少女歌劇レヴュースタァライト バロック・ザ・ジャム   作:桜椛

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3場 聖翔に来た理由

 壁や床など、全体がピンクで統一された部屋。

 シャーーーっと水が流れる音、立ち込める湯気がこの部屋の中をスモークが如く充満していた。その中央、7つ仕切りがありそこでシャワーを浴びている者とその前で空くのを待つ2人がいた。

 

 

「あぁっ~~~~~もう無理ぃいい~~~~~伝説のしごきってなんなのよ~~~…………早くベッドに横になりたい~~」

 

 

 言い表せない、まさにその通りだと痛感した有栖川は今後あの先生の機嫌を損なうことはしないように気を付けよう、そう心に誓った。

 

 

「いやぁ~有栖川はん根性あるわぁ~うちなら伝説のしごきの後一歩も動けへんのに」

 

「ほんとだよなまったく。ま、香子は普段から自分で歩かないけどな」

 

「確かに、言えてるわね」

 

「ちょ、クロはんまで!? ほんまひどいわぁ」

 

 

 星光館、聖翔に通う生徒のほとんどが住む寮だ。その一角、今日一日の疲れと汗を流すためシャワールームにいた。その日の出来事など、誰かがひとつ口を開けば人越しで会話をするなんてのはここでの日常だ。

 そして今日の話題はもちろん、転校生の有栖川無花果についてだった。

 

 

「にしても凄かったよね、今日のいちじくちゃん。引き込まれちゃったな」

 

 

 まひるはトレードマークの触覚をほどきシャンプーを手に取りわしゃわしゃと洗い始める。

 

 

「うんうん! いちじくちゃんじゃなかったみたい!」

 

 

 華恋は思い出しながら全身にシャワーを浴びる。その隣で真矢は優雅に体を洗いながら微笑んでいた。

 

 

「私も驚かされました。有栖川さん、去年まではどこの学校にいらしたのですか?」

 

「うん、それ私も気になるな。いちじくちゃんがどこで舞台を学んだのか」

 

 

 真矢のその言葉に反応したばなな。軽く伸びをしてから髪留めを外すと優しく手櫛でほぐしていた。

 

 水に溶けてしまいそうな淡い髪の毛を揉みこみながら、有栖川はきょとんとした顔で答えた。

 

 

「私この間まで普通の学校に通ってたよ? 演劇科には所属してたけどねー」

 

 

 その言葉にみな驚き、思わず仕切りから顔を出して有栖川を見る。視線を感じてシャワーを止めると、戸に手をかけ右、左と見た。

 

 

「なんか変なこと言った?」

 

 

 益々この少女が不思議に見えてしょうがない。こうやって話している時はまるで小動物、無垢な少女そのものなのに、あの場で割り込んできた時は役そのもの……いや、彼女が世界を作っていたといっても過言ではない。それはあれを見ていた全員が思っていること。ましてや相手をしていた二人なら尚更そう思うのも当然なわけで。

 

 

「う、嘘よっ! まともに勉強してこなかった人の演技では無いわ! 本当はどこか劇団とか入っていたんでしょう?」

 

 

 眼鏡を外してあまり目の前が見えていない純那。おかげで非常に人相が悪い。有栖川は凄まれたと思い少し肩を竦める。

 

 

「ほ、本当だよ? 昔から本は好きで、ずーーっと空想ばかりしてて……例えば、今ここの排水口が詰まって水が流れなくなって、部屋の水位が上がってきたら~とか」

 

 

 そう語る有栖川の目は何処かキラキラと輝いているように見えた。

 空想、そんなことばかり考えていないで勉強しろと言われるのが世の常だろう。だがこと舞台少女において、この空想がどれだけ大事か、その話を聞いて少しだが腑に落ちた面々であった。

 

 

「それで? どうするのよ、そうなったら」

 

 

 手持ち無沙汰に髪の毛をいじるクロディーヌ。綺麗な顔だなーと思いながら有栖川は答える。

 

 

「んーー? いっぱいあるなーーでも楽しそうなのは、いっそ魚になっちゃってここで暮らすとか」

 

「なんだそれぇ? 現実的じゃなさすぎるだろ」

 

 

 あまりに突拍子の無い答えに双葉は笑った。なぁ香子? と声を掛けると、香子は頬を膨らませてむにむにしていた。

 

 

「有栖川はんは骨が多そうでいややわぁ」

 

「食べるつもりか!?」

 

「香子ちゃんは(ぶり)みたいで美味しそうだね!」

 

「有栖川ぁっ!?」

 

 

