王将ファンタジスタ   作:やまもとやま

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最終話 結成された将棋部

 将は今日もいつも通り、授業が終わると、将棋部の部室に向かう予定だった。

 将についている妖精の飛子は、将が授業を受けている間、昼寝をしていることが多い。今日も、飛子は宙に浮いたままうたた寝をしていた。

 

「行くぞ、飛子」

「ふあー、よく覚えてませんが、いい夢を見ていた気がします」

 

 飛子がいることにもだいぶ慣れて来た。飛子の姿は将にしか見えないので、話しかけるときは周囲の様子に気を遣う必要がある。あれこれ飛子と会話していると、周囲から頭のおかしい人に思われてしまう。

 

 将は教室を出ると、いつものように将棋部の部室を目指しながら、頭の中では将棋の研究をした。研究は日課になっていた。

 将棋部で将棋に復帰してから、将も真面目に将棋に取り組むようになった。

 特に、3日前に王花と対局してから、将棋熱が高まった。今では授業中でも将棋のことを考えるようになった。

 

 王花との対局では、信じられないことに将が勝利した。最も、将ににとっては喜べることではない。

 飛子マジックを使ったのだ。勝って当然だ。しかし、あの対局を見届けていた桂と美紅は衝撃的な光景を目の当たりにしたことになる。

 何より、王花自身が驚いたことだろう。

 

 勝利した将だけがすべてをわかっていた。飛子マジックに頼っての勝利は実質敗北。だから、将は飛子マジックを使わず、王花に勝利したいという気持ちが誰よりも強くなっていた。

 その道は険しいが、将の大きな夢となった。

 

 1勝でいい。王花に自分の力だけで勝ちたかった。

 

「止まりなさい、羽生将」

 

 部室棟の前で、将は声をかけられて立ち止まった。目の前の声をかけてきた人物を見て、将はため息をついた。

 

「またお前か」

「お前とは言い草です。ちゃんと名乗ったはずです。金竜美紅。ここ天照学園理事長の一人娘ですわ」

 

 美紅はもう一度、肩書きと一緒に名乗った。

 美紅は王花の友人Aで、経緯はわからないが、王花とはとても親しい仲になっており、どこへ行っても、美紅がついてきた。美紅がここにいるということは、王花も近くにいるものと思われた。

 

「何の用だ?」

「これを見なさい」

 

 美紅は懐から何かを取り出した。それは部活動の入部届で、見ると、とてつもなく達筆に将棋部に入部する旨が書かれていた。

 

「今日から将棋部に入ることになりました。お前がずるをしたことはわかっています。AIソフトを使ったのでしょう? そうでなければ、王花ちゃんが負けるはずないのですから」

「……」

「お前がずるをしたから、王花ちゃんがお前と対局したいと申し出ているのです。ありえません。AIソフトでずるをするやつと戦っても意味がないと言っても、王花ちゃんは聞いてくれません」

「……」

 

 将は黙って、美紅がぺちゃくちゃしゃべるのを聞いていた。天照学園理事長の娘ということで、どことなく上品さも感じられるが、その上品さに毒気が強く混じっているところがあって、話を聞いていると、その毒のところがよく見えた。

 

「そこで、お前のずるを暴いて王花ちゃんを説得することにしました。それまでだけ、将棋部に入部することにしたのです。事情はわかりましたか?」

「ああ」

 

 将はどうでもいいように返事した。基本的に、美紅のことはどうでもよかった。

 

「むむむ、この女、将さんをずる扱いするとはなんという無礼者。飛子マジックで処刑してやりましょうか?」

 

 飛子は後ろで憤慨していた。

 

「まあ、ずるは本当だからな」

 

 将は自分でそのことはちゃんとわかっていた。しかし、AIソフトなんかとは比較にならないほど盛大なずるである。

 

「何言ってんですか、将さん。飛子マジックは実力です。私と将さんの愛の絆がもたらすラブパワーです」

 

