「み、三玖!」
「あ、何? びっくりした」
いつも通りだるそうな表情で帰宅して来た三玖が靴を脱いでいる所を五月が駆け寄った。普段はこんなお出迎えは無いので、三玖は肩をビクンと跳ねさせて、目は大きく見開かせた。
他の姉妹も五月の奇行が気になったようでぞろぞろと玄関に集まっていた。
「どうしたの五月ちゃん。三玖お姉ちゃんにそんなに会いたかったのかな?」
「そ、そうなの?」
「ちがっ……違わないです」
「何気色悪いこと言ってんのよ」
「やっぱり、五月は末っ子なんですよ! ほら、四葉お姉ちゃんだよー!」
「か、からかわないでください!」
顔を真っ赤にして大声で子供扱いに抗議をするが、一花の悪ふざけを変に肯定してしまったせいで、四人の姉からの視線は生暖かいものだった。
しかし、生まれた瞬間から一緒に過ごしている五人はお互いの性格を知り尽くしている。これ以上からかうと本気で五月が拗ねてしまうことを四人は理解していて、渦中の三玖を除いた三人はそそくさと元の位置に戻って行った。
「ちなみに何の用なの?」
「三玖と……上杉君のことです」
そして、二人きりになった所で靴を脱ぎ終えた三玖から五月に話を振った。
「上杉君宛の手紙を私も見てしまって……」
風太郎の名前を出した瞬間、三玖の体が強張るのが見えたのだろう。申し訳なさそうにそう付け加える五月に、三玖が返したのはいつも通りの素っ気ない言葉だった。
「別に……」
何か含みがあると捉えられてもおかしくないが、それだけで五つ子として共に過ごして来た五月には三玖が本当に怒ってないのだと確信するには十分だった。
三玖の様子を見て、安堵した五月は少しだけ冷静になった。
「何があったのか、聞いても良いですか?」
「……」
もちろん、三玖は怒っていない。しかし、それが踏み込んでも良いと言うことには繋がらない。三玖は五月の質問に答えなかった。各々事情がある。姉妹といえど、それくらいは弁える必要がある。
「聞き方を変えます」
それでも五月は止まることができなかった。なぜ自分がこんなにも気になってしまうのかを理解しないままに五月はどうにか三玖から話を聞こうと足りない頭をフル回転させる。
「三玖が呼び出した、理由だけでいいんです。結果は……我慢します」
「……」
不発。まだ、三玖が答えたくない質問だった。
「ぎゃ、逆に上杉君の返事だけ……というのは?」
「……」
撃沈。三玖は答えない。
「で、では! 三玖は今、好きな人が居ますか?」
「……?」
空振り。三玖は疑問符を浮かべていた。
「え、えっと〜」
五月はテンパっているようで、最後の質問を三玖が理解できていないことに気づかなかった。
「五月」
「は、はい! 何ですか?」
だから、三玖の方から動いた。風太郎と自身の密会の理由を問うて来ていた妹が急に方向転換し、三玖の想い人の存在を尋ねてきた。そのことで、妹が大変な勘違いをしているのでは、とふと頭に浮かんだのだ。
「五月、私はフータローに告白した訳じゃないよ?」
ここでいう告白は言うまでもなく恋愛的なものである。実際、三玖が行ったのは間接的ではあるが、自身の趣味を伝えるカミングアウト的なものだった。
思い出す。長女の一花がリビングのソファでくつろぎながら「五月ちゃんに春が来た」と言っていたのを。
三玖自身、そういった経験が無いので気づかなかったが、目の前にいる妹が明らかに恋する乙女の表情をしているのだと今はっきりとわかった。いつか自分もそんな感情を持ったならば、鏡の前にこんな自分が立っているのだと思った。
「え!? そ、そうなんですか?」
「うん。明日、フータローに聞いてみれば良い。それに寧ろ関係は悪くなった。フータローなんて嫌い」
「そ、それはそれで気になるんですが……わかりました。明日、上杉君に聞いてみます」
「うん」
「じゃあ、えっと……入りますか」
「そうだね。良い匂いがするから二乃が何か作ってるのかも」
「ほ、本当です! これは……クッキーです。しかもバターとチョコの二種類!」
「ふふっ、そこまでわかるんだね」
「はい! 二乃のクッキーは最高ですから」
心配事がなくなった途端に食い意地を張る五月に三玖は笑みをこぼした。五月には詳細を教えていない風太郎との屋上での出来事で沈んでいた気分が少しだけ晴れた気がした。