少女歌劇レヴュースタァライト バロック・ザ・ジャム 作:桜椛
カラフルなペンで、様々な独特なイラストと共に書かれた横断幕が庭に繋がる引き戸に掛けられていた。
そして折り紙で作られた輪っかの飾りが部屋を縦横駆け巡っていた。他にもバルーンや造花等々普段のリビングが華々しく彩られている。
部屋の中央、大きなテーブルの上には皆で作ったスペアリブやポテトサラダ、そして昨日ばななが作ったカレーにナン、エビフライと様々な料理で大賑わいだ。
「それじゃあ、みんな準備できた?」
三角帽を被り意気揚々とグラスを掲げる純那。
思い思いにグラスを掲げると今か今かとそわそわし始める。
「えー、この度は、有栖川無花果さんの聖翔音楽学園の編入を記念、そして3年生という新たな一年の始まりを祝してパーティ、を行いたいと思います。有栖川さんにおかれてはまだ入ったばっかりで右も左もわ」
「かんぱーーーーーーい!!!!」
我慢出来なくなった華恋が純那を遮って天高くグラスを掲げた。それを皮切りに乾杯と声を上げグラスを打ち鳴らす面々。
「ちょ、まだ喋ってるとちゅ……」
カンッと純那のグラスをノックしたのはばななだった。にこにこと楽しそうに微笑んでいるのを見て、何も言えなくなった純那は大人しく座って注がれたコーラを口に含んだ。
「えーーー! もうほんとありがとうございますーー! こんな温かく迎えてもらえて私は感激ですよーー!」
今にも踊り出しそうな勢いで有栖川はお辞儀をした。
「今日はいちじく、アンタに主役を譲ってあげるわ、存分に楽しみなさい!」
そういうとクロディーヌはスペアリブを手に取り、真矢のことを見ながら一口齧った。真矢はというと、そんな視線も気にも留めずにポテトサラダに夢中になっていた。
「西條さん知っていますか? 巷にはポテトで作ったバウムクーヘンがあることを」
「
「今度大場さんと一緒にお店に行く約束をしました」
「ふ、ふぅ~ん、それは良かったじゃない……」
そっぽを向きながらスペアリブを食べるクロディーヌの横顔を見ながら、真矢はポテトサラダを掬って差し出した。
「良ければ一緒に行きますか?」
「なっ……」
顔を真っ赤にして葛藤した後、ふるふると震えながらパクっと食べてまたそっぽを向く。それが答えと微笑んだ真矢は、クロディーヌが咥えきれなかったポテトサラダをぺろりと頂いた。
そんな二人の様子を眺めていた有栖川。
「な、なによっ」
「ふふん♪なんでもぉ~~?」
にやにやが隠せない締まりのない顔で有栖川はオレンジジュースを飲んでいた。
「ちょ、言いなさいよ!! そしてアンタも、スペアリブ食べなさい!」
「えっへへ~たべてますよーケーキも美味しくいただいています! ありがとうねばななちゃん!」
当然ばなな特製のお菓子は外せない、バナナケーキは勿論バナナベースのお菓子が5種類くらい沢山用意されていた。おかげでスーパーのバナナの売り上げにかなり貢献しているだろう。
「どういたしまして♪みんなで仲良く食べてね♪」
その隣で華恋もバナナスイーツに目が無かった。お宝を目の前に目を輝かせる海賊のようであった。
「すっごいよねこのバナパフェ! バナナ3本も使ってるんだもん! ほぼバナナだよ!」
華恋が食べていたのはバナナパフェ。ホイップやチョコソースは使っているが、フレークなどで笠増しをするところを、すべてバナナで埋め尽くしている。グラスの上にもバナナアイス、そして半分程度の長さのバナナをそのまま突き刺している。何処から手を付けても倒れてきそうなパフェだ。
「あ、華恋ちゃん、口についてるよ」
そんなこともお構いなしに食べられるところからぱくぱく食べていた華恋の口元にクリームが付いていた。まひるはティッシュでそれを拭った。
「まひるちゃんってお姉ちゃんみたいだね」
むしゃりむしゃりエビフライの尻尾を口からはみ出した有栖川が華恋の隣へ座った。まひるはにっこりと微笑むとこう答えた。
「だって、お姉ちゃんだもん」
その隣では、双葉と香子が膝を揃えて座っていた。
「和菓子も作れるなんて、ばななはんは天才やわぁ。双葉はん、ばなな羊羹」
「あのなぁ? 目の前なんだからそれくらい自分で、取れよな」
口ではそう言いながらテキパキと羊羹を切り分けて香子の皿へ盛る。ちゃんと大きすぎず小さすぎず違和感なく歯ごたえも楽しめるベストサイズだ。そして香子の口元へ運んだ。
「ほらな? うちは信じてんねん」
「か、体が勝手に動いただけだ!」
双葉は膝を抱えてばなな羊羹をパクパクと食べる。
あっちでわいわいこっちでわいわい、笑いやトラブルが絶えない楽しい空間だなと、有栖川はこれからの生活に対して安心感を覚えた。
「あ、そうそう! 今年のスタァライト! みんなはどの役やりたいとかあるの?」
前触れもなく突然有栖川が尋ねると、騒いでいた空気も、演劇学校に通う舞台少女ならではの真面目なものへと変わった。
「勿論、私と天堂真矢がフローラとクレールをやるのにふさわしいわ」
ふふんと誇らしげに胸を張るクロディーヌ。そこで異を唱えたのが香子だった。
「クロはんらは一年の時で充分やろ。今年こそはうちが選ばれるに決まってるわぁ、後輩の面倒でも見てなはれ?」
