少女歌劇レヴュースタァライト バロック・ザ・ジャム   作:桜椛

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2場 春に舞い込む新たな風/才能

 

 春の爽やかな風が吹く教室。今日は快晴、生徒達の顔も何処か晴れやかに見える。

 聖翔音楽学園俳優育成科3年A組、クラス替えという概念が無いこの学校、3年目ともなるとお互いかなり打ち解けて誰もがみな仲が良い。HR(ホームルーム)が始まるまでの間、常にあっちでこっちでわちゃわちゃと取り留めの無い会話が繰り広げられる。

 

 

「……でね~その時まひるちゃんなんて言ったと思う?」

 

 

「わ、私なんて言ったんだろう? もうやめて恥ずかしいよ華恋ちゃん……っ」

 

 

 頭の触覚をぴょこぴょこさせながらあわあわしているまひる。

 純粋な疑問で会話を聞いてる純那。みんなのその様子を見てにこにこと笑顔なのが、髪型が特徴的な、ばななこと大場(だいば)なな。

 

 

「へっへ~ん! 『待っててね~華恋ちゃんのために、まひる芋のクッション作るから~』だって~!」

 

 

 顔から火が出るほど真っ赤なまひるは思わず顔を覆い蹲った。

 

 

「もう楽しみでしょうがなくて~! だってあのまひる芋だよ! クッションでふかふか~お腹空いたらパクっと食べれるんだよ! すっごい発明だよまひるちゃん~~」

 

 

「ちょっと待ってそう言う話だった!? 寝言でおかしな事言ってて面白かったーって話じゃ無かったの」

 

 

 予想していなかったオチに突っ込まずに居られなかった純那。

 華恋は疑問符を浮かべながら首を傾げている。

 

 

「まひるちゃんがおかしな事言うわけないじゃん! それに、まひるちゃんはいつでも面白いよ~~全くじゅんじゅんったら変な事言っちゃって~あっはは~」

 

「え、何これ私が悪いの?」

 

「か、かかか華恋、ちゃん……」

 

 

 まひるは先程とは違う意味で顔を真っ赤にすると胸を押さえながらそのまま倒れ込んだ。

 

 

「ま、まひるちゃーーーーん!? どうしたの大丈夫!?」

 

 

 え? 私が、私がおかしいの……? と頭を抱える純那。倒れたまひるを起こそうと肩を掴んで揺らしている華恋。そしてその光景を見て微笑むばなな。

 

 

「まひるちゃん、私には全部わかってるわ♪」

 

 

 と皆のやり取りを横目に机に突っ伏すのは花柳香子(はなやぎかおるこ)

 

 

「相変わらず元気やなぁ、おちおち寝てもいられへん」

 

 

 ぷくーっと頬を膨らませると足をバタバタさせる。

 その姿はまさに駄々をこねる子供のよう。日本舞踊……千花流の家元の孫娘である彼女は、今この時ばかりはその面影は一切ない。

 

 

「こら香子!おーきーろー!」

 

 

隣でゆすっているのは石動双葉(いするぎふたば)。派手な赤い短髪、男勝りな性格やその口調とは裏腹に、私生活がだらしない香子の面倒を見るお姉さん的な立場を取っている。尚香子はそんな双葉のことを分かって、自分のために付いてきてくれている彼女の事を信頼しているし、わざと甘えている時もある。

 

 

「双葉はんの背中ならどんなにやかましくてもよう眠れるんやけど」

 

 

そう言う香子の顔は小悪魔っぽいいじらしい顔をしていた。

 

 

「なっ……ばっ……かじゃねーのか!?こっちは振り落とされないかいつもヒヤヒヤしてんだぞ!」

 

 

香子はいつも双葉が運転するバイクの後ろに乗って登校している。なんでも自分で歩きたくないからという理由らしい。双葉はそのために免許まで取ったのだ。

 

 

「大体いつもお前はなぁ────」

 

 

 それぞれの会話がひとしきり盛り上がった所で、教室の扉が開く。担任である櫻木麗(さくらぎれい)先生だ。スラっとした手足に短く整えられた髪の毛。歩く時の姿勢や発せられる声の美しさは、聖翔音楽学園の担任として充分すぎる説得力を持っていた。

 生徒達は自分の席へと静かに座り始める。全員が座ったのを確認すると、先生は教壇にバインダーを置いてチョークを手に取った。

 

 

「みんなおはよう。早速だが、転校生を紹介する」

 

 

 転校生という言葉に皆ざわざわと騒ぐ。どんな子だろうと色めき立つ者もいれば、なぜこの時期にと不審に思う者もいる。ただ愛城華恋にとってはそのどちらでもなかった。

 

 

「さー入れー」

 

 

