シンプルに五月ルート   作:アイルライル

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第1話

 やってしまった。

 いつもの昼食である「焼肉定食焼肉抜き」を持った風太郎は、食堂の席が埋まりつくしている状況を見て、そう思った。いつもは午前最後の授業が終わったらすぐに食堂に来るのだが、今日は授業で少しわからなかった箇所を先生に質問していたから出遅れてしまった様だ。

これが飲食店ならば、少し待てば席が空くのかもしれないが、学校の食堂に限っては食べ終わってからも居残って友人と会話に勤しむという常識知らずなやつがいる為、あまり期待はできない。

 

「一人の素晴らしさを知らない奴らめ」

 

 一人で食べれば、その分味を楽しめるし、食べながら小テストの復習することができる。圧倒的にマルチタスクに向いているこのスタイルをなぜしないのか理解に苦しむ。

 とはいえ、このままぼーっと立っていてもせっかく200円の出費が冷めたご飯になってしまう。

 

「上杉くん、また一人だよ。しかも、席も無いみたい」

「うわ、かわいそう」

 

 自分たちの声が風太郎に聞こえているなんて露にも思っていない同級生たちに心をえぐられながらも、どうしたものかともう一度食堂全体を見回してみた。

 しかし、ものの数分で席の空き具合が変わることはなかった。

 

「まぁ、立って食うしかないか」

 

 残念ながら風太郎には一緒の机を共有してくれる様な友人がいないため、多少行儀が悪いが、さっさと食べて小テストの復習をしよう。

 そう思って、できるだけ人気のないところに向かおうと背を向けた時だった。

 

「あの……座るところがないんですか?」

「ん?」

 

 声をかけられた。久しく学校では先生以外から声をかけられていなかったから、間抜けな顔で振り返ってしまった。

 声音でわかっていたことだったが、声の主は女子でその身体は見慣れない制服に包まれていた。

 

「私の向かいでよければ空いているのですが、す、座りますか?」

 

 最後の方が少しもごもごとして、頬が若干赤くなっていた。真面目そうな生徒だから、異性を誘うということに恥じらいがあったのだろうか。

 

「いや、悪いだろ。厚意はありがたいが、無理してまで面倒見てもらわなくていい」

「む、無理なんかしてません!」

 

 女生徒の大声での反論で、食堂中の視線が急に風太郎たちに集まった。普段女子どころか他人と関わらない風太郎と他校の制服を着た女生徒が話している様子は、話のネタになるのだろう。

 好奇の視線にさらされる中、何かと慣れている風太郎と違って、目の前の女生徒はうつむいて、その身体をプルプルと震わせていた。顔は見えなくなったが、今度は耳まで真っ赤にしている様子に風太郎は折れることにした。

 

「じゃ、じゃあお邪魔させてもらうよ。案内してくれ」

「わ、わかりました」

 

 風太郎の言葉に、ほっとした女生徒はすぐにでもこの場を抜け出そうと早歩きで席に案内してくれた。

 席に着くと、既に彼女の昼食であろうものが置かれていたテーブルに風太郎は思わず声が出た。思わず、自分の持っているトレーの上と見比べてしまう。

 

「どうかしましたか?」

 

 風太郎の異変に気づいた彼女がそう尋ねてきた。

 

「他に誰かいるのか?」

「いえ、私とあなただけですが?」

「そ、そうか」

「それにしてもあなたのお昼少ないですね。お腹空かないんですか?」

 

 平然として、そう言う彼女に風太郎は戦慄した。

 

「俺はこれで平気だ。そっちこそ、そんなに食べれるのか? 太……食べきれないともったいないだろ?」

「私も平気です。さ、冷めてしまう前に食べてしまいましょう。もう既にあなたのお味噌汁からは湯気が見えなくなっていますよ」

 

 思わず、女子に言ってはいけない単語を口にしそうになった風太郎だったが、なんとかそれを避けることに成功した。親切にしてくれたのだから、これくらいの配慮はしなくてはならないだろう。

 先に着席した彼女は早く食べたいと、風太郎の顔を凝視してきていた。

 余程お腹が空いてるのだろう。風太郎も着席すると、揃って「いただきます」と合掌して遅めの食事を取り始めた。

 

「そういえば、まだ名乗っていませんでしたね。私は中野五月と言います」

「俺は上杉風太郎だ。今日は助かった」

「いえ、困っている人を助けるのは当然ですから……って、何を見ているんですか?」

「ん?」

 

