おかげさまで日刊ランキングに載ってました。やったぜ。
「自分、倉田って言います! よろしくお願いします!!」
鼻息荒く自己紹介をする倉田三等陸曹に、加賀はあくまでクールな表情で「よろしくお願いします」とだけ応えた。
「隊長!加賀さんすよ加賀さん! まさかほんとにゲームの世界から現れるなんて! くーっ異世界半端ねぇっす!」
「ゲームの世界からったって、望んでこっちにきたわけじゃねぇだろうからな。丁重にもてなせよ」
「了解っす!」
伊丹の言葉、丁重の意味を果たしてどれだけ理解しているのか怪しいところだったが、とりあえず自衛隊の面々へ向けての加賀の紹介は穏便に終わった。
加賀は伊丹の方へ顔を向けながら、いつもの落ち着いた声音で訊く。
「これからどちらへ行くのですか?」
「決まってないんだよね。強いて言えば炎龍が来ないところまで逃げるって感じ」
「それって、何日もかけてただ逃げ続けるってことですか?」
「そうらしいよ……逃避行ってのはつらいねぇ」
何処か他人事のようにいう伊丹であったが、第三偵察隊はこの逃避行を援助するという方針でいる。他人事では済まないのは、加賀も承知していた。
お世話になった村の危機でもある。自分にできることならなんでもすると言った様子で、加賀も手伝う旨を話した。
「おーけー。そいじゃあ高機動車に乗って、加賀さんも。出発しよう」
オリーブドラブに塗装された高機動車両に自衛隊員と加賀は乗り込み、コダ村の住人たち一行は村を出発した。
終わりの見えない、逃避行の始まりである。
◯
村を出てからというもの問題続きだった。
荷物を積みすぎた馬車の車軸が折れて道を塞いで渋滞になったり、近くで脳震盪を起こした子供と、現地住民に馬が覆い被さろうとしたり。
それを自衛隊が小銃を撃つことで馬を跳ね除けたり。
はたまた馬車がぬかるみにハマって動けなくなったり。それを自衛隊、加賀とコダ村住民が力を合わせて脱出したり。
逃避行1日目から、数多くの問題を孕んでいた。
もとよりアテのない旅にも関わらず、住民は持てるだけの荷物しかない。持てるだけの荷物というのは、すなわち生きて行くために必要な水、食料を含んでいる。それが、たとえば馬車が壊れて使い物にならなくなったと言えば、もうそれだけで死刑宣告にも近いのである。
背負えるだけの荷物というのにも限りがある。いつ終わるのかわからない旅を、満足に水も食料もない状態で、住民たちは逃げて行くしかない。
逃避行2日目から、脱落者が出始めた。歩けなくなったもの。子供、老人、身重の女性。それらの人々を、自衛隊は高機動車の荷台に乗せて行った。
大人十人は乗れるほどの広さがある荷台であるから、いくらかは乗せられた。しかし、動けなくなった人全員を乗せることはできない。
脱落者、落伍者は増えて行く一方で、逃避行の列はすでに縦に伸び切り、長蛇の列となっていた。
加賀は、脱落し、歩けなくなっていく村の住民を見て心を痛めた。どうにかして連れていけないのかと伊丹に聞いても、
「車両の増援は呼べないんだよねぇ」
と返される。
「なぜですか? 自衛隊の輸送車両一つあるだけでも、動けなくなった人を大勢運べます」
「ここ、フロントライン超えてんの。俺たちくらいの小規模なもんだったら敵さんも見逃してくれるだろうけど、輸送車とか、大きくなっちゃうと敵も動き出すかもしれないじゃない。そうなれば偶発的な戦闘、広がる戦火、巻き込まれる住人たち。想像しただけでも嫌になるよ」
「そう、ですか……」
伊丹の言っていることは理にかなっている。これ以上の増援は望めない。
伊丹は言葉を続けた。
「だから俺たちが手を貸すの。少人数ならこの車にも乗せれるし、馬車がぬかるみにハマったくらいなら俺たちも助ける。今できることはそれしかないからね」
