少女歌劇レヴュースタァライト バロック・ザ・ジャム 作:桜椛
回る、廻る、まわる。
天と地が分からないくらい世界がぐるぐるしている。
私は誰……? 此処は何処……?
自我の認識も出来ないままゆっくりと身体が地面へ溶け込んでいく。足が何かに絡め捕られ動けない。徐々に徐々に、肩まで沈み、やがて飲み込まれた。
景色が変わる。
砂漠。まとわりつく熱気が鬱陶しい。日差しも眩しい。辺りを見回しても何も無い。
私は何処から来て何処へ向かうのか。
何も分からなかった。何も考えられなかった。だが止まる事も出来なかった。
あてもなく歩き続けたその時、何やら上から降ってくる。
大きく土煙を上げながらそれが地面へと突き刺さった。
思わず目を覆う。視界が晴れるとそれは現れた。
本だ。
人の大きさを優に超えるそれは一人で開こうと思うもビクともしない。
諦めてその場を離れようとした直後、独りでに本が勢い良くめくれ上がる。
激しく風が舞い上がると同時に、幾つもの本が空から降ってくる。
そして本が怪しく光り始める。
傍に人のシルエットが見えた。逆光で顔までは見えない。だが長い髪の毛が大きく靡いているのが分かる。
誰……? 星の、髪飾り……?
シャラン、と鈴のような軽やかな音が響く。小さい、剣のようなものが揺れている。
気付けば身体が導かれるようにページへ手を伸ばしていた。
指先が触れた瞬間一気に本へ吸い込まれる。
「はっ! ……っ……ゆ、夢……?」
見慣れない天井、まだ固い枕、何も飾られていない質素な部屋。
上体だけを起こして辺りを二度三度見回す。動きを止めた後欠伸をしながら頭をぽりぽりと掻く。最早目は開いていない。ゆっくりと体が覚醒するのを待つ間にうっすらと意識を認識し始める。
あ、そっか。私お引越ししたのか、聖翔に。
有栖川無花果は朝は低血圧なのだ。水夫のオールが激しく動くのを何とか止めまいと念を飛ばすが、健闘空しく大きく倒れ込む。そうして穏やかな眠りの世界へ身を投じるのであった……。
「だーーー……めよぉ……起きる! 起きるよ私! はい! 起きたもう起きたからね!」
威勢だけはいいが、依然膝を抱えてベッドに横たわったままだ。
「うさぎが一匹……うさぎが二匹……」
何やらぼそぼそと呟いていた。
よく、寝れないときには羊を数えると言うが、うさぎは聞いたことがない。どちらにせよこれから起きようとしている人がとる行動ではないと思う。
身体をもじもじとさせながらゆっくりと伸びをしていく。
「うさぎが三匹…………集まってみんなでブレイクダンス……」
折角覚醒しかけた身体も夢の中へ落ちているかもしれない。
足だけ床へ降ろして徐々に徐々に、まるで軟体動物のように身体も床へ降ろしていく。
そして大の字。
「毎朝身支度してくれる妙齢な執事が欲しい!!!!!! 有難う、じいや(少女漫画のようなキラキラおめめ)とか言いたい!!!!!」
うわーーーー! と叫びながらその反動を利用して立ち上がる。
ふしゅぅううと息を吐いて目をかっぴらく。
「よし、顔を洗おう」
随分独特な起床を終えた有栖川は身支度を整えて鞄を背負った。
だがそこではたと気付く。
ここから学校まで行き方を知らない。いやそんなに遠くはなかったけど如何せん昨日はそれどこじゃなくて導かれるままだったので覚えるとかそういう話ではなかった。
ま、何とかなるか! そう考えた有栖川は部屋を後にした。
「かーれーんちゃーん! おーきーてー! 何で、昨日あんなに早く起きれたじゃん、ほら頑張って?」
とそこで何やらまひるの奮闘する声が聞こえてきた。良かったまだ誰かいたと安心した有栖川は声のする方へ向かった。開け放たれた扉の近くには鞄が一つ置いてあった。中を覗くと、まだベッドで寝ている華恋とそれを必死に起こそうと触角をピコピコさせているまひるの姿があった。
「昨日がんばった分……今日寝るの……おやすみまひるちゃん……」
「おやすみじゃないよー! 遅刻しちゃうよー!」
まひるは時計と、まだ寝間着姿の華恋を見てあわあわしていた。
とそこで有栖川と目が合う。
「あ、おはよういちじくちゃん」
「おはよーまひるちゃん。華恋、全然起きないじゃん」
「そうなの、いつもお寝坊さんだから慣れてはいるんだけど……」
