ゲートと加賀さん   作:奥の手

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加賀とイタリカ

 

アルヌスでの生活も一ヶ月が経とうとしていた。

加賀の生活はというと食う寝る訓練に語学の勉強と翻訳の仕事。至って平和そのもので、敵が押し寄せてくるとかドラゴンに襲われるといったことは起きなかった。

 

今日も抜けるように天気がいい日であった。青い空を見上げながら加賀はプレハブの前に設置されている椅子に座る。

特に待ち合わせをしていたというわけでもなく、なんとなくそこに座っていれば集まったという風でテュカとロゥリィも座っていた。

 

何やらテュカが浮かない表情をしている。気になった加賀は聞いてみることにした。

 

「どうしたのかしら。浮かない顔よ」

「なんだか私たち、自衛隊にお世話になりっぱなしで、このままじゃいけないのかなって」

「このままじゃいけない?」

 

加賀からしてみれば彼らは炎龍の被害から逃れている避難民。自衛隊の保護下にあるのだから、おんぶに抱っこでも別にいいじゃないかと思った。

そのままの通り伝えてみる。

 

「そうじゃなくて。ほら、加賀さんは翻訳の仕事があるじゃない。私たちも、何か仕事を見つけて自活しないとって思って」

「そうねぇ〜労働を見つけて対価を得るのは人間の慣わしだものぉ。やるに越したことはないわねぇ」

 

ロゥリィもうなづきながら肯定する。でもぉ、と続けた。

 

「仕事って言ってもぉ、ここじゃなぁ〜んにも無いじゃない?」

「私たちにできること…………そうね、例えば、丘の兵隊に身売りでもしなくちゃいけないかも」

 

冗談で言っているのかと思いきやテュカの顔は本気だった。加賀はそんなことしなくてもいいと止めるが、確かにこの場所には仕事と言える仕事が存在しない。

加賀も、翻訳の対価に燃料を分けてもらうなどという一応の取引のようなことはやっているが、3食の飯代をそれで払えているのかと言われると到底払いきれていない。加賀も避難民と同様に、自衛隊の世話になっている身であることは間違いなかった。

 

避難民の自活。これは大きな問題だと加賀は思った。

ふと、後ろを振り返るとレレイが立っていた。手に何か持っている。

テュカもレレイに気付き話しかける。

 

「どうしたの?」

「少し手伝ってほしい」

 

テュカも、ロゥリィも加賀も一様に首を傾げながら、てくてくと外へ向けて歩き出したレレイの後を追う。

しばらく歩くとそこは戦場だった。

正確には戦場跡。自衛隊と帝国軍、諸王国軍が戦った後の広い土地だった。

 

「これを拾った」

 

レレイが見せたのは、翼竜の鱗だった。

見ると、そこかしこに翼竜が死んでいる。鱗なんて取り放題だった。

 

「自衛隊は、これに興味がないらしい」

「興味がない!? 翼竜の鱗は高く売れるわよ?」

「全部取っていいって。だから、身売りの心配はない」

 

これ、全部————。

テュカは鱗一枚がいくらで売れて、一体の翼竜から百枚はとれて、この戦場跡にはざっと見ても百匹以上は翼竜の死体があって……と金勘定を換算して気が遠くなりそうになった。

 

避難民の自活。この問題は早々にして解決されることとなった。

 

 

翼竜の鱗を死体から剥がし、肉を綺麗に取り除いてタオルで磨く。

割れているものや欠けているものを取り除いて、状態のいいものだけを選別する。

避難民の子供たちとわいわい言いながら作業をすること二時間ほどで、約二百枚の鱗を用意できた。

 

「これだけの量を売るとなったら、大口の商人じゃないと取引できない」

 

レレイはそう言いながら、レレイの師匠、カトー先生の知り合いに商人がいたことを思い出す。リュドーと言ったはずだ。

加賀はその名前に聞き覚えがあった。

 

「リュドー? たしかコダ村に交易商人として顔を出してくれたこともあったわ」

 

街の美味しいものを持ってきてくれたから覚えている。なるほど確かに、リュドーさんになら大口の取引も任せられるだろう。

 