「なぜ、と聞いてもいいですか」
「なんで助けるのかって?」
「そうです。自衛隊は、何が目的でコダ村の住民を助けるのですか」
そうだねぇ、と伊丹は後ろ頭をかきながら応えた。
「俺たちに降ってる命令ね、現地住民とコンタクトを取って、仲良くしてきてくれって命令なの」
「なるほど。友好関係を築いてこいと」
「そういうこと。だから助けるの。困ってる人がいたら助ける、人道的でしょ?」
「そうですね」
今できる力で精一杯手助けをする。それが今の、この自衛隊の人たちの成そうとしていることだった。
◯
逃避行3日目。
前方にカラスが見えた。かなりの数が集まっている。
倉田は双眼鏡と手に取りながら車両を止める。
「なんですかね、隊長」
「なんだろうな……ん? あれは!」
ゴスロリだ! という伊丹の言葉に、倉田も双眼鏡を急いで覗く。
「ほんとですね! ゴスロリじゃないですか」
「なんでこんなところに……いや、というかなんでこっち見てんだ」
双眼鏡を置きながら、伊丹は一応警戒するよう隊員たちに呼びかける。少女は身の丈よりの長い巨大なハルバードを持っていた。
すると、高機動車に乗っていた子供のうちの何人かが荷台から飛び降りて、ゴスロリ少女の元へ駆けて行った。子供たちは笑顔だった。
コダ村の住民のうち何人かも、まるで祈りを捧げるようにして膝をついていた。
「祈ってるってことは、何か宗教的な意味があるのかもな」
伊丹はひとりごちながら、近づいてくるゴスロリ少女に挨拶をする。しかし、伝わっていないのかそれとも聞こえていないのか、少女からの返答はなかった。
ゴスロリ少女は高機動車の助手席側、ちょうど伊丹の座っている側で車両をジロジロと見ている。
「ねぇ、あなたたちはどこからいらして、どちらへいかれるのかしらぁ?」
甘ったるいような声だった。伊丹は少女がなんて言ったのか、瞬時に聞き取ることができなかった。
運転席と助手席の間に立っていた加賀には、かろうじて少女の言葉がわかる。
「どこへいくのか、と聞いています。私が受け答えしましょうか」
「あぁ、通訳できる? 助かるわ」
しかし少女の問いに応えたのは、少女の周りにいる子供たちだった。
「コダ村からだよ! 炎龍が出たから逃げてんの」
「へぇ〜。この変な格好の人たちはぁ?」
「よく知らないけど助けてくれるんだ。いい人たちだよ」
「無理矢理連れて行かれているわけじゃないのねぇ?」
「そうだよ!」
現地住民同士のハイスピードな会話に、加賀も苦労しながらなんとか和訳して伊丹に伝える。
伊丹も異世界語を記した単語帳を片手に、少女と子供達の会話が途切れるのを待った。伊丹自身がコンタクトを取って、この少女が何者なのか、どこへ行こうとしているのかくらいは聞き出したいと思った。
しかしなかなか会話は途切れない。
「これ、どうやって動いているのかしらぁ?」
「僕も知りたいんだけど、どうやって動いてるのかわからないんだ。言葉通じないし……あ、でも、乗り心地は荷車よりずっといいよ!」
「へぇ、乗り心地がいいのぉ」
ゴスロリ少女が、伊丹の方を見た。何かよからぬことをこれからしよう、というような目だった。
「私も感じてみたいわぁ、これの乗・り・心・地♡」
加賀は通訳する。
「乗ってみたい、と言っているわ」
「はぁ? え、ここにか?」
と伊丹が狼狽えている間に、ゴスロリ少女は助手席へと乗り込んできた。狭い車内に巨大なハルバードを放り出して、伊丹の膝の上に座る。
「うわ、ちょ! 降りろって」
「うふふふ」
「な! やめろ! 小銃に触るな!」
「あらぁ〜、ふふふ」
「やめ、降りろって、おい!」
「隊長羨ましいっす!」
「馬鹿なこと言ってないでおろしてくれ! あ、おいそこ触んな! おい!」
伊丹とゴスロリ少女の格闘は数分続いたが、伊丹の座っている席の半分を譲るという形で落ち着いた。
