感想もらえると嬉しいんです。(満面の笑み)
準備できることといえば、装備の確認くらいだった。
夜の帷も降りようかと言う頃、加賀はそういえば矢だけでも借りれれば弓兵として戦えることを思い至り、ピニャから矢束を借りてきた。
弓は自前のもので、矢だけはイタリカの武器庫に保管されているものを使う。矢筒の中身を入れ替えて、試しに二、三射ってみた。
思いのほか素直に飛ぶ。狙った場所に矢は吸い込まれるようにして命中する。これなら戦えるだろう。
問題は暗闇の中でどれだけ戦えるかということだが、あくまで自分はサポートに徹して、主戦力は自衛隊と思うことにした。
弓の張りを確かめていると、テュカが興味ありげに近づいてきた。
「加賀さんは弓矢の腕前も一級なんですね」
「実戦で本物の矢として使うのはこれが2回目。なれてるわけじゃないわ」
加賀は銀座で少女を救った時のことを思い出した。帝国兵の首を捉えた矢は、零戦になる前の依代としての矢。まさか本当に当たるとは思わなかったが、加賀にとって初めて生身の人間に手をかけたのもアレが初めてと言うことになる。
銀座では必死だったから、後から思い返してみればの話になる。人を殺すことに、自分は何も躊躇していなかったなぁと内心で苦笑した。
今夜はどうなるだろうか。大勢手にかけることになるだろうか。
もしなったとしても、別に構わない。深海棲艦を沈めるのと大差ない。
加賀はあくまで冷静だった。
◯
夜。
南門は篝火を焚いておらず、あたりは真っ暗闇だった。かろうじて月の明かりがあたりを薄く照らしている。
伊丹は暗視装置越しに双眼鏡を覗きながら周囲を警戒する。敵の姿はまだ見えない。
城壁から数百メートル先の様子を伺っている時、部下から声をかけられた。
「隊長、東門で敵影ありとのことです」
「お、ついにきたか。東門だな」
「はい。
「腐っても元正規兵だからなぁ。その辺はわきまえてるってことなんだろうよ。応援要請は?」
「まだきていません。どうしますか」
「待機だな。要請があればすぐに向かう。いつでも出れるように準備しておけ」
「了解です」
にしても東門かぁ、と伊丹は後ろ頭をかきながら双眼鏡をしまう。
独り言を聞いていた加賀が話しかけた。
「姫様の予想が外れましたね」
「まぁ敵さんもまんまとハマるわけはないってことでしょう」
「放っておいて大丈夫なんですか?」
「東門? 一応城門は残ってるし、兵もいるから大丈夫だとは思うけど……いよいよ危なくなったら助けに行かないとなぁ」
「危なくなる前に助けはしないのですか?」
「一応俺たちは治安維持に協力しているだけだから。指揮官は姫様だし、ここを守れって命令がある以上離れるわけにもいかないんだよね」
「たしかに、その通りです」
もし東門まで行くことになっても加賀さんはここで待機してて、と伊丹は言い残して、別の自衛官のところへと歩いて行った。
わざわざ真正面から衝突しているところに突っ込む気も加賀にはない。もとより自分は空母。海の上でも陸の上でも、前線から一歩引いたところがお似合いだろうと自覚している。加賀は大人しく待つ気でいた。
◯
そのまま待機すること二時間。
あと三十分もすれば日が登るという頃になって、事態は動き出した。
ロゥリィが嬌声を上げ始めた。レレイによると、死者の魂がロゥリィの体を通ってエムロイの元へと召される。それが媚薬のような作用をもたらしているらしいとのことだ。
栗林がロゥリィの様子を見ようとした直後。
ロゥリィは建物の3階相当はある高さの城門から飛び降り、目にも止まらぬ速さで東門の方角へと走って行ってしまった。
伊丹が叫ぶ。
「追うぞ! 栗林、富田、ついてきてくれ! 桑原曹長あとは頼む」
「了解であります」
高機動車に三人が乗り込む。ロゥリィの後を追ってタイヤを鳴らしながら進んでいった。
加賀は東の空を見上げる。空が柴色に染め上がり、太陽が顔を出し始めていた。
凛とした空気があたりに立ち込めている。早朝特有の静けさの中に、東門からの怒号や絶叫が遠く聞こえてくる。
「何も起きなかった」
思わずひとり口をついて出たのは、そんな一言だった。
朝が来た。そして。
そして、何も起きなかったのである。南門には敵の姿一人として現れることがなかった。
東門ではまだ戦闘が続いているが、いずれ終わるだろうと確信した。
遠くの方からヘリの音が響いてくる。肉眼でもその姿が確認できる。
自衛隊の空中機動部隊。ヘリコプターの編隊である。アレが到着したからには、半刻もいらずに盗賊の集団は撃滅されるだろう。
零戦を飛ばすまでもない。もちろん、自分が赴いて弓矢を番る必要もない。
何もできないし、何もしなかった。加賀の胸に、肩透かしと同時に安堵の風が吹き込んでいた。