食べる手を止めず、香子は満面の笑みで佇んでいた。その横で双葉は何も言えず膝を握りしめていた。
「有栖川さんはどうなの? 私は有栖川さんがどんなフローラとクレールを演じるのか見てみたいわ」
純粋に、その瞳には少しながらの憧れすらも見えるような視線で有栖川のことを見る純那。それを受けてどんっと胸を張ると大きく宣言をした。
「目指すは主役! ポジションゼロ! その方が絶対楽しいわ! 熱く輝く、キラめきを!」
何故かその宣誓にみな魅了されていた。片鱗とはいえ彼女の実力を見たというのもあるが、彼女なら、本当にものにしてしまいそう……そして純那の言う通り見てみたいという気持ちもあった。
だが、そんな気持ちで負けてはいられない、目指すはトップスタァ、皆その為にこの学校に通っているんだ。
「そういう純那こそ、本当はやりたいんでしょう? 遠慮することないじゃない、私達は全員ライバルでもあるんだし」
クロディーヌはからかうように投げかけると、純那は照れ隠しに眼鏡をいじっていた。
「と、当然目指すわよ? でも、この二年で感じたわ、今の私にはまだ全然足りないってことに……」
「随分、謙虚になりましたね、星見さん」
真矢はグラスを上品に口元へ運ぶと、ゆっくりと純那へ顔を向ける。顔こそ笑ってはいるが、その腹では何を考えているのか、醸し出ている空気で少し察してしまう。
「き、勤勉さと謙虚さを兼ね備えた人物に乗り越えられない壁などない……この一年必死に勉強して、大学行ってさらに知見を──」
「大学……? 純那ちゃん、演劇辞めちゃうの?」
その一言に場の空気が止まる。まひるは思わず聞かずにはいられなかった。
将来、トップスタァを目指してがむしゃら走ってきた舞台少女、数ある劇団に入りその才能を咲かせていく……そういうものだと思っていたばかりに、純那のその発言は驚きを隠せなかった。勿論、聖翔に通う中で志半ば諦める子はいたが、純那はそうじゃないと誰もが思っていた。
「ち、違うって!………だから、聖翔で学べること以上に、今の私にはもっと色々な知識が必要で…………生まれながらにして偉大な者もいれば、努力して偉大になる者もいる……」
「……ウィリアム・シェイクスピア」
「………………………」
納得したように真矢は微笑みお茶を置いた。暫く沈黙の空気が流れている。さっきまでの楽しいパーティとは真逆の気まずく重苦しい空気だ。
「そっかーー皆色々考えてるんだね。スタァライトのその次、か……」
純那だけでない、当然この場にいる全員が考えていた。それぞれの歩むべき道、今は同じなれどその先は……
「ま、私は前も言ったけど楽しければそれでいいや! そうやってここまで来たし! 今は目の前のスタァライト!! あぁ~~待ち遠しい……」
うっとり、とグラスに頬ずりした有栖川はその場でくるくると回り出した。そして何か思い立ったようにピタッと止まり皆のことを見回した。
「オーディション、っていつから始まるの?」
「「っ──!」」
先程までとは全く違う緊張感が走った。
誰もが口を噤み顔を伏せてしまう。普通のことを聞いただけなのに、聞いてはいけないことを聞いてしまったのだろうかと有栖川は首を傾げる。
誰かが平静を取り戻し口を開こうとしたその瞬間。
「もう、始まってるんとちゃいます?」
香子だった。
グラスを握りしめ眉を顰めて、悔しそうに歯噛みしている。絞り出した掠れた声は、決して大きくは無いこの部屋に木霊した。
「か、香子……?」
「始まってるって、どういう事? 私何も聞いていないよ?」
有栖川の当然の疑問だった。編入生といえどまだ三年生として始まったばかり。聖翔祭の配役オーディションが始まっているのならば知らされているべきだ。
そう、それが普通のオーディションならば────
「トップスタァを目指して歌い、踊り、血と熱を滾らせ奪い合う、オーディション」
淡々と語る真矢を不思議そうな目で見る有栖川。自分の想像するオーディション、皆が話すオーディション、どうやら同じようで同じでないようだと悟る。
「うちの知らんところで! トップスタァを目指してオーディションが行われてるんとちゃうん!?」
バンッッとテーブルを叩き立ち上がった香子はそのまま俯いて言葉を発さない。だがその両の拳は強く、爪の跡が残るほどに握られていた。
皆の視線が集まっているのを感じ、その場を足早で去ろうとした、その時だった。
「「っ────!?」」
それは星光館のチャイムが流れるスピーカーから聞こえた。来訪者では無い、響き渡る長く甲高い電子音、不規則なメロディ。聞いた事のない突然の事態に戦慄が走る。
オーディションへ招待する着信音…………ともまた違う。余計不信感が募る。
すると点いていないはずのテレビの画面いっぱいに、シルエットのウサギが走りだした。
そしてそこにはこうも書かれていた。
瞬き。
転換。
部屋に飾っていたバルーンや装飾は、装丁の分厚い本と、ガラス瓶に変わっていた。
皆が戸惑っている中、尚も鳴り響くメロディーに乗せて、星光館のリビングがぐるぐると回転を始める。
ありもしない事態とその感覚に耐えようと家具などに掴まったその瞬間。
床がまるごと抜け落ちた。