少女歌劇レヴュースタァライト バロック・ザ・ジャム 作:桜椛
日も落ちて辺りは徐々に夜の暗さを思い出す頃、部屋で1人静かに本を読んでいる少女がいた。
ふんふんと頷きながら上品な手付きで頁を捲る音だけが部屋に木霊する。中には図が大きく表されていたり、レイアウトが施されていて文字の情報は少ない方だ。
「あら、あんた自己啓発本なんか読むのね」
「さぁっ!? んっん……西條さん……人の部屋に入る時は──」
「したわよ、全然返事ないから中で死んでるのかと」
突然の来客に素っ頓狂な声を上げてはじろりとクロディーヌの顔を見る真矢。
ふぅんと息を漏らしながら肩を上下させると、真矢が抱える本に視線を落とした。
クロディーヌはきっちりと決まった制服の時とは違い動きやすそうな、過ごしやすそうなジャージに身を包んでいる。彼女のラフな姿(学校のジャージとはまた違う素の部分)というのは星光館に通う者しか見れないのでかなり貴重である。ばななの携帯にも何枚かその姿は収められている。
「より高みへ行くにはやはり良い文学、思想や思考に触れるべきかと。昨日の私より少し賢いですよ?」
「その言い方はどうなのかしら……ふんっ私だって、よ、読んでるわよ? 負けないんだから!」
そう言うクロディーヌは真矢の目を見ようとしない。その姿を見て薄く微笑むと、ぱたりと本を閉じてクロディーヌへ差し出した。
「な、読んでいる途中でしょ?」
「えぇ、ですので早く返して頂けると」
「っ~~! ヤな女!」
言いながら本を受け取ると踵を返し部屋を後にするクロディーヌ。それを見送ると、また別の本を取り出し没頭するのであった。
純那もまた、自室で本とノートを開いていた。演劇に関する勉強、ではない。大学受験に向けたものである。付箋なども色分けして沢山貼ってあるものの、丁寧に書かれたノートには今、ペンが走っていない。
こめかみを抑えては深く長い溜息をつく。クレッシェンドで息から声に変わる。言葉というよりか叫びだった。最高潮に達した時、ダンっと勢い良く机を叩く。そのまま机に突っ伏して顔を横に向ける。そこには乱れたベッドとカラフルなバナナやカエルのグッズが散乱していた。
純那は体を縮こませ体を抱きしめた。
「……お腹痛い……っ……」
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放課後、身体の赴くままに歩いていると、とある部屋に辿り着いた。そっと中に入ると、他には誰も見当たらずとても静かだ。
何が目的という訳では無い、有栖川無花果はただ、導かれるように数ある蔵書の中を浸るように歩いていた。
図書室、本を読む事が好きな有栖川ですら見たことの無い本ばかりで埋め尽くされとても興奮していた。気になり手を取ろうとしたその時、棚の向こう側から何やら声が聞こえた。動きを止めて耳を澄ます。
「だ、だめよっ……こんなところでっ……」
「ふっふふ~何を照れておる~ほら、その美しい顔をもっと見せてごらん?」
何やら図書室という静かな場所では似つかわしくない秘め事が繰り広げられているようだ。
(はっ! こ、これは……っ! 放課後、夕暮れの図書室、誰もいないという最高のシチュエーションで繰り広げられるめくるめく花の! 楽園……!?)