◯
「なんか、雰囲気変わってきましたね」
高機動車を運転する倉田は、そんなことを呟いた。
窓の外に見える景色は、確かに雰囲気が変わっていた。それまで続いていた草原と土を踏み固めた道から一変、切り立った岩と荒れた大地が広がっている。荒野、とでも呼ぶのにふさわしかった。
「ロチの丘、というそうですよ」
車内の子供が話している内容を聞き取って、加賀は伊丹に伝える。
伊丹は自衛隊の後ろに続いて歩いている長蛇の列に目をやり、ため息をつきながら前を向いた。
加賀も伊丹と同じように長蛇の列に目をやる。
「そろそろどっかで休憩挟まないとなぁ」
「コダ村からもだいぶ離れましたね」
「そうだな。ここらで逃避行は終わりーってなって欲しいんだけどなぁ」
伊丹は空を見上げた。雲ひとつない青空だが、太陽の照りつけは激しいものだった。
さんさんと降り注ぐ陽光に目を細めながら、
「こっちの太陽、日本より暑くねぇか……?」
とひとりごちる。その時だった。
一瞬、太陽が何かに隠れ、あたりに影が落ちた。初めは雲に太陽が隠れたのかと思ったが、太陽を隠した張本人はすぐにその姿を現した。
土煙。羽ばたく風の音。咆哮一発。大地が震えるような鳴き声を撒き散らしたのち、それ————炎龍は、炎を吐いた。
まるでそれが当たり前のことかのように吐き出された炎が、一瞬にして逃避行を続けてきた列の中腹を焼き払う。
燃える荷車。逃げ出す人々。泣き叫ぶ子供と、その子供を庇うようにして覆い被さる大人に、無常にも火の手が上がる。
「ッ! 総員、戦闘用意!」
伊丹が無線機に怒鳴りつけたのと、車両が急加速をしたのは同時だった。
炎龍の方へ向かって近づいていく。窓の外に、逃げ惑う人々が映し出される。
加賀は絶句した。
これまでみてきたどのような深海棲艦よりも大きい敵。体の底から襲ってくるような恐怖感が、脳天から突き抜けていく。
己の両手を見る。震えていた。窓の外を見る。子供が一人、逃げ遅れていた。
炎龍はその子供に向かって、首をもたげ、喉を鳴らし、灼熱のブレスをあたりに巻いた。
子供が————。
「よくも…………よくも、やりましたね」
両手の震えは恐怖か。否、それとは全く異なるもの。
怒りだった。加賀ははらわたが煮え繰り返るような思いで外を凝視し、そして車両後方のドアを開いた。
自衛隊が炎龍に向けて攻撃を開始した。手に持っている小銃から無数の弾丸が吐き出されている。横を走る軽装甲機動車に備え付けられている重機関銃も火を吹いている。しかし効かないのか、炎龍は嫌がる素振りすら見せずこちらを睨んでいる。
「第一次攻撃隊、発艦してください!」
零式艦戦52型の矢を番えて、解き放つ。飛び立った零戦のサイズを変更、実機サイズにして3機が上空へ飛び立った。
そのまま蜻蛉返りして炎龍の方へ機首を向ける。
「目標、炎龍! 目標、炎龍! 撃て!」
加賀の号令に合わせて20mm弾が叩き込まれる。炎龍は————。
「効いて、ない……ッ!」
弾は貫通せず弾かれたようである。伊丹の方に振り返る。
「このままじゃコダ村のみんなが!」
「わかってる! くっそ、どうすれば……」
小銃を撃ち続けながら打開策を考える伊丹の元に、一人の少女が駆け寄った。
一糸纏わず駆け出したその少女は、炎龍に襲われた森の集落、その生存者だった。
透き通るような金髪を振り乱しながら、少女は伊丹に目を指差して何事か叫ぶ。
何度も同じ単語を叫ぶ。伊丹ははっと気がつき、
「総員、目を狙え!」
無線機に声を叩きつける。小銃が、重機関銃が、炎龍の目に照準、一斉射。
加賀も妖精へ指示を飛ばす。
狙いは炎龍の目。的は小さいがしのごの言ってられない。
果たして零戦は翻って機首を向け、炎龍の目に向けて20mmを叩き込んだ。一発も当たらないが炎龍は身を捩り、嫌がる素振りを見せた。
