化け物に追い掛けられ、なんとか逃げ切ることができたフィリア達はもぬけの殻となったギルドの施設に逃げ込んでいた。
いつもなら酒盛りをして盛り上がっている人々の姿はなく、受付嬢や掲示板で依頼を探す冒険者達の姿もない集会場にはテーブルや床に転がった木製のコップや武器、飛び散った血液が残されているだけだった。
「ここなら安全だろう。今のところは」
「クリス、その…」
「俺のことを聞きたいんだろ?知っている限りになるが、答えられることには答えよう」
「それじゃあ…まずはそうね。貴方はどこから来たの?」
「前に居た場所は霧の森だ。エンティティの儀式の場として、奴が作り出した空間。俺はそこで他の生存者達と奴の儀式に付き合わされてる」
「儀式?儀式って…なんの?」
「詳しいことは分からないが、分かっているのは俺達はアイツのくだらない遊びに付き合わされてるってことだけだ」
クリスは何か使えるものがないか、周囲を見て落ちていたダガーに目をつける。ダガーを拾い上げたクリスは刃こぼれ具合を確かめ、グリップを握って軽く振ってみる。
「あの化け物達、あれもエンティティが?」
「そうだ。そして、さっきの奴はネメシスだ。どういうわけか、奴はロケットランチャーを持っていた。今回の儀式は俺の知ってる儀式じゃないらしい」
「いつもは違うんですか?」
「ああ、いつもなら─っ!?危ない!避けろ!」
クリスの叫び声と共に何処からともなく現れた影がフレンの背後に立ち、その存在に気付いたフレンは体に防御魔法を張って後ろを振り向く。
フレンが振り向いた瞬間、そこに立っていたサングラスをかけた男が常人離れした速さでフレンの腹を蹴り、蹴られたフレンは体が宙に浮いたものの宙返りをしながら地面へ降り立った。
「ウェスカー…!」
「久しぶりだな、クリス」
微笑むウェスカーにクリスは持っていたダガーを手に構えを取る。
「フレン!大丈夫!?」
「大丈夫です。防御魔法が間に合いましたから」
「クリス、ろくな武器もなく勝てると思っているのか?」
「たとえナイフ一本だろうが素手だろうが、俺はお前を必ず止めてみせる」
「フッ、流石だな。その心構えは誉めてもいいが……もっと周りを見てから言った方がいい」
サングラスの奥で赤い目が輝きを放つ。その視線が向けられていたのは、フィリアだった。
ウェスカーがフィリアヘ向かって走り出し、フィリアを守ろうと進路上に立ち塞がったクリスがダガーを振るう。
「お前は後で殺してやる。クリス」
しかし、クリスのダガーが当たることはなく簡単に後ろへ回られてしまい、フィリア目掛けてウェスカーが走っていく。
「クソッ!」
ウェスカーが右手に黒い触手を纏わせ、その手をフィリアに向けようとした瞬間、ウェスカーの体が強い衝撃で宙に浮いた。
着地と同時に両足を踏ん張り、勢いを殺したウェスカーがゆっくり顔を上げると、顔を上げた先には拳を突き出しているフレンの姿があった。
「ふぅ……聖女として、あまり拳を使うようなことは避けたかったのですが…。仕方ありませんね」
「ほう、この世界の聖女様の護身術が私に通用するかな?」
「試してみましょうか。護身術で貴方を倒せるのか、どうか」
フレンは被っていたベールを掴んで投げ捨て、シスター服のスカート部分を引き裂いて白いガーターベルトを履いている足を露出させた。
「なるほど、だがそんなことをしたところで私に勝てるとは─」
ウェスカーがまだ喋っている間に一瞬にして懐へ入ったフレンの拳がウェスカーの脇腹へ入り、ウェスカーの体が勢いよく壁へ吹き飛び土煙を上げる。
「無駄口の多い方ですね」
「フ、フレン…」
「凄いな、フレン。今のは俺にも見えなかった」
「気を抜かないでください。まだ彼は生きています」
土煙で姿が見えなくなったウェスカーに警戒を解かずにいたフレンは、気配を感じ取ってフィリアの背後へ回ろうとしたウェスカーの前に立ち塞がる。
「きゃっ!?」
二人の動きに目が追い付かなかったファリアは驚いて後退りをしている途中でテーブルにぶつかり、転びそうになる。
「フィリア!」
転びそうになったフィリアの体を走ってきたクリスが受け止め、痛みに備えて目を閉じていたフィリアがゆっくりと目を開ける。
「フィリア、大丈夫か?」
「え、えぇ…ありがとう、クリス」
一瞬だけクリスにアイクの姿が重なったように見えたフィリアは頬を赤らめ、それを誤魔化すように顔を逸らした。