有栖川は興奮を必死に抑えようと顔を覆い息を潜める。並べられた本の隙間から2人の少女が見えた。
前髪の短いほんわかした雰囲気の女の子が、ピンクの髪留めをしているツリ目の女の子の腕を取り弄らしそうに迫っていた。顔を真っ赤にして拒んでいるものの、何処か本心では受け入れてしまいそうな危うい感情の上を歩いているようだ。
有栖川は思わずガッツポーズをする。隙間から見るそこはかとない背徳感というのもまた興奮を助長した。だがどうせならやはりしっかり見たいと、のぞき込める位置まで移動する。
「私は忍者……気付かれたら死よ……」
ふぅと息を吐いて辺りを見回す。2人以外誰もいないのを確認すると、腰を落としてそろりと覗き込んだ。
「い、いい加減に、してぇえぇえ!……はぁ、はぁ……!? だ、誰!?」
堪らずに叫んだ少女に驚き思わずその場に出てしまった有栖川。まずいと思ったか、何も見てませんよというアピールで下手な口笛を吹いてみせた。今時下手な誤魔化し方である、余計に怪しまれている。
「あ、いや、その、違うの、見てない私、なーんも知らない、お、お邪魔しましたぁ~~」
「?…………!? ま、待って待って待って待って!? ち、違うのよ! 貴方が考えているようなことは何も!?」
折角の良い所を邪魔されては誰でも嫌だろうと、有栖川はその場を去ろうとしたのだが全力で止められてしまった。
「あっはは~ちょっと冗談が過ぎちゃったみたいだね」
おっとりとした少女は本をぱたりと閉じると少し寂しそうに口を尖らせた。どうやら案外まんざらでもなかったようだ。
「だ、だから言ったんです! 誰かが来てからでは遅いと!」
「まぁまぁ、別にいいじゃない詩音ちゃん~」
二人のやり取りを見て何だかほっこりする気持ちになる有栖川。どうやら本当にお邪魔だったみたい、と苦笑いする。
「というか貴方は誰ですか……? 制服は着ていますが見たことありませんね」
そこで突然ツリ目の女の子の視線が鋭くなる。益々立場の悪いことと身を竦めていると。
「あ、ほらあれだよ~転入生! 初日に伝説のしごきを受けたっていう」
そのワードに思わず苦い顔をする。もう身体がどれだけ嫌だったかを覚えてしまっているようだ。にしてももうその話出回ってるのねと女性社会の情報伝播力を実感する。
「あぁ……そういえばそんなこと言ってましたね……」
コホンと咳払いをひとつ。
「聖翔音楽学園舞台創造科3年B組、
「同じくB組、
2人は礼儀正しく足を揃えてぺこりと頭を下げた。有栖川もそれに倣う。
「俳優育成科3年A組、
深々と3秒お辞儀。ガバッと身体を起こして2人に微笑む。幼い少女のような端正な顔立ちにまるで宝石のような綺麗な赤い瞳に2人は思わず息を飲む。ただの挨拶、それだけで人を魅了する何かを有栖川は持ち得ていた。
「スタァライトを……? それじゃあ有栖川さん……はこの間の聖翔祭を?」
「うん! すっっごかった!! スタァライトってアツいけど結構暗いじゃん? 未来の無い別れで終わる悲しい物語。それをあんな風に続きを作っちゃうなんて! もう興奮よ興奮!!」
目を子供のように爛々と輝かせて迫る有栖川に若干の距離を置きつつ、そうまでして聖翔に来てくれた、誰かの心にそこまで深く刺さった事に思わず目が潤む雨宮。そんな彼女を横目で見ては微笑む眞井。
「ありがとうね~そう言って貰えると私達も頑張った甲斐があるよね詩音ちゃん」
「えぇ……そうね……」
対照的に浮かない顔をしている雨宮を不思議そうに見る有栖川。
「どうしたの? あまり嬉しそうじゃないけど……」
「ごめんね気にしないで~前の評価が良ければ良いほど今回のハードルが上がって苦しんでるだけだから~」
笑顔でそう言ってのけた眞井の顔をまじまじと見て首を傾げた。
「聖翔って3年間同じ演目を演って戯曲に対する理解、完成度を深めようって場所でしょ……?」
「そう、同じ演目……だけど同じ内容ではやる意味が無い。1年生の時は本来の物語通りの結末にしたし、前回は見てもらった通り。あれは演者みんなの空気感や熱意、スタァライトに対する想いを見てそうしようかって詩音ちゃんと話したんだ」