とはいえ時間に追われるのが嫌だというのも頷けた。あの先生の事だからどんな雷を落とすか分からないし……と、昨日の今日でこりた有栖川。ならばと、ふんすと袖をまくった。
「任せてまひる、こういう時はいっそ着替えさせちゃえばいいのよ」
「え、どうやって……?」
悪戯っぽい笑みを浮かべた有栖川は華恋のベッドに乗っかり、そしてその上に跨った。
「こうするのよ」
そう言って有栖川は白く細い指をするすると華恋の服の下に忍ばせた。
「ひゃぅん!」
突如お腹に触れる感触に変な声が出た華恋だったが、未だ夢見心地のようであり身体を起こす気配はない。両手を同じように忍ばせた有栖川は、よいしょーー! という掛け声とともに華恋のパジャマを脱がしてしまった。
「いち、いちじくちゃん!?!?」
突如、露になった華恋の下着姿。薄いピンクに小さいリボンがあしらえたナイトブラだった。まひるは手で顔を覆うがちら、っと指の隙間から覗いては顔を朱に染めていた。
「おぉお……仰向けでこの大きさと谷間……華恋は着痩せするタイプなのね……」
どこか鼻息荒く手をわしわしさせてる有栖川。そうしてその手を華恋の胸へと伸ばし、そして揉んだ。
「ん、ふぅ……っ」
悩ましい吐息が漏れている。
「おぉ……これはなかなか……癖になりそうね」
楽しそうに胸を揉んでいる。弾力を確かめるように、ふにふにと優しく揉んでいる。そう、動物に触れるのと同じような感じである決してやましい気持ちなどではない、癒しを求めているだけなのだ。
「まひるちゃんも一緒にどう?」
うっとりと幸せな表情の有栖川。全くもって悪意の無い純粋な表情だ。
「だ、だだだ、ダメぇーーーーーー!!!!」
まひるは揉みしだく有栖川を思い切り突き飛ばしていた。突然のことに抵抗できず吹き飛ぶ有栖川。まひるは勢い余って躓いてしまった。そしてそのままベッドへ倒れこむと、ふにっと顔に柔らかいものが当たる。
それが何なのか理解するのに時間がかかった。ふにふに、と顔だけでなく掌でも感じる。そろりと顔を上げるとそこには、華恋の寝顔があった。そう、まひるは華恋の胸へとダイブしてしまったのだ。
「うひゃーーーーーーーー!?!?」
事態を認識したまひるは飛び上がりながら傍にあったクッションを思い切り投げた。
「いてて、いきなり突き飛ばさなくt……ばひゅん!?」
そして起き上がった有栖川の顔面へクリーンヒットした。
「ま、まひるちゃん何で……」
ばたっと倒れる。平時のまひるなら謝ったり心配したりとするだろうが、とてもじゃないがそんな精神状態ではなさそうだ。いてもいられなかったか、叫びながら部屋を出て行ってしまった。
流石にこの騒動で目が覚める華恋。
「あれ、私パジャマ脱いだっけ……って、いちじくちゃーーーん!?」
状況があまり呑み込めないがおかげで華恋の目はすっかり覚めたようだ。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「まひるちゃんって人畜無害な顔してその実バーサーカーだよね……」
まだ少し赤らいだ鼻をさすりながら有栖川はまひるを横目で見る。
「もうやめてぇ~~ごめんねいちじくちゃん……」
いろんな感情があふれてまともに顔を見れず手で隠しながら歩いていた。一方華恋は頭を抱えながら唸っていた。
「パジャマ……覚えが……」
そんな華恋の肩をポンと有栖川が叩いた。
「もっと、自信持っていこう」
「いちじくちゃん!!」
「あはは、ごめんってもうしないよ~」
「?……分かんないけど分かったよ! 愛城華恋は日々進化中! 自信持って行きますよ~」
そういうや華恋は二人を置いていく勢いで走り出した。発破をかけられた気持ちでまひるの手をひっぱり後を追いかけるのであった。
HRの時間。櫻木先生がプリント用紙を生徒へと配る。全員に行き渡ったのを確認すると説明を始めた。
「101回聖翔祭のことは勿論だが、それと同じ……いや、それ以上に大事なものがある。一年なんてあっという間だったろーしっかり考えるんだ。来週までに提出するように、以上」
皆一様にその紙へ視線を落とす。
進路希望調査。
そう、彼女達は舞台少女であるが、聖翔にいつまでもいれるわけではない。あくまでここは通過点、これから先、何処へ往くのか、選ばなければいけない。ある程度決めている者もいるだろう。だが迷っていたりそもそも何も思い浮かばない者も……
