少女歌劇レヴュースタァライト バロック・ザ・ジャム 作:桜椛
聖翔音楽学園では、寮の門限があるほか、外出するにも許可が必要だ。余程変な理由でなければ断られることもないし、許可を貰わずに出てった時の方がよっぽど面倒な事になるのを99期生は理解していた。
「あまりハメを外しすぎるなよ?」
「任せてください!」
ドンッと胸を張ると浮かれ気分でスキップしながら有栖川は部屋を後にした。その後姿を見送りながら櫻木先生は何処か嬉しそうに口元を緩ませた。
晴れて外出許可をもらえた有栖川達は何を買いに行こうという話になった。
「飾り付けするなら、私はお部屋を掃除しようかな? みんなすぐそこら辺に物置いちゃうから」
「なら私も手伝うわ露崎さん」
「私は今日のご飯作って待ってるね♪」
との事だったので、他のメンバーで行くことにした。
「とは言え今日はあまり時間がありませんので、細々したものは明日ということで」
真矢のその提案に皆賛成し、今日はスーパーで食品の買い出しに決まった。
「おっ買い物~みんなと一緒におっ買い物~♪」
「楽しそうね、無花果と華恋」
今にも踊り出しそうなはしゃぎっぷりの2人にクロディーヌは思わず笑みがこぼれた。
「西條さん、つかぬ事をお伺いしたいのですが」
「oui、何よ改まって。天堂真矢らしくないじゃない」
真矢はもじもじと言葉を出すのを躊躇いながらちらとクロディーヌの顔を覗いた。ぷっくりと厚い唇を微かに震わせながらいつもの堂々とした発声ではなく小さく聞こえるか聞こえないかの声で呟いた。
「その……スーパーには、ひ、ひよこ饅頭……はあるのでしょうか……?」
「アンタって本当……無いわよ」
「なっ……!?」
青天の霹靂とでも言わんばかりの衝撃を受けている。受験に落ちた学生並に落ち込んでいる真矢を見兼ねて、クロディーヌは必死に言葉を探した。
「あぁ~あ、駅ビルの百貨店にはあるんじゃない?」
「行きましょう今すぐ」
「立ち直りが早いわね!? スーパーが先よ」
初夏にはまだ早い春の夕方、綺麗に世界をオレンジに染めている。駅前では帰宅途中の学生や社会人、買い物袋を下げた主婦など、様々な生が往来していた。
「覚悟を決めろよ有栖川?」
「へ? 急に何双葉ちゃん」
「これから私達は、戦地へ赴く」
そう語る双葉の目はメラメラと燃えていた。スーパーに買い物に行くだけでは? と思っていた有栖川はその考えをすぐに改めることになる。
「This is 地獄……」
「Oh! là là ! これが
「ひょ、ひょぇ~~」
夕方、駅前のスーパーともなればゴールドラッシュよろしく血眼になった主婦達の戦場だ。絶え間ないレジ打ちの音、溢れる人、補充そしてシールを張る店員さんの間隙を縫って伸びる無数の手。おそらくこの地で何年、何十年と戦ってきた者達だ、面構えが違う。
「なんやこの、人! 人! 人ーー! ほんまにこん中行くの? お菓子、お菓子だけ買いまひょ?」
「そうだよ双葉ちゃん、ね?」
双葉の両腕に香子と華恋がひっつく。縋るような二人の視線を受けながら、双葉は引っぺがして二人をくっつけた。
「お菓子はまた今度な! 今日はメインの食材を買うってそう話したろ?」
「お菓子買ってくれなここ一歩も動かへん~~!!」
「だってぇぇええ~~あの中こぉわぁあいぃい~~」
「あ、あのなぁ……?」
完全に駄々っ子を引き連れたお母さんである。有栖川はそれを見て、双葉ママとか言い出すもんだから場は混乱を極めた。
「早く行かないと売り切れるわよ、双葉ママ?」
「だからママじゃないっ──」
「This is 石動ママ」
「天堂までやめろーーーーー!?」
ぜーはーと肩で息をしていた双葉の視界に、目をうるうるとさせる香子と華恋の姿が映った。
「うっ…………」
そこはかとない罪悪感が胸に突き刺さる。ぱちくりぱちくり、大きな目が覗いている。
己が良心の呵責に苛まれている姿を一通り見せた後、薄目でちらと二人を見た。
「ひ、一人一個までだぞ……?」
この世の終わりかのような顔をしていた二人は一転、人生の最良期と呼べるほど笑顔になると、ハイタッチをした。そして声を揃えて。
「「ありがとう、双葉ママ!!」」
「お礼が言えて偉いですねぇっ!?!?」
ここまでくると面白くて腹を抱えるしかないクロディーヌ。面白がってママと連呼する真矢と有栖川であった。
一方その頃、星光館では、まひると純那が部屋の片付けを、ばななが料理の下拵えをしていた。
「こうやって改めて見ると、汚いわね」
飲み終わったカップ、誰のとも分からない薄手のブランケット、開かれたままの雑誌等々……リビングという共有のスペースなのにまるで自分の部屋かのような乱雑さだ。気付けば皆ここで時間を過ごしていることが多いためそれも無理からぬことではあるのかもしれない。とりあえず純那はカップを洗ってしまおうと台所へ向かった。
そこでは既にエプロンを身に付けたばななが、袖を捲って気合を入れていた。そして大きな鍋を取り出し水を注いだ。
「おつかれなな、今日は何を作るの?」
「ふふ、おつかれ純那ちゃん♪カレーを作ろうかなって。まひるちゃんの実家から届いたまひる芋もあるし、一週間頑張ったご褒美に皆いっぱい食べたいでしょ?」
そして冷蔵庫から食材をどさどさっととりだす。その横で純那はコップを洗い始める。
「これは華恋ちゃんの……これは……華恋ちゃん……これも華恋ちゃん」
慣れた手つきで散らかった物を仕分けしていくまひる。
特にこれといった不安もなく、着々とそれぞれの仕事がこなされていく。
「にしても不思議な感覚ね。今まで辞めて去っていく人はいたけれど、また新たに新入生だなんて」
「うん、そうだよね。いちじくちゃん……スタァライトをするために聖翔に……」
「普通では、ないわよね。ま、それだけ私達のスタァライトが人の心を動かしたってのは誇るべきだわ」
これは誰の? それはクロちゃんの、一緒に回しちゃおっか。料理の音をBGMに二人は片付けを進め、汚かった部屋も今ではすっかり新居同然だ。
「それに、楽しみではあるわよね。有栖川さんだったら、どんなフローラとクレールを演じるのか」
「うん、確かに。いちじくちゃんの演技、凄かったもんね。惹き込まれちゃったなぁ」
「えぇ、悔しいけど本当に何も出来なかった。やっぱり上には上がいるんだなって、改めて思い知らされたわ」
「で、でも純那ちゃんも凄いよ! 突然のアドリブにあそこまで返せてたんだもん……私だったら固まっちゃって何も出来なかったかも」
「あれは天堂さんがいたから場が大きく崩れなかっただけ。私一人だったら……」
「そ、そんな事ないと思うけどな。ねぇ、ばななちゃんはどう思──」
ダンッッッッ!!!!!!
激しい音が響き場が一瞬静まる。突然の事に驚き、二人はその方向へ顔を向ける。
そこには、包丁を持ったばななが顔に影を落とし佇んでいた。
「な、……なな?」
「ごめん、まひる芋、硬くて」