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自衛隊は十五分ほど村長と話をしたのちに、どこかへと去っていったようだった。
加賀はホッと胸を撫で下ろしつつ、これからどうするか考える。
無論、この村にとどまるか、それとも別の場所へ逃げるか。
逃げるとなれば零戦を飛ばす必要がある。村人には思いっきり見られるし、説明も必要だろう。
そしてそれ以外にも重大な問題がある。
「燃料、どうしましょう」
艦載機の燃料には限りがある。補給しようにもこの世界に燃料はない。機体が損傷していないので幸いにもボーキサイトは必要ないが、燃料だけはどうにかする必要があった。
自衛隊から逃げるようにして飛んでいては、いつか燃料は尽きる。そうなれば身動きは取れないし、もし鎧集団のような敵が現れた時に何もできないままやられてしまう。それだけは避けねばならない。
燃料か、安全か。
燃料が尽きるまで逃げていてはそれこそ安全を失うことになる。かといって自衛隊に見つかれば日本に強制連行される。
「どうすればいいのかしら」
物置小屋から這い出てきて、加賀は腕を組みながらしばらく考え込んだ。
まだ結論を出すには時間がある。
自衛隊は高い確率で再びこの村を訪れるだろうが、それは今日明日の話ではないはずだ。
ならばどうするか考えつつ、今後のことを決めていこう。
加賀はそう考え、そしてそろそろお昼ご飯の時間ということに気がつき、村長の元へと歩き出した。
◯
村を去るか。それとも残って一か八か自衛隊に接触するか。
加賀は決められないまま二日の時間を過ごしていた。
どちらがいいかなんて到底決めかねる事態だ。燃料、拘束、燃料、拘束…………。
加賀はそのことで頭の中がいっぱいだった。
今日は農作業のない休息日。
目はとっくに覚めていたが、ベットから起き上がる気が失せていたのでそのまましばらく寝転がっていた。
「ん……?」
なにやら外が騒がしいような気がする。
ベットから体を起こし、身を置かせてもらっている小屋の外をのぞき見る。
村人が先を急ぐようにして走り回っている。
まだ朝も早い時間だ。早いと言っても午前九時くらいか。早くはないか。何かあったのだろうか?
などと考えながら、加賀は借りている寝巻きからいつもの服へと着替える。弓は置いたままにしとこうかと考えたが、外の騒がしさが気になる。
よもや敵襲? この村を襲うような存在といえば、野盗か。まさか。
いやでも明らかに騒がしい。村の住人が行ったり来たりしているし、何事か叫んでいる人もいる。
「なにかあったのかもしれません」
加賀は弓を持ち、外へ出た。そして右を見て、
「…………」
絶句した。固まった。指ひとつ動かすこともできないほどの衝撃が脳天から貫いた。
加賀の目に飛び込んできたのは、緑。
緑の軍服に身を包み、木製ストックの小銃を携え、今まさに水筒の水を飲もうとしていた一人の人間——日本人。自衛官と目があった。
「…………」
「や、やぁ。ごきげんいかが」
自衛官は水筒を飲む手を止め、異世界の言葉で挨拶をしてきた。片言の、ちょうど加賀と同じような異世界語だった。
加賀は高速で考えた。脳が熱くなるのを感じながらこれからどうするか必死に考える。
選択肢は3つ。
このまま何も言わず走り去るか、このまま異世界の住人として異世界語で応対するか、それとも全てを諦めて潔く日本語で全てを曝け出すか。
どうするか。どうすれば良いか。どうするのが最善か。
今から零戦を飛ばして逃げれるのか? 無理じゃないか? もうすでにこの村には自衛隊が来ている。
自衛隊がいるから村が騒がしいのか、それとも別の理由なのかはわからないがこの際それはもうどうでもいい。
どうする。どうすれば————。
固まったまま必死に考える加賀の姿を見た自衛官は、何かに気づき、そして驚愕の表情になった。
震える声で、驚きをまるで隠せない様子で、自衛官は加賀を指差した。
「な、なんで……加賀さんのコスプレしてんすか?」
日本語だった。
加賀さん……?
