもや幼い子供に引き攣った笑みを浮かべる異質者として大人に報告されていなければいいけど、などと考えていると、建物の中から若い女性が出てきた。先程の子供に手を引かれている。
子供がこちらを指差して何事か言う。こちらも挨拶をせねばなるまい。
「こんにちは、初めまして。加賀と申します。二、三尋ねたいことがあってこちらにお邪魔しております」
我ながら平然とした声だと思ったが、こちらの言葉を聞くや否や女性は訝しげな顔になった。
「〇〇〇〇」
「あ……」
言葉が通じない。女性は何か言ったが、何を言っているのかわからない。
続けて女性は何か言葉を発しながらこちらに近づいてくる。何を言っているのか相変わらずわからない。
「あの……すみません。言葉が通じないようですね」
言葉の壁が厚く隔たっているのを、加賀も、そして目の前の女性も気づいたらしい。
女性は子供の方に二、三伝えると、「その場で待ってくれ」」というようなジェスチャーをした。
加賀はうなづき、指示通りその場で待つ。子供が村の奥の方へ走っていき、数分すると幾分か歳をとった帽子の老人を連れてきた。
「〇〇〇〇〇〇」
何を言っているのかわからないが、顔は険しくない。笑顔とまではいかないが、必要以上にこちらを警戒している様子はない。
加賀は、
「もし、こちらの村で二、三日過ごさせていただければ幸いです」
と言いながら、近くに落ちていた石を手に取り、地面に絵を書いた。
棒人間がベッドに横たわる姿を描く。老人の方へ向き直り、ゆっくりと、
「この村で、過ごさせてください」
と伝える。
老人は地面の絵と加賀の顔を交互に見てから、何度かうなづき、加賀の手を取った。
ついてこい、と言う意味だろうか。加賀の手を一瞬握り、少し引いたのちに離した村長は、村の中へと歩き出した。
加賀もついていく。
こちらの意思は伝わっているのだろうか。
一抹の不安を抱えながら、加賀は帽子の老人の後をついて歩いた。
◯
結論から述べよう。
こちらの意図は伝わっていた。
加賀と初めて会った時に村を案内してくれた老人は、この村の中でも偉い人、とりわけ村長のような人であることがわかった。
村長に案内され、あまり人が使っていなさそうな部屋で二、三言告げられた時、ここに泊まって良いと言っているような気がした。
そのあと客間のようなところに通され、水と少しの料理を出された。
歓迎されている、ということだろうか。
加賀は拭いきれない不安を残しつつも、ひとまず水と料理に手をつける。
水は美味しく、料理もエスニックな風味のする郷土料理といった具合である。なんの肉かはわからないが肉を甘酸っぱいソースで絡めたものだった。
加賀は考えた。まずはこの世界の言語を覚えなければならないと。
ひとまず水を指さして、
「これはなんですか?」
と尋ねる。
帰ってきた言葉を繰り返し言いながら、水を指さす。
おそらく水という単語であるものを覚えた。
同じ容量で食べ物、衣服、ベッド、家などなど。そこらじゅうにあるものを村長に聞いて回った。
この世界でしばらくの間生きていくと決めたのだから、なんとしてでも覚えなければならない。
勉強なんて艦娘の訓練生時代以来だ。当時は海のこと、戦いのこと、兵装のことと座学がめっぽう多かったが、今こうして未知の言語を学んでみるとそれなりに面白いと思える自分がいた。
覚えなければ生きていけないという義務感もあるが、それを除いても言葉を習得していくのは楽しかった。
◯
早いもので三ヶ月がたった。
この村はコダ村というらしい。
原始的な農耕牧畜に狩猟生活、そして近隣都市との交易によって生活をなしている小さな村だ。
加賀はこの三ヶ月で、片言ながらこの世界の言語を覚えた。苦労はしたが楽しかったし、これからもまだまだ言葉を覚えるつもりでいる。
言葉が喋れるようになってから、私のことをどう思っているのかを村の住人から聞き出すことができた。
曰く、初めて見る乗り物に乗ってきた謎の女性。
曰く、帝国兵士のように弓を持っていたから、どこか異国の兵士だと思った。