「効いてます! 伊丹さん、そのまま目に攻撃を」
「わかってら! 撃て撃て撃て!」
自衛隊と零戦の機銃攻撃に炎龍は動きを止める。やるなら今だ。
加賀は99艦爆を発艦させた。宙を舞い、上空へ向けて高度を稼いだ艦爆は一気に反転して炎龍の元へと垂直降下する。
加賀は当たれと祈りながら、次の矢を番る。当たらなかったら次がある。舐めるなよドラゴン。こっちは備えがいくらでもあるぞ。
急降下爆撃。レシプロ機の低い音があたりに撒き散らされながら、中空で爆弾を分離。
三発の爆弾が立て続けに炎龍を襲った。しかし。
「直撃弾なし! 第三次攻撃隊、発艦してください」
炎龍は目を狙われたことに腹を立てたのか、動きが激しくなった。爆撃はそれて地面を穿ち、炎龍の周りに土煙と爆煙を作るだけにとどまった。
その様子を見ながら伊丹が次の指令を出す。
「勝本! パンツァーファウスト!」
指示を受けた軽装甲機動車の乗員が110mm個人携帯対戦車弾を持ち出した。
加賀は第四次攻撃隊に零戦を選択。機銃での釘付けを目指す。
零戦の機銃が、小銃が、再び炎龍の目に目掛けて放たれる。炎龍は横へ逃げようともがきながら、羽を伸ばし、飛びあがろうとする。
「させません!爆撃を開始してください!」
高度を確保した第三次攻撃隊が垂直降下。羽を広げた炎龍に向かって爆弾を落とす。あたりに轟音が響き、炎龍の動きが止まる。
「今だ! 勝本!」
伊丹の指示とほぼ同時にパンツァーファウストが放たれる。しかし移動しながらの人力照準。おまけに荒野ゆえに車両は跳ね、狙いが外れてしまった。
「外れるぞー!」
伊丹の声が響くのと、加賀が開け放ったドアからゴスロリの少女が飛び出したのはほぼ同時だった。
車の屋根に飛ぶや否やハルバードを投擲。回転しながらハルバードは猛烈な勢いで炎龍の足元に刺さり、地面を隆起させた。
炎龍のバランスが崩れる。パンツァーファウストの弾は吸い込まれるようにして炎龍の左腕に着弾。
猛然とした煙と激しい爆発音と共に、文字通り炎龍の左腕を吹き飛ばした。
炎龍の断末魔のような咆哮が耳を裂く。思わず加賀は耳を塞ぎながらも、第五次攻撃隊、99艦爆を急いで発艦させた。
実機サイズになって高度を稼ぎ始めたが、しかし炎龍も飛び上がる。釘付けにしようと零戦の妖精が羽に向かって機銃を撃っているが弾かれている。
そのまま炎龍が飛び立つ。後を追い立てるように零戦が二機、機銃をばら撒きながら飛んでいるが、加賀の「帰投してください」の指令で撃つのをやめた。
高機動車が停車する。加賀は地面に降り立ち、艦載機を全機ミニチュアサイズに戻してから、腕の飛行甲板に着艦、収容していった。
「終わった、んすかね」
「みたいだな」
倉田の言葉に伊丹は胸を撫で下ろしながらそう返す。
倉田は後ろを振り返り、次々と艦載機を収容していく加賀を見て、
「ああやって発着艦させるんすね。間近で見るとすげぇっす」
「加賀さんがいて助かったよ。動き止められなかったらパンツァーファウスト当たらなかったし」
「爆撃も、あれ直撃してたら倒せてたんじゃないすか?」
「かもな。でも当てるの難しいんだろうよ」
加賀は全機の収容を終え、あたりを見回した。
燃える馬車。倒れた人々。もう助からない傷を負った男性。泣き崩れる女性。呆然と立ち尽くす子供の姿。
「守りきれなかった……」
拳を握る手に力が込められる。守れなかった。仕留められなかった。後に残るのは悔しさだった。
もっと早く艦爆を発艦させていたら。もっと正確に爆撃ができていたら。もっと————。
あとからあとから、どうしようもない自責の念に押しつぶされて、加賀は胸の前で手を握った。
コダ村避難民を襲った炎龍の被害は、死者百名を超えていた。