私のことを知っている……?? でもコスプレって、今、この自衛官コスプレって言ったわよね。
加賀は混乱する頭で、しかしもうどうにもできない状況であると腹を括り始めた。
私のことを知っている。異世界人のふりはできない。今から逃げて零戦を飛ばすこともできない。
潔く、この場で正体を明かそう。
短い悪あがきだったなぁと加賀は内心で思いながら、踵をつけ、背筋を伸ばし、敬礼をひとつ。
もうバレているのだから、堂々としていよう。
「はい。横須賀鎮守府、第一艦隊所属。一航戦加賀です——あなたは?」
「え……あ、はい、え……加賀ってマジ? あぁいや、そうじゃないな、その俺は……」
自衛官の顔を見る。
そこまで驚くことだろうか。自衛官はしどろもどろに成りながらも手を差し出してきた。握手だろう。
「俺の名前は伊丹耀司。第3偵察隊隊長ってことになってる。…………なぁ、加賀って、マジであの加賀なの?」
「なんのことでしょうか」
日本語で返しながら、一応手だけは握り返しておく。
「ほら、だって見た目とかそっくりだし。あの……艦隊これくしょんの、加賀なのか?」
◯
伊丹の言葉に、加賀は空いた口が塞がらなかった。
「だから、そのな、君は俺たちのいる世界……日本のゲームに出てくるんだよ」
「ゲーム……そんなバカなこと、信じられません」
「本当なんだって。ゲームの世界から出てきた、ように見える。加賀さんが本物だったらの話だけど」
加賀は頭が痛くなってきた。
よもや、海域から突然放り出されたのは艦娘のいない世界の日本————どころか、私たちの世界がゲームになっていると、目の前の男、伊丹は言うのである。
「本当なのですか?」
「本当だよ。正規空母加賀。間違いない。君とそっくりなキャラクターがいる」
「…………その、私がコスプレをしているという可能性は捨てきれませんよね」
「それなんだけど、本物なんでしょ? 目を見ればわかるよ。戦ってきた者の目って感じだもん。それに」
「それに?」
伊丹は水筒の水を一口飲んでから、続けた。
「コスプレをした一般人がコダ村にいるって状況の方が信じ難い。まだ異世界との門が繋がって、艦これの世界から加賀さんがきちゃった、って方が俺としては信憑性が持てるわけ」
「そう、ですか」
「なぁ、銀座で零戦飛ばしてたのって、やっぱり加賀さんだったりするの?」
「銀座? あぁ、あの街は銀座だったのですか————はい、だと思います。鎧兵士に向かって攻撃していたのは、私です」
「なーるほどな」
伊丹は一人合点がいったようにうなづいた。
加賀は伊丹の方へ向いて、今後自分がどうなるのか、最も気になる部分を質問した。
「今後? あーそりゃ、とりあえず一旦アルヌスには来てもらうよ。保護って形でね」
「連行、ではないのですか?」
「え? なんか悪いことしたの?」
「銀座を爆撃しています」
「あー、それ、一応有耶無耶になってるみたいなんだわ。ニュースとかでも一切触れられてないし。半分なかったことになってるよ」
「そ、そんなことありますか?」
「自衛隊が到着するまでの間、明らかに民間人を守るように飛んでたし、爆撃の被害も民間人には出てないってことになってるからね。実害が出てないんじゃ事件性もないし、何より現場は混乱してた。目撃者も少なすぎるしで、零戦云々は自衛隊内のうわさ話程度にしかなってないよ」
「そんな、簡単な話ですか?」
「簡単なんだよ。そういうことになってる。詳しい情報を知りたがってる人もいるから、まぁ協力してくれれば助かる。身柄拘束とか、そういうの気にしてるんだったら一切合切大丈夫だよ」
伊丹の言葉は信じるに値するのだろうか。
加賀は少しの間考え、それは、もう加賀にはどうしようもないことだと気が付き、伊丹の言葉————大丈夫という言葉に、乗っかることにした。
「ただねぇ」
「?」
「このままアルヌスに帰りたいってのはやまやまなんだけど…………ほら、こんな状況だからね」
「そういえば、なぜ村の住人はこんなにも慌てているのですか?」
「炎龍ってのがいるんだよ。ドラゴン。スッゲーでかいの」
「炎龍……?」
「そう。んで、そいつがエルフの集落襲って、人の味覚えちゃったから村ごと逃げ出す準備をしてんの」
「村ごと? じゃあ、村を捨てるということですか?」
「そうせざるを得ないんだって」
炎龍。そんなものはこの三ヶ月で聞いたこともなかった。村を捨てなければならないほどの災厄とは、いったいどれほどのものなのか。加賀には想像が難しかった。
「ひとまず、自衛隊が村人の避難に手を貸す手筈になってるから、加賀さんもついてきてよ」
「わかりました。準備します」
「よろしくねー」
ひらひらと手を振る伊丹を横目に、加賀は内心で大変なことになったぞと焦りながらも、表情には出さずに小屋へと戻った。
私物なんてほんの少ししかない。艤装くらいだ。
「炎龍…………」
村を捨てるほどの敵。逃げるしかないというのであれば、加賀もそうするしかない。
自衛隊との接触を果たした。思っていたよりも平穏な接触だったし、拘束される心配もないと伊丹は言う。真偽はともかく、もうこうなっては信じるより他はない。
加賀はゲームの世界から来たのだと、伊丹は言った。ややこしい。ややこしすぎる。
加賀はあくまで、その、艦隊これくしょんというゲームの登場人物で、そこから日本へ、そして異世界へ来たと。
「まさか、私たちの世界がゲームになっているなんて」
考えれば考えるほど頭がおかしくなりそうだ。おかしなことが身に起きすぎているが、今日のこの体験ほどおかしなものもないだろう。
まぁ、しかし想定していた中で最悪の事態は避けられたと喜ぶべきか。つまりあの門はワープしただけで、艦娘のいる世界で、自分は軍規違反を犯しながら銀座の街を爆撃していた————という事態だけは避けられた。運が良かった。
本格的に元の世界へ帰る方法を探さなければならない状況になっているとも言えるが。
加賀は撫で下ろしていいものか迷いながらもとりあえず息をつき、それから荷物をまとめにかかった。
逃避行がはじまる。炎龍とやらがどのようなものかは知らないが、村のみんなが逃げるのなら私もそれについて行く。それしかない。
少ない荷物をまとめた加賀は、伊丹の元へと向かうのであった。