 飛子はそう熱弁したが、将は首をかしげるばかりだった。

 将は恋愛には鈍感で疎く、基本的に女性の考えは一手先も読むことができなかった。

 

「受け取りなさい。入部届です」

「おれに出されても困るが、顧問の先生に出して来いよ。囲碁部と兼業らしいが」

「顧問の井山先生は出張中です」

「なら、主将の桂先輩に出せよ」

「何も把握していない男ですね。桂先輩はじめ2年生は放課後、実力テストが実施されています。今日は数学です」

「そうだったか」

 

 将はそういうことにまったく意識がなかった。というより、美紅がそういうことに詳しすぎるというほうが正しかった。ダテに理事長の娘ではなかった。

 

「わかりましたか? だから、仕方なくお前に提出するのです」

 

 美紅は丁寧なのか粗末なのかわからない様子で入部届を出してきた。王花に勝利したこともあって、美紅からは大変嫌われてしまったようだった。

 

「一応受け取っておく」

 

 後で顧問の井山に提出するべく、将は入部届を受け取った。

 

「では行きましょう。さっそく、お前に対局を申し込むのです」

「別に構わんが、将棋はできるのか?」

「王花ちゃんに判定してもらいました。私の棋力は10級だそうです」

「……」

 

 それはつまり、駒の動かし方を覚えた程度ぐらいということだった。

 

「金竜と言ったか?」

「金竜さんと呼びなさい。私はお前をお前と呼びます。当然の身分差です」

 

 美紅はいちいち険しい目を向けて来た。ヘイトの感情が直線的に伝わってきた。

 

「何が身分だよ。国民は生まれながらに平等だろう」

「言いますね。では、お前は95歳のご老人にも平等だからとため口、呼び捨てにするのですか?」

「いや」

「そうでしょう。目上の相手をいたわるのはこの国の文化です。私は5月24日生まれ。まもなく16歳になります。お前は9月生まれと聞いています。ならば、私がお上というわけです」

「細かいやつだな。まあいい。金竜さん、飛車角落ちでいいか?」

「何を言っているんですか? 上から目線のハンディなどけっこうです」

 

 美紅はそう言うと速足で歩いて、先に将棋部の部室にたどり着いた。

 将棋部の戸を開き、中を覗き込んだ。

 

「王花ちゃん、あの男を連れて来ましたよ。間違いなくAIソフトを使ってずるをしただけです。たしかにそう白状しましたよ」

 

 美紅は中に向けてそう言った。

 どうやら、将棋部に王花が来ていると見て間違いなかった。

 

「真龍が来ているのか」

「あの女、なんてやつ。将さんの後をつけるストーカーになりやがったんですね。むむむ、許せません」

 

 美紅は将を嫌っているが、飛子は美紅も含め、王花には恋のライバルのような敵愾心を覚えていた。

 

「将さん、何度だって飛子マジックで一刀両断してやりましょう」

「いや、しばらく飛子マジックは使わない」

「えー、なんでですか?」

「飛子マジックを使ったら、素人でも勝てるだろ。それじゃ、実力にならない」

「むー、将さんもわからずや。飛子マジックは将さんの実力そのものだと言いますのに」

 

 飛子は不服なようだったが、将はマジックを実力とは認めていなかった。

 将棋部に入ると、たしかに王花がいた。

 

 王花は立ったまま、壁にもたれかかって、おそらくは将がここに来るのを待っていた。

 将は将棋部に入るなり、王花に目を向けた。というより、勝手に視線が王花のほうに動いた。王花も将に気づいて横目を向けた。

 特に前回の敗戦を意識していることはなかった。王花はいつもどおりのクールな様子だった。

 

「悪いな、邪魔している」

 

 王花はそう言った。

 

「何かおれに用か?」

「私も将棋部の部員になった」

 

 王花も美紅と同じように入部届にとてつもない達筆でサインしていた。

 

「は?」

「日本将棋連盟から通達があった。学生大会の出場はできないが、将棋部に所属することに制限はないとな。だから、入部することにした」

「……」

 

