ゲートと加賀さん   作:奥の手

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加賀とアルヌスの丘

 

コダ村住民のうち、生き残ったものたちが取れる選択肢は3つだった。

一つ目は近隣の町や村に住む親戚、知り合いを訪ねるもの。これはかなり幸運な方で、いく宛があるというただそれだけで恵まれていた。

二つ目は、知り合いのいない町で頑張って暮らしていくこと。住民の大半がこれになる。知り合いもいない、ツテもない場所で一からやって行かなければならない。途方もないことであるが、炎龍の襲撃があったにもかかわらず生き残れたという、ただそれだけでも十分に幸福だと住民は口々に笑った。

 

三つ目。怪我人や親を亡くした子供達については、これをどうするかと少しの間議論された。

村人たちの出した結論は「置いていく」だった。そしてそれを聞いた自衛隊の出した提案は「連れていく」だった。

自衛隊の本拠地、アルヌスの丘まで連れていく。伊丹の出した結論だった。

 

加賀は埋葬された多くの犠牲者を弔いながら、なぜもっと被害が抑えられなかったのかと悔やんだ。

まだなんとかできたはずだと。もっと多くを守れたはずだと。自分は一航戦、正規空母加賀だ。延数九十八機の艦載機を飛ばせる航空戦力の持ち主なのだ。同じ空を飛ぶドラゴンを相手にして、このザマとは一体どうしたものか。

 

加賀の表情は沈んでいた。守れなかったものがあまりにも多すぎる。自分の不甲斐なさに苛立ちすら覚える。

そんな様子の加賀に、伊丹は優しく声をかけた。

 

「加賀さんのせいじゃありませんよ」

「…………」

「ドラゴンは強かった。キャリバーも小銃も効かない。零戦の機銃だってものともしない。そんな中でこれだけの人数を守ったんだ」

「百人以上、守れませんでした」

「それはそうだけど、そう考えるのはよくないと思うよ」

「…………?」

「守れなかったものより、守れたもの見る方が救われるでしょ。人間の両手は自分が思っているよりも小さいってことよ」

 

伊丹の言葉に、加賀は少しだけハッとした。救われたような気がした。

 

「なんかポエムみたいっすね隊長!」

 

倉田の茶化す言葉に、伊丹は「うっせー」とだけ返していた。

 

荒野の夜。辺りは柴色の柔らかな光に包まれている。妖精の仕業か、はたまたこの世界特有の現象か。

自衛隊はコダ村の住民を送り出したのち、アルヌスへと帰還したのであった。

 

 

アルヌスへ帰投した一行のうち、加賀の扱いをどうするのか、という問題があった。

伊丹が連れ帰った総勢二十五名の怪我人、子供、お年寄りだが、これは難民受け入れということで片がついた。人道上の配慮から難民を保護、観察し支援していくという方針で固まった。

 

ところがこの難民の中に加賀は含まれていない。明らかに日本人の出立ちでありながら、その出どころは異世界の住民であるから、自衛隊としては扱いに困った。もっというならばゲームの中の住民である。そんなものをどうしようと考えてもなかなか結論は出なかった。

結論は出ないが加賀だって人間である。艦娘という特殊な職業についているだけの二十代の女性にすぎない。

飯も食うし睡眠もとる。その必要がある。ゆえに加賀の扱いは保留ということになり、一時的に避難民と同等に扱うということになった。

つまり、コダ村避難民と共に暮らしていくということである。加賀もそれで異存はないと、内心で喜んだ。

一度本国に引き渡すかという話も出たが、加賀は異世界————自衛隊の言う特地の言葉を理解している。貴重な通訳を本国に送ってしまうのはもったいないと言うことで、このような結果になったのである。

 

さて、そんな加賀の暮らしであるがそれはもう悠々自適と言ったものだった。アルヌスについてからの数日はテントでの生活であったが、しばらくすると丘から二キロほど離れたところに避難民の居住区が建てられた。プレハブ建てで電気ガス水道も通っていないようなものだったが、それはコダ村での暮らしと大差なかったので加賀は何も負担に思わなかった。

食事も不足なく出てくる。空母艦娘としてはもっと量があってもいいけれど、などと考えた日もあったが、腹八分目は大切である。

衣食住。自衛隊の提供するそれらは不足なく満足のいくものであった。

 

それから加賀は自衛隊に通訳として協力すると言う旨も伝えた。必要があれば呼んでほしい、その代わりと言ってはなんだが、加賀は、この世界に来てからの懸念であった補給。すなわち燃料と弾薬の補給ができないかと問うた。

