フィリアが店を離れて二週間後の夜。
フィリアが教会で休養している間、調査も兼ねてギルドから道具屋へと送られてきた人間が働き始めて二週間ほど経ったとき、道具屋へ送られた調査員の消息が途絶えた。
何度か調査員が送られたものの、店に入った者は誰一人として帰ってきておらず、ギルドの内部には不安が広がっていた。
「クソ……どうしてこんなことに……」
幹部二人とギルドマスターの目の下には隈ができており、十分に睡眠が取れていなかった。
原因は夜に何者かによって爪で切り裂かれたような傷を負わされ、死亡した幹部が二週間の間に3人も出ていたからだった。
これを何者かによる暗殺だと考えた幹部達は一睡もせずに限界が来るまで睡魔に耐え続け、犯人を突き止めようとしたものの、犯人を捕まえることはできずにいた。
残された幹部二人はもはや正常な判断は難しく、頭を動かすことすら困難な状態になるまで追い詰められて、限界を迎えようとしていた。
「ギルドマスター……彼女が、フィリアという少女があの店から離れて以来、このような事態が起こりました……。原因は……彼女にあるのでは?」
「ううむ……」
「マルチネス……あいつの遺した。あの店には、邪悪な何かが居るって話……本当だったんだな。ハ、ハハハ……アイツの勘を…信じりゃ良かった……」
筋肉質な体をしている男は睡魔に耐えきれず、ゆっくりとテーブルに顔を伏せると静かに寝息を立てて眠り始め、それを見ていたもう一人の幹部も眠ってしまいそうになるが頭を振って耐える。
「駄目……眠ったら駄目……」
「ゲーベル、起きるんだ。ゲーベル」
ギルドマスターが男を起こそうと体を揺らしていると突然、男の体が浮き上がり、男は体を小刻みに震わせて唸り声を上げ始める。
「ゲーベル!どうしたんだ!?ゲーベル!」
男は体が浮き上がっても目を開けることはなく、何らかの力によって天井へ叩きつけられ、数回天井に叩きつけられた後、宙に浮かんだまま壁に頭をぶつけると部屋の角にいつの間にか現れたフックに男は吊される。
「あああぁぁぁぁぁぁ!!ハァッ!ハァッ!痛えよぉ……誰か!……助けてくれぇ……」
「なんだこれは?いや、今はいい。今助けてやるぞ!」
ギルドマスターが男を助けようと男の体に触れた瞬間、二人の頭上に霧が出現し、二人の体に蜘蛛の足が絡み付くと霧へと引きずり込もうとする。
「な、なんだ!?」
「マスター!」
「くっ!近寄るな!シャイエルン!」
「今お助けします!」
シャイエルンが魔法を使い、火の玉を霧へ向けて放つも霧から出てきたもう一本の足によって玉は防がれた。すかさず両手に炎を出したシャイエルンが次の攻撃をしようとしていると、いくつもの黒く細い棒状のものが目の前に現れて二人に近付くことができなくなる。
「くっ!あなた!」
「私のことはいい!君は教会へ向え!彼女が答えを持っているかもしれん!」
ギルドマスターがシャイエルンに指示をすると、二人の体がゆっくりと浮き上がり、黒い霧の中へと引きずり込まれて行った。
ギルドで騒ぎが起きている時、街中で同じような事が起こり火の手があちこちから上がっていた。
外の声は教会内にも聞こえ、教会にある部屋で眠ろうとしていたフィリアは騒ぎに目を覚まし、扉から顔だけを出して廊下を走る数人の兵士達を目で追いかける。
「何があったの…?」
フィリアは兵士達が通り過ぎた後、部屋を出ると礼拝堂へ向かって歩き出した。
廊下に居たフィリアは礼拝堂から騒がしい声が聞こえてくる事に気が付き、フィリアが礼拝堂に繋がる扉を開けると、そこには大勢の避難してきた人々で礼拝堂が一杯になっている光景だった。
「なに…これ……」
初めて見る光景にフィリアは驚きを隠せず、しばらく動けずにいると人々の中から一人の修道女がフィリアに近付いてきた。
「フィリアさん!お部屋に戻ってください、ここは危ないですから…」
「フ、フレン!何があったの?」