 ぜーはーと突っ込みで疲れ肩で息をしている双葉。変な所で波長が合ったようで、二人は互いに心の中で握手を交わした。

 

 

 

 それぞれ寝間着に着替えて居間で髪の毛を乾かしたりパックやマッサージ等をしていた。

 舞台少女、彼女らは演劇人。芸能人。こういう少しの努力も欠かせなかった。というのもあるが年頃の女の子というのも大きいだろう。

 

 

「有栖川さんが本を読むのが好きってのは分かったわ、今度ゆっくりお話しましょ? ただやっぱり気になるのは」

 

 

 純那はばななの髪の毛にクリームを塗っていた。床にあぐらをかいてソファに凭れるばななは嬉しそうに微笑んでから有栖川へと視線を向ける。

 

 

「それだけで聖翔へ来たの……? 自分で言うのも烏滸がましいかもしれないけれど、聖翔は並大抵の覚悟や技量で来れるところでは無い……ましてや普通科高校からの編入だなんて有り得ないわ」

 

 

 それに関しては皆同感だった。聖翔と言えば全国的にも有名な演劇に特化した学校。入学の倍率は50倍と超難関校だ。それに専門的な知識を3年間学んでいくためそもそも編入自体が珍しい。ましてや普通科高校からともなればこの疑問が生ずるのも当然の帰結であった。

 だが当の本人はいまいちピンと来てない顔でココアを飲んでいた。

 

 

「有り得ないって言葉、あまり好きじゃないかな。だって有り得ちゃってるし」

 

 

「そ、そうだけど……」

 

 

「起きてる事実を自分の理屈と摺合(すりあわ)せて腑に落としたいってことでしょ?」

 

 

 有栖川はそう言うと考えるように天を仰いだ。暫し沈黙の時間が流れる。

 コツコツと針が時を進める音だけが木霊する。

 

 

「スタァライト」

 

 

「え……?」

 

 

 沈黙を破ったのは有栖川、ではなくクロディーヌだった。

 

 

「無花果、今朝の自己紹介でそう言ったでしょ?」

 

 

 

 

『初めまして、有栖川無花果(ありすがわいちじく)です! みんなと、スタァライトしに来ました!』

 

 

 

 

 確かにこう言っていた。聖翔、スタァライト、結びつく答えとして簡単ではあるが……。

 有栖川は目を欄欄と輝かせてソファの上で正座になる。

 

 

「そう! スタァライト! 私この前の聖翔祭観てもう感激! 胸を刺す衝撃ってまさにあれのことよ!」

 

 

 うっとりと、身体をよじらせながら一人一人の顔を見る有栖川。

 

 

「戯曲スタァライト、必ず悲劇で終わる定められた物語の、その続きを演っちゃうなんて最高にロックだわ!!」

 

 

 有栖川の興奮に圧倒されていた。あの時感じていた熱、キラめき。演じていた彼女達ですら第100回聖翔祭があの時出来た自分達の最高傑作だと信じていた。実際にこうやってお客さんの反応を知れるのは貴重な機会であると同時に、やっぱり凄かったんだと認識でき何処かちょっと誇らしい気持ちすらある。

 

 

「特にフローラとクレール! もう、あの時のキラめきは最高だったよ華恋!」

 

 

 手をガっと掴まれ縦に大きく振られる華恋。それに揺られながらありがとうと感謝を告げる。

 

 

「それで! あのクレールをやってた神楽(かぐら)ひかりさんって何処にいるの!! もう話したいこといっぱいあるんだけど!」

 

 

 その言葉に場が凍った。華恋は沈鬱な表情で顔を伏せてしまった。それぞれが目線だけでやり取りをする。だが何と言ったらいいものか分からず様子を伺ってしまった。それが余計に良くないと、まひるは答えようとしたが……

 

 

「ひ、ひかりちゃんはっ──」

 

「ひかりちゃんは、ロンドン」

 

「ロンドン……?」

 

 

 華恋は有栖川の手を優しく握ると、儚く、消えそうな、水彩画のような笑顔を浮かべた。有栖川はこの笑顔の意味を見出そうとしたが分からなかった。

 

 

「ふぅん、そっか。ま、そのうち会えるよね、楽しみにしとこー」

 

 

 その後有栖川は星光館の空き部屋を紹介された。玄関に置いていたキャリーケースを持って階段を上がったため疲労度がかなり高い。荷解きは明日以降でもいつでも出来るでしょうとそのままベッドに倒れ込んだ。夢へ落ちたのは一瞬のこと、明日から、楽しい日々が始まる……。


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