返ってきた答えは「燃料なら分けれるが弾薬は無理」と言うものだった。そもそも零式艦戦52型に搭載されている20ミリ機銃弾の弾格が自衛隊には取り扱いがない。もちろん99艦爆の爆装も取り扱いがないからどうしようもない。

 

加賀は兵装の補給ができないのは致し方ないとして、通訳の仕事の対価として燃料だけ譲ってもらえるように取り付けた。

 

 

今日はいい日である。なぜかって、このアルヌスの丘に風呂ができたのである。

加賀は内心でワクワクするのを抑えられないと言った様子で、浴場へと赴き、脱衣所で服を脱ぎ、一目さんに風呂へと浸かった。

 

「ふー…………極楽です」

 

風呂に入るのは何ヶ月ぶりか。体を湿らせたタオルで拭くだけだったこれまでの生活に、新たに入浴が加わるだけで生活の質が爆上がりしたように思える。

 

お湯を手に取り顔に当てる。バシャバシャと何度か顔を流して、再び肩まで浸かる。

体の芯からぽかぽかと暖かくなっていくのを感じる。気持ちいい。大変気持ちいい。

 

「あらぁ、先客がいたのねぇ」

 

そんな声と共に入ってきたのはゴスロリの神官————ロゥリィ・マーキュリーだった。異世界語であるが加賀はすんなりと理解できた。

 

加賀の隣へちゃぽんと浸かる。一瞬身震いして、それから気持ちよさそうに肩まで浸かった。

 

「あなたぁ、前から聞こうと思っていたのだけど、異世界の人なのぉ?」

「ええ、そうよ。私は異世界の住人」

 

隠すことでもないのでそう答える。

 

「伊丹たちのいる“ニホン”ってところぉ?」

「少し違うわ。門の向こうに繋がってる世界とは別のところから来たの」

「へぇー。大変ねぇ」

「そうでもないわ。みんなよくしてくれる」

 

ロゥリィはパシャリとお湯で顔を流すと、加賀の目を覗き込みながら話を続けた。

 

「あなたも戦士なのぉ? ほら、鉄のトンボを出していたじゃない」

「艦載機のこと? えぇ、まぁ戦士といえば戦士ね。艦娘っていうのよ」

「カンムス、ねぇ。異国の戦士には興味があるわぁ。それも女なんてぇ」

「艦娘は女しかなれないわ。あなたの言葉で言うなら女戦士の集まりよ」

「強いのぉ?」

「どうかしら。私たちは海の上で戦うの。本来陸では戦わないのよ」

「へぇ〜」

 

妖艶な笑みを浮かべながら何度か頷いたロゥリィは、そういえば、と言うような顔をしてから加賀に話しかける。

 

「あなたぁ、向こうの言葉とこっちの言葉、両方使えるのよねぇ」

「勉強したから。今は自衛隊の通訳として働いてるわ」

「向こうの世界のことはよく知ってるのぉ?」

「残念ながら、私のいた世界と似てはいるけど違う世界だもの。よく知らない、と答えた方が無難になるわね」

「そう、残念」

「何か聞きたいことでもあったの?」

「ジエイタイがなんなのかとかぁ、向こうの世界がどうなっているのかとかぁ、いろいろ教えてほしいことは山積みよぉ」

「伊丹に聞けばいい」

「言葉通じないんだものぉ」

「じゃあ、今度私が通訳をして、質問会でも開きましょうか」

「それはいいアイデアねぇ。ワクワクするわぁ」

 

それからも他愛もない話は続き、二人はのぼせる直前まで風呂に浸かっていた。

 

 

今日もよく晴れている。こんな日は零戦で飛べたら気持ちがいいのにと思う反面、ここ、アルヌスで飛ばしていいものかという疑問もあった。

許可をとれば飛ばせるかもしれない。今からでも伊丹に聞いてみようと思い立ち、朝飯を食べ終えた加賀は避難民の居住地区から自衛隊の駐屯地へ行く用意をしようと思い立った。

ここから二キロ。

歩いていくにはちょっとした散歩になるが、なんせ艦娘として活動していた頃より運動量は落ちている。これでは体力の低下も懸念されると思い、加賀は一昨日くらいからランニングを開始していた。

今日は駐屯地までのランニングにしよう。往復四キロ。ちょうどいいだろう。

 

用意をし終えて、それではいざゆかんと言う時に、声をかけられた。

 

「加賀、ちょっといいか」

 

振り返ると、そこにはレレイ・ラ・レレーナが立っていた。

 

「なにかしら」

「単刀直入にいうと、私に日本語を教えてほしい」

 