 王花は淡々と話したが、それはとても革命的かつ重大な事実だった。

 デビューからの連勝記録を伸ばし、現在3冠王で棋聖戦もタイトル獲得まであと1勝としており、王位戦もすでに挑戦者決定戦に進出している将棋界のスターが、廃部寸前の将棋部にやってきた。

 桂がその事実を知っているかわからないが、知ったら目を回して卒倒するほどの衝撃だった。

 

「というわけです。私は止めたのですが、王花ちゃんがどうしてもということで、仕方のない決断です」

 

 美紅が口を挟んだ。

 

「それは驚いたな」

「一人で研究するより有意義と思ってな」

 

 王花はそう言うと、将棋盤のほうに目を向けた。

 

「来いよ、対局だ。前回はお前の頼みを聞いて対局したんだ。むろん、私の誘いを断るなよ」

 

 王花が対局を申し込んできた。

 おそらく、王花が将棋部にやってきた目的は飛子マジックだろう。

 あの奇跡の一手を何としてでも越えたいという思いでここに来たに違いない。

 

 王花と将の対局は事実上、王花と飛子の対局だった。

 王花の目は将ではなく、飛子に向けられている。

 

 将はそのことをよくわかっていたから、悔しかった。勝利しても、勝利者は飛子であり、将は敗者である。王花の偽りの目でしか見てもらえない。

 将は本当の目で王花に見てもらいたかった。

 

 だから、飛子マジックを使わず、王花に勝ちたかった。

 

「わかったよ」

 

 将は対局を受けることにした。飛子マジックを使わずに王花に認められたかったから、飛子マジックを封印して王花に臨むことにした。

 

 ◇◇◇

 

 対局は1分将棋で行われた。

 結果は、王花の圧勝。

 序盤から終盤まで、将にいいところはなく、王花が優勢のまま終盤までいき、あっさりと勝利した。

 王花は、終盤に将が妙手を繰り出すのを期待していたのか、対局が終わると首を傾げた。

 

 それから、将をにらむように見た。

 

「どういうことだ?」

 

 王花が尋ねてきた。

 

「どういうこと?」

「いや」

 

 王花は言葉を切って、盤上に視線を落とした。

 この対局からは、前回の対局で感じた禍々しい流れをまったく感じなかった。まるで別人との対局のようだった。

 序盤中盤までは前回と同じだった。しかし、将は終盤に信じられない妙手を放ってきた。しかし、今回はそういう手がなかった。

 

「わかりやすい局面になったからか。3七とが緩手だ。換えて、お前が4六桂と打った場合は……」

 

 王花がその手順で駒を動かして、もう一度尋ねた。

 

「この局面なら、どう応じる?」

「……7九銀が一目だが」

 

 将は自分の棋力のままにそう答えた。

 しかし、それは王花の期待する答えとはまったく違っていた。

 どう応じても、王花の必勝形だが、それでも将はひっくり返す手を導き出すことができると考えていた。

 だが、飛子マジックがない将にはそんな手はなかった。

 

 王花は飛子マジックの魔力を纏わない将に拍子抜けしたようだった。

 

「あれはなんだったんだ?」

 

 王花は自問自答した。

 その後、王花はすぐに局面を動かして、前回の対局の終盤を再現した。ちょうど、飛子マジックを繰り出す直前の局面だった。

 

 将はそれを見て、王花のほうを見た。

 

「私には金合いが紛れのある唯一の手だと思うが、お前はどう応じる?」

「……」

 

 現局面もまた、王花が必勝形であり、基本的に逆転の余地は乏しい。

 将はここで飛子マジックを放ったがために、奇跡的な逆転につながった。

 だが、飛子マジックがなければ、万策尽きた感じだった。

 

「この局面を何度も並べたのだが、どうしても有効な手がなくてな。なぜか、どうしてもわからないのだ。なぜ、私はこの局面から負けたのか」

 