「分かりません。突然、街のあちこちで怪物が出たそうなんです。次々と黒い霧に引きずり込まれて…」
フレンがフィリアに街で起こっていることを話している最中に教会の扉から大きな音が聞こえ、その音を聞いて教会内が一気に静まり返る。
二人は扉の見えるところまで歩いて行き、教会の出入り口を見ると施錠されている扉を何者かが外から蹴っているのか、誰かが扉が大きな音を鳴らす度に扉は軋む音が大きくなっていき、隙間を増やしていった。
「フレン…」
「大丈夫です。大丈夫ですから…」
フィリアはフレンの手を掴み、フレンは彼女を落ち着かせる為に両手で掴んできた手を包む。
フレンはフィリアの手を引いて静かに歩き出し、彼女が休んでいた部屋へ向かおうと廊下の扉を開けた瞬間、教会内に響いた扉が破壊される音と共に人々の悲鳴が上がる。
「こっちです!」
フレンはフィリアの腕を引いて廊下へ引き込み、扉を閉めたフレンは部屋へ向かおうとするが、廊下の奥で大鉈を引きずる大きな鉄の被り物をした男が一番奥の部屋に入って行くのを見て足を止める。フレンはフィリアに姿勢を低くさせ、そのまま音を立てないように近くの部屋へ入った。
「空き部屋…みたいですね」
「あああぁぁぁぁぁ!!」
隠れる場所を探そうとした時、廊下に響く悲鳴を聞いた二人は振り向いて扉を見る。
「急がないと…」
「フレン、他の人達は…」
「今は自分の身を守ることを優先しましょう。逃げてきた兵士さんから聞きました。彼らには剣や弓どころか魔法も効かないと。隠れてやり過ごした後に、他の人達のことを考えましょう」
フレンは部屋にあったベッドや布が被せられた人一人が入れそうな3つの木箱、クローゼットを見てどれに隠れるかを考える。
フレンが隠れる場所で頭を悩まさていると廊下で人が走っている音が聞こえ、突然扉が開くと女性と子供が部屋に入ってきた。
「シスター!お願いします!助けてください!」
駆け寄ってきた女性はフレンの肩を掴むと助けを求め、助けを求められたフレンは困り顔で女性と子供の顔を交互に見る。
「お、落ち着いて。今は静かに…」
「うああぁぁぁぁぁ!!誰かぁぁぁ!!誰かぁ!助けてくれぇぇ!!」
廊下に男の悲鳴が響き渡り、部屋の中でもハッキリと聞き取れた悲鳴に母親の女性は怯えてクローゼットの扉を開けると子供を先に入らせ、後から母親もクローゼットへ入って行くと扉を閉める。
「フィリアさん、こっちです」
フレンは木箱に被せられた布を取り、フィリアに手招きをした。
静かになった廊下で大鉈を引きずる音が、フィリア達の隠れる部屋の前で止まると部屋の扉が開かれ、大鉈を引きずる音と一緒に男の足音が隠れているフィリア達の耳に届く。
エクセキューショナーは布を被せられた木箱、ベッド、クローゼットの順に見ると大鉈を引きずってクローゼットへ近付いていき、扉の取手に手をかけると勢い良く扉を開けた。
「いやぁぁぁぁ!!」
エクセキューショナーは大鉈を床に突き立て、母親の首を掴むとクローゼットから引きずり出して肩に担ぐ。
「お母さん!」
突き立てた大鉈を床から引き抜き、母親を何処かへと連れて行こうとする怪物の体へ子供が抱きつくが、怪物の力には勝てず、廊下まで引きずられると子供の手は怪物の体から離れてしまう。
「逃げて!お母さんのことはいいから!」
「嫌だ!お母さん!」
再び怪物に向かって行こうとする子供を隠れていた場所から出てきたフレンが肩を掴んで止めに入り、子供を抱き上げると怪物とは逆の方向へ走って逃げ出す。
「お母さん!お母さん!」
子供の叫ぶ声が廊下の奥へと消えていき、母親は子供の無事を祈りながら礼拝堂へ連れて行かれると柱の近くにあったフックに吊るされた。
女性の悲鳴が教会中に響き渡り、その悲鳴は教会の裏口から外へ出た3人の耳にも届いていた。
街中にフック設置するの大変そう。でも、エンティティ様は過労死とか無さそうだから大丈夫かな。