危うく死にかけたフィリアのことをエンティティに報告したリージョン達は、彼女の為に調理場でジュリーを中心に料理を作っていた。慌ただしく料理を作っているリージョン達の声を聞きながら、部屋で寝ていたフィリアは再び眠ることに対して恐怖を感じていた。
寝ればあの男に今度こそ殺されてしまうのではないのか。そんな考えが頭に浮かぶたびに彼女は体を震わせる。
「神様……助けて……」
すすり泣きながら助けを求める彼女の声を霧になって聞いていたエンティティは彼女の周りに薄い霧を纏わせ、彼女を夢の世界へと誘う。彼女を覆う薄い霧から離れていった濃い霧が窓の隙間から外へ出ていき、人の気配が無くなった大通りに集まると道の真ん中でエンティティの分身が姿を現す。
「ふむ、ここまでして何もしてこないということはあるまい。妾は歓迎するぞ」
エンティティは独り言を言った後、大通りを歩いて何処かへと歩いて行った。
それを道具屋の反対側にある宿舎の窓からエンティティの姿を見ていた男が見送ると、すぐに紙に何かを書き始め、その紙を小さな魔法陣に置いた。紙は光に包まれていくと一瞬だけ強い光を放った後、魔法陣の中から消えた。
翌日の朝、彼女の店にギルドから手紙が送られてきた。
内容は物資の支援をしたいというものだった。手紙を見たリージョン達は、手紙をフィリアが起きた時にすぐ読めるように彼女の部屋にある机に置いた。見逃さないようにスージーの「絶対に見て!」と書かれた紙と共に。
その頃、エンティティは森で狩りをさせていたトラッパーの様子を見に行っていた。
最近は人間ではなく、動物を狩っていたトラッパーはエンティティの姿を見ると大きくため息を吐き出した。エンティティがトラッパーに近付くと、トラッパーは立ち上がってエンティティを見下ろす。少し間を置いてからトラッパーは、エンティティの横を通って木に吊るしていた鹿のような動物を肉切り包丁で捌き始める。
「トラッパー、そろそろ動物を狩るのは飽きたか?」
「……」
「このまま森で動物を狩りを続けさせるのも良いが、妾はそろそろ魂が欲しい。お前にも仕事をしてもらうぞ」
「……」
エンティティは無言で動物を解体しているトラッパーに言いたいことを言った後、歩いて森から去っていった。エンティティが霧の中に消えて行ったことを横目で確認したトラッパーは解体を止めて切り株に腰を下ろした。
腰を下ろしたトラッパーは切り株の近くに置いていた袋、本来なら罠を入れる為の袋の中から紙とペンを取り出し、紙に書かれた何かの設計図を眺めながら文字を書き込んでいく。トラッパーの近くには斧が置かれ、切り倒された木から作られたと思われる板がいくつか積み上げられていた。
エンティティが森に行っている間、フィリアが目覚めると部屋に一人の女性が居た。眠りから目覚めたばかりのフィリアは上半身を起こし、目を指で擦ってボヤけた視界をハッキリ見えるようにすると、そこには修道服を着ている女性が立っていた。
「おはようございます。フィリアさん」
「貴女は……あ!フレン!」
「はい、お久しぶりです」
フレンと呼ばれた女性は彼女に微笑みを見せると手を出し、それを見てすぐにフィリアが手を握って二人は軽く握手を交わした。
「どうしてここに?」
「実は最近、ローズさんが毎日教会に朝から夜まで居るんです。前まではフィリアさんのお店の手伝いをしていて、忙しそうにしていたのに…」
「ローズ?無事だったのね!」
「えっ?それはどういうことですか?」
「あっ…えっと、実は………わ、私が作った料理を食べて……具合が悪くなっちゃったみたいで……その……」
「うぅん?料理?……何か隠していませんか?」
「た、大したことじゃないの。その……ちょっと料理のことで喧嘩になっちゃったと言うか……」
「何か隠していますね。目が泳いでいますよ」
「うっ……」
嘘をつくのが下手なフィリアは嘘を簡単に見破られ、フレンを問題に巻き込みたくない一心で次の嘘を考えている内に頭が回らなくなり、額を押さえてベッドに倒れる。
「フィリアさん?大丈夫ですか?」
「う、うん……大丈夫……」
「フィリアさん、何かあれば私に頼ってくださいと前に言ったじゃないですか。一人で考え過ぎるのはよくありませんよ」
「………ごめんなさい。でも、話すようなことじゃないから…」
「フィリアさん!!嘘はいけません!ローズさんがあんなに苦しんでいるのに、話すようなことじゃないわけがありません!教えて下さい。何があったんですか!?」
急に怒鳴られたフィリアはフレンの気迫に押されて驚いたような表情をしたまま固まる。
「あ……す、すみません。急に怒鳴ってしまって……でも、ローズさんが数日の間に酷く弱ってしまっているんです。教えて下さい、何があったんですか?」
謝罪した後、心配そうに聞いてくるフレンの質問にフィリアは口を閉ざし、俯いて答えようとはしなかった。
「何か困っているのであれば、私が力になりますから。少し、ほんの少しだけでも…」
「駄目よ。貴女を巻き込むわけにはいかないの」
「フィリアさん!」
「駄目!絶対に駄目なの!貴女まで巻き込んだら私は……私は………耐えられない……」
「フィリアさん…」
フィリアの涙を見たフレンは何かを決心するとフィリアを優しく抱き締めた。
「私なら大丈夫です。女神様の加護があるかぎり、どんなことでも乗り越えられます。貴女の苦しみを、私にも分けてください」
「フレン……う、うぅ……」
フィリアはフレンを強く抱き締め、彼女の腕の中で声にならない声を上げて泣き始める。フレンはフィリアの頭を優しく撫でながら、落ち着くまで何も言わずに側に居続けた。
フィリアは泣き止むとフレンに今起きている事を説明し、彼女に起きていることを知ったフレンは教会に助けを求めてみることを提案すると同時にギルドの支援を受けることを勧めた。
「フレン、大丈夫……よね?」
「お任せください。夢に出てくる男性、森に出現した怪物、その者達を率いていると思われる女神を自称する女性。恐らく、普通の魔物の類ではないでしょう。魔王軍が関係しているかもしれません」
「魔王軍……」
「フィリアさん、今は教会で体を休めましょう。体と心が壊れてしまったら大変です」
「えぇ……ありがとう」
フィリアはベッドから立ち上がり、手を繋ぎながらフレンと共に部屋を出る。部屋を出た二人が一階へ降りていくと、店番をしていたはずのリージョン達が姿を消していることに二人は気付いた。
「あれ?あの人達は……」
店内を見渡してもリージョン達の姿はなく、店内は不気味なほど静まりかえっていた。
「挨拶をしてから出たかったのですが、仕方ありません。フィリアさん、行きましょう」
「ええ……」
フィリアは店内に漂う黒い霧を見て不安を抱き、自分の判断が本当に良かったのかを疑い始める。森で出会った怪物を従えるあの女神を怒らせてしまうのではないか、店を出たフィリアは一歩一歩進むたびに不安が増していった。