 王花は飛子マジックを事実上突き止めていた。しかし、そこはマジックの魔力が壁となり、こちら側の事情は分からない様子だった。

 

「ですから、王花ちゃん。AIソフトを使ったのですよ。ずるです、ずる」

 

 後ろで見ていた美紅が口を挟んできた。

 

「AIソフトにも繰り返し読ませた。だが、どの手順でもない手順で私は負けた。考えられるすべての手順を試したつもりだが、それではない応手だった」

 

 王花は将を見つめた。

 

「深く考えすぎだ。うっかり詰みを見逃しただけだろ」

 

 将はそう答えたが、王花は首を振った。

 

「違うな。私がここから間違えるはずがない」

「どこから来るんだ、その自信は」

「私は14歳のときに最後の負けを経験してから一度も負けていないんだ。この局面からの詰みをどうして逃すか」

 

 王花は自分の終盤力に相当自信を持っていた。

 王花の言う通り、正規の手順では王花が負けることはない。だが、飛子マジックについてはどう説明しても決して伝わることはないだろう。

 

「疲れてたんだろ。おれも8八金しかないと思う」

「ならば、あれは本当に私のミスだったのか」

 

 王花はそれで納得したようだったが、最後まで解せない様子だった。

 

 王花の次は美紅と対局することになった。

 

「王花ちゃん、見ていてください。ずる野郎に必ず勝ちます」

 

 美紅は気合を入れて、一応王花の真似をして、角道を開ける初手を放った。

 しかし、美紅は素人。将が三間飛車で攻め込むと、美紅は右も左もわからなくなった。

 

「むむむむむむむむ」

 

 美紅は難しそうな顔をしながら、振り向いて王花の力を借りた。

 

「王花ちゃん、次の一手をお願いします」

「人をさんざんずる扱いしておいて、何ずるをしてんだよ」

「私は素人です。少しぐらいハンディをもらって当然でしょう」

 

 美紅はそう正当化したが、当初はハンディなどいらないと言っていた。

 

「王花ちゃん、次の一手」

「7七角だ」

 

 王花は王花であっさりと美紅に最善手を教えた。

 だが、すでに将がかなり優勢になっており、ここからなら、実質、王花が手を考えても勝てるかもしれない。

 将と王花の次の一手をもらい続ける美紅の対局はかなりの熱戦になった。

 

「将さん、勝てそうですか?」

「……詰むか? だが、どうしても読み切れない……」

 

 将はあと少しで勝てそうな終盤戦に持ち込んでいたが、かなり複雑な局面になり、最善手を指しきる自信がない。

 

「将さん、飛子マジックいけますよ。あいつもずるしてるんだから、問題ないですよ」

「それはごもっともだが、何とかする」

 

 将はあくまでも自分の力で指し続けた。

 だが、王花の強力な受けの手で怪しく凌がれ、気づけば攻めが途切れてしまい、代わりに、王花が詰めろをかける手を美紅に教えた。

 

 しかし、そこで事故発生。美紅が王花が指摘したマスとは異なるマスに駒を打ち込んでしまった。

 

「待て、美紅。5四銀だ」

「えーっと、1、2、3、この上でした、申し訳ありません」

「ちょっと待て。待ったはなしだろ」

「なにー? 素人相手に待ったも許さないというのですか?」

「さんざんずるをしておいて何を言う」

「わかりました。ここは王花ちゃんに仲裁してもらいましょう。王花ちゃんはどちらが正しいと思いますか?」

 

 王花は将のほうを見て一言言った。

 

「待ったぐらい認めてやれ。相手は経験の浅い少女だろ」

「……」

「決まりです。では改めて5四銀」

 

 しかし、美紅は6四銀と間違い、ただの銀損の手となった。

 結局、将がその対局を制した。

 

「くやしいいいいいいい!」

 

 桂と将しかいなかった将棋部はとても賑やかになった。

 

 

 

 将棋部始動編終わり。

 

 次回「学生名人戦編」開始まで、しばらくお待ちください。

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