いきなり本題から入ってきた。日本語を教えてほしい。なんだそんなことかと加賀は思った。

 

「いいわよ。何かわからないことがあったの?」

「何もかもわからない。わからないことが多すぎるから、加賀に助けを求めている」

「それは…………ええ、わかったわ。空いている時に教えてあげる。その代わりと言ってはなんだけど」

「?」

「私にも、この世界の言葉を教えてほしい」

「もうだいぶ喋れている」

「まだまだよ。この世界のことをもっともっとよく調べないといけないの」

「世界のことを調べる……? なぜそんなことをするのか理解できない」

「私ね、元の世界に帰りたいの。でもまだ方法がわからない。だから調べる必要がある」

「なるほど、心得た」

 

レレイは無表情ながらもうなづき、加賀をまっすぐ見やった。

 

「日本語を教えてもらう代わりに私も言葉を教える。それでいこう」

「頼んだわ。それと、いまから自衛隊のところまで行くつもりだけど、何か用事はない?」

「特にはない。気をつけていってくるといい」

 

ひらひらと手を振るレレイに見送られながら、加賀は小走りで駐屯地へと向かった。

 

 

零戦の飛行については、結論から言うと許可された。どう交渉しようかと考えた加賀であったが、「私も戦場に身を置いている。訓練ができなければ有事の際に戦えない。どうか零戦の飛行許可を出してほしい」と伊丹に願い出たところあっさりと許可された。一応伊丹の独断ではなく、自衛隊の上の方にも許可が取れているらしい。

ありがたい。

弾薬は補給できないが燃料だけなら通訳の対価としてもらえることになっている。これで心置きなく飛ばせると言うもの。

加賀は内心では飛び跳ねたい気持ちを落ち着け、あくまでクールな装いで避難民居住地区まで帰っていた。

 

早速飛ばそうと弓を持ち、矢を番た時、後ろから声をかけられた。

 

「あの、加賀さん。今いいですか?」

「ええ、いいわよ。なにかしら」

 

今日はよく話かけられるなぁなどと思いながら振り返ると、そこにいたのはテュカ・ルナ・マルソーだった。

 

「その弓は、どういう仕掛けになっているんですか?」

「これ? 仕掛けと言われても……そうねぇ、説明が難しいわ」

 

実際使っている加賀本人も、艤装がどのような原理で働いているのかは知らなかった。妖精さんのおかげということになっているが、艦娘や提督以外に妖精さんは見えない。説明しようにも見えないものは説明できない。

 

「矢を放ったら、矢が鉄のトンボになっていました。あれはどういう魔法なんですか……?」

「魔法というより、そういう仕組みなのよ。ごめんなさい、どうなっているのか詳しいことは私もよくわからないの」

「そうですか……いえ、ありがとうございます」

 

少々残念そうな表情を浮かべるテュカに、加賀は、

 

「なんだったら、今飛ばすから見ていってもいいいわよ」

「本当!? 是非見せてほしいわ」

 

加賀は零式艦戦52型の矢を番え、ひょうと放った。

地面スレスレを飛んだ矢は瞬く間に光って三機の零戦となり、ミニチュアサイズのまま空へと飛び立つ。

 

「通常、私たち艦娘が戦う時にはあの大きさの艦載機で戦うの」

「カンサイキ、と言うんですね」

「ええ、そうよ」

 

三機編隊飛行を続ける零戦に指令を出す。宙を舞い、急降下して、急上昇する。これも飛行訓練の一種だ。

 

「鉄のトンボ————艦載機が大きくなるのは、加賀さんの魔法ですか?」

「まぁ、そんな感じね。説明が難しいのよ。私の力で大きくしてるのは間違い無いけれど」

 

宙返りをする零戦へ向けて帰投命令を出す。腕の飛行甲板に着艦させ、加賀は零戦を収容した。

 

「今のが、航空隊発着艦の一連の流れよ」

「いいものをみせてもらいました。ありがとうございます」

「またいつでも見にくるといいわ」

 

はい! という笑顔と共に、テュカは去っていった。

加賀はもう一度零戦を弓にかけ、飛ばす。今度は一機だけ発現させ、それを実機サイズに変換。

加賀の近くに着陸させる。

 

「さて、久しぶりに飛びましょうか」

 

燃料は供給される。艦載機のことについても、聞かれたらその都度答えていこう。

もう誰にも邪魔されない。加賀は踊る胸をそのままに、零戦へと飛び乗った。

 

青い空、抜けるような天空に、レシプロ機の音が遠く響いた。

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