ふと見るとレレイが城門を降りようとしている。
それを女性自衛官——黒川が止める。
「どこへ行くつもり?」
「近くで見たい」
「危ないわよ」
「危なくないくらいの近くで見る。心配はいらない」
黒川もそこまで強く止めることはしなかった。理由は加賀にはわからない。加賀も、一応レレイについて行くことにした。
自衛隊の攻撃ヘリがミサイルを飛ばす。城門上の投石器らしきところが爆風で吹き飛ばされる。
機関銃を次から次へと撃っている。無数の薬莢がヘリから地上になだれ込んでいる。朝日に反射したそれは金色に鈍く光っていた。
圧倒的で、一方的な虐殺に近い処刑である。盗賊はなすすべもなく蹴散らされていった。
もし、と加賀は考えた。
もしも南門に軍勢が集まり、加賀も戦闘に巻き込まれていたら。
そしていずれかの方法で命の危険に晒されたら。例えば敵の矢が自らの体を貫く。あるいは敵の剣が自らの体を切り裂いたとしたら、一体どうなるのだろうか。
海の上では、ダメージを負うとまず艤装が傷ついた。服が破けて、主機にダメージがいき、最終的には轟沈する。自らの体は何故か最後まで傷つかない。傷つかないまま海の底へと沈んでいく。そういう世界だった。
ここではどうなるのだろうか。この世界に来て、加賀は今まで幸運なことに傷一つ負っていないことに気が付く。銀座で帝国兵を相手にしたときにも、コダ村の住民と逃避行を繰り広げたときにも、炎龍と相対したときにも。
もしかすると、何かの運命が違っていれば、今夜加賀は命を落としていたかもしれないと身震いした。
結果的に何も起きなかっただけ。幸運なことに戦闘に巻き込まれなかっただけ。それだけの話で、それが全てだった。
もし矢を受けていたらどうなったのだろうか。自分は死んでいたのだろうか。この世界で死を迎えることがあるのだろうか。
酷く現実離れしていた“死”の影が、今夜、暗く自分にのしかかったような気がした。加賀は、今生きていることに感謝しつつ、今後もこうして生きていられますようにと、見知らぬ神なる存在に願うのであった。
◯
戦闘と呼ぶにはあまりにも一方的な蹂躙が繰り広げられたのち、自衛隊と盗賊の戦いは自衛隊の圧勝で決着がついた。
イタリカの街はこうして盗賊の襲撃から逃れることができた。
自衛隊とイタリカとの間には協定が結ばれた。交易に関わる租税の免除や往来の保証など。自衛隊の圧勝にしては控えめな要求であったが、無事、採択される運びとなった。
レレイ、テュカ、ロゥリィそして加賀は翼竜の鱗をリュドーなる商人の元へと売りつけることに成功。デナリ銀貨四千枚とシンク金貨二百枚という大金となった。
ただし銀貨は先の戦いで不足しているらしく、千枚は現金、二千枚は為替、後の千枚はまける形となった。
レレイは千枚を割引く代わりに、情報を集めてほしいとリュドーに言いつけた。交易されている物品の相場の情報。これを銀貨千枚で買った。
四人を送り出したあと、リュドーの部下が訝しげに口にする。
「相場の情報に銀貨千枚ですか」
「どんなものでも値がつけば商品さ。それに商品の品質はより良いものを、がモットーだろう」
「たしかに、おっしゃる通りです」
「カトー先生の愛弟子だ。何か意味があるに違いない。しっかりと商品にしようじゃないか」
「そうですね」
部下は苦笑しながらも、さっそく羊皮紙とペンを握るのであった。
◯
ここはアルヌスの丘。自衛隊駐屯地、その最深部。
狭間陸将の執務室は、火急の件もすぐに報告できるようにとドアの外側にノック不要の張り紙が貼られている。
その忠告文通り、「失礼します」の一言とともに入ってきたのは、柳田二等陸尉であった。
「報告です。イタリカでの戦闘は終結。自衛隊側に損害なし、協定を結んで撤退するとのことです」
「うむ、伊丹たちも無事か」
「問題ないようです。今日中には戻ってきて、国会の参考人招致の準備が進められるでしょう」
「わかった。他に何かあるかね」
狭間の問いに、柳田は一拍置いて答えた。
「本国の方から、加賀の身柄引渡しの要請が来ております」
「穏やかじゃないな。銀座での零戦は無かったことになっているんじゃないのかね」
「上層部の方で、やはり無視できないとの声が多く登った結果、本人がいるのなら事情聴取をしたいとのことです」
「貴重な通訳要員だ。引き抜かれては困る」
「わかっています」
柳田はうなづき、言葉を続けた。
「あくまで事情聴取のみであれば、一時的に本国へ送るというのも手かと」
「伊丹たちの参考人招致に合わせるか」
「はい。あまりごねていては何をされるかわかりません。強行的な手段を取られる前に、沈静化しておいた方がよろしいかと」
「そうだな、それでたのむ」
「了解です」