「それで? リュドーさんは今どこにいるのかしら」

「イタリカにいる。そこまでこの荷物を運んでもらわないといけない」

「あらぁ〜それじゃあ自衛隊に任せてしまうってのはどうかしらぁ」

「いい考えだと思うわ。私たちだけで行くよりずっと早いし」

 

 

「で、俺たちは運送業者っすか」

「まぁそういうなよ倉田。避難民の自活はいいことだし、俺たちも特地での商取引の情報収集ができるチャンスじゃんか」

 

自衛隊の高機動車に荷物を積み込む。ロゥリィ、レレイも同乗した。

テュカだけは、扉の前で少し立ち止まってしまった。

 

「また、知らない土地へいくの……」

 

そんなことをひとりごちたテュカに、加賀は手を伸ばす。

 

「何かあっても自衛隊が守ってくれるし、もし炎龍が出たら私が始末するわ。安心して、行こう」

 

その言葉に、テュカはうなづいた。

 

「よし、全員乗ったな、それじゃあ出発だ」

 

伊丹の号令で、第3偵察隊とテュカ、レレイ、ロゥリィ、加賀はイタリカへと出発した。

 

 

アッピア街道と呼ばれる一本道を南下していくと、城塞都市、イタリカがあるらしい。

それなりに栄えている街で、確か五千人ほどの住人がいるはずと、レレイは教えてくれた。

 

土を踏み固めただけの道を自衛隊の車両が三台、順調に進んでいく。

ふと、進む先で何やら煙が立ち上っていた。

 

「まさか炎龍じゃないっすよね……?」

「倉田、この先あの煙の近くを通るのか?」

「というかこれ、煙の発生源が目的地だったりしませんか」

「うへぇ、マジか。炎龍いねぇよな……」

 

運転席と助手席の会話を聞いていた加賀が、弓を取りながら席を立つ。

 

「偵察機を飛ばしましょうか。一機だけなら、捕捉もされにくいと思います」

「お、頼んでいい? 助かるわ」

「お安い御用です」

 

停車した高機動車の後ろから飛び降りた加賀は、煙の方角へ向けて零戦を発艦させた。サイズはミニチュアのまま、隠密行動できるよう高度を保って侵入させる。

程なくして零戦から入電。

 

『ヒト、タタカッテル。リュウ、イナイ』

「炎龍はいないそうですが、武装勢力同士が衝突しているそうです」

「マジかよ。組織化した盗賊とかかな。どう思う倉田」

「でしょうねぇ。他の街に変えませんか?」

「でもレレイが言うには知り合いの商人に売りたいらしい。大口の取引になるから顔見知りの方がありがたいんだと」

「巻き込まれるのは勘弁っすよ……」

「まぁでも、街が襲われてるってなったらほっとくわけにもいかないでしょう。避難民の自活が遠のくのもアレだしなぁ」

 

どうすっかなぁ……としばらく悩んでいたようであったが、伊丹は無線機を手に取った。

 

「このままイタリカへ進む。各車警戒を厳となすように。対空警戒も怠るなよ」

「了解」

 

黒煙の発生源へ、三台は進んでいった。

 

 

イタリカの街は戦場と化していた。

城壁がぐるりと一周し、東西南北に城門がある街であったが、その南門に着いた自衛隊一行は小銃を握る手に力が入った。

戦闘は収まっているものの、そこかしこに爪痕が残っている。転がる死体、刺さったままの矢、折れた剣などがそこかしこに散らばったままである。

 

倉田は辟易とした顔で呟いた。

 

「これ、商売とかできるんすかね」

「入ってみなきゃわかんねぇけど、最悪日を改めてってことになるか、あるいは俺たちが街の防衛に手を貸すか、だな」

 

伊丹も奥歯を噛みながら答える。南門まで百メートルという距離で全車停止。様子を伺う。

すると、城壁の上から声がかけられた。

 

「何者であるか! 敵でないなら姿を表せよ!」

 

車から降りなければならないらしい。誰が降りるかと言う問題だが、レレイが何も言わずに降りていってしまった。

レレイが行くなら私も行くとテュカが降りて、最後にロゥリィも降車した。三人で城門まで歩いていく。その様子を見ていた伊丹も、

 