 合図と共に開く扉。華恋は脈打つ鼓動を感じながらそこから目が離せなかった。だが、教室へ入ってきた人物を見てそれも馬鹿げたことだと実感させられる。

 

 艶やかな水色の髪の毛を靡かせながら、少女は満面の笑みで教壇の前へと立った。

 ふふんと楽しそうに鼻を鳴らし、背を少し伸ばし胸を張る。

 

 

「初めまして、有栖川無花果(ありすがわいちじく)です! みんなと、スタァライトしに来ました!」

 

 

 天真爛漫という言葉が服を着たような、溌溂とした声とその見た目で、この場にいる全員の注目を一気に引き付けた。

 

 

✯✩✯✩✯✩✯✩✯✩✯✩✯✩✯

 

 

 真っ赤な燃えるような瞳に視線を奪われる。

 目がチカチカとする。眩しい。少女の満面の笑みに、この場にいる全員が魅了されていた。

 

 

「スタァ……ライト……?」

 

 

 華恋の中で戸惑いや期待など様々な感情が溢れ出した。或いはそれはまだ彼女の中で認識するに至らない感情か。

 華恋と似たような感情を抱く者はもう1人いた。

 

 

「…………」

 

 

 その者は少女の一挙手一投足を見逃さず情報を得ようとしていた。

 

 

「という訳だ、皆今日からよろしくな。後輩の指導もあって大変だと思うが仲良くしろよー」

 

 

 櫻木先生はそう言うと、有栖川(ありすがわ)に向かって華恋の後ろの席を指さした。

 

 

「有栖川、あそこの席が空いてる、そこへ座れ」

 

 

「あっ……そこは……」

 

 

 まひるの口から漏れ出たとても小さな声だったが、教室にいる全員に聴こえていた。一瞬で場が沈黙する。まるで腫れ物に触れたかのような空気だ。まひるは空いている席と華恋を見てそれから有栖川へ視線だけを向ける。

 当の有栖川はその空気を気にも留めず言われた通り華恋の後ろの席へと座った。

 

 

「あ、そうそう。今日の授業、101期生第6班が見学する。愛城、しっかり先輩しろよ」

 

 

 返事が無い。華恋はぼーっとしていて先生の言葉が入ってきていない。視線が華恋へと注がれる。

 

 

「愛城? 聞いてるかー」

 

 

「はぇっ!? あ、ごめんなさ~い!」

 

 

「たくしっかりしてくれよ?」

 

 

 本当に大丈夫か? と心配そうにしていた先生だったが、いつまでも彼女らを生徒として甘やかしている立場では無い。信頼をして任せるのも教師としての仕事のひとつと言えるだろう。

 

 今日のHRはそこで終わった。最初の授業はバレエレッスンだ。転校生である有栖川無花果(ありすがわいちじく)に話しかけたい思いを一旦抑え、生徒達は準備の為教室を後にする。

 

 

「愛城華恋、さん。初めまして! どうぞこれからよろしくお願いします」

 

 

 屈託の無い笑顔に華恋も思わず笑みがこぼれる。

 

 

「う、うん! よろしくね、有栖川さん」

 

 

「無花果でいいよ? 堅苦しいの苦手だし」

 

 

「じゃあ、いちじく! よろしくね!」

 

 

 戸惑いは拭えないがこれから一緒に学び一緒に戦う仲間でありライバルとなる。華恋はそっと手を差し出した。

 差し伸べられた手を、産まれたてのひよこを抱くように包み込むと、激しくブンブンと振った。

 

 

「よ! ろ! し! く! 私も華恋って呼んでいい?」

 

 

「うん! 新しいお友達、嬉しいなぁ~」

 

 

 手を取り合いながら微笑む華恋と有栖川。その隣でまひるは、新たなライバルの出現? とあわあわしていた。

 

 

 

 

 バレエの授業の為教室を移動する途中、華恋は1人だけ正面玄関へと向かっていた。

 そこには4名、まだぎこちなく、制服を着てるのではなく着られている少女達がいた。

 肩に力が入っている者、何処かぽけーっとしている者、四者の佇まいに既に人となりが出ていた。

 

 

「おはようございます! 私が第6班を担当します愛城華恋です」

 

 

「「お、おはようございます!」」

 

 

 ハウリングしたスピーカーのように上擦った声で返事された。

 驚いた6班の面々はその犯人へ静かに視線を投げる。

 粗相をして怒られた子供が如く顔を真っ赤にして震えていた。

 

 

「あはっ、緊張しなくてだいじょぶ、だいじょぶ~♪」

 

 

 華恋がそう言って笑いかけたことで、後輩達は何処か硬かった身体の力がふっと抜けた。

 

 

「まずは、バレエのレッスンから見に行きたいと思います。今日は一日よろしくお願いします」

 

 