舞台は演者だけでは成立しない。板の上に立つためには衣装、小道具、照明に音響、そして何より台本が無ければ始まらない。2人がいる舞台創造科はまさに俳優育成科の面々を最大限輝かせる舞台装置であった。
「え、え、じゃあ2人があのスタァライトを……!?」
その話を聞いて有栖川は興奮を抑えきれず小刻みにぴょんぴょん跳ねていた。
「うんそうだよ~皆から意見貰ったりしてるけど私達……主に詩音ちゃんが。ね?」
「うぅっっ~……そうです……前回を超えるアイディアが……変えようとしても陳腐になるし前とさほど変わらなかったりして……」
強気な見た目とは裏腹に年相応の大人しそうな、可愛らしい悩みを抱えた純粋な少女の姿に思わず有栖川は胸がくすぐられるような感覚がした。
「だからこうやって調べ物して何か良いアイディアがないかな~って」
「そ、そしたら霧子が急にあんな風に迫ってくるから……っ!」
「えぇ~? だってほら役者さんの気持ちに立てば何か掴めるかもしれないじゃん? それに楽しそうだったし」
(一見大人しそうな雰囲気の眞井さんの方がその雰囲気を活かして雨宮さんを丸め込んでいる……しかも雨宮さんって絶対人の事苗字で呼びそうな感じなのに、眞井さんを名前で呼んでいる……全く可愛いわねこの2人)
有栖川は2人の手を取ると満面の笑顔でブンブン振って別れを告げた。
「今年も楽しみにしてます!! 私と一緒にスタァライト!! しましょ!!」
「え、えぇ……」
「よろしくね~」
その背を見送った2人はゆっくりと目を見合せた。
図書室にまた正しい時間が流れ始める。
「もうちょっと、頑張ろっか」
「うん……付き合ってくれてありがとう……」
眞井は雨宮の両手を優しく包むと自分の胸へと当てた。トクン、トクンと小さいけれど1回1回確かに刻んでいる鼓動を感じた。
「えっ!?……な、なにっ……」
「ううん~詩音ちゃんは1人じゃないよって伝えたくて」
その一言に顔を真っ赤にする雨宮。言葉自体の嬉しさと誰かに寄り添ってもらえる温かさにむず痒さを覚えた。
「あ、ありがとう……」
「良いんだよ、こちらこそいつもありがとうね」
眞井は弱気になっている雨宮へ優しく微笑みかけた。
気丈に振舞っているのは周りからそう思われているから、そういう自分を見せなきゃいけないと勝手に作り上げている……その側面があるとも言える。彼女だって人間なのだ。自分が信じた道を貫きたくとも周りの目はどうしても気になる。ましてや1年間の集大成という大事な演目の脚本を任されているのだ、役者も勿論一昨年よりも、去年よりも更に今年を期待されている。その期待がいつからか『挑戦』から『重圧』に変わっていた。いや、変わっていたと勘違いしたのはいつからだろうか。挑戦は常に続いていく、重圧もあるかもしれないが基本は目の前の壁を一つ一つ乗り越えていく作業だ。だが雨宮は目の前の大きすぎる壁の前に悩み時には目を閉ざし蹲っていた。超えたくても越えられない、越え方がわからない。1番苦しい時だろう。だが彼女の隣には必ず傍に眞井霧子という絶対的な味方が存在する。
彼女自身もまた壁にぶつかり悩んでいる。だがその壁は1人だけでなく雨宮と2人……ひいては舞台創造科、俳優育成科全員で乗り越えるものだと分かっている。今はただ雨宮の傍で、雨宮が道に迷わないように……時には一緒に迷い、傷つき、でも孤独にはさせずに1歩ずつ、小さな、ほんの少しの1歩を踏み出すために一緒にいる。
今はまだ、越えられない壁も、いつか────
陽気にスキップしながら部屋を後にした有栖川の背を見送る人物がいた。図書室へ向かっていた所、すれ違う形となった。
左右に特徴的に結われた髪の毛を跳ねさせながら、ばななは思案していた。有栖川は本を読むのが好きだと言っていたから何か好奇心を満たす新しい本にでも出会ったのだろうかと。
扉に手をかけ開けようとしたがその手をピタリと止めた。
扉の窓から、雨宮と眞井の姿が見えたのだ。役者としてだけでなく、裏方も経験したいということで舞台創造科とは繋がりのあるばななは普段であれば喜色満面で駆け寄ったのだが、今はそれを躊躇われた。2人の雰囲気がいつもと違ったからだ。
思わずばななは携帯を取り出し2人の顔がしっかり入るようにズームをしてシャッターを押した。