「俺もいかなきゃダメだわな。ちょっくら行ってくる」

 

と言い残し、小銃を置いて降車した。明らかに武器と思しきものを持ってコンタクトしない方がいいだろうと言う判断だった。

よもや敵と間違えられて殺されるかもしれないという危険は孕んでいる。9mm拳銃の存在だけが頼りだが、できれば抜かなくて済むことを祈りつつ伊丹は三人の後を追った。

 

加賀は車内で様子を見ながら、油断なく弓矢を構える。いつでも艦載機を飛ばせる準備だけはしておいた。

 

それから。

伊丹は姫様——ピニャ・コ・ラーダの開け放った扉に頭部を強打し、城門内に引きずられていくという一悶着があったのだが、それほど大きな問題にはならなかった。第3偵察隊は城門の通過を許され、ゆっくりと街の中へ入っていった。

 

 

現在イタリカは、先のアルヌス攻防戦で敗退した残兵が盗賊となり、徒党を組んでここイタリカへ攻めてきているという状況だった。

そこへ、炎龍をも撃退したとの噂を持つ「緑の人」がきたわけであるから、これは渡りに船。協力していただけると嬉しいということである。

協力してくれれば嬉しいとは言ったものの、イタリカの守備は限界が来ていた。正規兵はアルヌスでの戦いで壊滅しており、町民が農具を持っての民兵集団しか残されていない。それも、先程の戦いで半数を失い、余剰戦力もなし。

 

非常にきついなどと言う言葉では言い表せないほど切迫した状態であった。

 

伊丹はこの治安維持要請に首を縦に振り、協力することを申しでる。

街が攻め落とされてしまっては商取引どころの騒ぎではない。本来の目的を果たすため、だいぶ遠回りではあるが治安維持に協力することを約束した。

そんな自衛隊が配属されたのは南門。ここは一度突破されており、城壁も崩れかかっていた。第二次防衛線として南門内に土塁が築かれ、そこだけは守りが硬くしてある。要するに、城門は守りが一番弱い捨て駒だった。

そんな場所に配されたのはたった十二人の自衛隊。ピニャは、自衛隊を囮に使う気で南門に敷設した。

 

日が暮れかかる。あたりはオレンジ色の世界になり、太陽は西の空へと消えつつあった。

 

加賀は伊丹のところへ赴き、申し訳なさそうに告げる。

 

「夜になったら、艦載機を飛ばせません。もしここが攻められたとしても、夜戦に参加することはできません」

「そっか。まぁ俺たちだけでなんとかやるよ。加賀さんはレレイとテュカの様子を気にかけてあげて。危なそうだったら街の中へ一目散に逃げること」

「わかりました」

 

夜が来る。

遠くの方では敵の斥候と思しき姿も確認された。

ピニャの思惑通り、ここに敵が攻めてきたとして、果たして守り切れるかどうか。

敵の数は四百から六百はいるとされている。支援要請はしておいた。自衛隊からの援軍は翌朝方になると予想。

果たしてどうなるか。

 

この一晩が、勝負の一晩になる。

 

 

沈んでいく夕陽を背に、加賀はレレイとテュカの元へと歩いた。

 

「ここは戦場になる可能性が高いわ。今からでも街の中に避難しておいた方がいいかもしれない」

 

加賀の言葉に、レレイとテュカは首を振った。

 

「危険は承知。自衛隊が戦う姿をこの目で見ておきたい」

「いざとなったら私たちも戦えるわ。精霊魔法で援護することならできるから」

「そうですか……わかりました。細心の注意を払ってください」

 

わかってる、とレレイが返す。

加賀は内心で少し気を落とした。この二人はいざとなったら戦える。戦力になる。

対して私はどうだろうか。夜になれば、夜間飛行訓練を受けさせていない零戦も99艦爆も飛ばすことはできない。完全にお荷物なのは他ならぬ自分である。

加賀は弓を握る手に力が入る。

せめて夜明け。明日の夜明けを待ち、なおまだ戦闘が続いていたら手を貸そう。そう決心した。

 

戦争が始まる。各々できることを確認して、いざ、夜を待った。

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