 五月は風太郎がテーブルの上に広げた小テストを指してそう言った。

 

「小テストの復習だ。時間がもったいないからな」

「もったいない? そんなに切羽詰まっているのですか?」

「いくらやっても足りないからな」

「勉強熱心ですね。どれどれ……え、ひゃ、百点!? 一体何を復習する必要が……」

 

 五月の見た通り、風太郎の答案には丸しか存在していない。ただ、もう少し解答に改良の余地があった。それを先生に相談していたため、今日は遅れてしまったのだ。

 ただ、それを伝えても恐らく理解を得られないかもしれないので、適当に流した。

 しかし、五月は中々風太郎の答案から目を離さなかった。そんなに百点が珍しいのだろうか。

 

「どうした?」

「恥ずかしい話、勉強は不得意なので羨ましいなぁ、と思って。今度家庭教師の先生が付いてくれるらしいのですが、馬鹿にされるのが少し怖くて」

「そんなに酷いのか?」

「あはは……」

 

 風太郎の問いかけに、空笑いしてどこか遠くを見つめる五月に、何となく察してしまった。

 

「知らないが、家庭教師は仕事なんだから、生徒を馬鹿にはしないだろう」

「わかってはいるのですが、緊張するものはするんですよ!」

「そ、そうか」

 

 あまりの剣幕に驚いた風太郎は、残った味噌汁を飲み干して、一旦呼吸を落ち着かせた。五月の方も大きな声が出たのが恥ずかしかったのか、デザートに残していたプリンを大きな口で食べていた。

 そのまま、数秒の沈黙が走ったところで、耐えられなくなった風太郎が言った。

 

「少し、教えようか?」

「え?」

「いや、あんたには恩があるから、返そうかと思って。それに、勉強できるの羨ましいって気持ちはわかるからな」

 

 風太郎も小学生の頃にあった出来事のおかげで、勉強に対する意欲が強くなった。その姿勢を似たものを感じたから、自分からこんなことを言ったのかもしれない。

 普段の風太郎なら、例え借りがあったとしても自分の勉強に繋がらないことを自ら提案することなどなかっただろう。

 

「いいんですか?」

「ああ。と言っても、放課後はバイトもあるから今から少しだけって感じになるけど」

「ありがとうございます。……本当に酷いでから、お手柔らかにお願いします」

「おう」

 

 昼休みは残り20分程。手元にある教材は風太郎の小テストしかなく、五月の言った通り、風太郎の想像以上に理解の浅かった五月には一つの問題に使う公式を伝えるので精一杯だった。

 

「あの、本当にありがとうございました」

「あ、ああ。教えるのもこっちの知識の確認になるから俺の方も良い復習になったよ」

「……そうですか。上杉くんは優しいですね」

「借りを返しただけだ。普段はこんなことしないぞ」

「それでも、今まで一番有意義な時間だった気がします。どうせなら、このまま家庭教師も上杉くんなら良いと思ってしまいました」

「そ、そうか」

 

 問題が解けたのが余程嬉しかったのか、五月の明るい笑顔に風太郎は自分でもわからないが、目を逸らした。

 風太郎の奇行に小首を傾げた五月だったが、丁度予鈴が鳴ってしまって残念ながらお別れの時間になった。

 

「ふふ、どうせならクラスも上杉くんと一緒になれたら、休み時間も色々聞き放題ですね」

 

 最後に冗談めかしてそう言った五月に「ああ」と何とも愛想のない返事をして、少し速足で風太郎は教室に戻った。

 五月の話では午後から授業に参加するらしいので、クラス分けもすぐにわかるだろう。

 

「何か変な感じだな」

 

 女子と話をしたとかそういう感覚じゃない。同級生にしては、礼儀も勉強に対する姿勢が良いことに対する尊敬とも少し違う。心の内から湧き上がってくる形容し難い気持ちがほんの少しだけ出てきた様な感覚だ。

 自分の席で、授業開始を待っていると担任が入ってきて、その後ろにほんの数分前に見知った顔が教室に入ってきた。一瞬目が合って、小さく手を振ってくるのが見えた。

 流石に振り返すことはできなかったが、小さく苦笑して開いていた単語帳を閉じて、先ほども聞いた彼女の言葉を聞くことにした。

 

「中野五月です。どうぞお願いします」

 

 これが、五月と風太郎のこれからを大きく変える出会いだった。

 

 




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