「私は楽しければそれでいいかなぁ~今は聖翔でスタァライトを! 目標としてるわけだし」
いただきますと言ってサンドイッチを喰らう。シャキシャキのレタスが口腔内で踊り始める。ハムスターのような顔でもきゅもきゅと食べる有栖川の隣で、華恋は唐揚げを頬張っていた。
「私達の舞台を観て、そこまで思ってくれる人がいるなんて、何だか嬉しいな……ありがとう、いちじくちゃん」
まひるもまた、サンドイッチを食べながら有栖川へ微笑んだ。
お昼休憩、有栖川達は中庭のテーブルでばななが作ってくれた豪勢な料理を堪能していた。
「にしても美味しいわねこのサンドイッチ。どうしよう止まらないわ」
有栖川はスナック菓子のようにパクパクとサンドイッチを平らげていく。
「ありがとう、いちじくちゃん♪ いっぱいあるから気にせず食べてね」
ばななはそう言うや、何処から取り出したかバスケットをドンッとテーブルに置いた。開けるとそこには追加のサンドイッチだけでなく、お菓子まで入っていた。
「うわぁーーー! すっごーい!! これ全部一人で作ったの!?」
「一人で作ることも多いけど、今日は純那ちゃんと、一緒に、作ったんだ~♪ ありがとう、純那ちゃん♪」
幸せそうに顔を緩めたばななは、バナナスコーンを純那へと手渡した。照れくさそうにそれを受け取ると、眼鏡の位置を正した。
「べ、別に、いつも作ってもらってばっかだから……たまには、と思って」
「ん~~じゅんじゅんかっわいい~~」
「うん、かわいいね」
「かわいいわね」
「かわいいでしょ、純那ちゃん♪」
「か、からかわないで! かわいくなんか(パシャッ)ないわよ!」
にやにやと見られる、この扱いに居てもいられなかったか、スコーンを口に放り込むとそのまま走り去ってしまった。顔だけでなく耳まで真っ赤だったことを、この場の誰もが見逃していない。
「あぁーあ、行っちゃった」
面白かったのになぁと少し寂しそうに手を振る有栖川。照れ顔をばっちりカメラに収めたばななはどこ満足気であった。
「有栖川さん」
「おわぁっ!?……真矢ちゃん? もう、いきなり現れないでよ~」
音も無く、忍びが如く有栖川の背後を取っていた真矢。驚かせるつもりはなかったのですが、と謝ると、こう言葉を続けた。
「いや、こうやって会えたのも何かの縁ですから、明日はオフですので歓迎パーティーでも、どうかと思いまして」
「歓迎パーティー!!!! え、え、いいの? いいの?」
今にも飛び跳ねん勢いで喜色満面の有栖川。落ち着きなく皆の顔をぐるっと見てしまった。
「とか言って、アンタ本当はばななの料理が食べたいだけじゃないの?」
すると今度はクロディーヌが音もなく現れた。突如顔の良い二人が現れたことによって、有栖川はもう拝むほか無かった。
「ち、違います……! 私はただ、これから一緒に戦うライバル、仲間として……」
「真矢ちゃん、はいどうぞ♪」
ばなながお菓子のバスケットを差し出すと、横目に中を確認してからバナナマフィンを手に取った。
「ありがとうございます大場さん、いただきます」
「ほーらやっぱり。ばなな、私も頂くわ」
二人のやり取りを見ながら、有栖川の頭はパーティーでいっぱいだった。
「パーティーかぁ、飾り付けとか気合い入れなきゃだね」
「パーティー! パーティー! パーティーと言ったらケーキ♪」
華恋もまた、パーティーのことで……いや、食べることで頭がいっぱいであった。それも無理からぬことで、今この場にもあるように、ばななが作った料理はとにかく豪勢且つ美味しい。一度その味を知ってしまえばまたと求めてしまう、そんな魔力が秘められていた。ましてやただのお昼休みでこれだ。パーティーといったお祝い事ともなれば一層気合の入った一品が堪能できるに違いない。
「その為には、買い出しが必要ですね。今日の授業終わりと明日に分けて行くのはどうでしょうか?」
「買出し! いいねーー! 楽しそう!」
「って、無花果は主役なんだから……まぁでも、仲を深めるっていう意味ではそれもアリかもね」
わーいやったー! と子供のようにはしゃぐ有栖川。明日のパーティーに向けて、胸を高鳴らせるのであった。