 全員その場で礼をして、99期生がレッスン中の教室へと向かった。

 

 その後一日を通して実際にレッスン、見学といった形を過ごす。後輩である101期生らはただひたすらに感嘆の息を漏らすばかりだった。

 

 

 

 

 

 

『表を上げなさい、バートレー。貴方は私にとってかけがえのない友です。それは今までもこれからも変わることはありません』

 

 

『フリージア様、私にはあまりに勿体なきお言葉』

 

 

 オリジナルの台本を使って実技レッスンをする授業。

 公爵家令嬢のフリージアと、召使いであるバートレーの愛情、友情を描く物語。今はフリージアを天堂真矢、バートレーを星見純那が演じていた。

 

 

『何を謙遜なさっているの、もっと胸を張ってください。気高く、強く生きねばなりません』

 

 

『っ…………』

 

 

 あまりの気迫に息を飲む。バートレーは召使いという立場でありながらフリージアに恋をしてしまった。身分の違いもあって気持ちに正直になる訳には行かない。一方フリージアはバートレーの事を友人として慕っていた。その両者のすれ違いをどう表現するかがこの台本の肝だ。

 天堂真矢は流石の実力。101期生は勿論、同期ですら一瞬で世界に引きずり込まれる。

 だが星見純那だって負けていない。

 恋心を伝えたい淡い感情、立場の差という現実的な思考、そしてあくまでこの関係を友情とだけ見ているフリージアへのもどかしさ。それをどこまで観客に見せてしまうのか、微妙な塩梅が必要とされるが彼女はその逡巡を魅せるのが上手だった。

 そしてこの後はバートレーが想いを隠したままフリージアへの手へ忠誠のキスをする。

 バートレーがフリージアの手をそっと手に取ろうとした、その瞬間────

 

 

『フリージア! フリージア! 少しお話したいことが────あら、丁度良かった』

 

 

 2人の空間に新たな来訪者が現れた。

 

 

「なっ、貴方は……」

 

 

「ちょ、あいつ何やってんだぁ?」

 

 

 突然の事に思わず素に戻る真矢。純那もまた同じように目を丸くしていた。

 場がざわざわと騒ぎ出す。教師は注意をしようとしたがその口を噤んだ。

 

 

『フリージア、好い加減この男を特別扱いするのはよしなさい。勘違いされては困るのよ、下僕の分際で何を、何をしようとしているのよぉお!!』

 

 

 空気がビリビリと震えた。

 突然現れた水色の髪をした少女……いや、現れたのは少女ではない、妙齢の淑女だ。

 

 

「……『訂正してください』」

 

 

 真矢は初め驚きと同時に怒りを覚えたが、グッと堪えて言葉を紡いだ。

 

 

「天堂はんら何してはるの? こんなん台本には書いてへんで……?」

 

 

 そう、台本には書いていない。この場にいる全員が困惑するのは当然の事だった。ただ唯一、有栖川無花果(ありすがわいちぢく)を除いて。

 

 

『なんて仰ったの? もう少し明瞭に喋って頂けませんかフリージア?』

 

 

 見える。背景が見える。いや、見させられている。

 彼女のその演技で、今この場が豪奢な屋敷の中で、華美な衣服に身を纏っているのだと思わせられる。

 飲まれまいとキッと顔を上げると、真矢は高らかに叫んだ。

 

 

『訂正してくださいお母様! バートレーは下僕ではなく召使い! そして召使いである前に、私の、友人です! そうでしょ? 貴方も何か言いなさい』

 

 

 有栖川が演じているのはフリージアの母親だ。確かに何処か意地悪い性格という設定で出てくる予定だがこのシーンでは無い。

 朝の自己紹介で無邪気や天真爛漫といったイメージが付いていた有栖川が、今ではその影を潜め意地悪でありながら気品のある夫人そのものになっていた。

 

 

「え? あ、っと……?」

 

 

 未だ状況が掴めず戸惑い、言葉が出てこない純那。その顔は先程までのバートレーの迷いとは違い、素の彼女の顔だった。

 

 苛立たしげに足を鳴らす夫人。畳まれた扇が掌を何度も打ち付けている、そんなように見える。

 パン、パンパンパン。

 段々高まる音と共に純那の焦りも募るが、彼女は身体を夫人へと向けると、こうセリフを吐いた。

 

 

『わ、私は……唯この身を以て、誠心誠意フリージア様にお仕えする……それだけを悦びとし、またそれ以上の事は、何一つ……望みません……』

 

 

 本来であれば夫人に決意を語るシーンは何処にも無い。最後のシーン、フリージアが死ぬ時に初めてバートレーの隠していた気持ちを明かす。偽りの宣誓は忠誠の口付けで説明するはずだった。それを、有栖川はこの場で夫人として出てくることで流れを、展開を変えてしまった。