顔を逸らしたフィリアは偶然、床に落ちている魔石が付いた杖を見付け、杖と凄まじい打撃音を響かせる二人の戦いを交互に見て、小さく頷いた彼女は杖に手を伸ばした。
クリスが転びそうになったフィリアを受け止めている頃、フレンはウェスカーがフィリアに近付けないよう強化魔法で身体能力を向上させてウェスカーと格闘戦を繰り広げていた。
しかし、ウロボロスウィルスによって身体能力が超人となっているウェスカーに対しては強化を施したとしても互角でしかなく、時折ウロボロスを纏わせた右手を格闘の合間に入れてくるウェスカーに苦戦を強いられていた。
「くっ…!気持ち悪いものを纏わせてますねっ!」
「ここまで私と対等に渡り合える相手は過去に居なかった。素晴らしい腕前だ、名はなんと言う?」
「貴方に教える名などありません!」
「ほう、だがお仲間はフレンと呼んでいたな。フレン、私と共に新しい人類を導いて行くつもりはないか?」
「貴方の戯れ事に付き合うつもりなどありません。貴方からは明確な悪意を感じます」
「残念だ、ならば死んで貰う他ない。君の友人と共に」
ウェスカーがフレンの攻撃を避けた瞬間、残像を残しながら横から飛んできた火の玉を躱す。
「援護するわ!」
「フィリアさん!」
魔石付きの杖を手にしたフィリアの火球がウェスカーに次々と飛ばされていくが、全ての火球をウェスカーは残像が見えるほどの速さで全てを軽々と躱した。
「そんなものでは私には通用しない」
「フィリア!避けろ!」
ウェスカーがコートの内側へ手を入れるのを見たクリスは、次の魔法を詠唱しているフィリアを見て彼女の名を叫びながら走り出した。
ウェスカーがコートの内側から取り出したハンドガン、サムライエッジの銃口がフィリアに向けられ、それが何なのか理解できなかったフィリアだったが、詠唱を中断して杖を使った魔法壁を展開する。
サムライエッジが火を吹き、銃弾が魔方陣に触れると黒い霧が魔方陣を侵食して魔法壁を砕く。
魔法壁を破った弾丸は真っ直ぐフィリアの心臓へ目掛けて飛んでいったものの、寸前のところでフィリアを押し退けながら前に立ったクリスの脇腹に銃弾が当たる。
「ぐっ!」
「クリス!」
「仲間想いだな、クリス」
「よくも!」
フレンがウェスカーに近付こうとした瞬間、サムライエッジを向けられたフレンは足を止め、サムライエッジが火を吹いた瞬間に体を捻ることで銃弾を躱し、最小限の動きで次々と撃ってくるウェスカーの銃弾を全て躱した。
「魔法とは便利なものだな」
「せいっ!!」
フレンの蹴り上げがサムライエッジを持つ手に当たり、ウェスカーの手から離れたサムライエッジはクリスの側に落ちた。
落ちてきたサムライエッジを拾い上げたクリスは脇腹を押さえながら銃口をウェスカーに向ける。
「ウェスカー!」
二回の銃声がギルド内に響くが、ウェスカーは銃弾を躱して後退していくとギルドの窓を突き破って外へと飛び出していった。
「くっ!ウェスカー!逃がすか!」
クリスは慣れた手付きで救急スプレーをどこからか取り出すと体にスプレーを吹き掛けて押さえていた脇腹から手を離し、ウェスカーを追って突き破られた窓から外へと飛び出していった。
「クリス!?待って!クリス!」
「駄目です!フィリア、どうやらエンティティは貴女を狙っています。見付かったら優先的に狙われてしまいます」
「でも!」
フレンがフィリアを引き止めているとギルドの扉が勢いよく開かれ、大きな音と共にギルドに入ってきた男は足がもつれて床に転んだ。それを見ていた二人だったが、一瞬助けようとしたフレンの動きが止まったことでフィリアは何かを感じて男の後ろを見た。
「た、助け─」
助けを求めようとした男の後頭部に風を切る音を鳴らしながら飛んできた手斧が命中し、男の顔が勢いよく床へ叩き付けられて動かなくなる。その光景に思わず悲鳴を上げそうになったフィリアは口を手で覆って声を必死に堪える。フレンはフィリアの手を引いて小走りでギルド関係者以外立ち入り禁止と掛札がある扉を開いて部屋へと入る。そして、女性の鼻歌が遠くからゆっくりとギルドへと近付いて来ていた。
ウェスカーに対して格闘戦は勝ち目が無いので、魔法ありでも互角になるでしょう。ショットガン並みのパンチとか、ロケットランチャーみたいな物とかなら吹き飛ばせるかも?