曰く、困っているようなのでとりあえず村で面倒を見ることになった。
曰く、農作業も手伝ってくれるし、言葉も覚えようとしてくれているから助かっている。
曰く、いつまでいても構わないから、のんびりとこの村にいてほしい。
加賀は嬉しく思った。
見ず知らずの土地。情報も身よりも頼るべきところもない土地で、こうして暖かく迎えてくれるこの村に、感謝しても仕切れなかった。
この恩はいつか返すと胸に誓いながら、今日も加賀は言語習得と農作業をこなしていく。
◯
加賀は山積みにされた麻袋を指差しながら、異世界の言葉で質問する。
「これ、はこぶ? てつだう」
「おお、ありがとうカガさん! 助かるよ」
「いい。かまわない」
重そうな麻袋を軽々と持ち上げた加賀は、指定された場所へ荷物を運ぶ手伝いを始めた。
天気のいい昼下がりで、こんな日は零戦で空を飛べば気持ちがいいだろうにと思う。
この村へ来てから三ヶ月が経つが、実は来た時から一機も発艦させていない。飛ばす必要がないのと、説明がややこしいからという理由だ。
村の人のうち何人かは初めて会った日のことを覚えていて、零戦に乗る加賀の姿を見られている。
見られてはいるが、しつこく聞いてくるような人もいない。
加賀が話したがらないのだから何か訳ありだろうということで、零戦については聞いてくる人が誰もいなかった。加賀もそれでいいと思っている。
麻袋を一通り運び終えた加賀は、ふとなんとなく村の入り口の方を見た。
こんな天気のいい日だから、もしかしたら来客があるかもしれないなどと考えた。
街の方の交易商人とは何度か顔を合わせている。おいしいものを持ってきてくれるので、加賀は交易商人のことを気に入っている。
その時だった。
聴き慣れた、でもどこか懐かしくも思うエンジン音が村の入り口の方から聞こえた。
エンジン音?
「…………え?」
聞き間違いかと思う。
この世界にエンジンなぞ存在しないことは、この三ヶ月の生活でよく知っている。
ほとんどが馬車。稀に人力車。多くはそう言った前時代的な乗り物しかこの世界にはないはずである。
「なにかしら」
思わず久しぶりに日本語が漏れる。
村の入り口の方を恐る恐るのぞいてみると、そこにあったのは。
「…………!」
緑の車だった。三両。それは、どう見ても、加賀が元いた世界にもあった組織の車両。
つまり陸上自衛隊の車両に違いなかった。
「特派」と書かれたバンパーに目がいく。間違いない。日本の、自衛隊の、車両である。
中から数人の男女が降りてきた。手にはライフルのようなものを持っている。表情は————笑顔だった。
三ヶ月前の加賀がそうしたように、まるで友好的な関係であるかのように、自衛隊は村の住人と接触していた。
背筋に冷たいものが走る。
これはまずいのではないかと本能で警鐘が鳴らされる。
加賀は生粋の日本人である。艦娘になってから人並外れた訓練はしてきたが、これでも二十代の日本人で相違ない。
いまここで見つかれば、間違いなくややこしいことになる。最悪門の向こうへ強制連行されての勾留。門の向こうが艦娘のいる世界であれば軍法会議。そうでなくても街を爆撃した張本人として絶対に吊し上げられる。
まだ三ヶ月だ。門の向こうがどうなっているのかなど予想もしてなかったが、まさかこんなに早く日本からコンタクトを取ってくるとは思いもしなかった。まずい。非常にまずい。
加賀は自衛隊から見つからないように隠れようとした。
途中村の少女に見つかったので、
「わたし、みどりのひと、こわい。かくれる」
「そうなのカガさん? うんわかった、あっちにいれば見つからないと思うよ」
「ありがとう」
適当に取り繕って隠れ場所を探した。
ここで見つかるわけにはいかない。まだ元の世界————願わくは元の海域に戻る方法の、手がかりすらも掴めていないのだから。
悪あがきはまだ続けたい。
加賀は「どうか見つかりませんように」と日本語で呟きながら、村の裏手の物置小屋へと身を潜めるのであった。