 

 

『ふんっ……分かればいいんです。フリージア、貴方もです。友人、などという存在は、必要ありません。貴方が関わる人物は私が決めます。貴方は私の娘なのですから』

 

 

 そう言うと夫人は部屋を出ていった。

 

 徐々に背景が元の世界へ戻っていく。

 バートレーは顔を伏せたまま起き上がれない。フリージアは夫人の横暴な物言いに不満のある顔をしていた。

 

 

 ────誰かが唾を飲む音が聞こえた。

 

 現実へ引き戻される。まだ経験の浅い101期生だけでない、99期生ですら自分の意志でない見方をさせられていた。

 

 

「はい、そこまで」

 

 

 パンパンと先生が手を叩く。終了の合図だ。

 真矢はふぅと肩を下ろす。純那はそのままピクリとも動かない。

 

 

「有栖川、お疲れ様、大変真に迫った夫人役だった」

 

 

 有栖川は背筋を伸ばすと深々とお辞儀をした。

 

 

「ありがとうございますっ!」

 

 

 にこにこと先ほどまでの気迫も何処へやら、そこにはただ無邪気な無垢な少女しかいなかった。

 

 

「ただ────」

 

 

 にこやかに微笑んだ櫻木麗先生。

 101期生、そして有栖川を除いた全員がその笑顔を見て悪寒が走る。笑っているが笑っていない。

 思わずみんな顔を見合わせる。そうして先生は表情を消した。

 

 

「これがエチュードの授業ならば、な」

 

 

「へ?」

 

 

「今は決められた設定、セリフを自分たちでどう解釈して演じるかという授業だ! 好き勝手やりたいなら聖翔じゃなくてどっかの劇団でも入るんだな!」

 

 

 特大の雷が落ちた。

 まるで自分達が怒られているかのような気分だ。何故か本人だけがいまいちぴんと来ていない。

 

 

「へっへ~その方が面白いかなって思って~」

 

 

 場が凍る。あろうことか反論してみせた。

 先生に注意された時、反省をし謝る、それ以外の選択肢は無い。

 ここは演劇学校。上下関係が厳しい芸能界へ羽ばたく未来のトップスタァ育成学校だ。演技を学ぶだけではない、社会人としてのマナーも学ぶ所だ。そして何よりこの後起こる結末を99期生は理解していた。

 

 

「────罰として︎︎ ︎︎ ︎︎"︎︎伝説のしごき"︎︎ !!」

 

 

 恐怖の6文字だ。皆一様に身震いをしていた。

 

 そこで今日の授業は終わり。

 最初こそ素晴らしい演技に興奮していた101期生達も、怯える先輩達を見て不安を覚える他なかった。

 有栖川は伝説のしごきがどういうものなのか寧ろ気になると言った感じでソワソワしていた。

 

 

「流石は天堂真矢、って言ったところね。突然のアドリブにも完璧に対応するなんて」

 

 

 皆がレッスン室を出て行く最中、クロディーヌは真矢へ声を掛けた。しかし真矢は何処か浮かない表情のまま踵を返した。

 

 

「……ばけもの」

 

 

「え?」

 

 

 そう呟いて出ていってしまった。見送ったその背中は、天堂真矢の物とはとても思えないほど自信の無い疲弊しきったものだった。

 

 

「おい星見ーー立てるか? 早く帰ろうぜ」

 

 

 純那はといえば変わらず動けずにいた。心配で声を掛けた双葉の肩には気だるそうな香子の顔が乗っかっている。

 差し伸べられた手が純那の視界に入るが反応は特に無かった。

 

 

「何も……何も、出来なかった……っ」

 

 

 震えている、悔しそうに拳を握りしめ地面を殴った。

 

 

「芸術が目指すのは、ものの外見ではなく、内にある本質である……アリストテレス……」

 

 

「アリはんがどないしたって?」

 

 

 純那は眼鏡を掛け直すとやっとの思いで立ち上がり、フラフラしながらその場を後にする。

 双葉も香子も声を掛けれなかった。それは1番彼女のことが心配であろう大場ななも同じだった。そうして静かに目線を移す。

 

 

「いちじくちゃん! 伝説のしごき、頑張ってね……!」

 

「なんかみんな怯えちゃって余計に気になって来たよ!」

 

「うへ~あれはね~いわ、いい?……ん?」

 

「言い表せない?」

 

「そうそれ! 言い表せない!」

 

 

 まひると華恋は上京する娘を見送る母のようにただただ有栖川へ手を振るしかなかった。

 

 

「しごかれに行ってきまーーす!」

 

 

 まるで反省しているとは思えない態度である。

 

 こうして、編入1日目にして『伝説のしごき』を受けた無法者として大きな印象を与えるのだった。

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